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地球の植民  作者: でうく
第Ⅱ章:『マーシャル』の秘密兵器
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Ⅱ-Ⅺ.ひげめがねが教えてくれたこと

何だこの手記は。私は愕然とした。思わずその手記を閉じる。

その手記は、生物を生きた侭異星に飛ばす、数々の実験記録を遺したものだった。我々現代人も、生きた魚を水槽に入れた侭宇宙を漂うとか、人間が宇宙服を着た状態での異星散策等には既に成功している。だが、そんなものなど比にならない。

発生レベルだ。胚を異星へ持ってゆき、その星で成長させ、生殖させる。そんなものは、ついこの間欧州(European )宇宙(Space )機関(Agency)が植物の実験で成功させた程度だ。地球ではまだ実験していない。

この高度な実験を―――(しか)も生物を使って―――成功させたと記述してある。どういう事だ。最初は戯言だと思って読んでいたが、この論理では・・・・・・恐らく成功する。

(これ)は誰の手記だ。そして、何故この様な実験資料をアンが持っている。この手記だけでは無い。私の研究室にある様な厖大(ぼうだい)な研究ファイルが彼女の部屋を覆い尽している。この部屋は、まさにそう―――プライベート・スペースではなく、アンの研究室だ。


―――アンへの疑いが、募る。

「いたたた・・・」

サーベスがむくりと起き上がる。ここのところ彼は生傷が絶えない。ガンガンする頭を押えると、ガラスで切った血が付いた。


「・・・・・・」


上に乗られて潰れ、伸びているシェリフを見る。・・・(おもむろ)に、髭眼鏡を掛ける。ゆっくりと立ち上がり、大きな一歩を踏み出した。

がし!

「ぉわっ!?」

突如足が引っ掛り、転び掛けるサーベス。髭眼鏡が墜ちる。手を着いて背後を向くと、ふっふふ・・・と女が不気味に嗤い己が足を引張っている。



「逃ーがーさーなーいーよー!!」



(ええぇーー!!)


サーベス、本気になって逃げようとす。だがこの女、有り得ない程に力が強い。彼の方が()き込まれる。

「ちょ・・・ちょっと待って!あなたに追われる理由はありません!!」

「お黙り!あんたがココに居るってコトは、オポチュニティがすぐ近くに居るってコトだ!あんたを使って(おび)き出す!!」

「い、いえ居ませんって・・・・・・つい先日(はぐ)れました」

弁解するも、全く聴く気無しのシェリフ。サーベスは手を伸ばして何とか髭眼鏡を取ると、身を翻して髭眼鏡の顔を彼女に向けた。

「!!」

シェリフの眼が底抜けに碧くなる。

「あっははははは!!」

大爆笑のシェリフ。やっと手が離れた。サーベスはその隙に立ち上がると、出口に向かって一目散に走り出した。

「あははっ!こら、待てーー!♪」

シェリフが笑い過ぎて海辺で追いかけっこをしている時の男女の様な声を上げる。気持ち悪く思えたサーベスはとどめに、振り返ってもう一回髭眼鏡の顔を見せると壁に消えた。効果は覿面(てきめん)。シェリフはその場に倒れ、転げ回ってげらげら笑う。


(えっ、と・・・確か・・・・?)


その間に、T字路になっている石の迷路みたいな廊下を左に曲る。曲がってすぐの所に一つだけ高く上がった石段があった。その上には白薔薇・赤薔薇・黒薔薇が他の石段と同じ様に植えてあり、どう見ても出口には見えない。誰が通ったという形跡も無い。が、サーベスはその石段を乗り越え、数m下の石の床に着地すると、梯子一つが原始的に掛けてある正方形の切り込みを飛び下り、塀を越えた。



緋色(ひしょく)の空が見える。



「あ・・・また、視える・・・・・・」

背後を確認する。シェリフは来ていなかった。撒いている内に再び走り、早いトコロ国家刑事警察機構の敷地から出てしまう。

(それ)にしても・・・・)

サーベスは走りながら、頬をひくひくさせた。たりーんと冷や汗一つ。

(国家刑事警察機構も、すごい人材選ぶのな・・・)



「マーズ=グローバル=サーベイヤー!!」



「!!」

まさか自分が追い着かれるはずも無いと高を括っていたサーベスは、その殺気が瞬時には誰のものかわからなかった。振り返ると・・・ステート=シェリフが猛烈なスピードで、此方に向かって奔っている。


「なっ・・・!!」


そのスピードと殺気、食堂のおばちゃんに優るとも劣らない!!すぐにサーベスに追い着き、先回りして彼の前に立ち塞がる。

「・・・・・・俺に追い着いた人なんて、今まで誰もいなかったのに」

半ば呆れ気味にシェリフを見るサーベス。シェリフは一頻(ひとしき)り笑った様で、ハァハァゼェゼェ肩で息をしながら

「フッ。手負いのあんたに追い着けない程あたしもヤワじゃないよ!大人しくお縄頂戴しちゃいな!!」

と、縄で括りつけた手錠を振り回しながら言う。サーベスはげぇ、といった感じに口を真一文字に開いた。

「だからオポは居ないんだってば。(はぐ)れたんだって」

「敵の言うコトは聴かーん!!」

一蹴して手錠を投げつけるシェリフ。サーベスは敵!?と露骨に傷ついた。


がちゃ。と手錠の片っぽがサーベスの片手に(はま)る。


本来ならば、傷ついて放心状態の彼に近づいてすぽっと両腕填めた方が非常に簡単で効率的なところを(あえ)て手錠投げに挑戦して片手でも成功させた事に対して敬意を表すべきだが、そうするには彼は傷つきすぎていた。

「・・・・・・」

彼はしゅんとした侭、手錠に結ばれた縄の結び目を地道に探し、地道に解いた。手錠投げ、意味無いじゃん。

「んなっ!!」

シェリフ、ショック。

「あ」

ショックの余りに手錠の鍵を落す。急いでいる訳でもなくサーベスが拾い、がちゃんとなる部分を開けて手首さんこんにちは。えーっ。手錠自体も意味無いじゃん。

「・・・・・・っ!」

シェリフ、ダブルショックで声も出ない。

サーベスが背を向けて。シェリフは反射的に銃を構えた―――チャキ。あたしは、オポチュニティ逮捕が悲願の警部。獲物は逃せない。彼はその気持ちを汲み取っているかの様に、止り、振り返った。



髭眼鏡を掛けて。



―――あぁ、どうしてあたしは、さっきこの顔を見て笑ったんだろう。

このオレンジ色の眉毛。何て哀しげに、垂れ下がっているんだろう。

あのぽよぽよの髭。あんな髭じゃ、鼻に当って息がしづらいに違いない。



苦労してるんだなぁ・・・



二人は向き合い、立ち尽して、敵味方考える事をやめた。シェリフは拳銃を捨て、サーベスは手錠を捨てた。これで二人は平等だ。


世の中には、生きる事に困窮し、形振(なりふ)り構っていられない者が在る。敵味方線引きをしていては、その人は死んでしまうかも知れない。平和に生きたいのだ、皆。平和を実現する為に、此処で反目し合い共倒れしては、本も子も無い。


―――その事を、この髭眼鏡のおじちゃんは気づかせてくれた。


サーベスが、髭眼鏡を胴上げの如く宙へ舞わせる。シェリフも駆け出し、二人は上空に向かって大きな声で叫んだ。

「ありがとーーー!!」

それは、おじちゃんに対する心からの感謝の言葉。

「ありがとーーー!!」

本当の事は一度しか言わない。本当の胴上げも、一度しか投げない。

宙へ舞った髭眼鏡は、本当の、たった一度の胴上げを受けて、マーガレットの湖の跡地へ沈んだ。

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