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地球の植民  作者: でうく
第Ⅱ章:『マーシャル』の秘密兵器
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Ⅱ-Ⅳ.保護すべき人種

目覚めは爽快だった。


毛布に包れ、ソファにうつ伏せで眠っていたかれは、辺りの環境の変化にすぐに気づき、がばっ!と起き上がれ・・・なかった。両腕の支えが利かなかったのだ。

一瞬、自分の腕が何処にあるのか捜した。動かしてみると、両腕共に背中の上にある。金属か何かで一つに纏められている様だ。


「目覚めはどうだ」


!とにかくこの侭では身動きが取れない。寝返りを打ち、ソファからフローリングの床へずり落ちる。巻き込んでいた毛布が払われ、かれと声の主は素顔での対面を果した。



「―――・・・久し振りだな」



かれが後ろ手で毛布を持ち、声の主に投げつける。その声の主は、毛布をサーベルで真っ二つに切断した。毛布の隔たりが消え、また互いの顔が見えた。




「グローバル=サーベイヤー」




彼は後ろ手に拘束された侭の状態でサーベルを握る相手に突っ込んでいっていた。サーベルの先端を一寸で視切り、がらあきとなった鳩尾目掛けて膝を突っ込む!

サーベルの男が咄嗟にサーベルを持たぬもう一方の手で護身する。その間にも、サーベルがばねの様に跳ね返り、サーベイヤーの(もと)に戻って来る!

サーベイヤーは身体を反らし、後ろ手となった両腕で思い切りサーベルを受け止める。サーベルの刃が手錠の鎖に当る。どちらもなかなか頑丈だ。ギリギリと歯軋りを立てるような食い縛りが続き、やがてサーベルの方が音を上げ始める。


「―――ボロ=マーシャル・・・・・・」


随分と保守側に回ったものだ。サーベルの力を利用し鎖を断ち切ろうという算段であったが、実際はこちらの方が丈夫に作ってあった。サーベルと敵に挟まれる。状況が悪くなった。

サーベイヤーは鎖を断ち切る事を諦めた。少々不便だが、この状況ほど不利なものも無いだろう。音を上げているサーベルの方を打ち砕く事にする。

「―――如何した。何をそんなに怯えているのだ?」

マーシャルは目を細めて、小さな子供に問い掛ける甘い声を出した。

サーベイヤーが目を見開く。途端に不安とも不快とも取れる顔になりマーシャルを見た。すぐに視線を逸らす。

マーシャルは、ばねの様な長いサーベルをサーベイヤーの背と繋がれた腕の間にスッと入れ直した。之でもう、逃げられない。


「久々の再会なのだ。慶び給えよ」

「・・・・・・」


サーベイヤーが鳩尾に宛てて立てていた膝を下ろした。マーシャルも合わせて掴んでいた手を離す。と、次の瞬間サーベイヤーの膝が蹴りに変化しマーシャルの顔面へ!

血が飛び散った。だが其はマーシャルの血では無い。あちらの膝が空けば、此方の手も空くのである。

マーシャルは腰から2本目のサーベルを出していた。サーベイヤーのゆく脚の軌道上を既に追っていたのである。ぽん、とサーベルの刃先を、サーベイヤーの首に宛がう。


「―――師相手でも容赦が無いな」


サーベイヤーの上げた脚から、鮮血が滴り落ちる。彼の脚はマーシャルの肩まで到達していたが、刃物を前にしては肉体は無力でしか無かった。


「―――此処は何処です」

会話で時間稼ぎをする。非力な状況に置かれた者の常套手段だ。マーシャルは勝ち誇った様に口角を上げ、猫撫で声で言った。

「私の部屋だ――否、国家刑事警察機構事務総局内局実働部局長室と言ったが解り易いかね?」

「・・・・・・すみません。うまく聞き取れない」

「奇しくも貴様は、叉してもカウンティに拾われたという訳だ」

思い出せない。というより、思い出そうとする努力より思い出せないという断定が先にきた様な気がする。そもそも何故、自分は此処に居るのか。何故相手が彼なのか。また―――



「・・・・・・私を解放しろ」


「口の利き方を弁えろ、グローバル=サーベイヤー」



途端に子供みたいに落ち着きが無くなる。マーシャルが躾る様にサーベルの刃先を斜め上にして、彼のセーターの繊維の中にズブズブと嵌らせてゆく。サーベイヤーの顔が、自然と上に向けられる。

「貴様は今でも、私の管轄なのだからな」

サーベイヤーが一瞬、心底驚いた顔をする。そして、其を否定する様に首を強く横に振った。マーシャルは小馬鹿にした様に嗤った。が



「だが、このザマは何だ・・・・・・?」



マーシャルの眼がカッと見開いた。彼の手が震える。


「貴様はあの頃よりも弱くなった・・・・見たまえ。今、こう遣って血管に刃が侵入している・・・・・なのに貴様は、只一つの抵抗も出来ずに、両手の手錠も未だ外せぬ侭。掃わねば人間の身体が只の血の塊になる事を知っていながら掃おうと努力もしない・・・・・・何故か」


サーベイヤーの真白いセーターが鮮血に滲む。サーベルに新たな血が伝う。


「其が解らない奴は・・・・・・」


サーベルが一気に手前に引き抜かれた!




「死ね!!」




(ざん)!サーベイヤーが為されるが侭に薙ぎ払われ、背後にも立つもう一方のサーベルに寄り掛る。密着していた距離が開き、彼は血のついた脚でマーシャルの胸をぐっと押した。

「!」

幾ら長いサーベルであろうとも、遣い手が離れれば少しは短くなる。サーベイヤーを囲っていた背後のサーベルは、遣い手が押された衝撃で跳ね上がり、彼の手錠の鎖をも捲き込む。予想していたとはいえ、曲るべき方向とは違う所へ関節が向かうので、さすがに彼も小さく呻いた。

「っ・・・!」

頸を斬りつけた方のサーベルはもう一方の影響は有るが健在で、顔を重点的に構わず遣ってくる。サーベイヤーは大きく避けて、その反動を使い身体を無理矢理反転した。長いサーベルと手錠が絡まる。

「!!」

サーベルが動かない。マーシャルが曳き込まれる。もう一方が御座なりになった。之を機にサーベイヤーは両手の赴く侭にぎりぎりと動かす。手錠の鎖が、パキパキと崩れる音が鳴った。まだ外れない・・・まだ取れない。

サーベイヤーが其こそ思いっ切り、手を(こまね)いて観ているもう一方のサーベルに頭突きする!

サーベルはマーシャルの手から墜ち、その衝撃で手首の手錠が遂に外れた。

すかさずにマーシャルの手放したサーベルを取り上げ、半分折れかかった長いサーベルに仕掛ける。其を受けたマーシャル自身は何とか避けたが、サーベルはその重圧に耐え切る事が出来なかった。



キィン!!



マーシャルの眼前で、彼の愛刀が、鋭い音を立てて、真っ二つに折れる。




「――――」




刃先は飛んで、彼の普段使う――デスクでは無い――椅子に、稲妻の如く墜ち、突き刺さった。

局長席―――謹慎中のマーシャルに、豪華な刺繍の施された権威を象徴する席が冒されるこの状況は、どう映っているのだろうか―――


サーベイヤーがマーシャルの下を潜り、出入口のドアへ避難する。サーベルの柄半分がマーシャルの手からスルスルと抜けていった。


がしゃん。


マーシャルは呆然と、己の刀に冒された、己の局長という(ポスト)を見つめていた。




サーベイヤーがドアを背後に、立ち尽すマーシャルの後姿を見つめる。やがて、己の両手首に付いている金属のリングに目を向けた。デスクから拳銃を出し、安全装置(セイフティ)を外す。代りに減音器(サプレッサー)を取り付けた。銃口(マズル)を己の手首に向ける。


音は大して大きくならなかった。自動装填機構を動かなくしていたし、基が拳銃である。上手く誤魔化せたと思う。


サーベイヤーはリングを二つ重ねて、輪投げをする様に、出来るだけ遠くにふわりと投げた。

響く様な金属音はしなかったが、やはり音は鳴る。


サーベイヤーがマーシャルに背を向け、重い扉に手を掛ける。扉が開いて、新しい、冷たい空気を肌で感じると、マーシャルはニヤリと(わら)った。



「・・・・・・フッ」



マーシャルとサーベイヤーが同時に振り返る。マーシャルの手から何かの黒い影が見え、サーベイヤーは顔の前で其を受け止めた。


「此処から外は警官だらけだ。流石に貴様でも複数人相手では敵わんだろう」


サーベイヤーは、疾すぎて黒にしか見えなかった物体(ふくろ)を、ゆっくりと見下ろす。

そして、真っ直ぐにマーシャルの眼を見た。

マーシャルは頷く。

「・・・・・・だが、其が有れば絶対に勝てる」

「―――何故、私を見逃す」

サーベイヤーが辛そうというのか、苦しげというのか、何れにしろプラスでは無い複雑な面持で問う。声も絞り出している様な感じだ。

「―――俺は今、謹慎中だ。勝手な行動・判断は出来ない」

マーシャルが煙草を吹かし始める。フー・・・と天井に向かって煙を吐き、だが、と付け加えた。

「次、顔を見せたら貴様を仕留める。失せろ。二度と俺の前に姿を見せるな」

サーベイヤーはその台詞に対し、何の反応も返さぬ侭、部屋を出た。


この生温い覚悟が、のちに、最悪な結果を導き出す事に気づかずに―――




「―――な、人質には役不足だったろう?」

テレビの電源が入る。マーシャルが、デスクの上に載るリモ‐コンのボタンを押したのだった。モニターという機械から、更に機械的な声が聞えてきた。

{私ならば出来ました}

カウンティ=マーシャル。この章は何かと彼女の絡みが多い。

{局長にも出来たはずです}

「やけに突っ掛るな・・・・何故だ?」

カウンティは元々が伏せがちな眼を、真っ直ぐに構えて叔父の眼を見る。見方に依るのか、意外にも気の強そうなつり目だった。

{彼は釈放された後も、スパイ・オポチュニティと行動を共にしていました。恐らく、ストックホルム症候群(シンドローム)にでも陥ったのでしょうが、その様な心理的作用でも共犯や公務執行妨害として、逮捕の対象となります}

「・・・本当に、違法と名が付くと容赦の無い奴だ・・・」

マーシャルはくすりと嗤った。

{其に・・・・・・}

カウンティが続ける。


{戸籍を持たぬ者は、火星人民とは呼べません}


マーシャルがモニターを振り返る。目を剥いて己の姪を見た。

{人民で無い者は逮捕の対象となります}

「・・・・・・」

マーシャルは床に転がったサーベルの柄の部分を拾い上げる。折れた箇所を穴が開くほど観察すると、手袋の手でその表面を撫でた。

「・・・・・・カウンティ」

立ち上がるマーシャル。

「お前に、面白い情報を与えて()ろう」

柄を握る。刃先は無いのに、折れた先が反射して白い光が放たれる。カウンティは少しだけ瞳孔を開いた。


「あの黒髪・あの黒眼・母斑(ブルー・スポット)・・・・・・あれはサバ人の典型的特徴だな」


カウンティ、彼が何を言いたいのか予想が出来ず、モニターの向うで、只黙って叔父が話を進めるのを待っている。

「おかしいな」

マーシャルが目を見開き、天井を仰ぐ。黒みがかった碧い眼に光が入り、碧が透けて黒色を散した。


「サヴァンは絶滅したハズなのに―――」


カウンティの眼にも、光が入る。白い濁りが消えた碧い瞳は、紛れも無く彼女が彼の身内である事を証明していた。

「戸籍も何もあった物じゃ無い。寧ろ保護が必要だろう。なぁ、カウンティ―――?」

気がついた時には、叔父の眼は此方に注がれていた。まるで全てが御見通しであるかの様に。まるでその運命を嘲うかの様に―――



「お前が担当のあの男―――」

黒髪・黒眼・腕に宿る母斑(ブルー・スポット)・・・・・・



ポーラー=ランダーの(たおやか)な髪が、カウンティの心中で舞う。

「彼奴は―――」




「―――全く、あの娘は何をしているのでしょうねぇ・・・?」

(いわ)陰に潜んでうずくまっていたポーラー=ランダーは、突如聞えた猫撫で声に、身体を震わせた。せめて、夢であって欲しい。

ランダーは恐怖を払拭する為に、首を強く横に振った。併し其でも醒めぬ夢は、辛い現実に他ならなかった。


「こんな処に居たんですか。ポーラー=ランダーさん」


今度は耳元で悪魔の声が聞える。ランダーは出来る限り、寝ている振りをした。このまま嵐が過ぎ去ってくれる様・・・

だが、此処が家で無い限り、その様な甘い期待は通じる筈も無かった。人は誰しも、住居へ帰らなくてはならない。

「―――あらあら、こんなに傷だらけになって・・・・無理も無い。外を知らぬ人間にとって、外は危険がいっぱいですからね」

出たかったのなら、(これ)から少しずつ出してあげる事にしましょう―――

―――嘘だ。ランダーは思った。


私では無い。狂っているのはこの精神科医だ。人権なんて、有ったものでは無い。私だけでは無い。あの病院には、社会へ戻る夢も叶わぬまま、30年以上閉じ込められている者も居る。

でも、もう私達はあの病院を出たところで、社会にも受け容れて貰えない。私達の居場所は、もうあそこしか残されていないのだ。

火星の末期。火星自体に住める場所が少なくなっている現在では、火星の福祉は退化してゆく一方だった。



「さぁ、帰りましょう。私達の“収容所(いえ)”に―――」



心がこんなに嫌だといっているのに、身体は環境に順応している。ランダーの脚は勝手に立ち上がり、主治医について歩いていた。

脳と心はやはり違う。ランダーは痛感していた。脳が体性運動神経に司令を出して、今この脚が動いている。脳は柔軟だ。心はいつも置いてけぼりを喰らっている。

「其は違いますよ。ランダーさん」

主治医がランダーの手を引いて言った。ランダーは何も言っていない。こういう、見透かされた様な時の気分が彼にとっては非常な恐怖だった。



「そう思うのは、心がそう制限していた証―――」



マーズ=ジャカラン=ミレール。其が彼の名だった。



「脳は単なる“機能”です。其を操縦するのは心。

心だけが、脳を変える事が出来るのですよ――――」

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