表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

気になるあの子

「……全く、何やらかしてんだ篠原。謹慎にならなかったのは奇跡だぞ。少しは身をわきまえろ」


 登校中にヒロシを保健室送りにした俺は、生徒指導室で1時間近く説教された。冗談抜きで謹慎になるところだったらしいが、ヒロシが先生に懇願したらしく、謹慎は見送られた。ヤツも自分に非があると認めていたようだ。


 俺としては、別に謹慎になっても構わなかったのだけど。


 まぁ、「コイツを家に閉じ込めたら、なんかヤバイ気がする」と、教師陣も少なからず思ったに違いない。それくらい、普段の俺は無気力で暗かった。


「一時間得したな」


 生徒指導にしても、この程度にしか思えない俺は、完璧に腐っているんだろう。そもそも、教師に今の俺の気持ちなんてわかるはずもない。何も知らないくせに「暴力はいけません」なんて表面的な説教されても、心に残るはずがないじゃないか。


 俺は、休み時間の間に教室に戻った。一方的な授業を受けるより、一対一で話した方がまだ時が早く進む。だから、そういう意味で一時間得したのは間違いない。……ただそれだけのことだ。


 次の時間は数Ⅱか。数学の授業は、考える時間があるだけマシな方だ。さて、教科書を準備して……。準備して……。


「…………」


 気がつくと、準備をしているはずの俺の手は止まり、上の空になってしまっていた。

 

 俺の視界でちらつく彼女の姿が、気になって仕方なかったからだ。


 相変わらず一人で席に着き、何かを黙々と読み続けているあいつ。ダサい黒縁のメガネをして、昭和の少女のような太い三つ編みを一本、背中に垂らしているあいつ。


 磯本理々。


 なんで俺は、あんなやつのことがこんなに気になるんだろう。あいつのどこがいいんだろう。可愛いクラスメイトなら、ここにも、そこにも、いるじゃないか。それなのにどうしてあいつなんだ? 自分にも分からない。分からないけど……


 くそっ、なんだよこの気持ち。胸が苦しい。

 

 あの冊子の影響があることは、間違いないと思う。でも、それが全てじゃない。……冊子は、俺の背中を押してくれただけだ。もっと本質的なところ……つまり、磯本に対する想いは、最初から俺の中にあった。……俺は、ずっと好きだったんだ、磯本のことが。その気持ちに自信が持てなくて、逃げていただけだった。


 ……そう気付いた瞬間。世界の色が、変わった。


 俺の目に映る磯本の姿が、明らかに今までとは違う。いつもにまして愛おしく見える。いつもにまして、あいつに話しかけたくなる。俺は、読書に集中している彼女の方へ、その視線を向けた。


 このままずっと……


(やべっ!)


 あいつのことを見ていたい……とか思っていたら、思いっきり目が合ってしまった。無意識のうちに凝視しすぎた。なんで急に振り向くんだよ! 本読んでるんじゃなかったのかよ!


 結局その日は、目が合ってしまったことを意識しすぎて、告白どころか一言も話せなかった。あのタイミングで話しかけたら、さすがにあからさま過ぎる。なんとなく、「俺の方が好きになっている」という点に敗北感を抱いていた俺は、「別に好きじゃねーし」みたいなツンデレ対応を一日貫いてしまった。とんだミジンコ野郎だな、俺は。


 ……しかし、恋のスイッチって……こんなにも突然、何の前触れもなく入るものなのか。アイツを知りたい、アイツと話したい。……そんなことばかり頭に浮かび、胸が苦しくなる。


『やっぱり俺、磯本に告白しようかと思う』


 家に着いた俺は、机のスタンド電気だけが灯いている自室で、冊子にこう書いていた。これ以上、我慢できなかった。もう外は真っ暗なので、俺と冊子だけが明るく照らし出されている。


【どうして?】


 返事はすぐに書き込まれた。だいたいいつも、夜の10時位を過ぎると返事が来ない。思ったが、未来の俺はどういう生活スタイルで生きているんだろうか。例えば、昼間に学校で書き込みをしても、返事は来るんだろうか。


『やっぱり好きだから。お前もそうなんだろ?』

【まぁね。でも、絶対別れることになるんだぜ? いいのか?】

『そんなのわかんねーし。だいたい昨日、“今の俺とは違う道を歩むのも悪くはない”とか言ってたくせによ。前のページ見返せ。未来は分からないってことだろ?』

【確かにそうかもね】


 ……そうかもね、じゃねーよ。他人事みたいな返事しやがって。


『それに、仮令別れることになったとしても、俺はくよくよしない。次を見つければいいだけの話だ』

【うん、その考え方は大切だよ。それなら、未来の俺も安心だ。前向きに生きられる】

『お前は早く新しい彼女作れ』


 結局、俺が告白する方向に動こうとしているということは、別れるという現実も同時に迫ってきている、ということなのかもしれない。また同じ歴史が繰り返されて、俺は過去の自分に……この冊子を使って警告することになるのかもしれない。


 だけど、そうなったらそうなっただ。そのときに「あぁ、何も変えられなかった」って思えばいい。こんなものに振り回されて、このまま磯本に告白しなかったら……、そっちのほうがきっと、後悔することになる。


『最後に一応確認しておく。告白したら、OKされるんだよな?』

【されるよ。告白は絶対に成功する】


 決めた。俺は明日、磯本理々に告白する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ