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デートに行けない

 今年で、俺達は26歳になった。リリの母親が亡くなってから一年が過ぎ、彼女もだんだんと元に戻りつつある。母親の死が破局の原因に繋がりそうな気配はなく、むしろ余計に俺たちの絆は深まった。


 リリの家事もみるみる上達し、デートの時にお弁当を作ってきてくれることもあった。白状すると、最初は少し食べるのが怖かったけど、今は何の心配もいらない。リリはやっぱり、努力家だ。


 ……別れることになる原因は、全く見当たらなかった。


 もちろん、リリとは喧嘩することもある。怒り出すと意外と面倒だったりもするけど、別れたいと思うほどじゃない。リリも、一通り気が済むと何事もなかったかのように謝ってくれるし、「もう別れよう!」なんて展開には、絶対ならないだろう。


 26歳の俺の毎日は、慌ただしくもあっという間に、どんどん流れていった。健康診断も半年に一回、欠かさずに受けた。少しでも心配なことがあれば、専門機関を受診した。結果は、常に異常なし。俺が死にそうな気配もなかった。


 もしかしたらすでにもう、何らかの形で未来は変わっているのかもしれない。この年も無事に終わり、来年も無事に乗り切れたら、心置きなくリリにプロポーズしよう。俺はそう、覚悟を固めていた。

 

 ぼーっとそんなことを思い浮かべながら、夕焼けに赤く染まった空を会社のデスクから眺める俺。今日も終わるのか……。


「今頃あいつ……、何やってんのかな……」


 そしてふと、リリに思いを馳せる。


 あの、リリと一緒に過ごした3日間は、もともとゼロになりつつあった俺達の距離を急速に縮めた。俺もリリも、「結婚」に対して何の違和感も抱かなくなっている。……今日俺がプロプーズしたとしても、アイツは頷いてくれるに違いない。


 ……ただ。逆にそのせいで、リリに会えない日々がより一層辛いものになってしまった。メールは毎日のようにしていたけど、急にリリの笑顔が見たくなったり、声が聞きたくなったり、あのかすかな石けんの香りが恋しくなったり……。文字だけの会話じゃ、限界がある。だから俺にとって、「第二土曜日」は今まで以上に至高の一日だった。毎日毎日、その日のためだけに俺は頑張った。


 リリも、同じように考えてくれているんだと、俺は思っていた。


 だけど。


『ごめんね、たっちゃん。次の第二土曜日は、会えそうにないんだ……』


 リリからのそんな電話に、俺は、愕然となった。


 たかだか一回、デートをドタキャンされただけだろ? ……と思うかもしれない。でも、毎月第二土曜日という設定は、大学を卒業してからの4年間、一度も変えたことはない。俺もリリも、よほど重要なことじゃ無い限り、この日に入った予定は断っていた。俺達にとって第二土曜日は、デート以上に大切な用事が無い日……


 ……の、はずだった。


「……どうした、会社が忙しいのか?」


 俺は、なるべく平静を装ってそう返した。心の中が締め付けられて潰れそうだったのを、必死に堪えながら。


『そういう……わけじゃないんだけどね、どうしても……この日じゃないといけないというか……』


 おかしい。


 こんな曖昧な理由で、デートを断られたことは今までに一度もない。後ろめたいことがなければ、説明できるはずだろう。リリは嘘をつこうとすると、いつもの覇気が完全になくなるので、とてもわかりやすかった。……何か、俺に言いたくない理由がある。


「デートを断るときは、お互いに納得できる理由を説明する、って決めたじゃないか」


 俺は、できるだけ感情的にならないように努めながら、リリを諭そうとした。


『その……、体調……不良というか……』

「ほんとに? 土曜日は3日後なのに、もう土曜日の体調がわかるの?」

『なんかその、気分が乗らないときだってあるんだよ。そういうんじゃ、ダメ?』


 納得できるわけないだろう、そんなので……! 俺がデートをどれだけ楽しみに毎日を生きているのか、リリにはわからないのか!? そう、怒鳴ってしまいそうだった。


「……俺は。毎日毎日リリと会いたくて、絶対に会える第二土曜日をいつもすごく楽しみにしてるんだ。リリもそうだと思ってた。違うのか?」

『私だって、そうだよ! だけど……』

「……俺以外に、好きな人でもできたか?」


 あの冊子がなければ、俺はここまでリリを疑わなかったはずだ。まぁ、そんな時もあるさ、とリリの言い分を認めることだって、できていたかもしれない。だけど、あの冊子の通りにことが運びそうな気がしてきた俺は、気が気じゃなかった。


 俺と会えない日々が続いている間に、他の男が好きになってしまったとしたら……。距離が縮んだと思っていたのは俺だけで、実はリリの心は……離れてしまっていたとしたら……。リリも一人の人間であり、その気持ちが変わらない保証などどこにもないのだ。


『そんなことない! そうじゃないんだよ!』

「じゃあ、どういうことなんだよ!?」


 思わず俺は、声を荒げてしまった。スマホの向こうが、シンと静まる。


「……悪い、高ぶった」

『ううん、私こそごめん』

「俺は、リリのことが大好きだ。でも、リリの気持ちが離れてしまったのだとしたら、……別れても、いいんだぞ?」


 実際には、そんなこと微塵も思っていない。他に好きなヤツができた、とも思いたくない。これは脅しのつもりだった。ここまで言えば、本当のことをしゃべってくれると思った。ただそれだけだった。


『や……やだよ! なんでそんなこと言うの!? 私は……今でもたっちゃんのことが大好きなのに!! たっちゃんは違うの!?』


 リリは、明らかに取り乱した声で、そう返してきた。


「俺だってリリのことが好きだ!! でも、リリが俺のこと嫌いになってたら、俺にはもう、どうしようもできないだろ!?」

『違うよ。そんなんじゃ……』


 一瞬リリの声が途切れた。直後、リリは爆発したように喋りだした。


「もういい! いいよ、土曜日はたっちゃんとデートするっ! 私だって楽しみだったんだよ! 嬉しいよ、たっちゃんも楽しみに待っててくれて! だから土曜日はデートしよ? これでいいよね!?」


 リリはついに、デートに行けない理由を教えてくれなかった。


 電話が切れた後で、俺は思った。リリの用事は、本当に断ってもよかったのか、と。だけど俺は、リリとデートできることの方が嬉しくて、そこまで深くは……考えなかった。

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