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あの日のデート

「たっちゃん、久しぶり! 元気だった? 最近なかなか会えなくてさみしいね……」


 リリのこんな言葉から始まったデートは、いつもと同じようにとても幸せな時間になった。気まずくなってしまうんじゃないかと心配もしていたけど、それは杞憂だったようだ。近くの公園を散歩して、喫茶店で軽い食事をとりながら他愛ないおしゃべりをし、少し豪華な昼食をとって、午後は映画を見て……。


 気付けばもう、日が暮れていた。夕食は、駅の近くのレストランで食べた。リリはカルボナーラを、俺はエビグラタンを注文した。


 毎回毎回、夕食のときは切ない気持ちになる。この時間が終われば、次に会えるのはまたさらに一ヶ月先だ。俺はできるだけ時間を引き延ばしたくて、いつもめちゃくちゃゆっくり食べるようにしていた。


 ……だがそれでも、必ず俺の方が先に食べ終わってしまう。これじゃあ、俺がゆっくり食べる意味が無い。一体、どういう風に食べればそんなに遅くできるんだろう。敵わないな、このお姫様には……。


[なんか、悪かった。土曜日、本当は用事あったんだろ?]


 冷静になってから、自分が熱くなりすぎていたことに気づいたあの日。電話を切った後に色々考えた俺は、メールでリリに謝っていた。


[ううん、逆に嬉しかった。私、いつかたっちゃんに振られちゃうんじゃないかって、ずっとそんな気がしてて、正直、たっちゃんが好きでいてくれることに自信がなかったから。私とのデートを楽しみにしてくれてるってわかって、逆に安心したよ。用事の件は、気にしなくていいからね]


 リリからは、こんな返信が来た。俺に気を使っていることは明白で、……自分が如何に大人げなかったのかを、思い知らされた。


「たっちゃん、仕事はどう? 順調?」

「ん……うん」


 いつの間にか俺は、リリと夕食をとっている間中、ずっとあの日のことばかり思い出していた。そのせいでリリの言葉が右から左に抜けてしまい、適当な相槌で誤魔化す俺。


「……ねぇ、聞いてる? あ、このカルボナーラ美味しい! たっちゃんも食べてみる?」

「……おう」

「……どうしたの? なんか上の空だけど」

「あ、ご……ごめん。やっぱり、飯を食うリリはいつ見ても癒やされるな……って思ってさ」


 慌ててそう言ってやると、リリは顔を赤くしてうつむいた。本当にコイツは、食うのが遅い。だけどそれが、最高に可愛いんだ。


「もう、やめてよ! 食べにくいじゃん……」


 目をそらし、唇をとがらせながら不機嫌そうにそう言うリリも、たまらなく愛くるしかった。こんな時間がずっと続けばどれほど幸せなことか……と思いながら、俺は時計を見る。


「なんか、今日もあっという間だったな……」


 時計の針は、非情にも一定の速度で時を刻んでいった。さっきまで「現在」だったことは、一瞬で「過去」になる。この時間だって、気がつけば「思い出」になっている。その積み重ねが、俺達に9年もの時の流れを作り出した。……そう思うと、切なくなる。


「そっか、終わっちゃうんだね、今日……」

「次に会えるのは、来月の第二土曜日……になるのかな?」

「その前に、もう一回くらい会えるといいね」


 二人とも無言になった。商社に入社したリリの業種はどちらかと言えば営業で、土日はほとんど仕事だった。代わりに平日が休みだったけど、俺は技術職だから、休日は土日のみ。二人の都合が合うことは、第二土曜日を除いてほとんどなかった。


 今日別れたら、ほぼ間違いなく会えるのは一ヶ月後だ。


「……明日も……仕事なんだよな」

「うん……」

「あ~あ、暇だなぁ、俺。何して過ごそうかな、明日……。リリがいれば、こんな気持ちにならないのにな」


 わざとらしくそう言いながら、俺はリリの手を両手で握りしめた。もう、付き合い始めて9年が経つんだ。そろそろ……


「俺、こんな感じだから。俺がリリを振るとか、嫌いになるとか、そんなこと絶対にないから。今は……ちょっと事情があってできないけど、来年の暮れには俺……」


 ……俺は、リリの目をまっすぐに見つめた。


「俺、リリにプロポーズするから!」


 リリは少し驚いた表情をしたけど、すぐに微笑んだ。


「そっか、来年の暮れかぁ……。今じゃないんだね。でも、私はたっちゃんの意思を尊重するよ。どうしてかはわからないけど、……来年の暮れを、楽しみに待ってる」


 その返事を聞いて、俺も安心して微笑んだ。大丈夫、このまま何事もなく、時は進む。今までも、この調子でずっとうまくやってきたんだ。きっと未来は変わってる。俺があの冊子を見つけて、過去の俺に何か知らせることもないはずだ。


 俺は、できる限り明るい未来を想像するように心がけた。


「じゃあ、また今度な」

「……うん。今度までが長いから、充電……して?」


 別れ際に、リリを思い切り抱きしめた。ふわりと香るリリの地味な石けんの匂いを嗅ぐと、俺は心の底から癒やされる。間違いなく、一ヶ月で一番幸せな瞬間だ。……このままずっと、離れたくない。


「たっちゃん、もっと……。もっと強く……。強く抱いて……!」


 震える声でリリにそう言われ、俺の腕に力が入った。……なぜか今日は、どんなに抱いても……心が満たされなかった。リリもきっと、同じ気持ちだったのだろう……。


「リリ、愛してる」


 最後にそっと口づけをしてからリリを離し、俺は駅のホームへ向かった。リリが泣いている気がして、そんなリリを見るのが怖くて、俺はその後……一度も振り向かなかった。


 そうだ、自信を持て。リリの気持ちは絶対に変わらない。俺だって健康そのものだ。……来年の9月を何事もなく乗り越え、無事に結婚できるに決まってる。……だからもう、苦しむな。


 ……俺は自分に言い聞かせた。だけど。


『……来年の暮れを、楽しみに……』


 リリに、来年の暮れは。


『……待ってる』


 来なかった。

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