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別れたくない

 幸せな毎日が続くにつれて、俺の中の「いつかリリと別れる」ということに対する恐怖は、どんどん膨れ上がっていった。あの冊子の内容からでは、「どのくらい交際が続いたのか」、「どうして別れたのか」がまったく分からない。はっきりしているのは、この10年以内にリリとは別れる、ということだけだ。


 俺はあの冊子を捨てようと考えていたけれど、「リリと別れる原因」が知りたくて、結局捨てられずにいた。


『やっぱり、リリと別れるまでの経緯を教えてくれないか?』


 あの後、俺の最後の質問に対する返事は書き込まれたのだろうか。といっても、あの質問をしてからすでに一週間ほどが経過しているのだが。


 ある日の夕方。ふと質問のことを思い出した俺は、冊子を確認しようと自分の部屋で鞄を開いた。しかし……。


「……ない」


 冊子が見当たらない。俺は鞄をひっくり返し、一冊ずつ丁寧に確認していった。だけど、どんなに探しても、冊子は見つからなかった。


「おかしい。確かにここに入れたはずなのに……」


 念のため、自分の机の上や中も確認した。冊子は、なかった。お袋にも聞いてみた。でもお袋は、怪訝そうな顔つきで「なにそれ……」というだけだった。


 冊子は、突然姿を消してしまった。


 こんなに気持ちの悪い無くなり方があるか!? と、俺は腹立たしくなった。未来の俺は、一体何を伝えたかったのか。俺をどうさせたかったのか。


 どうして最後まで、「リリと別れるまでの経緯」を教えてくれなかったのか。


「やっぱり俺、死ぬんかな……」


 もう、思いつくことはこれくらいしかない。返事が来なくなったのは、果てに冊子がなくなったのは、未来の俺が死んだからなんじゃないのか……。それが一番、つじつまが合う。


【実は一旦無くしてしまってね。見つけたのがつい最近なんだ。昔こんなことがあったなぁと思って書き込んでみたら、過去と繋がっていた】


 冊子は、いずれまた俺が見つける。でもその時はもう、リリとは付き合っていない。俺は過去の自分に対して、「磯本は止めとけ」みたいな警告をすることになるのだろうか。


 モヤモヤする。とにかくモヤモヤする。俺が死ぬにしたって死にたくないし、そんな理由でリリと別れるなんて絶対にゴメンだ。


 眠れない夜を過ごし、壮大に寝不足のまま登校する羽目になった俺は、生徒玄関で頭を抱えながら上靴へと履き替えていた。


 そのとき。


「たっちゃん」


 振り向くと、玄関の外から、リリが俺を呼んでいた。俺の名前を呼んでから、リリは玄関の中にいる俺のところまで歩いてきた。


「ど……どうしたリリ。暗いぞ?」


 彼女にしては珍しく、なんとなく思い詰めたような顔をしている。


「私、たっちゃんにはっきり言っておこうと思って」


 リリが、俺の目をまっすぐに見つめながら、そう言ってきた。いつになく真剣な表情のリリに、訳が分からず……俺は動揺する。そんな俺に構うことなく、口を開く彼女。


「私、たっちゃんと別れたくない」


 突然発せられたその言葉について行けず、俺は固まってしまった。


「……えっ?」

「だから。私、たっちゃんと別れたくないよ」


 吸い込まれそうになるほどに黒い瞳が、俺を捉えて放さない。


「な……なんでわざわざそんなこと」

「大事なことだから」


 リリに即答され、再び黙り込んでしまう俺。


「この前、一緒に勉強したとき、たっちゃん言ってたよね? 別れたくないから、私と同じ大学に行きたいって。私もだよ。私も別れたくないから、たっちゃんと同じ大学に通いたい」


 少しの間を置いて、俺は答えた。


「当たり前だろ? リリはただ自分の行きたい大学を目指せ。俺はお前を追いかける」


 どうしてリリが急にこんなことを言い出したのか、俺には分からない。だけど、別れたくないという気持ちは確実にお互いが持っている。……それだけは、ハッキリした。


 俺も別れたくない。リリも別れたくない。……じゃあ、別れる必要なんてないじゃないか。あの冊子の通りにはさせない。俺たちは、新しい未来を築き上げるんだ。


 目標を一つに定めた俺とリリは、県内の国立大学進学に向かって、一緒に走り始めた。


「違う違う! 求む、は下二段活用だよ! いつもここ間違えるんだから! やり直し!」

「えっ、これ全部やりなおしか!?」


 文系が得意だったリリは、俺に国語や社会科を教え、


「中和点は必ず中性ってわけじゃない。弱塩基と強酸の中和点は弱酸性だ! 組み合わせを考えろ!」

「えー、強い酸と弱い酸ってどうやって見分ければいいの!?」


 理系が得意だった俺は、リリに理科や数学を教えた。


「カイロの雨温図は3番じゃないよ! たっちゃん、カイロがどこにあるのか知ってる!? いい加減覚えてよ!!」


 お互いに足りない部分を補い合い、


「このシグマは等比数列だって! 等差数列の公式じゃ解けないぞ! 雰囲気だけで解こうとするな!!」


 時には、恒例の昆布茶を飲みながら一日中リリの家で勉強し、


「じゃーん! 私、現代文の偏差値が60超えたよー! たっちゃんはどうだった?」


 時には追い越され、


「この前の模試、A判定だったぜ!」


 時には追い越し。


 それでも着実に、俺とリリは大学進学に向けて力をつけていった。


 同じ大学に入らなければ、別れることになるかもしれない……。そんな気持ちがあるだけで、ここまで突き進めるんだ。やはりリリは、俺の運命の相手で間違いない。俺の想いも、確信へと変わってゆく。


 そして……。


「もし俺だけ落ちてたら、どうする?」

「今年一年、私がつきっきりでしばき続けてあげる!」


 合格発表の日がやってきた。自分の受験票と合格者の書かれた看板を交互に見ながら、俺の番号である1145を探した。1139、1140、1142……あ……。


「あった。ご……合格だ……。リリは!?」

「私もっ! 私も合格!」

「まじか!?」

「まじなのだ!!」

「「やったぁーっっっっ!!」」


 俺たちは二人とも、県内の、同じ国立大学への進学を果たした。


 合格者が書かれている看板の前で、俺とリリは思い切り抱きしめ合った。リリと付き合い始めてから、こんなにちゃんと抱きしめ合ったのは初めてだった。


 リリからは、かすかに石けんの香りが、した。

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