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家に来る?

 リリと付き合うようになってから、俺はもっぱらリリとのメールに興じるようになり、冊子と会話する機会は極端に減っていった。


 むしろ俺は、あの冊子の存在を忘れたかった。あんなものの協力なんか得ないで、OKされるかどうかも分からないまま俺の判断で告白し、どうなるか分からない未来に向かって歩いて行きたかった。


『だから、別れることになるかどうか、まだわかんねーだろ。未来が一つだっていう保証がどこにある?』

【この冊子の存在が、何よりの保証なんだよ】


 この冊子があるから、俺は幸せにはなれない。いつかの返信は、俺にそう言っているような気がした。俺はこの返事の下に、『やっぱり、リリと別れるまでの経緯を教えてくれないか?』とダメ元で書いたが、予想通り返事はなかなか来なかった。


 このままどこかになくなってしまえばいいのに。そう思ったこともある。だけど、冊子はいつも、俺の机の上にあった。冊子を捨てるにしたって、せめて最後の質問に返事が来てからにしようと考えていた。それに、いざとなったときには……。


 ……馬鹿だよな。


 まだ冊子に頼ろうとしているのか、俺は。いざとなったとき、今度は冊子になにを聞く? どうせ、リリと別れることになったとしたら、冊子に何を聞いても解決策はないんだ。


 あの質問に答えは来ないのかもしれないし、機会を見つけて捨てしまおう。その日俺は、冊子を自分の鞄の中にしまった。


 クラスでは、俺とリリが付き合い始めても、それを話題に挙げる生徒は一人もいなかった。大体の女子は俺に興味がないし、大体の男子はリリに興味がなかったからだと思う。溺れもの同士がくっついたところで、誰も関心を示さないってことだ。それはそれでありがたいけど。


 そんな日々が続いたある日、リリからこんなメールが入った。


[そろそろ中間テストだね。今度の土曜日、私の家で一緒に勉強しない? お母さんにも紹介するよ、たっちゃんのこと]


 おおお……女の子の部屋で一緒に勉強!? これぞ、俺が夢にまでみたシチュエーション! 親に紹介……っていう点は若干気になるけど、リリがそうしたいなら俺は構わない。アクセプトされなかったらどうしよう、という不安はあるが……。


 かくして、俺はその週の土曜日、リリの自宅にお世話になることになった。


 今さらだけど、俺たちが住んでいる町は田園風景広がる片田舎。そのため、家同士の距離がかなりある。リリの家に行くにしても、電車を乗り継いで40分近くかかってしまった。


「いらっしゃい! ちょっと寒くなってきたね。さ、上がって上がって!」

「お……お邪魔しまぁ~す……」


 遠慮気味に挨拶をし、玄関をくぐる俺。何か新鮮な気持ちになったのは、リリが私服を着ていたからだろう。上は灰色っぽい長袖のニット、下はダークグリーンのロングスカート。ニットはやや大きく、袖の辺りがだぶついていた。これに黒縁のメガネ、安定の三つ編みである。期待を遙かに上回って、普段のリリは地味だった。


 ちなみに、下駄箱の上には花瓶が一つあって、シンプルな造花が1本、刺してある。リリが置いたのかどうかは分からないけど、これにしたって女子には控え目な飾りだ。


「あら、いらっしゃい。わざわざ来てくれてありがとう。えっと、この子が……」


 玄関から廊下が続き、突き当たりに引き戸があった。そこからリリの母親と思われる女性が現れ、俺に笑顔で挨拶してくれた。


「うん、私の彼氏だよ。篠原拓哉くん」

「し……篠原……です。よろしくお願いします」


 俺がぎこちない挨拶を返すと、リリの母親はまたにっこりと笑った。笑顔はリリとそっくりだった。ただ少し痩せていて、リリほどの覇気はない。なんというか、何かを押さえつけて無理矢理明るく振る舞っているような感じがした。


「こちらこそ、よろしくね。真面目そうな子でよかったね、理々。じゃあ、お母さんはこれから仕事だから、後は任せるね」


 リリの母親は、そう言って玄関から出て行ってしまった。


「……仕事?」

「うん。たっちゃんは、私の彼氏だから……言うけど、うちね、私が中学2年生の時にお父さんが死んじゃって。結構家計が辛いんだ」

「えっ? そ……」


 ショックで言葉に詰まった。


 コイツには、幸せな家族と幸せな生活が揃っているんだと勝手に思い込んでいた。父親が亡くなっていたなんて、そんな素振りは一切なかったのに……。


「ごめん、俺そんなこと全然知らなくて……」

「えっ? いいんだよ、私が黙ってたんだから。それに、私にはたっちゃんがいるから大丈夫! さ、こんなところで立ち話してないで、私の部屋に行こう?」


 リリは、気丈だった。そして、俺はこのとき、ふと思ったんだ。もし未来の俺が、とても重い病気にかかっていたのだとしたら……?


 もう生きることのできる見込みもなくて、リリをものすごく悲しませるという結末しか残されていなかったとしたら?


 病気のことが発覚する前に、俺はリリを振るかもしれない。リリのことが好きならなおさら。未来の俺の、妙なごまかし方にも合点がいく。


「…………」


 薄々、本当に薄々、勘づいてはいたけど……。


 もしかして俺、10年後に死ぬんじゃないのか?


「もしそういうことだとしたら、どうする……?」


 ぼそっと、俺は独り言を呟いてしまった。


「そういうこと?」


 リリに聞き返されて初めて、「独り言を漏らしていた」という事実に気づく。


「えっ? いや、あの……、リリが地味だったのって、家計が大変だったからなんだ、と思ってさ!」

「えぇぇぇっ!? 急になに!? 私、ちっちゃい頃からずっとこういう感じなんですけど!?」


 焦ってごまかそうとした結果、とんでもないことを言ってしまった。リリは、頬をぷっくり膨らませてプンスカしている。土下座して謝りたかった。


「……悪い、今のは冗談だから!」

「いいよもぉ! どうせ私は地味ですよーだ。ここが私の部屋だけど、部屋も地味ですよーだ!」


 ヤバイ気まずい。開始早々リリの機嫌を損ねてしまった。怒っているリリも愛おしかったけど、そういう問題ではない。


「何か飲み物持ってくるから、座って待っててね。……地味な飲み物しかないけど!」


 ピシャッと、リリは部屋の引き戸を閉めて行ってしまった。一人になったところで、ふうとため息を漏らす俺。


 女心って難しいな……。

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