Ⅱ.ステート=シェリフとボロ=マーシャル
「・・・・・・はぁ・・・」
女は作業を止めて、何かの桟らしき物に手を掛けた。
「・・・あのひとは、気付いているのかしら・・・」
女には、太陽の核が見える。昔はもっと見えやすかった。ヘリウムがこれほど核を覆い、守る様は初めてだから―――
「エリスが沈んで、ネーデルラントも水に浸かったわ。結局はこの地球も同じ運命を辿るのね・・・」
――それに、何よりも太陽自体が温度を上げている。地球も温暖化しているが、太陽の外層の手は今や、水星と金星にまで及んでいた。
「太陽が、怒っている・・・・・・」
女は震えて、己の肩を抱いた。神話にでも出てきそうな民族衣装を着ている。だが、顔は見えない。
「・・・どうせ、この惑星ももう、滅びるのだわ・・・・・・」
場所は、研究室のようだった。
「―――アン」
私は珍しく、妻の名を呼んだ。本日の会議は早めに終った。見切りを付けて帰って来たのである。
誰も、時代遅れの年寄り爺を止める者など居やしない。むしろ清々したと思っている。そうやって、己の色眼鏡でベンハムの独楽遊びの討論でもして、結局一つの答えを出せないのが現代の若僧には似合いだ。
真っ白な壁の我が家。眩しくて目が眩む―――そういえば、我が家の壁はこんなに白かっただろうか?
私は久々に、申し訳無く思った。叉も研究に没頭して、家庭を顧みなかった。アンは芯の強い女だ。が、やはり夫婦の役割として、共に食事くらいはすべきではなかろうか。まぁ、先ず、アンを見つけぬ事には何も始まりはしないのだが。
「―――アン?」
いつもなら、騒がしくはないが犬の様にちょこんと、必ず出迎えてくれるのに、今は来ない。
「・・・・・・アルトタス?」
彼女の本名―――呼ぶと何故か嫌がられるが―――を呼んでみた。だが来ない。偶には共に外食でも、と思ったのだが。
仕方無い。私は靴のまま家へ上がって、白い廊下をずかずか歩いた。本日は白衣は必要無い。
ハンガーに乱暴に白衣を通して壁掛けに掛けると、ソファに横になって、私はアンの帰りを待つ事にした。
『私に、協力してください!!』
オポチュニティにとっては決死の告白だった。それこそ目も瞑るような。だが、サーベイヤーは呆れた顔をしてあっさりツッコんだ。
「・・・・・・何をよ?」
! まるでフラれたかの様に、ショックを受けるオポチュニティ。そして何を思ったか、サーベイヤーの肩を掴んでゆさゆさと振った。
「あなたには能力があるのよ!?」
「はぁ?」
「あなたを国立航空宇宙局に取られるワケにはいかないのよーー!!」
サーベイヤーは揺さ振られながら、えーと、とあさっての方向を見ながら恍けた顔をする。国立航空宇宙局に関する心当り・・・・・・無い。
「・・・ま。とりあえず登って、我が家に帰りましょ。煎餅食べながら話でも・・・「コレをですか・・・・・・?」
オポチュニティに指差されて、上を見るサーベイヤー。
マリネリス峡谷――全長4,000km、深さ7km。サーベイヤーの家があるタルシス高地との標高差――27km。
オポチュニティと同じく、サーベイヤーの顔も、妙な具合に引きつった。
「それに・・・帰る家はもう無いと思っておいた方がいいですよ」
「え・・・?」
サーベイヤーがオポチュニティの方を向いた途端、強大な爆発音が上空より響き、マリネリス峡谷目掛けて黒い雨が降って来た。
そしてそれは形を成し―――
「!!」
サーベイヤーの足元に突き刺さる。
「―――!コレは――」
見憶えのある塗装。馴染のある板張の屋根。更には焼け焦げた木製の脚、1枚だけ奇跡的に原形をとどめて舞う煎餅――
「私の家ですね・・・・・・」
「ええ、あなたの家です」
流石にショックを隠せない家主の肩を、オポチュニティは後ろから叩いて無念そうに宣告した。
「シェリフのオバサンの仕業ですよ」
マリネリス峡谷にて焚火をする二人。オポチュニティはがさつに、焼魚を串から引き抜いてがつがつ食べる。何だか行儀が悪い。
「あのヒトは爆弾魔なんですよ。私も住む家失くしましたもん」
コップを手に、体育座りをして炎を見つめ続けるサーベイヤー。愁いを帯びた瞳をしながらも、今あるこの現実に対してツッコむ。
「てか何で、マリネリス峡谷に魚と水が・・・?「いいじゃないですかそんなコト。私が常備してるんですよ。文句あります?」
ローバー様降臨。童話的な容姿に潜む黒いオーラに、サーベイヤーたじたじ。
「大体あのヒトしつこいんですよ!一つ覚えにオポチュニティオポチュニティオポチュニティ・・・ウザイと思いません!?」
はぁ・・・と頷くサーベイヤー。いや、それが彼女の仕事だから・・・なんて、命が惜しくて言えない。
「思い通りにいかないとすぐ爆破!しかもその爆発は、スパイ・オポチュニティがやったって言い振らすんですよ!?」
シェリフ(そっち)の方が罪人だよね!?サーベイヤーはそう思った。だが敢て、それを口に出しはしない。
「仕方無いので、私が代りに謝罪文書いて、国民にばら撒き逃亡ですよ!おかしいと思いません!?」
かわいそうに・・・・・・最早絶句のサーベイヤー。ごときというのは酷いが、それしきの事で彼は情緒的にぐっと来た。
(苦労してるんだなぁ・・・)
「そう!そうですよ!私は協力してくださいって話をしていたんです!!」
オポチュニティが急に地面に両手を着いて、噛み付くように大口を開けて言った。サーベイヤーは一瞬、心を読まれたのかと思った。
「あなたは今日、この火星の空が夕刻でも無いのに赤く染まる現象“緋色の空”を目撃しました・・・・緋色の空はこの惑星の崩壊を予言する現象――しかもこの現象は、極々限られた人にしか居合わせる事が出来ません――」
オポチュニティはする事がいつも唐突である。今度は急にサーベイヤーの鼻先に人さし指をもってゆき、そっと触れた。
「その目撃者が、あなた」
むっとして、触れられた鼻先を摩るサーベイヤー。なるほど、スパイだけあって行動を起す際の気配が無い。子供のくせに生意気な。
「国立航空宇宙局にもそのような人材は少なくて、募集としてでなくスカウトという形で緋色の空目撃者を集めているんです。そして、彼等を使って火星の余命を計っている――」
「そんなに人集めなくても、一人いれば余命計れると思うんだけどなぁ・・・」
「あっまぁーーーい!!」
オポチュニティが遠慮も無しに、サーベイヤーの頬を両手で挟み叩く叩く。サーベイヤーの頬にも流石に怒りマークが。
「研究者は統計で判断するんですよ!?人数が多いがいいに決ってるじゃないですか!!」
びしっ!と目潰しをする気満々の2本指を掲げるオポチュニティの背後で、研究員達がせせら嗤っているイメージ映像が。オポチュニティは自らその偶像を破壊して、更にサーベイヤーに詰め寄った。
「其にですよ!?大体私は国立航空宇宙局の遣り方が気に入らないんです!火星の環境が危うくなってきたから地球へ移住すると考える輩が!!」
「―――え?」
サーベイヤーが怪訝な目でオポチュニティを見る―――喰い付いてきた。オポチュニティはしめしめと思い、続ける。
「国立航空宇宙局は、一般人を利用するだけ利用して、研究員だけ火星を棄てて地球で繁栄を遂げようとしているんですよ!地球の往く先も予想できるってもんですね!!」
「ズルイな、研究者・・・・・・」
ちっ、といった顔をして、舌を己の指に軽く触れさせるサーベイヤー。オポチュニティは解釈の仕方が自分と少し違うかもと半分気付きながらも、ここぞとばかりに畳み掛けた。
「でしょ!?だから、あなたを奴等の思惑通りにさせたくはないのよーー!!」
「うん、わかった。今度君のような人が来ても家にいれない事にするよ。じゃ」
ほっけありがとう、と言ってスタスタと去ってゆくサーベイヤー。オポチュニティは唖然としてサーベイヤーの帰路を見送り、ほっと一息ついたところで、ちょい待ち!と身体を器用にくねらせ叫んだ。
「帰る家!無いですよね!?」
サーベイヤーがくすり・・・・・と哂い、華麗に振り返る。余りの不敵さに、オポチュニティはきっ、と身構えた。
涙がひとしずく。
「それを言うな・・・・・・!」
その姿が余りに惨め過ぎて、先ほどのギャップもありオポチュニティは何も言葉を掛ける事が出来なかった。
「“緋色の空”の目撃者・・・・・」
サーベイヤーが落ち着き無くしゃかしゃか歩き回る。ここ数分で彼は随分と奇人・変人へ変貌を遂げた。オポチュニティが多少引いた眼で彼を見る。と今度はピタッと止り、オポチュニティに限り無く顔を近づける。
「なら」
「なっ、何ですか?」
どぎまぎするオポチュニティ。いやん、私も15の乙女。そりゃときめくわよーと、妙な期待に胸を躍らせながら、オポチュニティは彼の長く黒いまつげを眺めていた。
「“赤い空”の写真を撮影したカメラマンも珍しい人なのな」
「―――え?」
オポチュニティの表情が、年齢不相応な位に大人っぽく、硬くなってゆく。
「俺の家で、見たよね?テレビ。カメラマンが写して報道に提供しないと、あのニュースは見られなかったわけで」
「確かに・・・」
顎を手に埋めて、感心した様に頷くオポチュニティ。対照的にサーベイヤーは、やや呆れた顔をして彼女を見る。
(全く、このコは頭がいいのか悪いのか・・・・)
「グローバル=サーベイヤー・・・!」
オポチュニティがすがる様な声で己の名を呼ぶ。サーベイヤーは溜息を吐いて、固く組んでいた己の腕を解いた。
「・・・・・サーベス」
「え・・・?」
「毎回そんな畏まられたら堪んないよ。そう呼んで?」
オポチュニティは俯いて、言われた台詞の意味を心の中で噛みしめた。これはもしや“ニック‐ネーム”というモノでは・・・!
「君は?」
ふと我に返るオポチュニティ。高揚感たっぷりの顔を慌てて上げると、サーベイヤーが不思議そうな表情で此方を見ていた。
「へ・・・!?」
「渾名。“オポチュニティ”は流石に呼び難いよ。何て呼べばいい?」
オポチュニティは顔を真赤にした。そんな・・・略称で呼び合うなんて初めての経験・・・・・!
「アダナ・・・!「ま、君はローバーちゃんでいいよね」
ニッとした顔でサーベイヤーがオポチュニティを見る。からかう様な流し眼に、オポチュニティは必死になって声を張り上げた。
「オポ!オポでいいです!!だから本名連呼しないでー!!」
「まだ2回じゃん」
ニヤニヤしながら上着を脱ぐサーベイヤー。オポチュニティは、今度は何ー!?と涙をちょちょぎらせて叫んだ。
「寝るんだよ」
え。オポチュニティの思考が止る。その間にもサーベイヤーはばさっと上着を被り、横になり始めている。
「よいこは夜9時には寝るものなんだよ」
「私はもう子供じゃありません!!」
オポチュニティがムキになって怒鳴り込む。すると、サーベイヤーが鬱陶しそうに振り返った。垂れ目が更にとろんと垂れている。
「子供は皆そう言うんだな」
あなたが眠たいのでしょう。オポチュニティは腕時計に眼を遣る。8時49分。
「いーい?谷というのは底冷えするものなの。だから暖かくして寝るんだよ。じゃないと風邪引くから。朝は7時には起きなさい。睡眠時間は10時間。云々・・・」
傍から見ていて面白い位に急速に眠りに墜ちてゆく。やがて、すーすーと軽い寝息を立て始めた。ドラ○もんの主人公に匹敵する。
オポチュニティは好奇の眼でサーベイヤーの顔を覘き込んだ。そして結構思いっ切りつつく。
(一般人って結構無防備に眠るものなのかしら・・・?)
次の日、起きたオポチュニティの頬には、無数のつっつき痕があった。
「?・・・?つっついたの私の方なのに「オポ。行こう?」
ドキドキした。アダナで呼ばれて急に恥しくなる。オポチュニティはどもったが口許をいーっとさせて、サーベイヤーに食いついた。
「馴れ馴れしくそう呼ばないでくださいっ。まだ私達、一夜を共にしただけの仲じゃないですか」
サーベイヤーが横目でオポチュニティを見る。素直にわかった。と言って先に歩き始めた。
「わかったよ。ローバーちゃん」
「ーー!」
人さし指だけぴんと立てて、スタスタと勝手に進んでゆくサーベイヤー。昨夜つついた御返しにぶすぶすつつかれたのだと察すると、オポチュニティはその後ろ姿を刺したい衝動に駆られた。
「それは言わない約束です!」
「いつそんな約束を?」
歩くのが速いサーベイヤーの後を、彼よりだいぶ短い脚でこまごまとついて行くオポチュニティ。こうして見ると、まるで兄妹の様だ。
二人の姿が遠くなってゆく。画面上から二人が完全に姿を消すと、真っ黒い大荷物を抱えた細身の男が流れる様に現れた。
「『マーズ=エクスプロレーション=ローバー』・・・・・・」
誰も知らない筈のオポチュニティの本名を呟いて、此方にちらとカメラ目線で目を遣ると、そそくさと二人の歩いた跡を往った。
この時のかれの特徴を述べるとしたら、ベリリウムの髪にヘーゼルの眼。火星人としても珍しい色合いである。
「・・・ステート=シェリフ」
国家刑事警察機構事務総局内局実働部局長・マーズ=ボロ=マーシャル。齢42。階級としては警視監に相当。目つき鋭く、オール‐バックの広い額が経験の豊かさを思わせる。
マールボロを咥え、火を点ける。ステート=シェリフが中へ入って来ると、彼女に向かってフー・・・と煙を吐いた。
「・・・幾ら偉いからといって、部下に向かって煙を吐くのはどうかと思いますが」
シェリフはシェリフなりに、私情を抑えて上司に忠告した。拳が左胸の前でふるふると震えてはいるが。
マーシャルはシェリフの忠告を見事に無視して目の前にあるリモ‐コンでテレビをつける。丁度お昼のニュースの時間。画面では、リ‐プレイで何度も家が吹き飛んでいる。
「・・・ちょっと。何の為にあたし呼んだわけですか!?」
突然、マーシャルが席を立つ。シェリフは驚いて一歩下がる。立ち上がったマーシャルは、警官としても背の高いシェリフの背を優に超えていた。
ごん!!
「いっ・た・・・!!」
拳をスラム‐ダンク。脳天にしゅわゎと煙が上がり、シェリフはそれを両手で押えて悶絶した。押える指と指の間から煙が洩れている。
「何すんですか!!「このたわけが!!」
ダンディなるたわけ発言に、シェリフはあは・・・!とまで声を漏らして慌てて口を塞いだ。マーシャルがぎろりと彼女を睨みつける。
「貴様をスパイ・オポチュニティ専従捜査網から外す」
「はぁー!?」
血の気の多いシェリフは、自分でも気が付かない内に机にばんっ!と片手を着いて、上司にも関らずタメ語で突っ掛っていた。
「何でだよ!!」
「職権を乱用する様な部下は実働部局には要らん!!」
「は!?」
シェリフは一瞬ぽかんとした。
「何の話「見ろ!!」
マーシャルがテレビ画面を勢いよく指さす。画面は、丁度家が吹っ飛ぶ映像から切り換り、女性キャスターとテロップが現れていた。
{酷いですね、コレは・・・火星の刑事警察機構も、ココまで落魄れてしまったものなのでしょうか・・・}
キャスターが如何にも悲しげな顔つきで、原稿をぴらぴらさせながら言う。本人は気が付いていないだろうが、原稿の端が画面上に見え隠れしている。コメントも、如何にもその原稿を読みました的な感じで、マーシャルもシェリフもかちんと来た。
{どうでしょう、デーブ=インスペクターさん。現在の警察制度について何か・・・}
{あーねっ。警官も犯罪者と紙一重なトコあるんデスヨ。ほら、犯人を逮捕する為に手段を択ばないトコ、あるデショ?}
質問とずれてるぞ。自分で実行しないで他者の行為をあれこれ言う評論家が。口に出す事は我慢したが、心の中では相当汚い言葉でコメンテータをけなすシェリフ。マーシャルも何も言わないが、恐らく腹の中は同じだろう。
{この家を爆破したという警官、事務総局の内局である『実働部局』に所属の女性だといいますが、その点についてはどう・・・}
{いやぁ、現代はまさに女性が強い世の中デスヨ。だからワタシも貴女が怖い(笑)}
いっぺん死んでみろ。ますます思考が過激になってゆくシェリフ。だが画面上でもそのジョークは白けた様で、女性キャスターは(笑)じゃねぇよ。といった顔で流し、下、恐らく原稿に眼を遣った。先ほどの「酷いですね」と言った時よりもよほど彼女の本心っぽかった。
再び家が吹き飛ぶ映像に切り換る。画面の左下にキャスターの顔が現れ
{情報提供者のM・R・Oさん、ありがとうございました}
キャスター・コメンテータ含め暫く無言でその映像を眺める時間が続いた。
「まだ気付かんか。このトリ頭め・・・・・・」
腕を組み、苛々した様に片足の先をかつかつ床に鳴らすマーシャル。その音を聞いてシェリフもまたイライラする。
気持ちがいい位に家具まできちんと吹き飛ばす、画面上の女。壊れぬ部品があれば、何度でも爆破するそのしつこさ。女の顔には流石にモザイクが掛っていたが、身近でよく見る独自の着こなしのスーツ、紛れも無くステート=シェリフである。
「な・・・っ!!」
シェリフが顔を真赤にして画面に齧り付く。マーシャルはシェリフのわなわなと震える背中を見て、短く溜息を吐いた。
「おめでたいものだな。御蔭で刑事警察機構と事務総局はてんやわんやだというのに」
シェリフ自身が爆破するだけでなく、十数人の部下に向かって
{飛び降りろ!!ホントにこんな所から墜ちたら死ぬか、実験だ!!}
と、タルシス高地からマリネリス峡谷へのダイビングを強要したり
{煎餅1枚全然割れずに落ちてった!飛び降りれないなら、歩いて降りて拾って来い!!}
と、煎餅1枚の探索の為だけに27kmの強歩を命じたりと(因みに現在も探索は続行中である)
「っ・・!」
シェリフは、コレのドコが職権乱用なのかが解らない。
「職権乱用に決っているだろう」
マーシャルが鋭いが呆れた目つきでシェリフにツッコむ。しかしシェリフには上司の小言など聞いている余裕は無かった。
「M・R・O・・・・許せんーー!!」
人に関する記憶だけはやけによいシェリフ。局長室から走って出て行こうとする彼女に、マーシャルは低く平坦な声で呼び止めた。
「誰が勝手に退出していいと言った?貴様に対する処分は今から言う」
シェリフは厳しい表情のマーシャルを見て、はぁ!?と唇を器用に顔の左側に移動させた。
「あたし処分されるコトやってないし!」
「貴様の頭はどこまでチキンだ?」
いがみ合う二人。部屋の中央と端で火花を散らしていたその時、女性キャスターの切羽詰った声が、それぞれの耳に飛び込んできた。
{只今入ったニュースです!“爆裂ドロレス”の愛称で有名な爆弾犯が・・・}
最初は訝しげにテレビを見ていたシェリフだったが、突如はっとした表情に変り局長室を出る。かつかつとマーシャルは追った。
「勝手な行動は慎めと指導した筈だ。カウンティ!カウンティ、ちょっと来い!」
マーシャルが追い着いてシェリフの腕を掴んだ。
「・・・静かですね。見事に誰にも遇わない」
オポチュニティが辺りを気にしながら言う。サーベイヤーははははと笑いながら、先ほどよりのんびり歩いていた。
「水も無いマリネリス峡谷に来る人なんてまずいないからねぇ」
言いながら、巖陰を横目で眺める。何か黒いものが見えた。背後に何か感じる。
ローバー?
では、無く。
「動かないで」
「!」
サーベイヤーが振り向こうとすると、拳銃をごりっとこめかみに押し付けられる。オポチュニティが上半身だけ振り返った。
「・・・さ・・・・・さ、サーベ「マーズ=エクスプロレーション=ローバー」
本名を呼ばれて一瞬愕いたが、すぐ素に戻り彼女はカッコよくきびすを返す。すると拳銃を突き付けられたサーベイヤーが視野に入った。
「私は、国家刑事警察機構警視マーズ=カウンティ=マーシャル。貴女を逮捕します」