テーブルから草が生えてきた
1
九連休となる盆休み、その初日の朝に、ふと気づいた。
正方形七十センチ幅の、こたつテーブル。
白と黒、両面つかえる天板がある、リバーシブルタイプで、オールシーズンつかえる、お気に入りのテーブル。
その白かったはずの表面が、うっすらと緑色に変色している。
カビだとおもい、洗剤をつかって拭きとった。ていねいに美しく仕上げたのち、裏側の黒い表面も徹底的に磨いた。
作業を終えて人心地ついたが、もっとカビやすい、その他が心配となる。
その日は部屋の大掃除となり、一日が潰れた。
なぜ、こたつテーブルにだけカビが?
不思議におもったが、安眠を妨げるほどの悩みではなかった。
2
連休二日目の朝、こたつテーブルの天板表面が、緑に染まっていた。
もはや青カビとはおもえない。
白い食パンでも、一晩でここまで繁殖はしないだろう。
近くで見ても、菌類にはみえなかった。
あまり触れたくはないので、虫メガネで観察をはじめる。
青々としていることしかわからない。
ピンセットでついてみたり、こそぎとったりしたが、よくわからない。
もっと倍率を高めて観察したい。
さすがに顕微鏡はないが、天体望遠鏡ならあった。
組み立てて設置する。
ピント合わせに苦労しながらも、なんとか観測に成功。
テーブルの表面に、草原が広がっていることが確認できた。
なぜ、こたつテーブルに草が生えてくる?
謎すぎて、どう処理していいのかわからない。
とりあえず様子をみることにした。
不安はあれど、明日は墓参りに出かけなければならない。
心を静めて、早めに就寝した。
3
連休三日目の早朝、こたつテーブルの表面が、濃緑かつ立体的になっていた。
肉眼でも、起伏があるとわかる。
設置したままの天体望遠鏡で観測を行なう。
昨日までは草原しかなかった地平に、山脈があった。
木々が生い茂る、森があった。
キラキラしてると思ったら湖があった。
あと、なにか動くものがいた。
非常に気になる所ではあったが、墓参りのために観測を中断した。
人になんといっていいのかわからない秘密をかかえたまま、墓参りに帰省する。
実家で一晩過ごす予定であったが、すみやかに戻ってきた。
観測を再開したものの、動くものは発見できず。
なぜ、こたつテーブルで地殻変動が起こったのか?
常識でどうこう考える事態でないことは確かであった。
徹夜する気でいたが、疲れもあって眠気に襲われ、就寝する。
4
連休四日目の昼前、こたつテーブルにおける、森林面積の減少に気づいた。
平野で、なにか蠢いているような気もする。
さっそく観測を開始した。
まるで人類のような生き物が集団生活を営んでいた。
昨日は森であったところで、畑作が行なわれている。
木材や石材をつかった、建築物もみられる。
馬や牛のような生き物も確認できた。
どうやら畜産も行われている。
原始的、とはいえない文明的な生活。
昨日のうちに人類が誕生していたとしても、展開が早すぎる。
なにか起こりはしないかと気になり、一日、牧歌的な風景をながめて過ごした。
なぜ、眠りからさめると激変しているのだろうか?
すべては不明。
文明の発展具合が恐ろしくもあるが、テーブル人類を始末する気にはなれない。
睡魔に負けて、深夜に就寝。
5
連休五日目の朝、こたつテーブル表面の地にて、大きく蠢くものがあった。
観測を開始する。
戦争が行なわれているとわかった。
睡眠時間が短かったせいか、文明は中世のヨーロッパのような風情。
国家が生まれ、戦争の時代に突入したのだろう。
剣と剣をぶつけあい、命を削りあっている。
昨日までの、平和な営みはどこにもみられない。
泣きはしないが、心は悲しみに沈んだ。
人の悲しみにつけこむように、蚊が一匹、部屋に侵入してきた。
追い払う。
いや、確実に始末する。
慎重に、蚊の動きを視線で追いかける。
止まったところを確実に始末する、はずであったが、蚊は、テーブルワールドに着地した。
しかも、戦地の中心に。
すぐに飛ぶかとおもいきや、蚊は、まったく動かない。
観測してみると、群がっている。
テーブル人類たちが、国家の枠をこえて、蚊に挑んでいる。
サイズ的には巨大モンスター。
ドラゴンのような恐ろしい存在だというのに。
モスキートドラゴンは、浮いては着地、浮いては着地をくり返して、人々を蹂躙した。
飛ばない。
ぜんぜん飛びあがらない。
なにか法則でもあるのだろうか。
テーブル世界では、物理法則も異なっているのだろうか。
とりあえず、ピンセットをつかって蚊をとりのぞく。
ふつうに採取できた。
床に置いてみたら、ふつうに飛んでいった。
とくに実害はないらしい。
ふたたび観測。
どうやら戦争は中断している。
どちらの陣営も、天を仰いで、なにかを訴えている。
いや、喜んでいる?
涙をながして歓喜している?
心をひとつにして、奇跡を讃えているのか?
その後も観測をつづける。
争いは終わった。
世界の雰囲気もがらりと変わった気がする。
このまま平和を取り戻してもらいたい。
祝杯をあげて、気持ちよく眠りについた。
6
連休六日目の朝、こたつテーブルの中心に、とんがったものを見つけた。
観測してみる。
どうやら建造物らしい。
ずいぶんと高い。
山よりも高い、ふたつの塔がある。
先が鋭い。
やけに扁平。
塔にしては、鋭利な形だった。
まるでピンセットの先を上にして突きたてたような、ふたつの塔。
どうやら観測者の枠を逸脱して、テーブル世界に介入してしまったらしい。
蚊を取り除いたのは失敗だったか。
いや、決めつけるのは早計というもの。
気を取りなおして観測を再開する。
地表では、人々が祈りを捧げていた。
二つの塔は、とても神聖な建物であるらしい。
それはよいとして、どうも様子がおかしい。
たっぷり睡眠をとったため、文明の発展も進んでいると考えていたのだが、テーブル人たちの装いは、昨日とあまりかわっていない。
街並みも、進歩的とはいえない。
ローブを着ている者や、武装している者までいる。
文明の程度は、中世の域にとどまっているようにおもえる。
こちらの世界でも無理そうな、高い高い塔をたてられるというのに、どうしてその程度の文明にとどまっているのだろうか。
疑問を抱えながら、テーブル世界の各地を観測する。
平和であったとおもう。
世界の大部分は、平和であったと思う。
人々が素朴な信仰と生活を守り、平和で幸福であったからこそ、文明も発展する必要がなかったのかもしれない。
ところどころで、異形の存在と戦っている人たちがいたけれども。
モンスターを相手に、剣や魔法を駆使していたわけだけれども。
なぜ、剣と魔法のファンタジー世界に変貌したのか?
モスキートドラゴン(蚊)と、それを連れ去った存在のせいだろうか。
世界の方向性が狂い、魔法文明に移行した結果、科学技術が発展しなかったのだろうか。
考えても仕方がないので、就寝することにした。
7
連休七日目の朝、こたつテーブルの表面に、黒いモヤが広がっていた。
不穏な雰囲気に、あわてて観測を開始する。
暗雲が広がっていた。
各地で戦いがおこなわれていた。
モンスターたちと人々の、世界の覇権を争う戦いが勃発していた。
どうやら、モンスター陣営が優勢であるらしい。
強い。
ボスっぽいやつが特に強い。
一匹で兵士の軍勢を蹂躙している。
まずい。
このままでは人類が滅びそうな気がする。
介入すべきだろうか。
いや、できるかぎり、観測者の立場は保持していたい。
下手に手を出して、世界を混乱させてもまずい。
人類に、なにか方策はないのだろうか。
世界の中心。
二つの塔がそびえる、信仰の地にピントを合わせる。
人々が集まり、なにかをやっていた。
二つの塔の間に、なにやら模様を描き、祈りを捧げているようだ。
なんの儀式だろうか。
観測をつづけていると、二つの塔が光を放ちはじめた。
挟間が強く光りだした。
強力な攻撃魔法だろうか。
いや、光の中心から、なにかがあらわれる。
召喚だ。
人々は、戦況をくつがえせる存在を、望んだのだろう。
だから、呼び寄せた。
伝説の存在を。
伝説の、モスキートドラゴン(蚊)を。
人々が逃げまどう。
飛べない蚊が 街を蹂躙する。
取り除こうともおもったが、介入は避けたかった。
モンスターの対抗手段となりうる可能性も捨てきれなかった。
一日、蚊の動きを追った。
人々は逃げるが、モンスターは逃げない。
蚊はモンスターの軍勢を蹴散らし、ボスっぽいやつも撃退した。
結果、戦いは人類が優勢になった。
祝杯をあげ、ふたたび平和な世界が訪れることを期待しながら、眠りについた。
8
連休八日目の朝、こたつテーブルの表面が、黒く染まっていた。
おそるおそる観測を開始する。
暗雲がたちこめる世界は、荒廃しきっていた。
豊かであった自然は消え去り、人類の姿が見あたらない。
蚊に戦いを挑んでいる、モンスターの軍勢を発見した。
昨日の蚊が生き残っていたのか。
それもわからない。
なにがあったのかわからないが、テーブルには、蚊が三十匹もいた。
一日、人々を探した。
ひとりとして見つからなかった。
人類は滅んでしまったのだと、考えるしかなかった。
なにを間違えたのだろう。
なにを失敗してしまったのだろう。
むなしさに襲われた。
悲しみのあまり、三十匹もの蚊がわらわらしているテーブルに、殺虫剤を噴射してしまった。
倒れた蚊を、ピンセットで取り除く。
モンスターはどうなったのか、確認もしないまま、就寝した。
9
連休九日目の朝、こたつテーブルが、もとの平面にもどっていた。
世界は失われ、白かったはずの表面は、黒く染まったまま。
リバーシブルの天板は、両面とも黒になってしまった。
もう二度と、模様替え気分は味わえなくなった。