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地球の植民  作者: でうく
第Ⅱ章:『マーシャル』の秘密兵器
24/33

Ⅱ-Ⅻ.ブレイキングダウンなコーヒーブレイク

()ったか・・・」

静まり返った階下を見下ろし、ボロ=マーシャルは呟いた。

・・・・・・寒い。早々に窓を閉めて、温かいコーヒーを淹れる。

そういえば、今日はデーブさんを観てないな・・・と専業主婦じみた事を言う。主電源の方が近いので、コーヒーを淹れつつ直接テレビの電源ボタンを押した。

残念ながら、もうデーブさんの出演するワイド‐ショーの時間帯ではない。ステート=シェリフは彼の事が嫌いで、自分と似たタイプであるボロさまも嫌いだろうと思っているが、意外にもこのボロさまはあの評論家が好きで、国家刑事警察機構の失態についてもあの人の批評なら素直に聴けるという、根っからのデーブ信奉者だった。

(デーブさんも、テュフォ=フォーレほどたくさん出演すればいいのに・・・)


テュフォ=フォーレ。火星一、生番組への露出の多い司会者としてワールド・レコーズに認定される人物。その時間、実に1日当り21時間42分。火星の1日の長さは24.6229時間であるので、1日の殆どをテレビの中で過ごしている。日常生活はどうなっているのかというと、自分の持ち番組を放送中に、司会をやりつつ寝る以外の家事は全て済ませてしまうと。如何せんイケメンであるので、その変った趣向の番組に、女性達(特におばさま)は大変興味を持ち、彼は絶大な支持を受けているのだと云う。


テレビ画面には、そのテュフォ=フォーレが早速映っている。シェリフや彼の不祥事について、フォーレは水道の修理をしながら

{もう警察なんてあったもんじゃ無いねー。このひと(マーシャル)を局長の座から降ろしたところで、国家刑事警察機構は変らないよー?いっその事、解体すればいいんじゃないかなー。ねぇ?お嬢さん♪}

と、デーブさんとは正反対の過激な発言を展開していた。多分、数日後にはフォーレ自身が批判対象になるだろうから放っておく。


マーシャルはコーヒーをブラックのまま啜りながら席に着いた。てんこ盛りの書類が、画面を遮る。

「・・・・・・」

全て未完成の書類。マーシャルはそれらを無性に蹴散らしたい衝動に駆られた。



がちゃ。



何の前触も無く局長室の扉が開かれる。無礼者のシェリフでも上司の部屋くらいノックする。勝手に開いた時点で考えられるのは一人。マーシャルはテレビを消した。



「パリッシュ=シェリフ長官」



すっと立ち上がるマーシャル。敬礼をした侭動きを止める。国家刑事警察機構長官・マーズ=パリッシュ=シェリフがぴょんぴょん飛び跳ねながら入って来た。

「何の御用でしょうか。パリッシュ=シェリフ長官」

パリッシュは彼の問いには答えず、好き放題局長室を眼だけで漁ると、ジェンガが出来そうな位高く積み上がった書類を見て言った。

「全然進んでない様だねぇ」

「途中、色々と問題が発生致しましたので」

マーシャルが素っ気無く答える。だが、内心はほくそ笑んでいた。

「そうそう。なぁんか出たんでしょ?不審者が。髭眼鏡を掛けた」

「ええ」

マーシャルは一つ咳払いをした。両眼の前に指で輪っかを作ってみせるそのさまは、髭眼鏡のおじちゃんそのもの。吹き出しかける。御蔭で、パリッシュの次の質問に答えるのに、少々の時間を要した。

「で、君は指揮を執ったのかね?」

「・・・私は、謹慎中の身です」

「・・・それで、不審者を取り逃がしたと」

慎ましやかな態度とは裏腹に、マーシャルの心は勝利感に満ちていた。上手く逃げたか・・・逃げられたという失態の割には、堂々とし過ぎていたかも知れない。

「・・・他人事かぁ」

逃げられたにしても、それはマーシャルの失態ではない。寧ろ、謹慎の身で指揮を執る方が失態だ。そこらへんの計算はよくしてある。


「・・・・・・やっぱ、君が指揮執ってくれないと国家刑事警察機構(このグループ)はだめだねぇ」


マーシャルの眼が煌いた。彼が()っていたのはまさにその台詞。奴を利用した甲斐があったというものだ。



「そうで「で・も」



パリッシュの口角がにんまりと上がる。伏せがちにマーシャルを見る彼の眼は、髭眼鏡のお茶目さとは多分に懸け離れた鋭さがあった。


「なぁんかニオウんだよねぇ」


マーシャルは息を呑んだ。一瞬、黙る。何がですかとでも訊こうと思ったが、声が渇いていたり裏返ったりする事は容易に想像がつく。それをパリッシュが気づかないはずがない。結局、黙って先を彼に委ねる事にした。



「・・・・・・保護したかれは、元気になったかね?」


「!!」



気がついた時にはパリッシュは既に、局長席のマーシャルの背後に佇んでいた。マーシャルは振り向く事が出来ない。


「・・・サーベルを替えたのかね、マーシャル君?随分新しくなった様だが」

パリッシュがマーシャルの腰に差さるサーベルに触れる。急遽別のサーベルを手配したのだが、まさかこれほど近くで見られるとは思わなかった。

「だめだねぇマーシャル君。お兄さんの形見なんだから、大事にしなきゃ」

・・・・・・サーベルを抜けない。って、抜けないという事は、長官相手に叩っ斬る心算(つもり)だったのであろうかこの男は。

パリッシュは大きく息を吐いて、髭眼鏡の付属であった様なちょび髭をぽわぽわさせた。


「姑息だねぇ。別に悪い様にはしないって言ってるのに。そんなに信用無いのかなぁ」


(無い!!このモノポリーじじい!!)


マーシャルは身体を強張らせたまま顔をくわっ!と青筋だらけにした。沸々と煮えたぎる怒りをぶつけない分、まだましだろう。


それにしても、パリッシュに奴を保護した事実を知られたならば、かなり厄介な展開になる。とはいえ、このモノポリー顔のじじいは十中八九事実を把握しているに違いない。加えて、積年の経験からか些細な言葉尻からでも嘘を簡単に看破する。事実を盾にしない限り誤魔化せない訳だが、彼の言う“事実”に勝る事実は見当らなかった。

奴と闘ったのは確かだが、今此処に居ない以上は逃げられた、詰り“負けた”という評価に繋がる。そう思われるのは癪だった。

尤も――サーベルが替っている事から、ある程度の予想はつくが。マーシャルは観念した。


「・・・・・・どうして、その事実を?」


マーシャルの飲み掛けのコーヒー‐カップを見て、パリッシュが私にもちょーだいっ!と駄々を捏ねる。マーシャルは根負けして、はいはいと手早くコーヒーを煎じてカップに注ぐと、パリッシュの前にどん!と乱暴に置いた。

「・・・・・・それで、何故「ミルクと砂糖はぁ~?」

手足をばたばたさせてデスクの上で暴れるパリッシュに、マーシャルの額に浮き出た神経はぷつっと音を立てる。

「あなたで搾ってあげましょうか。ミルクを」

「んも~。い・け・ずぅ~♪」

完全に扱いに慣れているパリッシュに、マーシャルは脱帽せずにはいられなかった。




「マーシャル家がシェリフの傘下に入って、もう3年になるんだねぇ」

なみなみにミルクを注いで、コーヒーが欲しいと言っておきながらどちらがメインか判らないドリンクを飲みながら、パリッシュはしみじみと言った。スティック‐シュガーを粉薬の様に別にして飲む彼に、マーシャルは若干引き気味である。

「何ですか今更」

パリッシュは意味も無くティー‐スプーンでくるくるとミルク‐コーヒーをかきまぜる。手持ち無沙汰で暇、という感じだった。だが

「私を怨んでる?」

「は?」

らしくもない問いに、マーシャルは思わず眉をひそめた。

「・・・・・・何故です」

「バラバラになったでしょ?君の横のツナガリが」

「は」

パリッシュが、ティー‐スプーンでミルク‐コーヒーを掬ってちみちみと飲む。マーシャルは思い当る節が無さそうに首を傾げた。

「・・・・・・コネチカット=マーシャルについて。あれは事故です。別にシェリフの所為ではない」

「姪のコちゃんには、ショックな事をさせちゃったなぁ」

 パリッシュは今度は両手でカップを持ち、口をつけてブクブクと音を鳴らす。でも飲まない。

「・・・・・・」

マーシャルは何杯目かわからない、熱めのブラックを一気に飲んだ。



火星暦3年前に、1つの大きな事件が起った。『太陽高原立て籠もり事件』である。

ボロ=マーシャルがまだ実働部局助手、ガンマンと両立しながら兄の陰として生きていた頃の話で、当時実働部局長だったコネチカット=マーシャルが、太陽高原地区警察に視察へ行った際に起きた事件である。

ボロ=マーシャルは局長代理として国家刑事警察機構に入っていた為、その事件はテレビ画面を通してしか見ていない。その事件の担当がカウンティ=マーシャルであった事は、今でも(しっか)りと記憶している。



「あれは偶々(たまたま)です。まさかああだったなんて、誰も予想し得ない」

舌がヒリヒリする。一気に飲み過ぎて火傷した。空気に晒して冷やしたいが、今この状況でしては途轍もなくカッコ悪い気がする。

「幾らあなたでも、予想できる訳がないしそういう方向に持っていける訳がない。運に頼る様なあなたではないでしょう」

語尾が物凄く面倒くさそうなマーシャル。密かに手で煽いで舌に風を送りながら、彼は急にニヤッと(わら)った。

「・・・・・・でもまぁ、横のツナガリとやらは崩れましたね。ボロボロに」

パリッシュがナイーブになっているのをいい事に、遠回しに散々な当て擦りをする。マーシャルは指折り数えて勿体振りつつ言った。

「有能な人材をたくさん解雇せざるを得ませんでしたからなあ」

「その優秀な人材が、君に逢いに来たのだろう?」

マーシャルは口を閉じた。まだ七分目位までコーヒーの入ったカップを乱暴に置く。中の液体が、デスクに点々と黒く飛び散った。


「そろそろこちらの質問にも答えて貰いましょうか、パリッシュ=シェリフ。何故その事実を御存知なのかを」

マーシャルがサーベルに手を掛ける。パリッシュはいつもの人を喰った様な余裕の表情に戻り、嘲り嗤いながら訂正をした。


「パリッシュ=シェリフ“長官”だよ、マーシャル君。君と私は対等ではない」

「一つ勘違いをされている様ですが、パリッシュ=シェリフ“長官”。確かに私は地位は欲しい。その為に、所々で悪あがきをしてみたりはしますが、所詮はコネチカットのイスが空いた、だから入った、ポッと出の警官である事は承知済です。このイス(ポスト)は安定職では無い。このイスに私が捨てられる事もあれば、私がこのイスを捨てる事もあるんですよ」

マーシャルがゆっくりと剣を抜く。パリッシュが目を伏せて、安らかな笑顔を浮べる。その笑みに、嘲りの要素は含まれていなかった。

「・・・それが、あの事件で学んだ事か」

「何を言っていますか。私は元はガンマンの出ですよ。常に取捨選択を迫られてきたんです」

「・・・それで、今度は私を捨てるか」

「質問に答えないあなたが悪い」

新しいサーベルが、カチャリと音を立てる。砥ぎたての刃が白銀色に輝き、刃先からは鋭い光が外に向かって放たれていた。

「情報が漏洩した際元栓を締めておけと言ったのはあなたでしたね?シェリフ長官」

パリッシュは否定しなかった。

「・・・ま、それでも私の経歴・カウンティの経歴・マーシャル家の経歴共に垂れ流しなのでしょうな。長官という立場には警察関係者のプライバシーを視る権利がありますからね」

パリッシュは何も言わない。澄ました顔をして、ミルク‐コーヒーをぐびぐび天井を仰いで飲む。飲み終えて、ぷはぁと声を上げてカップをデスクの上に置くと、目をしぱしぱさせた。

「・・・洗い出しが随分乱暴だねぇ、マーシャル君。そんなだから、職権濫用刑事(デカ)だとかいう烙印を()されるんだよ」

「あなたには絶対に言われたくない」

マーシャルが口を大きく弓なりに反らした。このじじいを相手にすると、殺す気が失せるのも解る気がする。

だが彼は、上官に対して刃物を向ける。人は之を“親心”だと呼ぶのだろうか。


「言ってください、シェリフ長官。情報源は何処ですか」

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