その1
「ちゃんとしなきゃ」
高校2年生になる清田武礼は、先輩である幼野児遊を見て呟いた。
彼のモットーは「ちゃんとする」こと。周りの手本になるような行動を心掛けている。
そんな彼の、参考にできない先輩が幼野児遊だ。
文字通り、自由奔放で協調性と言えるものを持っていないように見える。吹奏楽部である以上、強すぎる個性は輪を乱すことでしかない。
もっと周りに合わせるべきだと武礼はイライラさせられる。とはいえ、上下関係の厳しいこの吹奏楽部では後輩が先輩を諫めるなんてことはできない。
せめて、自分は来年入ってくる後輩の模範となるような立ち振る舞いをしよう、そう決めていた。
「こんなイライラしていてはダメだ。顔に出てしまう。自由奔放とはいえ、先輩は楽器が上手いんだ。それに指導もうまい。
ほら、尊敬するべきところだってあるじゃないか。」
自分に言い聞かせるように、1人残った教室で呟いてみる。
すると不思議と納得できてしまう自分がいた。
清田家の家訓は「他人の模範となれ、自分の模範となれ」だった。
当たり前のことは当たり前にやる。自分の想像する模範行動を自分が取る。
苦しいことではあるが、それを行えている両親を見て素直に感動していた。
入学式が終わり、新入生が仮入部にやってくる。
部員一丸となり、新入生確保のために動き始める時期だ。
「こんにちは。打楽器は初めて?ならドラムを叩いてみないかい?」
「君は経験者なんだね!なら好きな楽器を叩いて少し演奏してみてほしいな!」
しっかりとした笑顔で、はっきりとした言葉を相手に伝える。当たり前のことだが、常にやり続けるとなるととても難しい。
本来は新入生対応は清田と幼野が協力して行うはずだったが、気づけば幼野は姿を消していた。
…あいつ、どこへいきやがった?
ニコニコと笑いながらも、心の中ではそう思わざるを得なかった。