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地球の植民  作者: でうく
第Ⅱ章:『マーシャル』の秘密兵器
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Ⅱ-Ⅵ.南へ

「・・・・・・どうすんの、嬢ちゃん」

そろそろ寒くなってきた。もう結構な時間、人面岩の上で何をするでもなく過している。

オポは人面岩の眼に当るクレーターの部分を、ぐりぐりと拳で穿(ほじく)りながら悶々としていた。膝に顔を埋めて起きてこない。

「・・・・・・俺はもう、学者サンは望めないと思う」

リコネスは慰めるでもなく、ただ自分の思う所を述べた。意見を述べるだけでも、彼としては珍しい方なのだが。

だがオポとしては、結構最初からずけずけ言われている様な気がする。正直、落ち込んだ。皆いろいろ抱えている。

「・・・サーベスもね?こっちに戻って来るかわかんないよ。もしかしたら、住んでたトコに帰ったのかも知んない」

無言のオポに、リコネスは(なお)も話し続ける。彼は空を仰いだ。

「あいつも、平和に暮らしたいんでしょ・・・・・・」

オポは人面岩の眼に、爪を立てた。砂にくっきり、爪痕が残る。聞えてくる嗚咽に、リコネスはオポの方に目を移した。

「何で・・・・・」

リコネスの眼の色が角度によって変化する。眼を見開いているようにも、光っているようにも視えた。


「どうして、サーベスは言ってくれないんです・・・・・・?」


オポが顔を上げて、子供特有の涙の拭い方をする。掻きむしる様にくしゃくしゃと。それでも、森色の眼から伝う透明の涙は、全然止ってくれない。

「・・・・・・」

言ってると思うんだけどね・・・・リコネスはそれは口には出さなかった。


オポに初めて感情を爆発させた時、オポの前で本気で落ち込んだ姿を見せた時、そして「触るな」と言った時―――あれは、単に彼の気紛れや、慣れとか、そういった類のものではない―――オポに何かメッセージを送っていたのだ。そしてそれは文句とか、考えとかいうものでもない―――まるで関係が無いとも思えるが、かなり深いトコロで繋がった何か―――“事情”とも謂えるのかも知れない。


「何も言ってくれないのに、怒ったり、傷ついたり・・・・突っぱねたり・・・・・・私はどう接したらいいんですか・・・・・・?」


リコネスは目線を下に向けた。情報取引をする際にも存在()る。己の持つ情報の核心には触れさせないくせに、相手の情報は欲しいと主張をしてくる者が。アンフェアな交渉が行き着く先―――それは「破談」の二・三若しくは五文字だ。



「・・・・・・もうそろそろ、潮時なんじゃないの―――?」



オポが急に泣き止んだ。いや、正確には唖然として涙も出ないと()ったところか。リコネスは髪を掻き上げる。


「俺もサーベスもタイプからして、緋色(ひしょく)がどうとか口外しないよ。火星残留派(あんたたち)は、目撃者(オレら)地球移民派(あちらさん)に引き抜かれないならそれでいいんでしょ」

オポが唾を呑んだのが、眼に見えて分った。これから言う事が、予測できるのだろう。(しか)しリコネスは(あえ)て言った。


「・・・俺も、行かなきゃいけない所があるしね」


オポがまんまるな眼を零れそうな位に大きくして、リコネスを見る。リコネスは立ち上がり、情けを掛けぬ眼でオポを見下ろすと、三脚を担いだ。

「他を当んな。宇宙飛行士サンには、他の仲間を見つける事でカンベンして貰いなよ」

オポは息を呑んでリコネスの去り往く姿を見ていた。


胸が、ドクンと高鳴った。


「待って・・・・・・!!」


オポが三脚を掴む。リコネスが振り返った。目を見開いている。握る力が強いのか。それとも、顔がそんなに必死だったのか。



「何処へ()くんですか・・・・・・!」



珍しくもその顔に、涙は無かった。未だ泣きそうな表情はしているが、悲しいのでは無い。その表情は、寧ろ怒りを内包していた。


「嫌です!仲間を失うのは・・・・行かなきゃならない所があるなら、付き合いますそれくらい!だから・・・」


・・・・・・。リコネスはオポの眼を視た。表情は特に変らない。掴む手を振り払う訳でも無い。だが、次の言葉は語気荒く、明らかに彼女を責めていた。



「・・・そうやって、サーベスやランダーまで私事に付き合わせるつもり―――?」



―――表情が、いつものオポに戻った事が、リコネスには疑問だった。オポは驚いた顔をして、三脚を握っていた手を放した。


「え?今から行く訳では無いんですか?」

リコネスは珍しく唖然とした。少し間を置いてから・・・いや、行くけど。と呟く。すると、先程まで泣いていたオポが今度は笑った。


「なら、大丈夫です。あなたの用事に付き合いますよ」


ホッとした様に。サーベスとランダーが居ない間に済ませられるだろうから付き合うという事らしい。

リコネスはこれであいこですよねと言いたげな彼女の表情に半分呆れる。


「サーベスと学者サンはどうすんの?」

するとオポは、今度ははにかんだ様な表情になって、か細く答えた。

「確かに私には、強引すぎるところがありました―――ランダーには頭を冷して貰って、また暫く経ってからアプローチを掛けてみようと思います」

「でも“応急処置”ってヤツ―――急がなきゃいけないんじゃないの?」

リコネスが現実を突き付ける。オポは吹っ切る様に首を左右に振ると、穏やかだが諦めた様な口調で言った。

「私の考えは、やっぱりプライバシーより公共の福祉です。でも、言いますよね、自分が無事でないと他者は助けられないって。今までそれがよく解らなかったけど、ランダーを見て何と無く解りました。事情もわからないのに、やれなんて言えない。自分に力が無い以上()つしか無いんです」

リコネスが前々回に言った事。オポなりにきちんと考えたらしい。リコネスは俯いて、横前髪で己の顔を隠した。

「・・・・・・サーベスは」

「あれ?戻って来るかわからないんじゃなかったんでしたっけ?」

リコネスは髪の奥の眼でオポを見た。オポは完全に元通りで、悪戯っぽく目をくりくりさせている。揚げ足を取られるなんて初めてだ。


「・・・やっぱり、信じているんですね」


オポは嬉しそうに両目を瞑らせた。

「カウンティのオネエサンが居たから、保護して貰ってると思います。サーベスは犯罪者じゃないですし。いずれ向こうから、連絡が来るんじゃないでしょうか」

どうだろうね・・・リコネスは思ったが言わなかった。スパイにとってはあんな所業、日常茶飯事かも知れないが、あれは不法侵入だ。


「何処へ行くんです?」

オポが屈託無く訊く。それとは対照的に、訊かれたリコネスの表情は完全に消える。長い間が出来た。

「?」

オポが戸惑う。

伸ばすだけ伸ばして、極めて短く、空虚に言った。



「―――――南へ」




真白な部屋だった。血の(自分)色に染まった壁は、もう無い。

自分が外出している間に、見事に業者に塗り替えられてしまった。ナイフも、もう無い。

『綺麗にしておきました。貴方もこんな部屋、嫌でしょう?』

とても精神科医院の職員の言葉とは思えない。あの部屋以外に、自分の存在証明をしてくれるものなど無かったのに。

血が満タンで重い。白い部屋が眩しい。気持ち悪い。

ランダーは真白な椅子にヨロヨロと座った。座るのも嫌で、真白なテーブルに顔を伏せる。テーブルには錠剤が置かれていた。

・・・・・・錠剤まで白い。呑む気も失せた。

狂えたらどんなにいいかと思う。もう半分以上は狂っているが、自覚が有る分最悪だ。狂いそうで狂わない、その境界を彷徨う感覚がどうしようも無くもどかしい。

せめて殺して貰えたら。

外界に出る事は考えない。出たらあの少女が来る。女は女を呼び、叉も私を利用する。

そう誓った時、彼は生きる意味を失った。

この錠剤は何だろう―――曖昧な視力で、小さな文字をぼんやりと見る。(それ)でも読めたのは、運命が私に(これ)を服用する事を奨めたのか。

あぁ、睡眠薬―――熟睡なんて、輸血の時にいつもしているのに。まだ寝足りない?

一生眠り続ける事が出来たなら―――まずい、脳がまひを起して来ている。

半分自覚はしながらも、ランダーは睡眠薬に希望や幻想を抱き始めていた。

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