表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地球の植民  作者: でうく
第Ⅰ章:『緋色(ひしょく)の空』が視える者たち
4/33

Ⅳ.M・R・O

ドアの開く音がする。その音は、眠っている私にも判った。

この家のドアは、どれほど静かに開こうと心掛けても、油が切れている為どうしても高い音がする。アンが帰って来た事はすぐに解った。

だが、人間の体というものは、眠っていてすぐに起きられるものではない。ノンレム睡眠に入ってしまえばあの煩いドアといえど流石に聞えなくなってしまうが、レム睡眠でも急に体が動く訳ではないのだ。

金縛りという訳でもない。音は聞えるが、己の意識としてははっきりしない。特に息苦しさは感じないし、圧迫も無い。前兆現象も起きていない。ただ、眼は開かず、体が動かない。それだけ、それだけなのだ。


「・・・・・・」


アンがリビングへ入って来た。気配を感じる。驚いているか?こんなに早く帰って来たのは久々だものな。


「バッキー・・・」


私は目覚めない。だが、一つ気になる事があった――アンよ、何故悲しそうな声を出す?

私は起き上りたくなった。起き上って、アンを慰めてやりたかった。だが、起き上れなかった。やはり、金縛りなのか――?

人間とは、勝手なものだ。とにかく、私は起き上れなかった。

アンの気配が近付く。横たわる私の顔の前に、恐らく彼女の視線がある。彼女は確かにしゃがみ込んだのだ。

しかし、彼女の次の行動は予測が出来なかった―――私の唇に、キスしたのだ。キスなど、私の文化圏ではさほど珍しいものではない。しかし、唇となっては話が違う。それは今でも私を愛してくれている。その証だった。

硬派な私は興奮する。しかしそれでも目覚めない。だが、この時ばかりはそれに感謝した。




「・・・・・・」

サーベスは高くそびえ立つマリネリス刑務所を見上げた。口があんぐり開いている。

『マリネリス』とは()うが、峡谷の中に建物は造れないのでルナ平原にその刑務所は在る。

ルナ平原はサーベスの住んでいたタルシス地方から山二つ越えた地域で“月の湖”と呼ばれている。非常に雲霧が発生し易い。

マリネリス峡谷という地上になど徒歩では永遠に着かない処からは救出されたが、こんな処で釈放されても元の場所に帰れない。帰る家も無い。警察なんて親切じゃないと思う。

おまけに―――


「M・R・Oって何だよ・・・・・・!」


サーベスはシェリフに渡された紙を握りしめ、ガックリと肩を落した。




「ん・・・サーベス・・・?」

オポチュニティは独り、牢獄の中で目を覚ました。


「サーベス(やつ)は、居ないよ」


「!!」

いつの間にか低い女の声になっている隣のサーベイヤーに、オポは気持ち悪さで眠気が一気に吹き飛んだ。

「あなた、その声・・・・・・!」

ふっふっふ・・・と鼻に掛った(わら)いが更に気持ち悪い。オポはゾクリとして動かなかった。この場合、相手は名乗らぬ方がよかったのではあるまいか。

「じゃーん!!あ・た・し。ステート=シェリフさぁ!」

「オバサン!?」

「お姉様と御呼び!このコムスメ!!」

きぃぃ~!!と壁の向う側で猛獣が暴れ出す。オポは期待外れの顔をしてつまらなさそうに猛獣に言った。

「どうしてオバサンがサーベ・・・イヤーの牢に居るんですか」

“サーベス”と言い掛けて、オポは途中から軌道修正をした。渾名(あだな)で彼を呼ぶ事に未だ抵抗が有る様だ。先程から本人の居ない所で何度そう呼んでいると思っているのだろうか。

「あのニート坊やならもう居ないよ。釈放されたんだ」

「ニート!?」

そっちの方に反応するオポチュニティ。

「彼がニートって本当ですか!!」

シェリフが真反対にいる壁に向って拳をがんがん叩きつけるオポチュニティ。みしみしと奇妙な音を立て始める壁に、シェリフは怯みながらあぁ・・・と返した。

「本人が言ってんだから多分そうだよ」

「全く!信じらんない!!引き(こも)りにニートなんて、お先真暗じゃないですか!!」

私なんて15で既に永久就職してるのに!憤慨するオポチュニティ。シェリフはフン、と鼻で嗤って壁の向う側から茶々を入れた。

「あんただって堂々と顔上げて歩けないクセに」

「それは職業柄ですよ。オバサンこそ、私の職業に便乗して罪をこちらになすり付けるの、やめて貰えません?警官として恥かしくないんですか?」

「目的の為なら手段を(えら)ばないと言って欲しいね。あたしはスパイ・オポチュニティ専従捜査官だよ?貴様以外の事など知るか!!」

「あらぁ、それはそれは!私のコトをそんなに想ってくれていましたか!迷惑極り無い!!」

女性ならではの、ネチネチとした争いが繰り広げられる。優勢なのはオポチュニティの方だ。

「大体、グローバル=サーベイヤーに代って(ココ)に居るって事は、結局は罪を犯して捕まったって事ですよね?グローバル=サーベイヤーを冤罪で逮捕した事がばれて、監禁罪か何かで逮捕されたんでしょう!」

「貴様、寝てたフリして聴いてたな!?」

「こんなの、少し推理すれば解る事です。それとも、チキンのあなたには難しい問題でしたか?」

甲高い猫撫で声に、シェリフの青筋がブチッと切れた。言い回しが上司そっくりだ。振り向き様にかかと落しをし、壁破れて一つ世帯になった。


「黙れ!!このタヌキ女!!」


「何ですって!?いい歳してトリ頭のあなたに言われたくないわ!!」


オポチュニティが暗器を取り出しシェリフを的にして投げ付ける。すると自分が的になって、頭上で銃弾が炸裂した。



「「ひゃあ!!」」



オポ、背が低くてよかったと思う。オポとシェリフは素早く崩れ落ちた壁に潜る。カウンティ=マーシャルがライフルを持って一つ世帯の牢屋に近づいて来た。


「貴様・・・・・・」


自分はオポチュニティ逮捕の為ならば相手が誰でも犠牲にするくせに、カウンティが自分を犠牲にライフルをぶっ放つと、失望と憎しみの表情で彼女を睨みつけた。

「うーわー理不尽・・・」

オポがツッコむ。

「手荒でしてすみません。静かにして頂きたかったのです。留置場では『押さない,駆けない,喋らない』が基本となっておりまして」

「避難訓練じゃあるまいし!」

ツッコむシェリフにぺこり15度礼をするカウンティ。そして、何事も無かったかの様にライフルを引き()りすごすごと戻っていった。

・・・危ねぇな。暴発の心配をしながら彼女の後ろ姿を見送ると、シェリフは瓦礫の壁を(めく)り上げ、其処にフィットするオポの耳元で、こう囁いた。



「マーズ=エクスプロレーション=ローバー」



「!」


オポがむくりと起き上り、寝起きであるかの様に不機嫌そうな顔でシェリフを睨む。ちょみちょみと這い出て来た。


「・・・あなたが知っている事は、大体想像がつくんです。どうして彼女が知っているんですか」


オポは顎で、カウンティの通った跡を示した。シェリフはオポが示す方向に目を当てながら、片方の口角を上げて(わら)う。

「フン、怖くなったかい?ニートにもバレて、カウンティの女狐にもバレてさ」

「・・・・・・いぃえぇ?」

オポは右手でコートに付いた砂埃をぱんぱんと払う。その間にも、視線はシェリフから離しはしなかった。

「まあ安心しなよ」

シェリフが一般に公開しているスパイ・オポチュニティの指名手配写真を本人に見せる。



「スパイ・オポチュニティの身体的特徴を述べよ」



オポチュニティはベールを纏っており、目許(めもと)すらも垣間見る事は出来なかった。


「・・・・・・」

「述べられないだろ?これが客観的に見たあんたの姿だよ」

「・・・・・・なに本人の許可も得ず勝手に・・・」

シェリフはオポチュニティの手から写真を抜き取った。

「あたしは“スパイとしてのオポチュニティ(あんた)”を追っているけど、それを知る上層部(うえ)の人達はオポチュニティの素顔(しょうたい)なんて知らない。一般人にとっちゃオポチュニティは爆弾犯だ」

「それはあなたのせいでしょう!」

つい、声を荒げるオポ。だが、シェリフは推理遊びを始めており聴いていない。

「つまり。あんたの素顔を知る奴なんてあたし以外にいない訳さ」

「でもあのオネエサンにはがっつり素顔を見られましたけどね?本名も呼ばれたし」

「だから捕まらずにいられた」

「無視して勝手に話を進めないでくれます??あとこれまで捕まらなかったのは私の実力ですから」

シェリフがどこまでも自分を()いてマイ‐ペースに話を進めるさまに、オポはむー・・・と脹れた頬を(さす)り、ジト眼で彼女を見る。



「―――マーズ=エクスプロレーション=ローバーの方はどうだ?」



「は?」


オポチュニティが怪訝な顔をする。どうやらシェリフは、スパイ・オポチュニティとマーズ=エクスプロレーション=ローバーを別個として()ている様だ。しかし、その視線は明らかにオポに向いている。


「確か当時のニュースだとストロベリーブロンドに森色の瞳だったね・・・あたしのキレイなブロンドが火星全体の1.8%未満だろ・・・ストロベリーブロンドとなるともっと珍しいよ・・・何せブロンドより珍しい赤毛が(まじ)ってるんだからね・・・おまけに、グリーンアイとなれば相当人物が特定できるだろうね・・・マーズ=エクスプロレーション=ローバーはブームは去ったとは謂え有名だから、あんたがエクスプロレーション=ローバーだって事は一目瞭然なのよ」


独り言の様に、淡々と話すシェリフ。(むし)ろ独り言なのだろう。当時のニュースを憶えていたサーベスもすごいが、論じる彼女ももっと凄い。伊達に国家刑事警察機構の警部はやっていないという事か。


「でも、(みため)がローバーだって事は判ってもオポチュニティって事は判らないじゃないですか。それで何で逮捕されるんです?」


シェリフはちらとオポの森色の眼に目を合わせると、意味有り気に溜息を吐いた。彼女自身、とても綺麗なブルー‐アイだった。



「あんたがオポチュニティだっていう裏付の写真が此処にあるんだよ」



シェリフがオポの写った写真をぴらぴらさせる。

オポチュニティはがくっと来た。

「論より証拠じゃないですか。今迄の推理(ちゃばん)は一体何ですか・・・!」



「待ちな。これは警察関係者(ウチ)が撮った写真じゃないんだよ。これは厄介だよ、オポチュニティ・・・警察関係者が撮れなかったあんたの素顔を、いとも簡単に撮ってしまう奴がいたって事さ」



シェリフが目線を下に向けて考え込む。

全く・・っ、突っ走って他人の話は聞えないんだから・・・・オポチュニティも考えた。


「・・・でっ、オバサンは建造物等損壊罪・強要罪・職権濫用罪・信用毀損罪・逮捕、監禁罪・住居侵入罪・器物損壊罪をその写真家に暴露されて、今!私と牢屋で仲良し小良ししている訳と!」


「そーなんだよーもぅ・・・って、やっぱ起きてたな!?」


この狸寝入り娘が!といつもの調子に戻るシェリフ。オポ、ちょっぴりウレシソウ。



「で、何が言いたいんです?」



オポの自信に満ちた顔を見て、シェリフは遂にニヤリと笑みを浮べた。

「さすがは天才少女。国家刑事警察機構(ウチ)の部下よりよっぽど使える」

「あなたならば、この位は言うでしょう」

オポもニヤリとシェリフに返す。シェリフは啖呵を切った。



「脱獄に協力しろ。スパイ・オポチュニティ!!」




何の前触も無く、突如留置場が爆発した。爆弾魔シェリフのオバサンの出番である。

留置場の前で見張りをしていたカウンティ=マーシャルは爆風を受けた。割れたガラスが腕に突き刺さる。

「・・・・・・」

カウンティは黙ってその傷口を眺めた。だが任務に忠実な彼女は、すぐさま入り内部の様子を確認する。其処はもぬけの殻だった。

「どうなさいました!?」

マリネリス刑務所警部補・マーズ=サン=バジリデが爆音に(おどろ)き慌てて入って来る。カウンティの後ろに付いて、洞穴の出来た牢屋を彼女と共に観た。

「逃げられました」

「・・・・・・!」

「後を追います」

呼気を吐くのに等しいほどに、その言葉を空気に混じらせてしまう。自分の前できびすを返していなかったら、バジリデは彼女をそのまま見送っていただろう。

「――!待ってください!!」

カウンティが振り返る。無表情。バジリデはつかつかと革靴の音を高鳴らせると、焦った声で言った。

「怪我しているじゃないですか―――!」

カウンティは一瞬、迷った様に眼を虚ろにすると、すぐにその科白に対する答えが見つかった様で、再びバジリデを見た。

「別に痛くありません」

「いや!それはそれで問題ですけどね!?」

バジリデは彼女を変だと思っただろう。彼女に救護室の場所を教えながら、己の持つ銃の弾丸数を確認した。

「容疑者はマリネリス地方警察(ぼくら)が追います!マーシャル警視は休んでいてください!来たらだめですよ!」

諭される様な言い方に、カウンティは妙な懐かしさを覚える。それはもう、二度と戻れない日々。

「でも―――」

「信頼してください。僕ら地方警察も、この仕事には誇りを持ってやっているんです!」

そう笑顔で言い放ち、疾風の如くカウンティの前から走り去ってゆく。

カウンティは、いつの間にか握りしめていた己の拳を、胸に当ててコンコン、と2回叩いた。


その後、言われた通りにきちんと救護室で休んでいる。




だがそれが、結果的にシェリフとオポチュニティを取り逃がしている。

所詮、地方の力なんてこんなものだ。カウンティならば捕まえられたかも知れないが。

「・・・へっ、ちょろいもんよ」

シェリフが瓦礫を足で蹴って飛び出して来た。

「・・・・・・随分古い刑務所ですね」

オポも瓦礫を捲り上げてのそのそと出て来た。

「・・・あなた、警官失格ですね」

オポ、相当ひいている。前々から感じていた事だが、このヒトは警官のポリシーというものを総て等閑(なおざり)にして警官の仕事をしている。スパイという職業を誇りに仕事をしているオポには解せない心理だった。同時に、彼女の自分に対する執着心がちょっぴり恐かった。オポは別に、シェリフに付き纏われるほど極悪非道の罪を犯した訳では無い。スパイ犯罪は、国家を揺るがすものであるから確かに重罪ではあるが、人を殺したとか、オポ自身が恨まれる事はした憶えは無い。・・・無論、スパイのポリシーとして必要と有らば暗殺等の覚悟はしているが。

彼女は私を捕まえる為なら他人が死ぬ事・殺人も厭わない。それは拠所である警官のポリシーとは大きく外れている。そして、決定打となる私の犯罪も他人を犠牲にする程の事でもない。彼女をそこに駆り立てる原動力は何か。ある種不安といえば不安な要素だ。

「肩書になんて縛られていられるかい!生き残る事が第一だよ!」

シェリフが拳を突き出し、もう一方の手がそれを受け止める。ぱんっと空気の弾ける音がする。オポは溜息を吐いた。


「・・・で、何処に行くんですか」



「ニート坊やの所だよ」



シェリフはさらりと言った。オポは目を大きくする。

「え――?」

シェリフとサーベスに一体何の関係があるのか、とオポは思った。内容は知らないが作戦は失敗したのではなかったか。


「奴に写真の犯人を追わせてある」


「犯人、わかるんですか!?」


訊きたい事だらけだったが、取り敢えず一番訊きたかったのは犯人だった。

「ニュースを観ていれば大体わかる事だよ」

行くよ!と片手を挙げて走り出すシェリフ。オポはシェリフの駿足を物ともせずに身軽に走って付いてゆく。隣に並んだ。


「で、何処に行けばいいんですか?」


最初、シェリフはオポを無視しているかの様に見えた。

だが、やがてとても気まずそうな顔をすると、口を尖らせてぶつぶつ言った。


「・・・・・・犯人は誰かわかったが、犯人の居所は知らない。ニート坊やも知らない。そして、あたし達はニート坊やが何処に行ったか知らない」


オポの両頬がひきつって、歪んだ笑顔になった。


「―――この、チキンおばさん―――!!」




「・・・とにかく、この霧の地域をどうにか出ないと―――」

何も見えん!身一つで歩くサーベイヤーは、M・R・Oを捜すというよりは霧の濃いこのルナ平原から出ようとただ模索していた。しかし時間が経つと共にその霧はますます濃くなり、一寸先の闇も霧・暗中模索も霧中の五里霧中の霧だらけになっていた。

「・・・もうそろそろ霧が晴れてもいい筈だが―――」

一応自分では、地理的に馴染の深いタルシスに向かって歩いてはいる積りだ。先程から歩数を数えて歩いているが、歩数的にはルナ平原からそろそろ出る。ルナ平原の特徴として、出口付近は霧が晴れる。晴れないという事はまだ出口は近くないという事か。

疑いながらも前へ進むサーベイヤー。道はまだ続いている。それなりに歩き、気が抜けたところで悲劇は起きた。

「!!」

足がぐきっといったのが聞えた。足の音が耳まで聞えるなんて、結構な音量だと思う。急に自分の身体を支え切れなくなった。


足場が崩れたのだった。


掴まれる物も無くそのまま落下する。落ちたら急に霧が晴れたような気がした。

「・・・・・・あーあ」

頭を掻き掻き、己の間抜さを恥じるサーベス。髪の毛についた細かな石達を、ふるふると首を振って落した。

恐らくカセイ谷に落ちたのだと、サーベスは思う。あまり深い谷では無いのだが、浅い分、空気抵抗が助けてくれず怪我をした。

ルナ平原を蔽っていたのは霧では無く、雲の様だった。ルナ平原は高地なので、霧と雲が雑じる。ここまで範囲が及んでいれば、カセイ谷も霧に蔽われる筈なのだが、土地が低くなると霧は晴れていた・・・之即ち、雲だ。

現に、雲と雲の隙間から光が射している。その光の色は―――赤。

サーベスは時間が気になった。彼が明け方に刑務所を出て、軽く4,5時間は彷徨っている。つまり、今は御昼時であり空が赤いという事は有り得ないのだ―――少なくとも、この小さい火星に於いては。



「おー、スクープスクープ」



一人の男が三脚を手早く立て、カメラを設置していた。その間にも、タルシス地域方面からカセイ谷に掛けての雲は取れ、真赤な太陽が顔を出した。

「!ちょっと!」

サーベスがその男性に声を掛ける。距離的にはそう遠くない。だが、男は写真撮影に夢中で、彼の声に対する答えは無かった。

手持無沙汰のサーベスは苦笑する。

「・・・・・・あのー「待ちな」

がちゃがちゃ機械を鳴らしつつ、本人も忙しなく動く。男はカメラに眼を宛てた侭、ぶっきらぼうな声で言った。

「今が一番いいタイミングなんだよ。終ったらそっち行くから待ちな」

シャッター音が連続で鳴る。一頻撮った後、三脚を畳みひょいと担いで宣言通りサーベスの元へ来た。

「何の用?」

オポとは少し違った色合いのグリーンの瞳。サーベスはフレンドリーな顔を作って気軽に訊いた。

「どんなの撮ってたの?」

「企業秘密」

男が素っ気無く答える。サーベスは困った。沈黙が暫く続く。


「・・・見えんの?」


沈黙を破ったのは男の方だった。地毛だろうか。緑色の髪が静かに風に(なび)く。

「え?」

急に助詞も主語も無しに話を振られて、サーベスは訊き返す。その反応は当り前の事なのだが、相手の男は・・・いいや。と言ってまた黙ってしまう。サーベスは少々ヘンな会話になると思いながら、だが今この時にしかチャンスは無いと思い


緋色(ひしょく)の空かい?」


と付け加えた。相手の反応は意外なものだった。


「・・・・・・仲間だ」


男の無表情が嬉しそうに綻ぶ。たれ目だが、縦筋が入って観察されていそうだった。笑うとそれが優しげに見える。

「俺はマーズ=リコネッサンス=オービター。そっちの名前は?」

「マーズ=グローバル=サーベイヤー」

M・R・O―――サーベスはそんな事を思いながらオービターと握手した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ