気になるあの子
「……全く、何やらかしてんだ篠原。謹慎にならなかったのは奇跡だぞ。少しは身をわきまえろ」
登校中にヒロシを保健室送りにした俺は、生徒指導室で1時間近く説教された。冗談抜きで謹慎になるところだったらしいが、ヒロシが先生に懇願したらしく、謹慎は見送られた。ヤツも自分に非があると認めていたようだ。
俺としては、別に謹慎になっても構わなかったのだけど。
まぁ、「コイツを家に閉じ込めたら、なんかヤバイ気がする」と、教師陣も少なからず思ったに違いない。それくらい、普段の俺は無気力で暗かった。
「一時間得したな」
生徒指導にしても、この程度にしか思えない俺は、完璧に腐っているんだろう。そもそも、教師に今の俺の気持ちなんてわかるはずもない。何も知らないくせに「暴力はいけません」なんて表面的な説教されても、心に残るはずがないじゃないか。
俺は、休み時間の間に教室に戻った。一方的な授業を受けるより、一対一で話した方がまだ時が早く進む。だから、そういう意味で一時間得したのは間違いない。……ただそれだけのことだ。
次の時間は数Ⅱか。数学の授業は、考える時間があるだけマシな方だ。さて、教科書を準備して……。準備して……。
「…………」
気がつくと、準備をしているはずの俺の手は止まり、上の空になってしまっていた。
俺の視界でちらつく彼女の姿が、気になって仕方なかったからだ。
相変わらず一人で席に着き、何かを黙々と読み続けているあいつ。ダサい黒縁のメガネをして、昭和の少女のような太い三つ編みを一本、背中に垂らしているあいつ。
磯本理々。
なんで俺は、あんなやつのことがこんなに気になるんだろう。あいつのどこがいいんだろう。可愛いクラスメイトなら、ここにも、そこにも、いるじゃないか。それなのにどうしてあいつなんだ? 自分にも分からない。分からないけど……
くそっ、なんだよこの気持ち。胸が苦しい。
あの冊子の影響があることは、間違いないと思う。でも、それが全てじゃない。……冊子は、俺の背中を押してくれただけだ。もっと本質的なところ……つまり、磯本に対する想いは、最初から俺の中にあった。……俺は、ずっと好きだったんだ、磯本のことが。その気持ちに自信が持てなくて、逃げていただけだった。
……そう気付いた瞬間。世界の色が、変わった。
俺の目に映る磯本の姿が、明らかに今までとは違う。いつもにまして愛おしく見える。いつもにまして、あいつに話しかけたくなる。俺は、読書に集中している彼女の方へ、その視線を向けた。
このままずっと……
(やべっ!)
あいつのことを見ていたい……とか思っていたら、思いっきり目が合ってしまった。無意識のうちに凝視しすぎた。なんで急に振り向くんだよ! 本読んでるんじゃなかったのかよ!
結局その日は、目が合ってしまったことを意識しすぎて、告白どころか一言も話せなかった。あのタイミングで話しかけたら、さすがにあからさま過ぎる。なんとなく、「俺の方が好きになっている」という点に敗北感を抱いていた俺は、「別に好きじゃねーし」みたいなツンデレ対応を一日貫いてしまった。とんだミジンコ野郎だな、俺は。
……しかし、恋のスイッチって……こんなにも突然、何の前触れもなく入るものなのか。アイツを知りたい、アイツと話したい。……そんなことばかり頭に浮かび、胸が苦しくなる。
『やっぱり俺、磯本に告白しようかと思う』
家に着いた俺は、机のスタンド電気だけが灯いている自室で、冊子にこう書いていた。これ以上、我慢できなかった。もう外は真っ暗なので、俺と冊子だけが明るく照らし出されている。
【どうして?】
返事はすぐに書き込まれた。だいたいいつも、夜の10時位を過ぎると返事が来ない。思ったが、未来の俺はどういう生活スタイルで生きているんだろうか。例えば、昼間に学校で書き込みをしても、返事は来るんだろうか。
『やっぱり好きだから。お前もそうなんだろ?』
【まぁね。でも、絶対別れることになるんだぜ? いいのか?】
『そんなのわかんねーし。だいたい昨日、“今の俺とは違う道を歩むのも悪くはない”とか言ってたくせによ。前のページ見返せ。未来は分からないってことだろ?』
【確かにそうかもね】
……そうかもね、じゃねーよ。他人事みたいな返事しやがって。
『それに、仮令別れることになったとしても、俺はくよくよしない。次を見つければいいだけの話だ』
【うん、その考え方は大切だよ。それなら、未来の俺も安心だ。前向きに生きられる】
『お前は早く新しい彼女作れ』
結局、俺が告白する方向に動こうとしているということは、別れるという現実も同時に迫ってきている、ということなのかもしれない。また同じ歴史が繰り返されて、俺は過去の自分に……この冊子を使って警告することになるのかもしれない。
だけど、そうなったらそうなっただ。そのときに「あぁ、何も変えられなかった」って思えばいい。こんなものに振り回されて、このまま磯本に告白しなかったら……、そっちのほうがきっと、後悔することになる。
『最後に一応確認しておく。告白したら、OKされるんだよな?』
【されるよ。告白は絶対に成功する】
決めた。俺は明日、磯本理々に告白する。