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未来からの返事

 今日も、いつも通り何事もなかった。いい意味でも悪い意味でも、本当に何事もなかった。結局、英語の課題は朝教室で片付けた。思ったほど難しくなかったのが幸いし、比較的すぐに終わった。こういうところは、運がいいのかもしれない。


 家に着き、リビングを通過し、階段を上がって自分の部屋に戻ってきた。特に何もすることはないのに、家には早く帰りたいと思う。でも、帰ってきた後は、ただただゴロゴロ過ごすだけ。そしてまた、「今日という日は一体……以下略」と思う毎日を繰り返す。


 本当になんなんだ、この人生。俺は一体何のために……


 何のために……


 ん……?


「なんだこれ」


 俺の視界に、不可思議なものが映り込んでいた。それは、昨日俺のフラストレーションを最大値まで膨れ上がらせたあの冊子。『篠原拓哉 バカヤロー!』と書いてある、あの冊子。確かに俺は、『篠原拓哉 バカヤロー!』としか書いてない。書いてないはずなのに……


【こんにちは。ずいぶんご機嫌斜めだね。どうしたの?】


 変な一文が、俺の汚い字の下に追加されているのだ! 俺はノートを取り上げ、眠くなっていた目を見開いた。


「な……なんだよこれ!?」


 しかもその字は、スマホのメールのように整っていて、乱れが一切ない。まるでパソコンで打ち出したかのような、機械的な文字。なんとかゴシックとか、あんな感じの字体を想像してもらえばいい。


 俺は勢いよく階段を駆け下り、リビングに飛び込んだ。


 アレはきっと、お袋がいたずらで書き込んだに違いない。なんだってそんな馬鹿みたいなことをわざわざ……!! 他にやることねーのかよ、パソコンみてぇな字しやがって!! どうして俺の周りには、くだらないいたずらをする人間が集結してんだ!?


 お袋は、悪ふざけの程度ってものを知らない。この前なんか、俺が隠し持っていたエロ本に「ここがお勧め by 由紀」というしおりを挟み込みやがった。ちなみに、由紀っていうのはお袋の名前だけど、そんなこと今はどうでもいい。今度という今度は、もう許さん。


「おいお袋!! なんで今日俺の部屋にあんなもの書き残しやがった!? てか、勝手に部屋に入るんじゃねーよ!!」


 俺は、リビングのドアをかっ()けると同時に、大声で怒鳴り散らした。もう、ここ最近のストレス全てをお袋にぶつけてやった。結局俺も人として最低なことをしているが、もはや善悪を考える余裕なんてなかったんだ。

 

 ……でも。そんな俺とは対照的に。


「はぁ? 何わけ分からないこと言ってんの。部屋にも入ってないし」


 お袋は、めちゃくちゃ落ち着いていた。


 鼻息を荒げて興奮している俺を気にとめる様子もなく、お袋はテレビを見ながら振り向きもせずにそう答えやがったんだ。


 興奮のボルテージが急降下する。


「知らない……?」

「知らないってば。それより早くご飯食べてちょうだい。もうカチカチだと思うけど」


 ……嘘だろ?

 

 お袋は何かいたずらをしても、最後には必ず(笑いながら)謝る。今までに白を切られたことはない。今日だって、本当にお袋が犯人だったとしたら、「ははは、ごめんごめん!」とか言ってくるはずなのだ。


 つまり、お袋はアレを書いていないということになる。


 俺は一人っ子だ。親父は単身赴任で県外に住んでいるから、この家には俺とお袋しかいない。お袋が犯人でないとすれば、一体誰が……!?


 ぞわっと全身に鳥肌が立った。あり得ない。誰も書いていないなんて、あり得ないんだ。だって昨日、あの冊子は完全に白紙だったんだから! それにあの内容。明らかに俺の言葉に呼応している。なんなんだよ、何か宿ってるのかあの冊子には!?


 俺は慌ててきびすを返した。階段を駆け上がり、部屋に飛び込む。そして、勢いよく机の下から椅子を引き出し、乱暴に座った。例の冊子を押さえつけ、睨み付ける俺。


【こんにちは。ずいぶんご機嫌斜めだね。どうしたの?】


「なんなんだよこれ!?」


 見間違えなんかじゃないし、勘違いでもない。この文字は昨夜から今までの間のどこかで、「新たに出現した」んだ。こんな不気味なことが、現実にあってたまるものか。


『うるせぇよ! 誰だよテメー!』


 俺は新たに現れたその文字の下に、汚い字で再び殴り書きをした。そしてペンを置き、息を整える。常識的に考えてあり得ないが、俺は冊子と会話しているのだ。その時点でもう、悪霊が取り憑いた冊子だろうが、天使の落とし物だろうが、何でも良かった。正体がなんであろうと、俺は驚かないだろう。


 そしてついに。俺の目の前で、それは起きた。


「いい加減にしてくれよ……。何がどうなってるんだよ……」


 まるであぶり出しのように、一部が黒くなり始める紙。ポツポツと複数箇所に現れた黒い小さな点のようなものは、それぞれが徐々に拡大、伸びてゆき、隣の点と繋がってゆく。そして……


「お……れ……は……、み…………」


【俺は、未来の君だよ】


 一つの文章が、そこに現れた。


 驚きのあまり、俺は跳ね返るように立ち上がってしまった。反動で椅子がバランスを崩し、後ろ向きに倒れる。正体がなんであろうと驚かないハズだったのに、この有様だ。

 

「なんなんだ……。なんなんだよこれ……!? どうなってんだ!?」


 未来の俺からメッセージが届くなんて、あるわけないだろう……!!


 あるわけが……。


 俺は立ったまま机に両手をつき、ヘナヘナと肩を落とした。


 ズルいぞクソっ……。すでに目の前であり得ない現象が起きてしまっている以上、コイツの言うことを認めないわけにはいかないじゃないか……。


『嘘つくなよ! そんなわけあるか!』

【嘘じゃないよ。君のことは何だって知ってるし、これからどうなるかだって知ってる】


 素直に認めるのが悔しくて、一応否定はしてみるものの……。冊子の方は、未来の俺だと言って引き下がらなかった。


『じゃあ、俺の好きな食べ物は!?』

【どらやき】

『俺の好きなゲームは!?』

【スーパーモンキーコング2】

『俺の好きな小説は!?』

播井堀太(はりいほった)と健太の意思】


 全て即答、そして正解だ。こんな情報、俺以外の誰も知らない。やはりコイツは……俺なのか。だとしたらどうして、なんで、どうやって、そして何年後から!? 聞きたいことは山のようにある。


『もういい。そっちの日付を教えてくれ』

【二○二八年、九月六日。ちょうどぴったり十年後だよ】


 やつがいるのは、今からジャスト10年後らしい。想像していたよりも近かった。


『どうやってメッセージを送ってるんだ? 未来の技術か?』

【どんな技術なのかは俺にも分からない。今君が持っているその冊子が、10年後には過去と繋がるようになるみたいだ。俺は10年前、この冊子で未来の俺と会話した】


 なんだか話がややこしいが、要するにどこかの段階で、過去と未来の方向が逆転するということか。永遠に未来と繋がっているわけじゃないらしい。


『いつ過去と未来は入れ替わる? つまり、俺のこの冊子が過去と繋がるようになるのはいつだ?』

【ごめん、それはわからない。実は一旦無くしてしまってね。見つけたのがつい最近なんだ。昔こんなことがあったなぁと思って書き込んでみたら、過去と繋がっていた】


 思えばこの冊子も突然現れたしなぁ。何かこの世の秩序があるのかもしれない。


『で、どうなんだ? 未来の俺も、やっぱり退屈な毎日を過ごしているのか?』


 一通り素性が分かったところで、俺は核心に触れた。このクソほどつまらない人生を、俺は送り続けているのか。そもそも、10年後まで自分が生きていたこと自体が驚きなのだが。


【う~ん、どうかな? 退屈ではないと思う。そこそこいい会社に就職してるしね】


 ふぅん、なかなか充実しているみたいじゃないか。ちゃんと就職できているとすれば、懸念事項はただ一つ。


『彼女は? 好きな人はいるのか?』


 この先俺に……彼女はできるのか。好きな人はできるのか。気になることはそれだけだ。……もし、未来の俺に相手がいるのなら……今の俺は、そいつを選べばいいということになる。


【俺が好きなのは】


 誰なんだ? 誰かいるのか?


 俺は冊子を凝視した。緊張のあまり心臓が口から飛びでそうになった俺だけど、その続きはなかなか来なかった。


 1分、2分と時間が過ぎる。クソ、じらすんじゃねーよ未来の俺。やっぱり書きにくいことなんだろうか。10年間彼女なしとか……? ネガティヴな思考が俺の頭を埋め尽くす頃、ようやく文字が浮き出してきた。


 その、そこに現れた文字を見て、俺はフッと苦笑いした。


【磯本理々】


 磯本理々。そいつは、最近気になりだした俺のクラスメイトだ。

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