Ⅲ-Ⅳ.ヘラスの犠牲者
「弓矢・・・・・・?」
オポが塔に刺さった弓矢を引き抜く。何の変哲も無い、寧ろ原始的な単純に弓矢だ。オポはほ・・・と短く息を吐いた。
「油断しない方がいいぜ」
リコネスがすかさずオポに危機感を植えつける。此処は戦場だ。冷静になる事は大切だが、状況というものを捉えていなければ意味が無い。
「或るジャーナリストはその矢を頸椎に受けて、首から下が麻痺して動かなくなった」
オポは恐怖に顔を引きつらせた。
「に・・・逃げ・・・・」
オポが無意味にきょろきょろ見回す。併し、隠れられる処といえば矢の刺さった白い塔しか無い。それも一時を凌げるか凌げないかだ。オポは完全にパニックに陥っていた。
「・・・・・・もう、何もしない方がいい」
リコネスが冷ややかな声で言い放った。オポにはそれが、自分を責めている様に聞こえた。
「バレてる」
リコネスがじわじわと視線を塔の反対側に這わせる。対してオポは、固まった身体を無理に其方に動かした為、振りが大きくなった。
「動くな!!」
オポが身体をびくつかせる。リコネスはこの時でさえも、まるで取材側では無く視聴者の様に網膜という画面で戦場を“観て”いた。遠くにたくさんの影が見える。
風も止み、霧も晴れていたが砂の微粒子が未だふよふよと空気を漂っている。御蔭で全体が黄色っぽく見えるが、彼等が金髪である事は辛うじて判った。
「オバサンと・・・・同じ色・・・・・・!?」
オポの声が震える。たくさんある影の内の一つが動いて、此方へやって来るのが判った。
「リコネス・・・・・・!」
オポが半ば、助けを求める様にリコネスの名を呼ぶ。併し、場数を幾ら踏んでいたとしてもこればかりは彼がどうこう出来る問題では無かった。
白い塔の後ろから、金髪碧眼の兵士が現れ出でた。応援を呼んだのだろう。四方を一気に囲まれ、完全に身動きが取れなくなった。
前方の兵士の顔立ちがはっきりしてくる。こちらも金髪碧眼。思いの外若い兵士であった。
「っ・・・!!」
前方の兵士がリコネスの顔を見るなり、滾る感情に顔を大きく歪ませる。
つかつかと早足に歩いてゆき、リコネスに掴み掛かった。
「またお前達か―――!!」
「リコネス!!」
オポがヒステリックに叫ぶ。すると周りに居た3人の兵達がオポを囲んで、リコネスから引き離した。
「な――!」
オポは恐怖する。この様な状況から脱する方法を、オポはまだ知らない。これから己に対して何かをする相手の顔を、ただ見つめるだけである。
「!」
意外に力は強くないと、オポは思った。
自分と相対して体格の違いは然して無い。背が高いだけだ。見上げると、まだ少年ぽさの残る顔立ちをしている。
(まさか―――)
「何のつもりだ!!」
不安定で調子外れな、変声期特有の声が聴こえてくる。オポは兵士の腕の間からリコネスの方を見た。パニックの余り気づかなかったが―――
「こんな――こんな少女まで連れて来て・・・・!!そこまでしてお前達は、金儲けがしたいのか!!」
「やめて!!」
オポが声の限りに叫ぶ。少年兵の腕を振り払って、リーダー格のその兵士の許へ奔る。腕を掴んでリコネスを引き剥がそうとした。
「聴いてください!!私は自分の意思で此処に来ました!だからこの人を責めないで!それに、私もこの人も、別に金儲けをしようと思って此処に来たわけではありません!!」
力強く言って、ですよね!?とリコネスに同意を求める。だがリコネスは、一瞬目を大きく開いてオポを見ると、露骨に逸らした。
「え!?目的はお金だったんですか!?」
確認を取っていなかったオポ。墓穴を掘ってしまった気がする。その手の約束はしていないのに、騙されたという被害妄想に陥った。兵士がオポの手を突き離した。
「お前達はいつもそうだ・・・!!他人の不幸を喰い物にし、見世物にし、それに依って儲けた金を此方へ回す事もせずに私利私欲の為だけに使う――!!少年兵は可哀相だ、エトルリアは残虐だなどと吹聴し、根本的な改善には手を染めない―――これだからジャーナリストは―――!!」
「だからジャーナリストなんじゃねぇか」
リコネスが漸く口を開ける。彼のポケットからポーチが零れ落ちた。ファスナーが開いていた様で、中から札束が床にばら撒かれた。オポを囲んでいた少年兵達は、目の色を変えてその金にありつく。
オポやリーダーは絶句して、野生動物の様な少年兵達を眺めていた。
リコネスがリーダーの手を振り払った。
「真実を洗い出し、提供し、それを報道に広めてもらう。そこまでがジャーナリストの仕事よ。ジャーナリストだって人間なんでね・・・個人で民族一つに貢げる奴なんて居やしないさ」
リコネスが、金を頬張る少年兵達を空ろな眼で見下ろす。金の価値を中途半端に知っている。交換できる物資が無い中、札は只の紙切れ同然だが、金の価値が変動するというシステムは解っていない様だった。
見渡せば、此処は寧ろ避難所に近かった。居るのは少年少女ばかりで、少女に抱かれる小さな子供も少なくなかった。今目の前に居る者達は、敵前逃亡をして子供を逃がそうとする兵士か、子供避難を命ぜられた兵士か。何れにしろ、もう一線にいる兵士ではない。
「その金が欲しいならやるよ。持っていきな。俺からの貢ぎ物だ」
そう言って、彼等に背を向けるリコネス。それを皮肉と受け取ったのか、リーダーはギリッと歯を食い縛り棍棒を彼に振り下ろした。
「そうやって、危険が迫れば金さえばら撒けばいいと思っているのか!!」
中途半端なものが最も複雑だ。何をして欲しいのかがわからない。ならば人的支援をすればいいのか。
がっ!
リコネスが振り返る。何よりも先にその両の眼に飛び込んできたのは・・・オポの両腕だった。
「なっ・・・!」
愕いたのはリコネスよりも寧ろ攻撃を仕掛けたリーダーの方だった。オポは咄嗟に暗器を取り出し、リーダーの棍棒を受け止めていた。
「・・・・・・!」
リーダーがすぐさま棍棒を引っ込める。結構な衝撃だった様で、オポは受けた後に暗器を取り落し、両手を押えてふらついた。
「・・・・・・」
リコネスが素早く暗器を拾い、オポを支える。オポは痛みを堪えながらもふっふっふ・・・と不敵に哂い、挑戦的な口調でリーダーに言い放った。
「伊達にスパイやっちゃいませんよ・・・!」
「スパイ・・・・・・!?」
リーダーが碧の眼を散瞳させる。
「そんな・・・この子達とそう変らない歳の子が、スパイなんて・・・・・・」
リーダーが目に見えてうろたえる。少年が戦争へ駆り出される哀しさを、この青年は知っている。
だがスパイと分った以上、敵は敵だ。自分達が此処に居る事をばらされるかも知れない。青年は棍棒を再び構え、今度はオポを敵視した。
「何処の配属のスパイだ!抵抗するなら――」
オポはびっくりした。思わずリコネスに、私何だか勘違いされてます・・・?と確認を入れると、リコネスは、いんや、勘違いじゃなくてキミが誤解させる言い方してるだけ。と答える。勘違いでも誤解でも、要するに食い違っている訳だ。
「私は戦場担当のスパイではありません!国家機密担当のスパイです!」
「だから何処の機密スパイだ!!」
「エトルリアでの“国家”はテラ=チレナの事だよ」
リコネスの解説が入る。あぁ、もうごっちゃ・・・・オポは此処へ来て初めて大きなカルチャー・ショックを覚える。煎餅を知らない時点で軽くカルチャー・ショックはあったが。
オポはこれだけは言いたくなかったという顔をしながら、だが状況打開の為に開き直った。
「私はコード‐ネームオポチュニティ。火星国立航空宇宙局の情報を担当する、チレナではなく星のスパイです!この戦争に於いては全くの無関係です!」
「・・・・・・」
やはり戦場の兵士だけはある。そう簡単に信じようとはしない。暫くの間考えを巡らせていたその兵士は、忘れた頃になって疑いの晴れぬ眼をしながらもオポに訊いた。
「・・・・・・なら何故この戦争地帯へ来た」
「リコネスが行くと言ったからです!」
「!!・・・お前―――!」
またまた誤解を生む発言を。兵士はリコネスを憎悪の眼で睨みつける。また掴み掛かられると思い、オポがリコネスの前に立って庇った。
「やめてくださいっ!少なくとも今回は、リコネスは金儲けじゃ無いですよ!きっと・・・今回は・・・墓参りなんです!!」
「何!?」
兵士は愕きを隠せない。まさか、この危険地帯を縫って死んだ者を弔う者なんて在るものか。しかも如何にも情の薄そうな奴が。
「う・・・嘘を言え!「嘘なんかじゃ無いです!!」
とても気になるこの続きを、オポは高い声で打ち消した。
「だって・・・そうでしょう!?こんな戦場まで遙々遣って来て、こんな奥まった白い塔まで来て、掘り返したら壺が埋ってて・・・・中に人骨入ってるんですよ!しかも最後はその壺に、カメラマンの命であるカメラまで入れて・・・・・これを、墓参りと謂わずに何と謂うんですか・・・・・・!!」
「旨かったか?」
リコネスがにんまりと口角を上げる。愉快、というか滑稽そうな口振りだ。オポはゾクリとしてリコネスを振り返った。
リコネスが輝板の眼をぎらつかせている。
「・・・一人、人的支援してやってたろ?」
輝板の眼が青年兵士を捉える。兵士は眼を逸らす事が出来ずに、ごくりと生唾を呑み込んだ。
「美味だったか?」
もう一度、訊く。
「3年前の今頃、少年兵達が人質として捕え、殺したマーズ=ウィルキンズ=ミコーバーは」




