新章序章―――バッキーの独白―――
この頃、この家には誰も居ない。久し振りに早く帰って来て、私は気づいた。
――いや、今日が偶々(たまたま)居なかったからそう感じただけかも知れない。確信は出来ない。論じるだけの確たる根拠が無い。
だが、この殺風景の白い部屋は、普段から人が居ない様な冷たい空気が流れていた。様に感じる。
嘗て同志だった者からは、こう言われていた「お前は、科学者らしくないのだ」と―――
私がそう言われる遠因は、私がこう遣って感覚的な事を偶に言うからである様だ。
裏付や証拠も無いのに今回の火星物語の様な仮説を立ててみたり、妻の理由の無い怒りに落ち込んだ状態で会議に出席したりと、衝動的で感情的な面が私にはあるらしい。
私は他人にその様な事は言わないが、他人から見て非常に分り易い人間の様だ。
そして、私は少しひやひやしている。
あの日、アンに責められたあの時から、彼女が何処か遠くへ往ってしまう様な
だが、私はここに居ない方がいい様な
彼女が離れて往ってしまう事の不安と
彼女に言われる侭に研究を続ける事の疑問が入り雑じる
私は、一体如何したらよいのだろう―――・・・
私は今日も、汚れた白衣を壁に掛け、真白な室内への一歩を踏み出す
物体が、総ての波長の可視光線を100%乱反射する時、その物体は白いと云う
乱反射した膨張色のこの部屋は
X線以上に総てを透してゆきそうで、怖ろしくはない、違和だけが残った