Ⅸ.マーズ-パスファインダー
{オポチュニティ・・・オポチュニティ・・・}
私は顔を上げた。眼は開けているのに辺りは真暗で、私は吃驚して跳ね起きた。如何やらまた寝てしまったらしい。
足場が悪い。私はよろけながら部屋の隅へ行き、電気を点けた。余りの散かり様に驚きを通り越し、遂には呆れてしまう。
之では研究どころで無い。取り敢えず、つまずいた足元のファイルから片付ける事にしよう。
其にしても――また同じ夢を見た。彼女は叉、オポチュニティの名を呼んでいた。
拾い上げたファイルから、1枚の紙が滑り落ちる。其は、昔に撮ったアンの写真だった。
結婚してすぐの頃、アンと離れるのが実に惜しくて、十字架代りにファイルに挟んで学会に行った時期がある・・・流石に、現在ではもう卒業しているが。
{オポチュニティ・・・}
今度は、オポチュニティはきちんと応じただろうか。其を確める術は、私には無い。
次の弾ける様な言葉と共に、私の夢の空間は弾け現実空間に引き戻されてしまったからだ。
{オポチュニティ!}
―――もう少し、夢の世界に居ても、好かったと思う。
研究者として失格の、夢に溺れた意見だが、私は彼女に、母なる存在を感じていた―――
{オポチュニティ!}
女性が愕いた顔をした。スクリーンに映った顔が大きくなってゆき、画面の両端に手らしき物体が映り出す。画面を掴んでいる模様。
{心配しましたよオポチュニティ!何度問い掛けても返事が無いので}
「ごめんなさいパスファインダー。でもね・・・!」
オポチュニティがとても弾んだ声で女性に話し掛ける。勢いよくサーベイヤーとオービターを掌で指すと、とても嬉しそうに言った。
「“緋色の空”目撃者を二人仲間にしたの!見て!」
オポチュニティは走って二人の元へ向うと、ぎゅっとサーベイヤーの腕に抱きついて
「此方はグローバル=サーベイヤー。そして・・・」
今度はオービターの腕を己の肩に掛ける。
「此方が、リコネッサンス=オービター!」
早くも二人の腕からするり抜けると、忙しく今度はスクリーンの前に立ち
「サーベイヤー!オービター!」
最後に画面の中の女性を掌で指した。
「彼女はマーズ==パスファインダー。私の同志の宇宙飛行士で、地球から火星の状況を逐一私達に教えてくれる方です!」
オポチュニティがすす・・・とスクリーンの外へ移動する。昼間で周囲が明るいので、画面が見辛かったが、女性がにっこりと微笑んだのは判った。
{初めまして、サーベイヤー・オービター・・・これからよろしくお願い致します}
とても美しい女だという事は、薄く見える画面上でも判った。灰色の眼は凛として、画面どころか遠くのアスクレウス山まで視通すような存在感があった。嫋やかなダーティ‐ブロンドが、濃い陰影があるのが重さを感じさせて、また美しい。
「・・・・」
{あ!それはそうとオポチュニティ}
パスファインダーが画面上でオロオロする。頻りに首を前後左右に動かすと、取り敢えずは安心したのか、でも声を潜めてこう言った。
{貴女、大変な事になっていますよ!}
「・・・へ?」
{何故か貴女が、エクスプロレーション=ローバーである事がばれているのですよ!}
一人オロオロするパスファインダーを余所に、サーベイヤーが呆れた眼で、オポチュニティが冷めた眼でオービターを見る。
「・・・なに」
そしてオービターはまるで他人事・何処吹く風だ。
{オービター!}
雰囲気で犯人を察したパスファインダーがヒステリックに叫んだ。オービターは彼女を射る様に視る。
{訂正しなさい!報道に今すぐ!間違いだったと!}
「訂正も何も、それが真実なんだから仕方無い」
オービターはまた俯いて、前髪で顔を蔽う。1本1本がすぐに切れてしまいそうな程に細い毛を摘んで、それすらも観察する様に眺める。
{困るのです!・・・世の中には、好奇心だけで明かしてはいけないものが在るのです・・・オービター、貴方には解るでしょう?}
オービターは己を蔽う髪の、繊維と繊維の隙間から彼女を視た。ある種、オポチュニティ以上に必死である―――彼の口角が上がる。
{貴方も旅の一行に加わったはず。お願いですから、言う事を聴いてください!}
「――俺、シキカクイジョウだぜ?」
オービターは、興味が無さそうに前髪を手でぴらぴらさせながら言う。しかし、言葉のニュアンスに淋しさが含まれている。
{関係有りません!・・・視えるのならよいのです}
パスファインダーが、祈る様に手を組んだ。すらりと細く長い、白い指。
「・・・・・・」
オービターは髪を掻き上げる。タペタムの眼が顕になった。片方の掌を前に突き出し、勝ち誇った様な表情で言い放った。
「情報」
{!?}
パスファインダーが呆気に取られる。雲の上の存在である彼女もまた均しく、彼の情報の洗礼を受けたのだった。
「リコネス・・・」
サーベイヤーが己の肩を落してオービターの肩に手を掛ける。流石に止めなければと思ったらしい。だが、オービターが彼を睨んだので、サーベイヤーは口を挿む行為を止めた。
(・・・・・?)
「嬢ちゃんがエクスプロレーション=ローバーじゃぁ無いと思わせたいならさ、嬢ちゃんがエクスプロレーション=ローバーじゃぁないという証拠が必要なのよ。何かある?証拠となる情報」
{え・・・}
うろたえるパスファインダー。オポチュニティがスクリーンの前に飛び出し、両手を広げて彼女を庇った。
「そうやって彼女を振り回すの、もうやめてください!彼女は優しいから何も言いませんが、彼女の分は私が赦しません!!」
オービターは実に醒めた眼で、オポチュニティを視ていた。先程、彼女が自分を見た何倍も冷めた眼で。オポチュニティはその様な眼で視られても動じないが、そのまま視線をパスファインダーに移すと、彼女は明らかに怯えた。オービターは機嫌を悪くしている。
「・・・・・・」
「俺はいいんだぜ、別に。困るのはアンタ等だ」
「情報を改竄すればいいじゃないですか!!」
オポチュニティが例の如く噛みつく。するとオービターは、心外だという様に片頬をぴくりとさせて、普段より非常に低い声で言った。
「情報を操作する事は俺のポリシーに反する」
はっとするオポチュニティ。そうだ。スパイにはスパイのポリシーがある様に、カメラマンにはカメラマンのポリシーがあるのだった。彼女に言える事は何も無くなってしまった。
{そんな事を言われても・・・困ります}
パスファインダーが整った眉を寄せて呟く。オービターはその綺麗な顔が憂いに満ちてゆく過程を視て溜息を吐いた。
「俺としては、誤報だって流すよりは、嬢ちゃんの髪なり眼なりの色変えて、エクスプロレーション=ローバーだとバレない様にしたが手っ取り早いと思うがね」
「それはダメです!!」
オポチュニティが即刻否定する。余りの速答性と声の大きさに、断られる理由の解らない三人はびっくりして彼女を見た。
「・・・・・・何で?」
サーベイヤーが恐る恐る訊く。若しかしたら、訊いてはいけない事なのかも知れないから―――
「・・・・・・」
オービターも注視する。オポチュニティはそんな二人の気遣いなど全く意に介さずに、途轍も無くくだらない理由を言い立てた。
「オバサンが追いかけて来てくれませんもん!!」
・・・・辺りが急に静かになった。限り無く砂漠に近いこのアキダリア平原に、可哀想な風が吹く。砂が実に呆気無く、他所へ逃げて往く。
「・・・え?」
「だってあのヒト、顔なかなか憶えてくれないから、特徴作っておかないと私を捜し切れませんもん!!」
オポチュニティがむくれる。
「・・・捕まえて欲しいの?」
サーベイヤーが理解し難いといった顔で訊いた。その顔を見たオポチュニティは、ふん!と鼻息を荒くして
「あんなオバサンに捕まるヘマは、私はしません!」
と偉そうに言った。
「犯罪者には正義の味方というライバルが居た方が、生活が引き締るんですよ!そして、私の生活にいいアクセントになって、なおかつ追いかけて来るスリリングな人間は、あのオバサンくらいしか居ないんですよー。つまらない世の中ですよねー」
「・・・ふーん」
納得し、相槌は打ってみる。が、やはり理解には苦しむ模様。
サーベイヤーが考え込んでいると、背後のパスファインダーが苦笑した。
{オポチュニティのその特徴は、此方としても特定の際助かりますからね。出来れば変えない方がいいです}
オービターは彼女の上品な微笑みを横目で視た。
「じゃぁ・・・」
わざとなのかくせなのか、気だるそうに話を切り出す。パスファインダーは期待を籠めた眼でオービターを見つめた。
「何かない?嬢ちゃんイコールローバーだって事実を逸らせる様な、でっかい情報。でっかくなくても、奥が深そうな感じだったら報道は食い付いて来るし、俺も手を施せるから」
{そうですね・・・}
パスファインダーが画面の向うで上を見る。地球の空中には何が浮んでいるのだろうか。
{・・・サーベイヤーに一芝居打って頂きたいのですが・・・}
急に名前を呼ばれたので、サーベイヤーは少し驚いた。
「!・・・はい?」
{オポチュニティ・・・}
サーベイヤーとオポチュニティが隣同士に並ばされる。二人の身長差を見つつ、パスファインダーは頭を下げた。
オービターは二人をじ・・・と視ると、いいアイデアが浮んだ様で、一人愉しげにニヤリと哂った。パスファインダーに告げる。
「充分。視聴者の脳内を、この話題でいっぱいにしてやるぜ」
逃亡中のステート=シェリフに、突如電話が掛ってきた――・・・非通知。火星の電子機器は地球での其より発達が速く、精密で、連絡はテレビ電話が主流である。
オポチュニティが使用していた巨大スクリーンを張ったリモ‐コン式の通信器もテレビ電話の一種でありパスファインダーが国立航空宇宙局にあった1台を余計に拝借したのを貰い受けた最新モデル。流石にそこまで発展したものを彼女は持ち得ないが、職業柄なかなかよい種を上から与えられている。
彼女のテレビ電話は携帯電話型だった。カメラ機能が防犯カメラの様な役目を果している。出して見てみると、ディスプレイには思いもしない人物が映っていた。
オポチュニティである。
「!!」
シェリフは慌ててストレート‐タイプのボタンを押す。するとスクリーンが現れるが、起動が少し遅い。彼女は待ち切れずに叫んだ。
「やい!オポチュニティ!!」
しかし、画面上に現れたのはオポチュニティでは無く、淡い緑の髪にライト‐ブラウンの眼の色をした男だった。
{よぉ。オバサン、逃げ切れてる?}
シェリフの愕き様といったら無かった。びし!と音が立つほどに画面を指したかと思えば、不自然なほどに全身が震え出し、眼球突出。
「きっ、貴様は・・・・・・!!」
{憶えててくれたんだ。嬉しいねぇ}
リコネッサンス=オービター。以前、カセイ谷で協同戦線を張った同志であり、自分のスキャンダルを暴露しやがった敵でもある。
「其処にオポチュニティが居たはずだよ!出しな!!」
シェリフが険の有る顔で凄んでみせる。オービターは動じるどころか、それを負け犬の遠吠えだと見透かした様に嗤う。ぞくっとした。
{アンタ、オポチュニティがエクスプロレーション=ローバーだって知ってんだってね}
「!?」
突然の込み入った話題に、シェリフは必要以上にびびる。画面に首を突き出して、犬が威嚇の際する様に、噛みつく様に言った。
「し、知ってたら何だってんだい!!」
{別に。黙ってればそれでいい}
あまりにあっさりした答えに、今まで全身全霊で強張らせていた身体が一気に脱力する。
ヘナヘナと漂うシェリフに、彼は珍しく問うた。
{・・・如何したの?}
「うっ・・・うるさい!!」
指摘という水の恵みを受けて、しゃきんと起立気を付けをするもやしのシェリフ。くすくすと言う笑い声が画面の向う側から聞えた。
「おい!其処!聞えてるぞ!!やっぱ居るだろ!!」
シェリフが数十年前の体育会系教師の如く怒鳴ると、笑い声は見事にぴたりと治まった。
画面の向うのオービターが横を向く。
{・・・オバサン。アンタ職場に戻れるよ。逃げなくても}
「はぁ!?」
横を向いていたと思ったら、もう正面を向いて別の話をしている。オービターの切替の早さに、最早シェリフはついていけなかった。と、ココで、これまで無表情で淡々と話していた彼がまた別のわらいをする。屈託の無い笑いだった。
{アンタの爆破癖はある意味仕方の無い事だって解ったからね}
言いながら、オービターはマジシャンに似た手つきで一旦、コンパクト‐カメラをシェリフに見せる。そして中のフィルムを手早く出すと、指と指の間に計6個、器用に挟んで手の甲を彼女に向けクロスさせた。
{フィルム(このなか)に、アンタの上司(ボロ‐マーシャル)の犯罪写真が写っている。コレを今から、テレビ局に提供し、大々的に報道しようと思う。国際刑事警察機構自体は多大なバッシングを受けるだろうが、アンタの身分は保障される。コレもう決定事項}
「え!決定!?」
話の流れから、てっきり同意を求められると思っていたシェリフはショックを受ける。そして荒れる大人に成長した。
「じゃあ何であたしに電話すんだよ!!」
{コレは俺の都合。だけどその中にアンタと嬢ちゃんの都合が含まれてる}
! シェリフは彼の意図にすぐに気づいた。ぽんぽん出る口から珍しく言葉を選び、フィルムを持った手を画面から消す彼に言うた。
「あたしの身分を保障する代りに、オポチュニティの正体を隠せと―――?」
オービターは嬉しそうに笑った。
{そう}
シェリフは口許に手を当てて考えた―――やがて上目遣いでオービターを見ると、ダメだという様に首を左右に振った。
{・・・嫌?}
「それ以前の問題だよ。オポチュニティイコールローバーってのは、全区ニュースで流れちまってる。全国民に知れ亘った事実を回収するのは、広めたあんた本人でも難しいんじゃないか」
{あぁ・・・あれね・・・・・・}
オービターは片方の口角を上げた。ちらと一瞬、視線だけを横に遣ると、またすぐに目を伏せ身体を左右に揺らした。己が携わった話題なのに、彼自身は既に興味を失っている様に見える。
{あれはこっちで考えてるちゃんと・・・・其よりさ、いいの?一応アンタに同意を求めてんだけど}
シェリフは腕を組んだ。画面上のオービターを見据える。オービターも彼女から眼を逸らさず、暫くの間睨み合いが続いた。
「・・・もし。あたしが断ったらどうなる?」
オービターの眼がぎらつく。実際は顔を動かしただけなのかも知れないが、タペタムは角度に依っては反射をひどくし、不気味に光る。
{アンタの身分を崩させて貰う}
・・・先に訊いておいてよかった。シェリフは頬を引きつらせた。こういうアンフェアな駆け引きは大嫌いだ。
「じゃあ、あたしの上司の情報提供をやめようってのかい?そりゃ残念だねぇ。せっかく撮ったのに、一銭も入って来ないなんてさ」
{あれは報道にやる。アンタと嬢ちゃんの都合は、俺には関係無い}
「ならどうやってあたしの身分を崩すんだい?証拠があるならココに並べて見せてみな!」
シェリフが口角を引き上げて、ぱん!と己の腿を叩いた。丁度いい所に切株が在る。彼女はその切株の上に先程から片脚を載せていた。オービターは横をまたちらと気にする。
「どうしたい!さっきから何横ばっか見てんだい!?」
{・・・コレ}
オービターがス・・・とB5サイズのノートを画面上に現す。シェリフは一蹴し、声高らかに笑い飛ばした。更に罵倒する。
「そんな小学生でも持っている様なノートで、何をする積りだい!?名前を書き込んで殺すとでもいうのかい!?」
{いや、もう書き込んである}
オービターはノートを捲った。
{マーズ=ステート=シェリフ。16月344日生れ、テラ‐チレナ出身のエトルリア人。生後2ヶ月で初めて言語を発し、その際の言葉「ハゲチャビン」が居合せていた実父の心を傷つけ、自殺に追い込む}
「え!?そんなんあたしも知らないし!!」
ステート‐シェリフ、自覚無き己の罪にショックを受ける。オービターは続けた。
{1歳にして側転をマスターする、身体的に非常に優れた少女だったが、3歳の頃にバック転に挑戦し失敗。その際頭部を強打。5歳の頃偶然に脳の検査をした際、医師に「前頭葉が潰れている」と宣告される}
「・・・・・・貴様あたしが憶えてないと思ってでたらめ言ってるだろう!!」
シェリフは青筋を立てて怒鳴った。だが・・・その時期に病院に行った記憶は確かにあるので、少し顔色も蒼くなっている。
{6歳でメリディアニEOS学院初等科に入学。同学院を15歳で卒業し・・・}
EOS学院!?画面の向う側から聞き憶えのある声が愕く。オービターは煩そうに流し目で横を見ると、かったるそうに読み上げた。
{同年母死亡。16歳で国家刑事警察機構総裁の}
「あぁーー!!解った解った!!協力するから!!」
シェリフが慌てふためいて画面に齧り付いて来るさまを見て、オービターはノートを閉じた。彼女はホッと、胸を撫で下ろす。
「・・・で、あたしは具体的に如何すればいいんだい?」
オービターは愉快そうに哂った。
{アンタには悠々と職場に戻って、堂々と上司に会って貰えれば其でいい}
ノートをコンコンと己の肩に叩く。おっと、と言って、更に一言、付け加えた。
{出来ればその時、テレビの電源を入れて欲しい}
「――貴様は此処へ、必ず還って来ると信じていた」
ボロ=マーシャルが煙草を吹かしながら、局長室の入口に眼を向けた。ギィ・・・と扉が開くと、彼は机上で組んでいた脚を下ろした。
「なぁ・・・―――ステート=シェリフ?」
ステート‐シェリフが想像していたより遙かに悠々と、中へ入って来た。モデルの様に脚をクロスさせて歩くさまが、実に腹立たしい。
ボロ=マーシャルはわざわざ失態を犯した部下の所まで出向いて遣ると、フー・・・と煙を吐いた。
「あんたはその煙をあたしに吐く為に、数mもの距離を重い腰を上げて来たってわけかい?」
「随分な余裕だなステート=シェリフ―――ああそうだ、感謝しろ」
マーシャルが煙草を口に含み、更にまた煙を吐く。煙草を床へ態と落すと、革靴の裏で踏み潰した。
「如何してくれようか―――」
シェリフとマーシャルが対峙する。互いから数十cm離れたところで。
マーシャルが自身で斬り刻んだ局長室は、早くも壁紙まで全て替えられており、喫煙者の部屋であるにも拘らず真白でクリーンだった。さすが警視監クラスの人間への上の対応は違う。無論、テレビも殺したくなるほど最新式の物が備え付けられている。
リモ‐コンは新しいデスクの上にあった。
「ほっ!!」
シェリフは不意に、デスクに向かってダッシュする。最短距離はすぐに妨害される。フェイントを掛け、遠回りでリモ‐コンを奪取!が。
互いの距離が近すぎるので、すぐに腹の肉ごとブラウスを掴まれる。ぽよんとした響きに、ジャンルは違えど互いの精神的打撃は非常に大きかった。
マーシャルが、お肉を握った方の手をもう一方の手で引き剥し、動かない様ぐっと抑え込む。シェリフは呆然としていた。
「てっ・・・テレビを観たかったんだよな・・・っ・・・?」
声を裏返すマーシャル。罪悪感から珍しく気を遣い、這いつくばる様にして机上のリモ‐コンを取る。震える手でボタンを押した。
ドンッ!!
押したと同時に、鼓膜の裂ける様な爆音が部屋中に響く。二人はビクッとした。
マーシャルが片耳を押えて、リモ‐コンをテレビ画面に宛て、構える。引鉄をひく其より速いスピードで、或るボタンを強く連打した。指の残像が見えぬほど速い。
音強表示が段々と落ちてゆく。最大になっていた様だ。買い換えてから使うのが、今日が初めてなのだろう。
遅れて、漸く画面が表示された。画面は幾分、音声より出現が遅い。艶やかなストロベリー‐ブロンドの髪が風に吹かれて揺れていた。二人はすぐに気づく。
「オポチュニティ!?エクスプロレーション=ローバー!?」
だが、居るのはオポチュニティだけでは無かった。彼女に対峙する、金髪の謎の人物が他に立っていたのだ。
「!」
マーシャルが目を見開いて、シェリフの方を向く。
シェリフがボロの視線に気づき、画面を一定時間凝視した後、己の身体を確認する。服装から何迄、現在の自分と一致していた。
「・・・・・・まさか」
シェリフが呟く。画面の向うの人物は、オポチュニティ目掛けて手榴弾を投げた。
{死になっ!}
「あたし―――!」