Ⅲ-Ⅱ.エトルリア人
「はーなーせーー・・・!」
久々登場、グローバル=サーベイヤー。彼は今、60kgの鉛を付けて、このマルガリテフェル地方を歩いていた。
「何でさー・・・仲間だろ、あたし達!!」
ステート=シェリフがサーベイヤーに引き摺られながらガッツ‐ポーズをする。60kgの鉛と謂えば、まさにこのヒトだ。
太っているなんて、言わないで欲しい。こう見えて身長は176cm、BMIにすればたったの19.4である。それに鍛えていてよ。
「まだその話をひきずるのか君は!!もう話数的にもだいぶ前になるのに!!」
そもそも、再登場が遅すぎるのである。主人公なのに。何故こうも名乗らねば認識して貰えないのか。出番と女性に恵まれないという己の不運さを彼は痛感した。
「眼鏡のオッサンの言ったコトは正しいんだよ!!」
髭眼鏡のおじさんの事だ。まるで酔っ払いに絡まれた気分。サーベイヤーは今後、このオバサンとは絶対に晩酌を共にしないと誓った。
「大体、あの眼鏡自体は実際には何も言ってなかったよね?」
言っていたら恐怖である。おじちゃんなんてジンニーではあるまいし、眼鏡から出てきた憶えも無い。
が、シェリフはあっさり
「いーや!言ってたね!なに、聴こえなかったの、あんた。ダサッ!・・・・・ププ」
と、引き摺られながら口に手を当てて哂った。・・・何故かはわからないが、微妙に腹が立つ。
「・・・・・・もう、この惑星自体、そんなコト言ってられないしね・・・・・・」
「・・・・・・」
珍しくしみじみと言うシェリフ。サーベイヤーは気になって、表情筋さえまともに動かせば端整な顔の女性を見つめた。
「・・・シェリフさんは、緋色の空とか、視えたりしないの・・・・・・?」
「何でさ」
聞いた事も無い難しげな単語を、ばっさり斬る様に短く返すシェリフ。余りに切り返しが早いので、サーベイヤーは少々言葉に詰まった。
「・・・いや、そんな事言うから・・・」
すると、シェリフは呆れた様に溜息を吐いて、自分からくっついているくせにあーやだやだ。とでも言いたげに手を払う仕種を取った。
「あんた自分が特別だとか思ってんじゃないよ。んなの、周囲を見てりゃ解るじゃないか」
サーベイヤーははっとする。緋色なんて気にせずとも、崩壊なんて年月をみればありありと視えていた。
例えば、年々無くなる河の水。オポと始めたこの旅で、これまで3か所ほど谷や湖を見てきたが、どれも水の姿を拝む事は出来なかった。
オポが好んで食べているほっけは、絶滅する前に保存食として残った、魚類。化石みたいなものである。
「・・・・・・あんた、歳は?」
突如話題と関係の無さそうな質問をされて、サーベイヤーは戸惑った。何と無く、嫌な予感がする。
「に・じゅうに・・・ですが?」
「あっはは!そのカオで!?汚れを知らなさそうな!?」
「すみませんね!世間に塗れてなくて!俺は所詮ニートですよ!」
やっぱり。涙目にまでなって爆笑っている。サーベイヤーは悔しいやら恥かしいやらで、拳を震わせた。オポの失礼さが、とてもまともに思えてきた。
「22ならちょうどその世代だろ!?出生時からみるみる水が減っていった、不便さを科された世代!あたしもちょうど被るんだけどね!」
何故か胸を叩いて、誇らしげに咆えるシェリフ。まだ若いという事をアピールしているのだろうか。併し彼女はもう、三十路近い。
「オポチュニティまで下ってしまうと、不便さが当り前なんだろうけどね。あーあ、かあいそっ。あんたは感じないハズは無いよ。水危機で戦争になった地域もあるんだ」
サーベイヤーは、リコネスが彼女はエトルリア人だと言っていた事を思い出した。
「・・・エトルリアとサバ人の、ヘラス戦争・・・・・・?」
触れてはいけない話題かと思い、サーベイヤーは顔色を窺う様にひかえめに訊く。するとシェリフがむすっとした顔になり、バキバキと彼の肋骨を絞り始める。
「あ・・・っ、たたたた!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・!!肺に・・・!肺に刺さる・・・・・・!!」
「何であんたはそう、暗い譬えを挙げるんだい・・・・・・!そんな風に引き合いに出したら、当時者達がかわいそうじゃないか・・・・・・!!」
妙にドラマティックになり、真剣に当時者達の事を想うシェリフ。併し、その当時者達の中に、彼女自身は含まれていない様な感じだ。時期が違うのか・・・?
・・・・・サーベイヤーは肺を押えて荒い息をしながら、くだらなく錯綜した考えを廻らせていた。
「例を挙げるなら、日常生活で十分じゃないか・・・・・・!そっちの方が身近だろ!?どうしてそう、他人の不幸から偸もうとするんだい・・・・・・!?」
あぁ・・・このひとは、心の底から自分の事よりも他人の事を想っているのだ・・・・・・サーベイヤーは不謹慎な事を言ったと反省した。彼女のこの性格なら、髭眼鏡のおじちゃんが言った言わないに拘るのも頷ける。そして口を滑らせた。
「・・・・・・ごめんなさい。でも俺、ずっと家から出ていなかったものだから・・・・・・ニュースでしか・・・・・・」
「引き篭り!?あんたニートな上に引き篭りだったのか!」
すると今度はサーベイヤーがシェリフの腕を強く握り、絞りながら彼女に迫った。
「本物の引き篭りに引き篭りって言ったら傷つくんだよ・・・・・・!!」
「・・・・・・はっ!ごめんなさい・・・!!」
シェリフも己の言葉の不用意さに反省する。二人は肩を組んだ。仲間意識が格段に上がった様な気がする。これならフュージョンも出来そうだ。
そうこうしながら歩いている内に、赤い岩石砂漠のみが広がっていた地域に、車が何台か止まっているのが見えた。
簡易な立札。横書きで、左側から大きく「月極駐車場」と、べっとりとペンキをつけて「月極駐車場」と、右側はスペースが無さすぎて、その上ペンキが擦れ、何と書いてあるのか判らないがとにかく「月極駐車場」と書いてある。手書き感満載だ。
「月極駐車場・・・?」
サーベイヤーが立ち止まる。立札だけがしてあって、何処から何処までが駐車場なのか判らない。止めている車も、よく見ると等間隔には開いていない。立札からは遙かに離れた位置に止まっている車もある。かと思えば、これは停めるのに苦労しただろうと思えるほどに、立札に密着した車もある。
サーベイヤーの目の前に、15万ユーロ(日本円にして2445万円)は下らない真黒に光る如何にもな高級車が止まっている。金銭感覚の無い彼に、この車が幾らするかは判った事では無いが。それでもとにかく見目が凄い。
「うーわー。高いだろ、コレ・・・・・・」
傷なんてつければ文無しの彼には一生返せない額である。サーベイヤーは一歩下がり、でも普通の車とどう違うのか気になって、でも覗き見は悪いと思うのか、どちらでもいいからはっきりせいと言いたくなる姿勢で結局は覗く。
遠隔操作の音がした。
「御苦労」
がちゃ、という音にサーベイヤーが振り返る。突然、車のドアが開いて、彼はその車の中に押し込まれた。
「!?」
ドアが、閉る。
「・・・・・・霧が晴れた」
リコネスが立ち上がり、周囲を見渡した。先程まで霧・霧・霧の一寸先は霧であったのに、彼等が数回、土を被せると霧は清められたかの様に相殺されてしまった。
「嬢ちゃん。帰・・・」
リコネスの眼が透き通る。と、いえば聞えはいいが、実際は固まっていた。
オポが謂わば他人の墓で、砂の城を作っていたのである。
「あー崩れるっっ;」
「・・・・・・」
リコネス絶句。子供というものは恐いもの知らずである。というかこの娘、もう子供という年齢でも無い気がするのだが。
「オポでいいですよ、オポで!毎回そんな、畏まられたら堪りません!」
オポが何故か偉そうに、人さし指を突き出して左右に動かす。畏まっている訳ではないと思うのだが。明らかに誰かの受け売りだ。
「で、ですから・・・!リコネッサンス=オービター・・・・・・」
オポが急速に顔を紅らめ、声を落とす。その後の台詞が続かない。思春期だからと開き直って、ふてぶてしく思春期を利用している割には、思春期特有の恥らい等には妙に忠実だ。現金なのか人見知りなのか、どちらでもいいからはっきりせいと言いたくなる眼で訴えかけてくる。
「じゃあ俺もリコネスでいいよ」
リコネスはオポの“思春期特有の”複雑な心を汲んで遣った。オポはホッとした表情を見せた後、はっ!と顔を強張らせて
「べっ・・・別にフル‐ネームじゃ呼び難いからそう呼ぶだけですからねっ!」
と、崩れた砂の城を捏ね回した。申し訳無いが、今はこれ以上付き合ってやれる時間は無い。
「嬢・・・いや、オポ」
「なっ、何です?」
言った傍からアダナを呼ばれて、オポはどきんとしてリコネスを見上げた。何だか照れくさい。
ビュン!
オポの頬の皮膚が切れた。背後の白い塔に突き刺さり、ビィンとぶれる。
「な・・・・・・!」
オポが愕いて振り返り、背後の塔を見る。現在では廃れてしまって、オリンピックでしか見られない様な物がその塔には刺さっていた。
「弓矢・・・・・・!?」
「再開した」
リコネスが早口で言った。焦りを帯びているように聴こえる。
「え―――」
オポはリコネスの声も相俟って顔を蒼くした。初めて命の危機というものを感じる。
神経に雷が墜ちる様な感覚だった。
「エトルリアの民族紛争が・・・・・・」