絶対別れるよ
ノートに浮かび上がった「磯本理々」という文字を見て、俺の心は動揺していた。
このクラスメイト、決して暗い性格ではないのだが、見た目は地味で、休み時間などはいつも机に座って本を読んでいる。
昭和を彷彿させるような黒縁のメガネを掛け、眉は生えっぱなしで髪はいつも1本の三つ編み。身長は百五十cm位で、痩せてもいなければ太ってもいない。
たまに他の女子生徒と笑顔で世間話をしていたりするので、孤立しているわけではなさそうだけど、間違いなく群れるタイプではない。はっきり言って良く分からないヤツだ。
よく分からないヤツなのだが……。
いつも一人で本を読んでいて、とりわけアドバンテージもなく、男子からの人気もさしてない彼女に、俺はある種の親近感を抱いていた。彼女には悪いが、どこか俺とダブって見えたのだ。
だからといって積極的に絡んだりすることはないのだが、半年ほど前、俺が先公に頼まれた荷物を運んでいるとき、なぜか彼女が手伝ってくれた。それ以来か、アイツのことが気になって仕方ないのは。
自分でも驚いているが、俺は磯本のことが「好き」だったのか……? そりゃ、未来だろうが過去だろうが俺は俺だし、その俺が「好き」だと言っているのだから、疑問を持つのもオカシイけど……。
納得しかけて、首を横に激しく振った。まてまて、やっぱりおかしい。落ちつけ、こんなノートに惑わされてるようじゃダメだ。あるいは本当に、「今は」あいつのことが好きなのかもしれない。だけど。
そうだったとしても、だ。
それがそのまま、10年間も続くものなのか? 相手はあの磯本だぞ。俺はもっと、可愛くて華やかで、色気のある女と付き合いたいんだ。確かに準備運動としては磯本が最適かもしれないけれど、そのまま10年間もあいつと一緒なのはさすがにキツイ。もっと色々な人と出会って、色々な恋がしたいだろ。
『10年後もまだ磯本と付き合っているのか?』
俺は恐る恐るペンを走らせた。もし付き合っていたら……最悪だ。絶望しかない。俺の恋愛ライフは、磯本一人で終了するかもしれないということだ。それはあんまりだ。
【ん~。答えていいの?】
またそうやってワンクッション挟む! いいからさっさと答えろっつーの!
『じらすなよ。いいから答えろ』
また少し間が開いた後、未来からの返事は来た。
【もう別れちゃったよ。今は恋人募集中】
その答えに、俺はほっと胸をなで下ろした。
……が。
それはそれでなにか引っかかる。好きな人が「磯本理々」のままなのに、別れて、しかも現時点で彼女がいないってどういうことだ? 高校の間だけちょこっと付き合って、その後は磯本と別れたことをひたすらに後悔しつつ、10年先まで彼女なしってことなのか?
だとしたら、今度は別の意味で最悪だろ!!
俺は焦って、すぐにこう返した。
『ちょっと待て。今の状況を詳しく説明してみろ』
【それはさ、別に知らなくていいことだと思う。ただね、今磯本に告白すれば、絶対にOKしてくれるよ。俺が経験してるんだから、間違いない】
はぐらかされた。そこをはぐらかしてどうするんだよ!! なんだよこの野郎、モヤモヤさせやがって!! 告白すればOKしてくれる!? 今はどーでもいいよそんなこと!! 準備運動になるならまだしも、別れた後に誰とも付き合えなくなるんじゃ本末転倒じゃん!! つまりそれ、一度付き合ったら俺の想いが膨らんで、忘れられなくなっちゃうってことだろ!?
付き合ったら完全に負け組じゃねーか!!
『ふざけんな、告白なんかしねーからな!』
【そうか。それならそれでいいんだ。今の俺とは違う道を歩むのも、悪くはない。いい出会いがあることを祈ってるよ】
……ん? あれ? 引き下がった?
もっと引き留めてくると思ったのに、肩すかしを食らった気分だ。未来の俺は、やっぱり磯本と付き合ったことを後悔しているのか? 俺にはお勧めできないってことなのか?
急に引き下がりやがって……。もう、よく分かんねーよ……。
その日の冊子との会話は、ここで終わってしまった。壮大にモヤモヤが残る終わり方だ。結局、俺はどうすればいいのか。磯本には絡まない方がいいのか。
でも……。いずれ別れるにしても、とりあえず告白すれば付き合ってくれるんだろ? 相手は磯本だけど、一応女の子とお付き合いできるんだろ? リア充デビューできるんだろ?
興味ないわけねーじゃん。
俺だって付き合いたいよ。彼女作って、この生きる屍タイムを終了させたいよ。ヒロシに自慢したいよ。デートもしたいよ。メールもしたいよ。
結局、磯本と付き合いたいと思う気持ちはあるんだよ。付き合ってくれるのなら、あいつと一緒に過ごしたいんだよ。強がるなよ、俺。
……そんなふうに囁きかけてくる俺もいた。どうする? どうすればいい?
久しぶりに、「今日という日は、一体何のためにあったのだろうか」……なんて、考えなくてもよさそうだ……。