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ヒロシ

 結局、俺は一晩中磯本のことを考えていた。どうやって告白しようか、もし付き合い始めたらどんな感じになるのか。そもそも、磯本ってどんな性格なのか。二人で抱き合ったら、気持ちいいのか。キスとかしちゃったら、一体どんな味がするのか。


「コイツが俺の彼女。地味だけど、一途で優しくて大好きだ」

「もう、やめてよ篠原くん!」


 ――こんな会話があったりするのか……。


 気がついたら、考えていたのは付き合い始めた「後」のことばかり。冊子に「保証」されたお陰で、俺はもう、磯本と付き合っているつもりにさえなっていた。今までほとんど会話もしたことのない相手のことを、勝手に妄想して恋人に仕立て上げていた。そもそも、あいつが俺のことを好きなのかどうか、そこも分からないというのに。


「はぁ……」


 生徒が行き交う朝の校門を、大きなため息を吐きながらくぐり抜ける。眠い。ただただ眠い。どんなに怒られても、今日は授業中に寝よう……。そう思いながら、無意識にぽつりと独り言を漏らす俺。


「本当にめんどくさいよな……」

「なにが?」

「……」


 ……空耳か? 今、俺の独り言にレスポンスがあったような……。俺は、反射的に歩みを止めて振り向いた。


「お前……、いつの間に」


 そこにいたのは、ニヤニヤと笑みを浮かべる短髪・ややポッチャリの気さくな青年。


 ヒロシ……。


 よりにもよって、生徒玄関に続く桜並木を歩きながら呟いた独り言を、ヒロシに聞かれてしまった。ぶっちゃけ、俺が今一番絡みたくなかった相手だ。てか、いつからいたんだよそこに。微塵も気づかなかったよなんだよテメー忍者かよ。


「いいねいいね、悩んでますなぁ、朝から! その悩み、お兄さんに話してみ!?」

「誰がお兄さんだ、この先取りオッサンめ」


 俺はヒロシを冷たくあしらう。中学まではいつも一緒にいた仲だったけど、高校デビュー後のヒロシはとにかく面倒くさい。彼女ができた後はなおさらだ。……こっちの気も知れないで、幸せそうに彼女の自慢ばっかしやがって。


「おいおい、待てって! 早い! 歩くの速い!」

「待たん!」

「恋だろ? 恋の悩みだろ!? この年の男子は、恋にしか悩まないからな!」

「そのくだらない偏見を、今すぐ夢の島に埋め立ててこい!」


 こいつに関わったって時間の無駄だ。もう友達でいたいとすら思わない。


 ……わかってる。俺はヒロシに嫉妬している。でも、それがなんだ。嫉妬して何が悪い。嫌いになって何が悪い。俺はそういう人間だ。


「本当に待ってくれよ。冗談が過ぎたなら謝る! オレら友達だろ? 最近のお前、暗くて後ろ向きで、心配してたんだ!」

「は、そうか。じゃあ聞くけどな!」


 しつこく追いかけてくるヒロシに向かって、振り向きざまに俺は答えた。


「告白したら絶対にOKしてくれるけど、その後必ず振られることが決まってるヤツに、お前だったら告白するか!?」


 ………………。


 ……辺りはシンと静まりかえった。


 勢いで言ってしまったことを後悔する俺と、目を点にして立ち尽くすヒロシ。お互いに向き合ったまま、無言の時間が刻々と流れてゆく。ほらな、こうなるから嫌だったんだ。


「そういうことだから!」


 空気に耐えきれなくなった俺は、足早にこの場を去ろうとした。そんな俺の肩を、ヒロシが咄嗟に引き止める。


「タクが何を言いたいのかわかんねるーけどさ。告白なんてしてみなきゃ返事はわからない。付き合ってみなきゃ、その先はわからない。それが恋だろ?」


 ヒロシは本気で言ったのだと思う。いや、本気で言った。少なくとも表情は真剣だった。だけど俺は、笑いを堪えるのに必死だった。


 なにクセぇこと言ってんだコイツ!!


「そうだな、一般的には」


 吹き出したいのを我慢しながら、俺はあえて冷静に切り返した。


「……いや、スッといくなよ。今いいこと言っただろ、俺。いいこと言ったよな?」

「あぁ。いいこと言った。ありがとう」

「なんでそんなに棒読み?」

「そんなことないぜ?」

「それになんだよ、『一般的には』って。それしかないだろ。一般と特殊があるのは、相対性理論だけだ」

「微分方程式にも一般と特殊がある。相変わらずツメが甘いぞお前」

「……いや、冗談にマジレスしないで欲しい」

「とにかくあるんだよ、特殊なケースが。世の中、お前が知ってることだけが全てだと思うなよ」


 殺伐とした中で会話が続いてゆく。お互いにイライラが募っていることは、お互いに分かっていたはずだ。


「もういいだろ、俺の悩みはお前に解決できない。俺は行くからな」


 ふぅ、と深いため息をついて全てをリセットした俺は、再び歩を進め始める。


「ちなみに誰なんだよ!」


 俺とヒロシの距離がほどほどに開いた後だったと思う。背後から、ヒロシの声が響いてきた。


「タクが言ったそいつって、誰なんだ!?」


 もう疲れ切っていた俺は、ほとんど反射的に答えた。


「磯本理々」


 直後、プーッとヒロシの笑い出す音が聞こえた。このクソ野郎、さっき俺は笑わないで堪えたんだぞ!? 遠慮無く吹き出してんじゃねーよ!


「ははは、ちょうどいいんじゃね? 磯本だったら、お前の彼女になっても別に悔しくないし! 俺は応援する! 頑張れよ!」


 次の瞬間、俺はヒロシの顔面に跳び蹴りを食らわせていた。

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