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その試練の先に……

 リリの母親の死因は、くも膜下出血。いわゆる突然死だった。娘が就職して、ふっと緊張の糸が切れてしまったのかもしれないし、今までの過労が原因だったのかもしれない。リリが帰宅したときにはもう、冷たくなっていたという。


 俺は、他に身寄りの無いリリのために、葬儀の手配をした。相談した結果、俺とリリだけで見送れれば十分だということになり、通夜も告別式も無い直葬という形を選ぶ。


「……っ……おとぉ……さんっ……と……しあ……わせ……に……」


 お父さんと、幸せに……。その言葉が、俺の胸に突き刺さった。リリの両親が、俺達に負けないくらい素晴らしい恋愛をした末に結婚したのだろうということは、想像に難くない。……俺は今、その結末を見届けているのだ。これが、人生を終えるということなのか……。こんなに切なくて悲しい気持ちになったのは、生まれて初めてだった。


 ……リリに至っては、悲しい、なんて言葉で済むものじゃなかっただろう。その後一週間近くも毎日泣いてばかりで飯も食えなくなり、入院して点滴を打つほどにまで憔悴し切ってしまった。


「いっそ、お父さんとお母さんのところに連れて行って!!」


 精神的に不安定な状態が続き、度々錯乱状態に陥るリリ。焦った俺は会社を休み、看病に明け暮れた。


 ……精神が錯乱して言葉が通じなくなったときは、本当に辛かった。諦めそうになったことも、一度や二度ではない。……それでも俺が耐えられたのは、リリへの一途な想いはもちろん、「あの冊子」の存在も大きかった。


 ……もしこれが、俺とリリを引き裂く原因になるのだとしたら。俺は絶対に、乗り越えてやる。絶対に抗ってやる。皮肉にも、「必ず別れる」という未来の俺の予言が、今の俺に「そうはさせない」という強い対抗意識を生まれさせていたのだ。


「リリが死んだら……!! 俺だって死ぬぞ!! だから生きてくれ!!」


 懸命な俺の看病と励ましの甲斐もあって、リリは徐々に……平静を取り戻していった。落ち着いて話せるようになってからは体調も劇的に回復し、予定よりもずいぶん早く退院できた。


 ……一つ一つ、神から与えられた試練を乗り越えてゆく俺達。ただ、リリの体調が回復し、無事退院した後も……。俺には相変わらず、気がかりなことがあった。


 ……果たしてリリは、一人ぼっちになってしまったあの家で、生きていくことができるのだろうか。


 俺がそんな心配をするのには、理由がある。実はアイツ、母親が完璧すぎたせいもあり、家事が全くできないのだ。実際に二人だけで生活したことはまだないし、本人は隠しているつもりらしいけど、ぶっちゃけバレバレである。俺の観察力を舐めないで欲しい。


 正直、これを機会に同棲を開始しようかとも考えた。いっそ、プロポーズしてしまおうかとすら思った。


 ……だけど。俺の中の引っかかりは、まだ拭い切れていなかった。


 その原因を作っていたのもまた、あの冊子だ。


 俺はどこかでまたあの冊子と再会し、過去の自分と会話することになる。もしあの通りの未来が訪れれば、その時俺の隣にリリはいない。


 あの冊子を見つけたのは、高校2年生の時だ。そして、相手の俺がいた時代は、そこからぴったり10年後。この設定は、今でもはっきり覚えている。何月の何日に見つけたのかは忘れたが、確かあれは、秋口……9月か10月だった気がする。


 高校二年。俺は17歳。そこから10年後だから、あのやりとりを始めることになるのは、27歳の9月頃、ということだ。


 俺は、今回の件が別れる原因なのだと思っていた。しかし冷静に考えれば、あの会話が開始するまでにまだ2年ほどの時間がある。つまり、乗り越えるべき試練は「母の死」ではない可能性があるということ。


 ……そう。俺が一番心配している結末、「俺が死んでしまう」という未来が、まだ完全には否定されていないのだ。


 別れる原因がリリにあるのなら、すぐにでも結婚してその芽を摘んでしまいたい。しかし、原因が俺にあり、その上避けられないような事態だった場合は、結婚してもリリを苦しめるだけだ。


 ……俺の中には、そんな葛藤があった。


 やはり、プロポーズは27歳を無事に乗り越えてからにしよう。それまではたぶん、同棲もできない。すると、もう2年ほど、リリには一人で生きてもらう必要があるわけだが……大丈夫だろうか。急に一人暮らしを迫られたら、リリじゃなくても困惑するだろう。


 ……そんなことを悶々と考えていたとき。俺のスマホが、振動した。


『たっちゃん……。私、どうやって生きていけばいいのかな……』


 スマホの向こうから聞こえてくる、リリの切迫感漂う声。思った通り、相当行き詰まっているらしい。そりゃ、当たり前か。


「……そうだよな、辛いよな。わかった、じゃあ、少しの間だけ……リリの家に住み込むよ、俺」


 アイツは別に、だらしないわけじゃ無い。単に、母親が優秀すぎただけだ。物覚えもいいし、真面目だし、家事だって教えればきっと、すぐに出来るようになる。


 俺は有休を取り、明日からの三日間、リリの家に住み込むことにした。高校2年生の時に告白してからはや8年。ようやく、「一緒に暮らす」というイベントまで辿り着いた俺達。


 俺に課された役目は、「リリに家事を教える」ということ。俺のお袋ががさつでだらしない人間だったことに、今初めて感謝した。実家暮らしとはいえ、料理から洗濯、掃除に至るまで、そのほとんどをこなしてきた俺になら、リリをしっかり教育することも出来るはずだ。


 ……まぁ、あくまでも体裁は「リリを慰める」なんだけどな。リリは「家事が出来ないことを知られていない」と思い込んでるハズだから、さりげなく教えてあげないとたぶんヘコむ。


 まぁ、何にせよ……。楽しみだな、初めての二人暮らし。

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