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告白

 さて、一次ミッションは無事クリアした俺だけど……。本当に、告白したら付き合ってくれるのだろうか、あいつは……。


 一抹の不安を抱きつつ、放課後になるや否や俺は中庭へ向かってすっ飛んでいった。もう、余計なことは考えず、勢いに任せよう。お昼休みにあれだけ会話できたんだ、自信を持て。


 それに、色々話してみた結果、あいつは意外と面白いヤツだってことに気づいた。確かに見た目こそ地味だけど、根暗ってわけじゃないし、俺にはない思考を持っていて、かつそれを押しつけてこないあたりとか、本当に秀逸だと思う。


 あいつを彼女にする、ということに、もはやためらいは全くなかった。


 渡り廊下の陰から、俺はこっそり中庭を覗いた。磯本がまだ来ていなかったら、もう少し時間を空けるつもりだったのだけど。


 ……彼女はもう、そこにいた。ベンチに座って、小説を読みながら俺を待ってくれていた。


「お……おっす。お待たせ」


 ぎこちない感じで声を掛ける俺。今回は平常心でいけると思ったのに、彼女を前にした途端、緊張がぶり返してきてしまう。


「そうだねー、待ったのは……5分くらい、かな?」


 彼女はパタンと本を閉じ、顎に人差し指を当てながら、少し意地悪そうにそう答えた。


「ご……ごめん」

「えっ? うそうそ冗談! 別に気にしてないよ!」


 反射的に、俺は詫びていた。その俺の反応が予想外だったのだろう、磯本は焦った仕草を少しだけ交えつつ、両手を横に振った。そんな彼女を見て、俺はフッと頬を緩める。


「意外と意地悪なんだな」

「篠原くんは、意外と素直だった!」


 そしてそこで、一旦会話が途切れた。なんだろう、この状況。何の生産性もないし、意味も無いのに、楽しくて幸せな気持ちになってくる。そう思ったら、自然と顔がほころんできた。


「あははは、笑っちゃうね! 何だろうね、この会話! 篠原くんもなんか言い返してよー!!」


 ぷっと磯本が吹き出し、それにつられて俺も笑った。そのどさくさに紛れて俺は――


「なぁ、磯本。……俺と、付き合ってくれないか?」


 ――ついに磯本へ、告白した。


「うん、いいよ」


 笑いすぎて滲んだ涙を人差し指で拭いながら、やっぱり肩すかしを食らうほどあっさりと、俺にいい返事をくれる磯本。


「いいのかよ!」

「いいよ!」

「よく見てみろ、この俺だぞ?」

「篠原くんこそよく見てよ! この私だよ?」


 また、腹を抱えて二人で笑う。久しぶりだよな、こんなに笑ったの。それにしても、磯本ってこんなに表情豊かなヤツだったんだ。


「お似合いだな!」

「お似合いだね!」


 そう言いながら、磯本は荷物をもって立ち上がった。


「じゃあ……」


 俺の方を向いた彼女は、さっきとは違う大人の笑みを浮かべている。そんな彼女の雰囲気にすぐさま飲まれ、見とれてしまう俺。


「……もうこれで、用事は済んだってことでいいかな? 駅まで、一緒に帰ろっか」


 磯本のその言葉に、俺はなにか引っかかった。


「……もしかしてお前、俺が告白しようとしてるってことに気づいてたのか?」

「さすがに私もそこまで鈍感じゃないよ? 篠原くん、最近いつも、私のこと見てた」

「……やっぱり、バレてたのか」


 まさか告白されるとは思わなかった! ……的なシチュエーションを狙っていた俺は、その言葉に些かガッカリした。これでは、昨日のうちに告白したのと変わらない。


「気づいちゃうよ、見られたら。私、男の子から見られたりすることほとんどないから。モテない女は、敏感なんだよ?」

「はは、そんなお前に同情するよ……」

「それと! もうお前とか磯本とか、そんな呼び方止めて欲しいな。リリって呼んでよ、たっちゃん!」

「たっちゃん!?」

「そ、たっちゃん! いいじゃん、たっちゃん!」

「いやいや、たっちゃんはないだろ、さすがに……」

「えー、ぜんぜんありだよー! たっちゃんたっちゃんたっちゃんたっちゃん!」

「わかったわかった! 好きに呼べよ。……っておい!」


 磯本……じゃなくてリリは、急に俺の腕をつかみ、走り出した。


「急がないと、電車行っちゃうよ? ほら、たっちゃんも走って!」

「ち……待てって! また転けるだろ!?」


 そのまま、俺とリリは、駅まで一緒に帰った。突然に訪れた俺の青春は、突然俺を世界で一番幸せな人間へとのし上げる。そして別れ際に、メールアドレスと電話番号を交換した。女の子のメールアドレス……。これだけで、俺の心臓は高鳴った。


『今日磯本に告白して、OKもらって、一緒に駅まで帰った』


 自分の部屋に入るなり、一日の出来事を冊子に報告する。まぁ、冊子の向こうにいる俺はきっと、俺と同じ過去を歩んでいるのだから、伝える必要は無いのかもしれないが。


【そうか】


 おめでとうという言葉もなく、素っ気ない返事が返ってきた。


『なんだよ、結局同じ運命をたどってるのが気に入らないのか?』

【そうなのかそうじゃないのか、よくわからない。少なくとも付き合っていた期間は幸せだったし、だから過去の自分から幸せを奪いたくないという気持ちはある。でも】

『でも?』

【今の俺はやっぱり、後悔してるから、同じ運命を歩んで欲しくない、という気持ちもある】


 別れるのは避けられない、って言いたいのか? 一貫して決めつけてくるな、コイツ。


『だから、別れることになるかどうか、まだわかんねーだろ。未来が一つだっていう保証がどこにある?』


 俺にしては不自然なくらいに前向きな考えだ。今でも若干、「リリとは高校の時だけの、準備運動のような付き合い」という気持ちはどこかにあるのかもしれない。だけどそれ以上に、「別れたくない」という気持ちの方が膨れ上がってきているのだろう。なんとか未来の俺を論破しようとしているのは、きっとその影響だ。俺は冊子に映し出される返事を早く見たくて、じっと冊子を凝視していた。その時……


『ブーッブブブ』


 俺の耳に、スマホのバイブ音が突き刺さってきた。はっと音の方へ振り向く俺。


 聞き間違いじゃないよな? バイブ音したよな、今。「まさか」という気持ちが、期待とともにこみ上げてくる。……いつもの、ありえない妄想から生まれてくる期待とは違う、現実的な期待だ。


 ……リリかもしれない。


 今までだったら間違いなく「ヒロシ」だっただろうけど、ヒロシとは例の登校時の一件以降、ほとんど連絡を取り合わなくなっていた。それと同時に、俺のスマホも全く振動しなくなっていたんだ。


 俺は椅子から跳ね上がるようにベッドに向かい、枕元に転がっていたスマホを勢いよく拾い上げた。リリだ、リリに違いない。そんな「期待してもいい」期待とともに。


[たっちゃん、こんばんは!(^_^) メールしてみたよ! 届いてる?]


 果たして、メールの相手はリリだった。


 この感動はなんだろう。ヒロシ以外からのメールが、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。即座に気分が舞い上がり、自然と笑みもこぼれてくる。


[おっす! 届いてるよ! 今日は色々ありがとな! これからもよろしく!]


 素早く文字を打ち込み、返信した。すると、一分もしないうちにまたすぐ返信がきた。


[たっちゃーん! そんな返事されたら、やりとり終わっちゃう!(-ε-) もっと何か話そうよ!]


 俺も負けじと返信する。

 

[ごめん、俺……慣れてなくて(汗)。何の話する?]

[たっちゃんの趣味とか、特技とか、色々知りたいな! 私、たっちゃんのことまだあんまり知らないから]


 そういえば確かに、俺がリリのことを何も知らないように、リリだって俺のことを何も知らないんだ。……じゃあリリは、何が良くて俺を選んでくれたのだろう。


[それなのに付き合うことにして、良かったのか?]

[それとこれとは別! じゃあ、たっちゃんは私のこと知ってる?]

[う……。そんなには知らないけど]

[それなのに告白したの? 私なら彼氏いないだろ、ってことかな?]

[ごめん……]

[恋は理屈じゃないの。ね? だから、お互いに色々なこと教え合いっこしようよ!(^_^) まずは、たっちゃんの好きな食べ物から!]

[好きな食べ物? んー、どらやきかなぁ?]


 恋は理屈じゃない……か。リリに一本取られたな、こりゃ。


 この日、俺はずっとリリとメールしていた。何のために毎日があるのか……なんて、もうどうでもよくなっていた。


 さみしく机の上へ置き去りとなっていた冊子には、ずいぶん前に返事が来ていた。でも、俺がその返事を読んだのは、その翌日のことだった……。


【この冊子の存在が、何よりの保証なんだよ】

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