表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

テーブルから草が生えてきた

作者: 京本葉一



 九連休となる盆休み、その初日の朝に、ふと気づいた。


 正方形七十センチ幅の、こたつテーブル。

 白と黒、両面つかえる天板がある、リバーシブルタイプで、オールシーズンつかえる、お気に入りのテーブル。


 その白かったはずの表面が、うっすらと緑色に変色している。


 カビだとおもい、洗剤をつかって拭きとった。ていねいに美しく仕上げたのち、裏側の黒い表面も徹底的に磨いた。

 作業を終えて人心地ついたが、もっとカビやすい、その他が心配となる。

 その日は部屋の大掃除となり、一日が潰れた。


 なぜ、こたつテーブルにだけカビが?


 不思議におもったが、安眠を妨げるほどの悩みではなかった。





 連休二日目の朝、こたつテーブルの天板表面が、緑に染まっていた。


 もはや青カビとはおもえない。

 白い食パンでも、一晩でここまで繁殖はしないだろう。


 近くで見ても、菌類にはみえなかった。

 あまり触れたくはないので、虫メガネで観察をはじめる。

 青々としていることしかわからない。

 ピンセットでついてみたり、こそぎとったりしたが、よくわからない。

 もっと倍率を高めて観察したい。

 さすがに顕微鏡はないが、天体望遠鏡ならあった。

 組み立てて設置する。

 ピント合わせに苦労しながらも、なんとか観測に成功。

 テーブルの表面に、草原が広がっていることが確認できた。


 なぜ、こたつテーブルに草が生えてくる?


 謎すぎて、どう処理していいのかわからない。

 とりあえず様子をみることにした。

 不安はあれど、明日は墓参りに出かけなければならない。

 心を静めて、早めに就寝した。





 連休三日目の早朝、こたつテーブルの表面が、濃緑かつ立体的になっていた。


 肉眼でも、起伏があるとわかる。

 設置したままの天体望遠鏡で観測を行なう。


 昨日までは草原しかなかった地平に、山脈があった。

 木々が生い茂る、森があった。

 キラキラしてると思ったら湖があった。

 あと、なにか動くものがいた。


 非常に気になる所ではあったが、墓参りのために観測を中断した。


 人になんといっていいのかわからない秘密をかかえたまま、墓参りに帰省する。

 実家で一晩過ごす予定であったが、すみやかに戻ってきた。

 観測を再開したものの、動くものは発見できず。


 なぜ、こたつテーブルで地殻変動が起こったのか?


 常識でどうこう考える事態でないことは確かであった。

 徹夜する気でいたが、疲れもあって眠気に襲われ、就寝する。





 連休四日目の昼前、こたつテーブルにおける、森林面積の減少に気づいた。


 平野で、なにか蠢いているような気もする。

 さっそく観測を開始した。


 まるで人類のような生き物が集団生活を営んでいた。


 昨日は森であったところで、畑作が行なわれている。

 木材や石材をつかった、建築物もみられる。

 馬や牛のような生き物も確認できた。

 どうやら畜産も行われている。


 原始的、とはいえない文明的な生活。

 昨日のうちに人類が誕生していたとしても、展開が早すぎる。

 なにか起こりはしないかと気になり、一日、牧歌的な風景をながめて過ごした。


 なぜ、眠りからさめると激変しているのだろうか?


 すべては不明。

 文明の発展具合が恐ろしくもあるが、テーブル人類を始末する気にはなれない。

 睡魔に負けて、深夜に就寝。





 連休五日目の朝、こたつテーブル表面の地にて、大きく蠢くものがあった。


 観測を開始する。

 戦争が行なわれているとわかった。


 睡眠時間が短かったせいか、文明は中世のヨーロッパのような風情。


 国家が生まれ、戦争の時代に突入したのだろう。

 剣と剣をぶつけあい、命を削りあっている。

 昨日までの、平和な営みはどこにもみられない。


 泣きはしないが、心は悲しみに沈んだ。

 人の悲しみにつけこむように、蚊が一匹、部屋に侵入してきた。

 追い払う。

 いや、確実に始末する。

 慎重に、蚊の動きを視線で追いかける。

 止まったところを確実に始末する、はずであったが、蚊は、テーブルワールドに着地した。

 しかも、戦地の中心に。


 すぐに飛ぶかとおもいきや、蚊は、まったく動かない。

 観測してみると、群がっている。

 テーブル人類たちが、国家の枠をこえて、蚊に挑んでいる。

 サイズ的には巨大モンスター。

 ドラゴンのような恐ろしい存在だというのに。


 モスキートドラゴンは、浮いては着地、浮いては着地をくり返して、人々を蹂躙した。


 飛ばない。

 ぜんぜん飛びあがらない。

 なにか法則でもあるのだろうか。

 テーブル世界では、物理法則も異なっているのだろうか。


 とりあえず、ピンセットをつかって蚊をとりのぞく。

 ふつうに採取できた。

 床に置いてみたら、ふつうに飛んでいった。

 とくに実害はないらしい。


 ふたたび観測。

 どうやら戦争は中断している。

 どちらの陣営も、天を仰いで、なにかを訴えている。

 いや、喜んでいる?

 涙をながして歓喜している?

 心をひとつにして、奇跡を讃えているのか?


 その後も観測をつづける。

 争いは終わった。

 世界の雰囲気もがらりと変わった気がする。


 このまま平和を取り戻してもらいたい。


 祝杯をあげて、気持ちよく眠りについた。





 連休六日目の朝、こたつテーブルの中心に、とんがったものを見つけた。


 観測してみる。

 どうやら建造物らしい。

 ずいぶんと高い。

 山よりも高い、ふたつの塔がある。

 先が鋭い。

 やけに扁平。

 塔にしては、鋭利な形だった。

 まるでピンセットの先を上にして突きたてたような、ふたつの塔。


 どうやら観測者の枠を逸脱して、テーブル世界に介入してしまったらしい。


 蚊を取り除いたのは失敗だったか。

 いや、決めつけるのは早計というもの。

 

 気を取りなおして観測を再開する。


 地表では、人々が祈りを捧げていた。

 二つの塔は、とても神聖な建物であるらしい。

 それはよいとして、どうも様子がおかしい。


 たっぷり睡眠をとったため、文明の発展も進んでいると考えていたのだが、テーブル人たちの装いは、昨日とあまりかわっていない。

 街並みも、進歩的とはいえない。

 ローブを着ている者や、武装している者までいる。

 文明の程度は、中世の域にとどまっているようにおもえる。

 こちらの世界でも無理そうな、高い高い塔をたてられるというのに、どうしてその程度の文明にとどまっているのだろうか。


 疑問を抱えながら、テーブル世界の各地を観測する。


 平和であったとおもう。

 世界の大部分は、平和であったと思う。

 人々が素朴な信仰と生活を守り、平和で幸福であったからこそ、文明も発展する必要がなかったのかもしれない。

 ところどころで、異形の存在と戦っている人たちがいたけれども。

 モンスターを相手に、剣や魔法を駆使していたわけだけれども。


 なぜ、剣と魔法のファンタジー世界に変貌したのか?


 モスキートドラゴン(蚊)と、それを連れ去った存在ピンセットのせいだろうか。

 世界の方向性が狂い、魔法文明に移行した結果、科学技術が発展しなかったのだろうか。


 考えても仕方がないので、就寝することにした。





 連休七日目の朝、こたつテーブルの表面に、黒いモヤが広がっていた。


 不穏な雰囲気に、あわてて観測を開始する。

 暗雲が広がっていた。

 各地で戦いがおこなわれていた。

 モンスターたちと人々の、世界の覇権を争う戦いが勃発していた。


 どうやら、モンスター陣営が優勢であるらしい。

 強い。

 ボスっぽいやつが特に強い。

 一匹で兵士の軍勢を蹂躙している。

 まずい。

 このままでは人類が滅びそうな気がする。


 介入すべきだろうか。

 いや、できるかぎり、観測者の立場は保持していたい。

 下手に手を出して、世界を混乱させてもまずい。


 人類に、なにか方策はないのだろうか。


 世界の中心。

 二つの塔がそびえる、信仰の地にピントを合わせる。

 人々が集まり、なにかをやっていた。


 二つの塔の間に、なにやら模様を描き、祈りを捧げているようだ。

 なんの儀式だろうか。

 観測をつづけていると、二つの塔が光を放ちはじめた。

 挟間が強く光りだした。

 強力な攻撃魔法だろうか。

 いや、光の中心から、なにかがあらわれる。

 召喚だ。

 人々は、戦況をくつがえせる存在を、望んだのだろう。

 だから、呼び寄せた。

 伝説の存在を。

 伝説の、モスキートドラゴン(蚊)を。


 人々が逃げまどう。

 飛べない蚊が 街を蹂躙する。

 取り除こうともおもったが、介入は避けたかった。

 モンスターの対抗手段となりうる可能性も捨てきれなかった。


 一日、蚊の動きを追った。


 人々は逃げるが、モンスターは逃げない。

 蚊はモンスターの軍勢を蹴散らし、ボスっぽいやつも撃退した。

 結果、戦いは人類が優勢になった。


 祝杯をあげ、ふたたび平和な世界が訪れることを期待しながら、眠りについた。





 連休八日目の朝、こたつテーブルの表面が、黒く染まっていた。


 おそるおそる観測を開始する。

 暗雲がたちこめる世界は、荒廃しきっていた。

 豊かであった自然は消え去り、人類の姿が見あたらない。


 蚊に戦いを挑んでいる、モンスターの軍勢を発見した。

 昨日の蚊が生き残っていたのか。

 それもわからない。

 なにがあったのかわからないが、テーブルには、蚊が三十匹もいた。


 一日、人々を探した。

 ひとりとして見つからなかった。

 人類は滅んでしまったのだと、考えるしかなかった。


 なにを間違えたのだろう。

 なにを失敗してしまったのだろう。


 むなしさに襲われた。

 悲しみのあまり、三十匹もの蚊がわらわらしているテーブルに、殺虫剤を噴射してしまった。

 倒れた蚊を、ピンセットで取り除く。


 モンスターはどうなったのか、確認もしないまま、就寝した。





 連休九日目の朝、こたつテーブルが、もとの平面にもどっていた。


 世界は失われ、白かったはずの表面は、黒く染まったまま。

 リバーシブルの天板は、両面とも黒になってしまった。


 もう二度と、模様替え気分は味わえなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ