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地球の植民  作者: でうく
第Ⅱ章:『マーシャル』の秘密兵器
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Ⅱ-Ⅰ.精神病院に住む男

カウンティ=マーシャルが、がちゃりと鍵を開け、真っ白いドアをゆっくりと開く。

開くと其処は壁一面が真紅に染まり、窓という窓には鉄格子の付けられた世界が広がっており、腰辺りまで髪を伸ばした白衣の男がふらふらと歩いていた。

カウンティが来た事に気づくと、男はニタァ・・・と彼女に(わら)い掛ける。


「・・・・・・髪を、()かします」


彼女が言うと男は驚くほど素直に、指定されているであろう丸椅子に腰掛ける。カウンティは櫛を何の味気も無い簡易なドレッサーから出して来て、彼の長く黒い髪を梳かした。

彼の髪は、まるで彼の全ての栄養をその髪に費やしたかの様に艶やかで、絹のように滑らかだった。逆に、手の指はがさがさで、爪に至っては蒼白く、縦皴がひどくて年寄りの様だった。

カウンティが櫛を上から下に梳く度に、男の身体は大きく揺らいだ。眼の焦点が余りにも定まっていない。

顔の形としてはそれほど年齢は進んでいないようだが、不健康に刻まれた皴は、末期癌に侵された患者の様だ。

「・・・・・・終りました」

カウンティが声を掛ける。すると男は振り向いて、嬉しそうに彼女を見た。その眼の下には、くっきりと隈が縁取られていて、見ているだけで痛々しかった。


笑う事を忘れたカウンティが、哀しげに、男に笑い返す。


櫛を元のドレッサーに仕舞い、男にしか聞えない様な小さな声で

「・・・・・・また参ります」

と、言った。


男は、理解が出来ているのか出来ていないのか判らぬ、ヘラヘラとした笑いをしている。

カウンティが部屋を出て往く。男は叉、独りになった。

彼は声を上げて笑い、すぐに笑い疲れて、ヨロヨロ歩いて、紅く染められたベッドに倒れ込んだ。




男がこの一室に閉じ込められてから、結構な月日が経つ。正確な月日は、男にももう分らない。

男は昔、科学者だった。紅く染まった白衣は、その名残である。

彼は、火星人が地球へ植民する事について、反対の姿勢を執っていた。その声が、国立航空宇宙局に届く日が来る事を信じていた。

そして、その声は届いた。彼は国際会議へ招待され、その熱い持論を声高らかに叫んだ。

(しか)し、国立航空宇宙局内部では、地球植民は既に暗黙のルールと化しており、彼が呼ばれたのは地球植民を肯定する事への説得が目的だった。

だが、彼は強く否定した。(むし)ろ彼の持論の方が説得力が有った。筋も通っていた。


彼は幼い頃から変った人間で、奇行も目立っていた。過去の情報を蒸し返され、彼は精神的におかしいとされた。


或る女が言った「彼は人類を破滅へ導こうとする過激派だ」彼は精神病院に収容された。


鉄格子だけがアクセントの、真白い部屋は、健常者でも狂ってしまいそうな潔癖さで、(やが)て彼は、今迄に無い性癖を持つ様になった。

真白い壁をキャンバスに、自分の血で、()を画く様になった。日に日にその回数・量は増えてゆき、白い面積より紅い面積の方が(ひろ)くなっていった。

点滴と共に、輸血を受ける事が、彼の日課となっていった。併し、その度に輸血針を引き千切る為、点滴に麻酔薬を雑ぜ、彼の意識が消失した後に輸血が為される様になった。




今日も、知らぬ間に血液がまんたんになっている。血液が溜ると、身体が重くなって嫌だった。

彼は、隠してあったナイフを取り出して2,3回、軽く腕の皮膚にスライドしてみる。使い込んだ為か、軽く当てたところで全然切れない。刃先は血でコーティングしてある。


ぐっと、今度は、ナイフを握る手に力を籠める。肘から先を真っ直ぐに伸ばし、刃をぐっと肉に喰い込ませた。


ナイフを握る手を思いっ切りひ



―――がらっ、がら、どさささっ!!



男は引く事無くナイフを肉から浮かせる。愕いて、音のした背後を振り返った。


「ぁっ・・・たぁーーー・・・」

己しか居ない、完全なる密室に、何故か一人の少女と二人の青年が居た。天井に穴が開いている。

「重いよ、サーベス」

「・・・それ、俺が言いたいんですけど・・・・・・下りてよ、二人共」

サーベスが、真紅に染まった壁にぎょっとする。見るからに血と判る。

「血液ですね、これは・・・・・・」

ぴょんとリコネスから跳び下りたオポが、臙脂に乾いた壁の部分に爪を立て、カリカリと剥がした。


職業柄、このメンバーの中で壁のアートをブラッディ‐アートだと判別できない者は居なかった。


「っつ・・・!」

リコネスが髪を引っ張られる。顔を上げてみると、腕が傷だらけの白衣の男が、物珍しそうな眼で彼を覗き込んでいた。

「ベリ・・・リウ、ム・・・・・・?」

「リコネス・・・?」

リコネスの下に居るサーベスが、彼を案じる。リコネスは黙って自分の緑色の髪を弄ると、感心した様に笑って言った。

「・・・アンタ、わかんだ」

・・・? サーベスとオポが間抜けな顔をしていると、何の前触も無くがちゃ!と部屋の鍵が回された。そして、開く。



「どうされました?」



カウンティ=マーシャルだった。先程の激しい物音に、心配して戻って来たらしい。少々息が弾んでいる。

男は振り返った。引く事無くナイフを肉から浮かせる。今日はなかなか手首を切らせて貰えない。カウンティがナイフを取り上げる。

「いつの間にこんな物を・・・お止めください。心臓の弁に穴が開いて死んでしまいます」


男の立つ真後の棚の裏には、オポとサーベスとリコネスが潜んでいる。サーベスが二人を引っ掴んでおり、まるで保護者の様だ。


「私は・・・貴方に死なれたくは有りません」

恥しそうに、だが切実に言い、男に寄り添うカウンティ。大人のロマンスを、オポはじりじりと棚をはみ出して観んとする。が、保護者のサーベスに敢え無く妨害される。リコネスも微妙に構えているが、それも阻止する。


男が驚いた顔をして、カウンティを見つめる。だがやがて、彼女を抱きしめ、ぽんぽんとあやす様に背中を叩いた。

カウンティは目を細めて自分を落ち着かせていたが、思い出した様に恥らいの顔をし、男から離れた。

「・・・・・・」

立ち尽す男。

「・・・・・・」

「・・・・・・また、参ります」

そう言って、カウンティは逃げる様にして去っていった。


「・・・・・・「相思相愛ってやつですかっ?♪」

脱兎の如くぴゅっと現れるオポを、男はぽかぁんと口を開いて見ていた。彼女のテンポの速さについていけていないらしい。

「カウンティのオネエサンも隅に置けないですねぇ。まさかそんな仲の相手がいただなんて・・・」

オポが口に手を当てて、ぷぷぷと冷かす様な、羨ましがる様な笑いをする。サーベスは溜息を吐いた。

「それより、警察関係者(あのひと)が如何して精神病院(こんなところ)に居るのか、だろ?」

サーベスは頭を抱える。

「大体、さっきも出て行ったら見つかる、ってところで出て行こうとして・・・・・・捕まりたいの?キミ」

オポは少しむっとした。

「それは、見つかっても捕まらない自信が有るから遣った事です。あんなオネエサンに私は負けません!」

「へぇ~それはすごい自信だな。だけど少し過信してるんじゃないか?そんな事をしているといつか捕まるよ?」

「あなたには関係の無い事です!」

白熱してゆく二人の言い争いを、男は(はざま)で、呆けた顔をして見ていた。リコネスは暢気(のんき)にカメラの手入をしている。

「私はスパイです!あなたみたいな温室育ちとは基が違うんですよ!!それくらい、脳内に染みついてます!!」

「そうか。もういい」

え・・・と急な話の終結に、オポは戸惑う。サーベスはオポに背を向けて、トボトボと歩いていった。そういえば、どこと無く彼の顔色も蒼白(あおじろ)かった。


「それよりオポ・・・ランダーさんに、そろそろ事情を説明した方が・・・・・・」


血の染みた紅いドレッサーに手を着く。くっ・・・と彼の声が洩れた。足元が崩れ、サーベスはドレッサーに倒れ込んだ。


「サーベス!?」


オポがびっくりしてサーベスの元へ駆け寄る。

身体を支えようと彼に触れるが、物凄い力を以て振り払われた。



「触るな・・・・・・!!」



鍵が壊された。ドアが破られ、カウンティ=マーシャル率いる警察特殊部隊が男の部屋を制覇する。4人は囲まれた。


「こんな時に・・・っ・・・・・・」

ふと、サーベスの意識が途切れる。そのまま、振り払ったばかりのオポに身体を預ける。オポは彼を揺するが、その身体はずしっと重く、全く以て動かなかった。

リコネスがよいしょ、と立ち上がり、マイ‐ペースにオポの前へ来る。カウンティは銃を構え、リコネスの胸に狙いを定めた。

「・・・動かないで。撃ちます」

「どーぞ」

余裕の笑みでそう言って、リコネスはカメラを構える。カウンティは逆に怯み、引鉄になかなか手を掛けられなかった。

彼女が撃てない事にしびれを切らし、特殊部隊の隊長らしき男がアサルト‐ライフルの引鉄に手を掛ける。カウンティは逆に慌てた。


「!待って。まだ」



「は~い、ピ~ス♪」



リコネスが滅多に見せない無邪気な笑みで、カメラのシャッターをぽちっと押した。すると、鋭い閃光が部屋中に走り、その場に居た全員の目を潰した。


男も眩しくて腕で顔を覆う。その腕を急に引っ張られ、外に連れ出される。



男にとって数年振りの外の世界だった。




光が晴れ、目が使える様になった時には、既に部屋はもぬけの殻で、男の姿も無くなっていた。




「・・・・・・ランダー・・・・・・?」




心配するのはカウンティである。カウンティは、ベッドやら棚やらを物色して、男を捜す。焦りと不安が心の中で広がる中、彼女は何かにつまずいた。

人間だ。

捜し当てたと思ってその顔を覗き込むと、それは全く違う人間だった。


グローバル=サーベイヤーが倒れていたのだ。


「・・・・・・」

カウンティが、サーベイヤーを見つめ続ける。

ランダーという男でない事にがっかりしたのか、最後に少し、彼を足蹴にした。

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