Ⅲ-Ⅰ.家族
サン=バジリデは今、至福の時間を過ごしていた。そう、まさに楽園。だって其処では・・・
「い痛々(つつ)・・・・」
憬れの、カウンティの手当てを受けているのである。
「動かないで」
でれでれとする彼に、貫通した彼の大腿に、カウンティは容赦無く力を籠める。バジリデは気絶しそうな程に悶え苦しんだ。
「遣れ殺れ。上には何も言わん」
ボロ=マーシャルがキャスター付の椅子を転がし愉快そうに言う。バジリデは半泣き状態になりながら立ち上がって叫んだ。
「“遣れ”のニュアンス、違いますよね!?二つめ、明らかに“殺せ”でしたよね!?」
「動かないでってば」
カウンティにぴしゃりと言われて、彼は落ち込む・・・暇も無く、包帯をぎゅうぎゅうに締めつけられて苦しいやら痛いやら。彼女は間違いなく、目の前に座るオッサンの血筋だ。
「・・・・・・」
そのオッサンは、天井と壁の境目にあるヨードチンキの染みを眺めて、何やら考え事をしていた。バジリデが静かになれば、この部屋は静かになる。バジリデは彼の聡明そうな額を上目だけ動かして見て、先程の会話の遣り取りを想い返していた。
そして今、救急箱を片づけるカウンティを見る。
(・・・・お父さん、なんだなぁ・・・・・・)
バジリデは自分の胸に手を当てて、お父さんとは、何だろう。と少しイメージしてみた。
お父さん、ってやっぱり、自分の子供が犠牲になりそうになると、心配してくれるものなのだろうか―――?
「―――・・・」
バジリデははっとした。“お父さん”への興味が強い余りに、自分の父親と重ねようとしていた。それはとても、失礼な事だ。
(・・・・・・危ない危ない)
彼は他人だ。寄り掛かってはいけない。
(いや!そもそも!殺されかけたし!!しかも父の割には子供っぽいし!)
バジリデが一人で勝手にパニックに陥る。今度は、自分を手にかける時の顔を思い出しては、ジレンマのイメージに想いを馳せた。
(・・・・・・悩むよなぁ・・・)
バジリデがそう想えば想う程、彼の表情は物憂げに見えた。だが、たかがボロさま、されどボロさま、物憂げな表情で突飛なコトも思いつく。
「ワカメ」
「はっ!?」
待って待って。確かに私はウェーブ‐ヘアですが。発言が惑わそうとも、至極真面目な顔でいるので笑えない。
だが、少なくともバジリデの察しは全く要らないモノである事がわかった。
「貴様、カウンティと一緒にステート=シェリフを捕獲して来い」
「ほ、ほか・・・・・!?」
彼の真実を一番よく知りながら、実は出会って数日しか経っていないバジリデは、ボロ=マーシャルに免疫が無かった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!俺がカウンティ警視と・・・・・・!?」
バジリデは大腿の深い傷も忘れて、どきどきした。
「サン=バジリデ警部補は大腿を怪我しておりますが」
意思の賛否に関係無く、身体がついていこうとしているので、カウンティが今一度確認を取った。
ボロ=マーシャルはニヤニヤ哂う。
「嫌か?」
「・・・・・・別に」
カウンティは特に何とも思わぬ様子だ。
「足手纏いにならないならば」
バジリデは泣きの涙で涙を流した。出来る事ならこのまま泣き寝入りしたい。火星の女性は強いなあーもー;
「お前の好きに使っていいぞ。それこそ、役に立たねば盾にするなり囮にするなり射撃練習の的にするなり」
「えぇーー!?待ってください聞いてましたよね俺の話!!誰かの犠牲になるのは嫌だって!!」
「何だ貴様。カウンティの犠牲でも嫌なのか」
う・・・とバジリデは声を詰らせた。どうしよう・・・こんな機会、滅多に無い。そう思って、カウンティの方を見る。
「・・・?」
カウンティ、無表情は無表情だが不思議がっている。バジリデは無礼にも局長の服の袖を引っ張って、耳元で囁いた。
「で、でも・・・!俺何すればいいんですか?カウンティ警視、命令してくれませんよね!?」
「貴様がカウンティに命令しろ」
は。型に填らない、というか型をたった今粉砕したね、このヒト!!地の文章にまで進出してくる程、このワカメは混乱している。
「ムリムリムリ!!だだって俺、下っ端ですよ!!それを上官に!?」
「下っ端が何だ。カウンティはそんな事を気にする人間ではない」
うわ、何この最強一家!バジリデが今まで苦労してきた事柄全てが取り掃われる。
バジリデは就職してから圧しられ、圧しられ平らになってこの地位まできたが、ボロ=マーシャルは不本意な棚ぼた、カウンティ=マーシャルには上司が在ないも同然であったので、当然と謂えば当然だった。
「貴様の考えの範疇ではステート=シェリフは絶対に死なん。思い切って何でもやってみろ」
「でも!でもですねマーシャル局長!シェリフといいますと大総裁長官のパリッシュ長官でしょう!?失礼な事したら・・・」
「俺には充分無礼なのにシェリフは気にするかこんにゃろめ」
まさにその通りだと思う。マーシャルがごつごつした手でバジリデをぐりぐりする。こめかみをやられたバジリデは平衡感覚を失った。
「大体、貴様等下っ端の考える事なぞ長官クラスの笑い話にはなってもマークはされんわ!!」
確かに、と空っぽで揺れまくる頭の中でバジリデは思った。自分は揺れる機内で機関銃なんか連射できない。
「何やってもいい。死んでもそれは時の運だ。逆に殺す位の勢いで、考えあぐねてもがいてみろ。それをカウンティに伝えるんだ」
! バジリデはぴんときた。考える事を、放棄してしまったカウンティ。下っ端の俺が成功したら、希望の光が一筋みえる。失敗してしまったら・・・自分の存在は彼女にとって身近になる。プラスは2倍・マイナスは半分、という訳だ。
「・・・お父さん、なんですね」
皮肉ではない。羨ましい。全然素直でないけれど、こんなお父さん、少し欲しいと思ってみたりする。
「だから何だその家族設定は。地区部署でも使えるだろうが」
「え・・・・・・」
バジリデは目を見開いた。あの刑務所地区に返されるんだ・・・・・・でも、警視だけでなく、自分にも目を掛けてくれているという事だろうか
・・・・・・バジリデの強い視線を受けて、マーシャルはじりじりと彼の方を向く。目が合った途端にばつの悪そうな顔をして、椅子から立ち上がり背を向けられてしまった。
「という訳だカウンティ。指示はこのワカメに仰げ。何か起これば全ての罪を此奴に被せろ」
「ええ!?」
ひそひそ話の時と全く何もかもが違うのですが。お父さんてこんなに矛盾した存在ですか。
「・・・?はい」
二人の会話が先行してよく解らないながらも、カウンティはいつもの如く、自身の運命さえも成り行きに任せた。
「君もオトナになったねぇ」
騒動の発端とも謂える国家刑事警察機構総裁・パリッシュ=シェリフが、音も無く秘密基地と化しつつある局長室に勝手に入って来た。
「子供もまぁた増やして」
「煩い」
マーシャルが短く一蹴する。パリッシュは目をくりくりと動かして、驚いた様に彼を見た。
「・・・言うねぇ」
ひょいっと局長室の立派なデスクに飛び乗り、フカフカの立派な椅子に座るマーシャルと視線の高さを合わせる。
「言っとくけど君、以前にも況して失礼になったよ。前々から凄かったけど、煩いなんて言われた事無い」
すると、マーシャルは俯き加減に短く溜息を吐いたが、すぐに髪を掻き上げてパリッシュを見た。腹を括ったか。
「・・・今更でしょう。私はあんたに刃を向けた。極上の無礼をしたんです。ここでどう下手に出ようと、やった事実は変らない」
開き直った。パリッシュは冷静に自分を見つめる彼の眼を視た―――迷いの無い眼。後悔なんて、していない。
まぁた肝っ玉が一段と据わった。パリッシュは無邪気に笑い、マーシャルをつつき始めた。
「はぁ~、親になるとやっぱ変わるもんだねぇ」
「どーしてあんたといいあのワカメといい、家族を構築したがるんですか。俺に実子は一人もいない!!」
パワー‐アップした超・ボロ=マーシャル。併し之でまた選択肢が減る。単なるぶつぶつ文句も親ゆえの苦悩に聞えるから不思議だ。
「・・・・・まぁ、今回の決断はベストだったと思うよ。よく、丁度いい配分で出来たもんだね」
「これはあんたか」
マーシャルが遠慮も礼儀もへったくれも無く銃をパリッシュに向かってぶん投げる。危ない。暴発の心配は無いのか。
パリッシュは最初から受け止める気無くひらりと身をかわす。銃はそのまま飛んでいき、換えたばかりのテレビにヒットし、テレビは前のめりになって床に墜落し、バグした。
「取れよ!!」
「危ないじゃーん」
パリッシュはかわした勢いでデスクから下り、意味不明だが可愛らしいダンスを始めた。
「君の短所は、何たってその短気さだよね。そんなんじゃあ、僕だって君を逮捕せざるを得なくなるじゃないか」
けん・けん・ぱ。をしながら玩具の銃を拾うパリッシュ。銃口を椅子から動かないマーシャルに向けると、ふっと鼻から息を漏らした。
「そして、周りが視えないトコロ」
パリッシュが引鉄に手を掛ける。
「バジリデ君の言った事を、よぉく胸に刻んでおくんだよ。君にとって大切なモノが、他のヒトにも大切かっていうと、そうじゃない。裁く権利が有るのは、君だけじゃない。君自身が裁かれる事もあるわけだ。自分勝手な行動は慎みなさい。君自身が裁かれれば―――」
引鉄を引き、指を離す。
「君の大切な人達が、ゆき場を失うよ」
球形弾が、マーシャルの左胸に中り、墜ちた。
「・・・・・・ま!これだけ子持ちだと、実質身重で動き取れないし、君もだいぶオトナになったからね。大丈夫でしょ♪」
「妊婦みたいな表現をするな」
一度向ければ二度三度も同じ。今度は躊躇い無くサーベルを引き抜く。凄まじいパワー‐アップぶりに、パリッシュも流石に冷や汗だ。
「いやぁホントに、強い強い。その愛情をさ、スティトちゃんにも注いであげてよ」
「は?それはあんたの役目だろうが」
自分を仕留める事で頭がいっぱいの局長は、つい素に戻っている事にとんと気づかない。パリッシュは少し、複雑な気持ちになった。
(・・・まぁ、逆に家族だと思われてもねぇ・・・)
親は自分だ。それに、ステートは他人の庇護など必要無い。彼女は最初から、とても強い女性であった。
ただ、もうちょっと、大切にしてくれないかなぁ・・・
親として、上官として、パリッシュは娘の往く先を案じた。




