悪食家の娘
悪食家の娘
私の母小羽根は産まれてから十五年間、現在の神小路家の地下室で生活していた。
「見て、蝶々だ!」
「そうだね。」
幼い母にとって地下室の天井近くにあった小窓から見える外の世界が全て、部屋の中には可愛い物が溢れていたが全て見慣れた私の祖父が用意したおもちゃばかりだった。
「ねえ、お父さん。何で小羽根はお外に出られないの?」
「お外には悪い人や悪いモノが沢山いるんだ。」
小羽根にも、神小路家の人にも西園寺家から狙われている可能性がある事は話していなかった。
話したところで現在村の実権はほとんどを西園寺家が握っている。
これを取り戻すには地主では無く村長という立場が必要だろう。
だが、幼い小羽根を抱え住み慣れた村と言えど、表に立つ事の許されない身だと実感していた。
「でも、あの子たちはお外にいるよ。」
窓の向こうには小羽根よりも少し年上の男の子、当時の聡さんが友達と遊んでいる姿が見える。
「小羽根は特別なんだ。特別だからお外に出ると危ないんだよ。お父さんとずっとここにいてくれるかい?」
「うん!」
祖父・伊織は幼くして森に捨てられ、妖・近衛に育てられた。
織物や染色をして、人間に混ざり生活していた近衛だが、伊織の潜在的な力は人間に忌み嫌われるものである事を悟り、人間には解らない様にひっそりと育てることにしたという。
「お前は人間の前へ現れてはならない。」
「なんで?」
「お前は歳をとるのが他の人間よりも遅いんだ。きっと妖の血の混ざった先祖帰りだろう。それにお前には特別な力がある。これは沢山の人間を救う力だ。それを悪用させてはならない。近頃の人間の悪知恵と言ったら、何をしてくるか分からない。その力は大事に扱ってくれる者だけ許し、使うのだぞ。」
そう言うと近衛は湖にある朱雀神社を指さす。
「あの家や川の上流、草木を取りに行く山やこの村の地主は村から出られない。だが、お前がともにいれば…」
その先は教えてくれなかった。
そんな伊織と祖母・鶴子の出会いはひょんなことからであった。
まだ、学校にプールなんて無く、湖で水泳の授業が行われていた時だった。
鶴子は一人、対岸まで泳いでいったのだ。
そこで美しい反物を洗う伊織を見つける。
「あんた誰?」
「お前、人間?」
二人の第一印象はこんなものだろう。
伊織は自分以外の人間を目にする機会は少ないがそれぐらい理解出来る。
だが、金色の髪に真っ赤な瞳をした人間なんぞ見た事無く、妖かと思ったのだが雰囲気が違う。
鶴子も同じような印象だろう。
人間が妖の匂いを付けている。
鶴子はとてもお転婆な少女だった。
だが、村人からは何処か哀れな目で見られていた。
祖父であるクリストファーは外国人。
祖母の死以降、西園寺家から異国の血が混じった妖だと言われ始めていたからだ。
息子を残し、母国に帰ってしまった。
その後、息子である鶴子の父は鶴子が生まれる前に亡くなり、鶴子の母親も悪食家の呪いを受ける身では無かったのだが、産後亡くなっている。
この度重なる死により、西園寺家からは異国の血、妖の血ともいえるモノが混ざり悪食家は妖に落ちた。
そう言われるようになったからだ。
鶴子は村を出られない。
そんな事を知らない伊織は初めての人間の友達と言える存在に心躍らせた。
「お前、毎日ここに来るなよ。近衛にばれたら怒られるだろ。」
「大丈夫だよ。妖は私を嫌わない」
鶴子の言葉通り、寄ってくる妖は鶴子に好意的だった。
「あんた学校行ってないの?」
「だからなに?」
「羨ましい。」
村には山の様にある子供一人が余裕で乗れる大きな蓮の葉っぱ、それに乗って流れに任せ鶴子は遊んでいた。
「お前、そんなに遠くに行っておぼれても知らないぞ!」
「大丈夫だよ――きゃあ!」
急に葉っぱが沈んでしまった。
「私の蓮を切っていたのはやはりお前か。」
「俺じゃねえよ。そのガキだ。」
水面から波紋を立てずに水神が現れた。
「ガキって何よ。歳なんて変わらないでしょ!」
「お前の倍は生きてる。」
そう言うと鶴子は水面を叩きながら笑った。
「何それ笑える!」
伊織はため息しか出ない。
船を出し、鶴子の元まで行くと
「早く上がれ、風邪ひくぞ。」
「あんたもね!」
鶴子は伊織から差しのべられた腕をつかみ自分に引き寄せた。
「うわっ!」
大きな水音を立てて伊織も湖に落ちた。
「伊織、何しているんだい!」
近衛の声に伊織の肩が跳ねる。
「今戻る!」
船から伸びるロープを口にくわえ平泳ぎで岸まで戻る。
その船につかまる形で鶴子も岸に戻った。
「あんたたちは何をしているんだい。風邪ひく前に着替えておいで」
「はぁい」
こんな他愛もないじゃれ合いすら、鶴子は監視されていた。
鶴子が伊織と出会ってからというもの、西園寺家はさらに悪食家をののしるようになった。
人間としてカウントされていない妖に育てられた子供。
そんなものが村にいる事に気が付き、妖ともども始末すると言い出したのだ。
「村に必要のない人間がいる。」
「始末しなくては」
「悪食家に取り入って何をたくらんでいるのやら」
「殺さねば」
その話は村民どころか妖の耳にも届くようになっていた。
そこで近衛は神小路家に伊織を預けた。
これで、人間としての生活が伊織にさせられる。
力の事は気になるが伊織に固く口止めをし、誰にも話さない様に伝えた。
これでいい、これでいいのだ。
と、自分に言い聞かせ近衛は姿を消した。
「嫌だよ。嫌だよ近衛。今更人間として暮らすなんて、俺を化け物にするのかよ…」
「化け物ならここにいる。これ以上の化け物なんていない。」
鶴子は伊織に寄り添った。
人間としての生活になれない伊織の唯一の心の救いとなった鶴子。
鶴子と共に歳をとりたい。
その思いはそのまま姿に現れた。
鶴子に向ける信頼は段々と姿を変え、年頃となった二人の間には女の子である小羽根が生まれた。
近衛の作った着物を着ていた鶴子はその後数日間生きながらえていたという。
その間に伊織に悪食家と人柱についての話をしたらしい。
近衛の作った着物は加護の強いものだった。
さらに伊織の潜在的な力が合わさり、鶴子は産後も数日生き延びる事が出来たのだろう。
それに気が付いた伊織は小羽根には終始自分の作った着物を着せていた。
時代としては着物の子供は珍しいのだが、家から出る事のない小羽根にはちょうど良かった。
西園寺家はこのころ、たびたび悪食家、現在の神小路家の屋敷に足を運んでいた。
小羽根を捕まえ、始末するつもりだったのだ。
それで怪鳥が復活したところで村に標的である悪食はいない。
怪鳥もそうなればどこかへ姿を消すのではないかと安易な推測をしていたのだ。
小羽根は育てば育つほど鶴子に似ていった。
そして、十五歳になった年の三月、伊織は神小路家に地主の権利と共に小羽根を預け急に姿を消してしまった。
「お父さん?」
「小羽根、お前とこの村の為に少しの間お別れだ。」
「何で、私、お父さんしかいないんだよ?」
「大丈夫だよ。これからは神小路さんがお前の親代わりになってくれる。じゃあな。小羽根。元気でな。」
「待ってお父さん。行かないで!」
薄暗い夜道を一人、西に向かって行ってしまった。
なぜ、伊織が小羽根を隠していたのか知る人はおらず、神小路家は今まで地下で不便な生活をしてきた小羽根を高校に通わせることにした。
「小羽根ちゃん。今日から外に出よう。」
「いやよ。お父さんに怒られる。」
ずっと父親と二人で生活していた小羽根は年齢よりも幼かった。
「大丈夫だよ。聡が付いてる。小羽根ちゃんに何かあったら学年は違うが聡を頼ると良い。」
小羽根はずっと窓の中から見ていた人物に目を向ける。
高校にも着物を着ていく小羽根は目立った。
外国人の様な容姿をしていながら着物をきちんと着て、いつも、何をしても楽しそうにしている小羽根に皆が心惹かれた。
「小羽根ちゃん。一緒に帰ろう。」
「うん」
「駅前に新たらしいお店が出来たんだって」
「行ってみたい。」
「あの、小羽根ちゃん!」
女の子だけで話しをしているところに男子生徒の声がする。
「コレ、受け取って下さい!」
「何これ?」
「凄い、ラブレターだ!」
「小羽根ちゃん美人だし可愛いもんね。」
「お手紙?」
「愛のこもったお手紙だよ。」
周りはそう教えるも
「ありがとう。でも、私まだ字があまり読めないの。だからこれ返すね。」
そう言って男子生徒の手に戻した。
「行こう。またね。」
男子生徒に手を振りながら歩き出す。
夢橋 色葉。
新任教師であった彼も小羽根に心焦がした一人だ。
人柱の南海家の双子の少女や一番仲の良い友人だったマリ子さんに囲まれ、高校生活を送った小羽根は卒業と同時に皆には何も言わずに色葉と結婚した。
「好きだよ。小羽根。」
「……うん。私も先生の事好き。お父さんみたいで落ち着く。」
「お父さんか。そっか」
その時は少し残念がった色葉だが、小羽根にとって失踪した父親が一番。
それに並ぶぐらい好きだと言われたようなものだった。
色葉は小羽根を身ごもらせるも村民からの話に耳を疑った。
悪食家については何も知らないのだ。
小羽根も伊織からは何も聞いていなかった。
西園寺家に呼び出され、怪鳥について聞く色葉だが、その後すぐに小羽根を連れて姿を消してしまった。
その日以来、次の夏までの一年近く、村では天変地異が続いた。
「高台に避難しろ!」
「ダメだ。高台はこの前の荒らしで土砂に埋もれちまっている!」
「岬はどうだ?」
「あそこも崖崩れが酷い。神社も危ない状況だ!」
村民の慌てふためく姿に
「悪食よ。この怨念ついえる事は無い。」
西園寺家が指揮を取り、この災害を乗り越えた。
小羽根が村を出た時に本人に何も起きなかったのは伊織の着物のおかげだろう。
だが、小羽根は日に日に体調を悪くしていく。
兄である翔を出産したのは夏の事だった。
翔が生まれたこの日を境に村での天変地異の様な災害は収まった。
その代償に、母体から産まれたばかりの翔に妖による呪いが降りかかったのだ。
その結果片目を失った。
翔の片目をみた医者は妊娠中に体調が悪い事が続き、上手く栄養がいきわたらなかったことが原因だろうと話した。
「菌の繁殖を抑えるためにしばらく入院してもらいます。その他は健康そのものです。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
やつれた顔の小羽根が答える。
そこに走って病室に入ってくる色葉。
「小羽根!」
「先生。産まれたよ。」
包帯で片目を隠されている事に色葉驚いただが、
「良かった。良かった。」
泣き崩れた。
西園寺家からは出産で母親が死ぬと聞いていたからだ。
これで、村を離れれば呪いなんて関係ない。
そんなものは存在しないと思いこんでしまった。
出産後、小羽根の体調は回復した。
色葉は家族三人幸せな生活を送っていた。
だが、二度目の妊娠は小羽根をどんどんと衰弱させていくものだった。
「このままでは母体への負担が大きいです。最悪、お亡くなりになられる可能性も、お子さんをおろすことをお勧めします。出来るだけ早い決断を。出ないと手術が出来なくなってしまいます。」
色葉は小羽根の病室に入り
「先生は今回は諦めて下ろさないと小羽根が危ないって言っていた。この意味解るな。」
「いや。」
小羽根は首を縦に振る事は一度もなかった。
色葉は翔をつれ、私を残して病院から姿を消した。
その結果、私は唯一残されていた母子手帳から夢橋家に連絡がわたり、はじめは祖父母に育てられた。
その後、色葉の兄夫婦、妹夫婦、いとこ、はとこ、またいとこと、どんどん離れた親戚までたらいまわしされることとなった。
私を置いて行った二人はというとその後何処かの祓い屋に弟子入り、翔の能力は高く、妖もみることが出来たが色葉は会得するのに長い時間を費やした。
旧悪食村。
そこに残る伝承を調べつくし、怪鳥について、悪食家について、人柱について学んだ色葉と翔は村に戻ってきた。
「おいで翼」
「イヤ!」
こんなに心の底から拒絶するのは初めてだ。
先生にしがみつき、寒さとは違う震えがする。
「封印を解いてみろ。死ぬのはお前らだ!」
西園寺さんの口調も何処か怯えているのだと感じる。
「翼、早く来るんだ。」
手を差し伸べてくる兄さん。
だが、その顔は何処か悲しそうだ。
「いや、嫌だよ。怖い……」
流れ落ちる涙までもが凍ってしまいそうだ。
「翔」
「分かったよ父さん」
兄さんが懐から太い釘と金槌を取りだす。
「やめろ!」
西園寺さんの静止などお構いなしに釘で腕を傷つける兄さん。
それをお父さんに渡した。
「怪鳥の復活だ!」
「逃げろ!」
西園寺さんの声とほぼ同時にしめ縄のかかった岩に釘を付け、金槌で叩かれた。
目の前を砂埃と何か布におおわれた。
東馬先生の青龍や西園寺さんが出した白虎に連れられ一瞬で洞窟の外に出た。
「みんないるか⁉」
「…はい」
あの一瞬で洞窟を出られた事は奇跡だ。
洞窟の入り口は瓦礫でどんどんふさがれていく。
「これだな。」
私を包んでいた着物を先生が持ち上げる。それは政一さんがかけてくれたものではなく、赤い、女物の着物だった。
「それ着ていろ。」
先生はそういうと私を洞窟から隠す様にたった。
「竜一郎!」
「兄さん」
先生のお父さんと清二朗さんが走ってくる。
その後ろには双子の両親や北条君の両親もいる。
「怪鳥が復活した。」
「その様だな。翼ちゃんは?」
「私は……大丈夫です。」
双子と北条君の母親が寄ってくる。
「これって」
「小羽根ちゃんの…」
「え?」
母の着物だと聞かされた。
これを投げつけてきたのはおそらく兄だ。
地鳴りが響く。
西の洞窟のある山がどんどん崩れていく。
そして
「来るぞ」
「翼ちゃんを守れ!」
そんな声と共に山頂付近に現れたのは人影。
「あれが、怪鳥?」
怪鳥というぐらいだから鳥なのだと勘違いしていたがどう見ても人間だ。
山肌が削られ洞窟の内部が見えてくると私が来ている着物と似たような柄の着物の袖が見えた。
「先生アレ!」
「勝手に動くな!」
瓦礫に埋もれるそれの上から石を退けていく。
「翼ちゃん上!」
心愛の声に頭上を見ると怪鳥が近づいて来ていた。
「止まるんだ。」
その声に私も、怪鳥も動きが止る。
「私の孫娘に手出しはさせないよ。」
先生が私を怪鳥からも声の主からも守るように抱きしめる。
「夢橋君。もう、小羽根は戻ってこないんだ。そんな事をしたって無駄だ。」
「…母さん」
怪鳥が呟く。
「母さん」
「君は、元ある場所に戻るんだ。その人は置いて行ってくれ」
声の主は先生よりは年上だが、聡さん程では無い。白髪交じりの頭にくらべ顔はずいぶんと若い。
「母さん」
ゆっくりと怪鳥は私に手を伸ばしてくる。
「翼!」
先生はそれを払いのけるため私を強く抱きしめるも
「平気」
伸びてきた手をつかむ。
そしてその手を私のほほに触れさせた。
「母さん」
「……ごめんなさい。私、あなたのお母さんじゃないの」
「母さん…」
「ごめんなさい。」
手から伝わってくるのは長い記憶。
ここに封印されてからの村の記憶。
「寂しかったんだね。」
手を離し、抱きしめると怪鳥は光となって消えていった。
「どういう事?」
西園寺さんが一番困惑しているようだった。
光となって消えた怪鳥はお父さんを残していった。
怪鳥の記憶。
それは母親に拒絶されたところから始まっていた。
怪鳥の産まれたばかりの姿は醜く、皆が妖だと言いつけた。
その結果、多くの妖にたかられ、それを体内に吸収してしまったのだ。
暴走により多くの人間が犠牲になって行く中、怪鳥は泣いていた。
封印され、しばらくは村を怨む妖の力が強かったものの、西園寺家の祈祷でずいぶんと楽になって行った。
自我を取り戻したはいいが封印されていては何もできない。
何年も何年も、寂しい毎日だった。
だが、西園寺家の祈祷が一度上げられなくなり、二度上げられなくなり、段々と回数が減って行くにつれ静まっていた妖の力が古くなった封印の隙間から漏れ出すようになってしまった。
父が封印を解くのに使った兄の血だが、それでは意味が無かった。
巫女の血こそが怪鳥の求めてきたもの。
それが今回の結果だったのだろう。
怪鳥が姿を消した後、すぐに気絶するように倒れてしまった私が目を覚ましたのは一か月後の事だった。
「翼ちゃん、私の事は解るかい?」
「聡さん?」
酸素マスクを外してもらい起き上がる。
倦怠感と疲労が寝ていただけの身体に残っていた。
「兄さんとお父さんは?」
「二人とも大丈夫だ。それより、その眼、どうしたんだい?」
「目?」
鏡を渡され顔を見ると赤かった目が茶色くなっていた。
髪の色もどことなく暗くなった気がする。
「大事な時に近くにいて上げられなくてごめんよ。」
「いえ、先生もいましたし……あの人、あの人誰だったんだろう?」
西の洞窟で出会った男性。
私を孫娘と呼んでいた。
「お前、無事だったら名前で呼ぶって言ったよな?」
病室に東馬先生が入ってくる。
「言いましたっけそんな事」
「調子のいい耳だな。」
そう言って耳をつままれた。
「痛いです。冗談です。竜一郎さん。」
「それでいい、翼。」
額にキスされた。
聡さんの目の前だという事を思い出し、ハッとなってそちらを向くと
「夢橋君の病室は隣だから、お兄さんも一緒だよ。」
そう言って病室を出ていった。
入れ替わりで
「翼、具合どう?」
来心と心愛、そして西園寺さんが入って来た。
「あれ、西園寺さん髪切ったの?」
「変?」
「変じゃないよ。可愛い。」
竜一郎さんはベッドに腰掛け、三人は椅子を取りだして座る。
「人柱の力無くなったの?」
「うん。もともと、あたしたちはそこまで強い力は無かったんだけど賢次君や政一さんは全くなくなっちゃったんだって、西園寺さんも」
うなずく西園寺さん。
「そう言えば、爆発する前に西園寺さんの声で着ちゃダメって聞こえた気がするんだけど」
「それが西園寺家の力。テレパシーみたいなもの。」
あると便利な力をみんな持っていたんだな。
「せ…竜一郎さんも?」
「俺ももともと強い方じゃないが清二朗は無くなったって言ってた。次呼んだらでこピンだからな。」
そう言われ額を隠す
三人が帰って行ったところで隣の部屋を覗く。
「失礼します…」
「翼?」
直ぐに兄さんの声が帰って来る。
「お邪魔します。」
「そんなところにそんな奴と居ないで一人でこっちおいで」
「悪かったなこんなやつで」
足にはギプス。
腕には包帯。
首にも何か固定するものが付いている。
「翼が一番に俺の事見つけてくれたんだってね。ありがとう。」
「い、いえ…」
こういう時って何を話せばいいのかわからない。
「お前、自分の命狙ってきた奴だぞ。あまり近づくな。」
「そう言うあんたもなれなれしく妹に触るな。」
一触即発。
そんな雰囲気だ。
「翼は起き上がって大丈夫なのか?」
奥のベッドから声がする。
「あ、はい。どこも悪い所は無かったので」
「聞いたぞ。風邪ひいてたんだってな。」
「あ、はい。」
「悪かったな。」
「え、いえ、謝られるようなことは…」
「母さんを死なせてしまってすまなかったな。」
一切私の顔は見ないもののそういう父の顔は後悔でいっぱいだった。
「お父さん。このまま村に残って下さい。」
そう言うと兄さんどころか竜一郎さんも驚いた顔をする。
「多分、呪いは無くなったから、お父さんに孫の顔、私と一緒にいる所見せに行きますから、兄さんと村に残って下さい。」
「……考えて置く」
「父さん⁉」
反対の意見があるのだろう兄さんは声を上げる。
こうやってまともに話をするとずいぶんと印象の違う二人だった。
それからまたしばらくたった夏休みも開けた日、双子の婚姻は白紙となった。
神社の跡取りを決める必要がなくなったからだ。
「よかった。これで、心愛は北条君と、来心は政一さんと結婚できるんだ。」
久しぶりの登校となり、教室でそんな話となった。
「それで、翼は竜一郎君の事どう思うの?」
「付き合ってるの?」
双子に聞かれる。
「付き合ってないよ。」
「じゃあ、好きなのか?」
北条君も聞いてくる。
「好きって聞かれると良く分らない。でも嫌いじゃないし、一緒にいて嫌悪感はないどころか落ち着くし、素になれるよね。そういうところは好きだよ。それにお父さんに孫の顔見せるとかいっちゃったしな。その場に竜一郎さん居たし、好きって言う前にこの人と付き合ってます。って感じの事言っちゃったんだよね。兄さんは反対してくるけど」
「お父さんよりお兄さんが障害なんだ。」
双子が悩んだ顔をする。
「じゃあ、そのお兄さん貰っていい?」
西園寺さんが言い出す。
「マジっすか?」
「マジ、マジ。」
表情変えずいうため本心なのかどうか解り難い。
その兄さんだが、退院後、神小路病院で小児科医を目指している。
実は医者免許を持ってはいたらしいが病院勤務は初めてという事で、研修医から始めていた。
父さんも教職員に戻り
「翼、次の授業までにこれを運んでおいてくれ」
「日直に言って下さい。」
「伝えてくれ」
そう言って頭をなでると職員室にむかっていった。
「仲いいね。」
「ただ会いたいだけに見えるけどな。」
北条君のいう通り、退院してから神小路家で共に生活するようになったがおもしろうぐらいにベッタリだ。
洞窟で感じた寒気が嘘のように
秋深まるある日、楽しみな事が増えた。
「お祖父ちゃん!」
ときどき、祖父に合う事がある。
怪鳥と出くわした日に現れた若いが老けても見えた男性。
それが祖父だった。
姿を消してから二十年以上何をしていたのかと言うと、怪鳥という存在について各地を周り、悪食家の呪いを解く方法を探していたのだと言う。
祖父なりに色々と分かってきたところで偶然兄さんを見かけ、共に村に戻ってきたらしい。
あの時、怪鳥に話しかけたことでお父さんは助かったのだと思っている。
今は、湖のほとりの小屋で織物や染色をしている。
小屋には妖の近衛も戻ってきたらしいが私にはその姿が見えない。
これも怪鳥の呪いだと言われていたものの一部なのだろう。
「草木染の材料を集めに行くんだが、一緒に行くかい?」
「うん!」
いつも共に帰っている双子と別れ、北ノ山に向かった。
するとすぐにテンが走ってくる。
だが、
「もう、何言っているのか分からないんだ。」
そう言うと首を傾げられる
家に帰り、マリ子さんと台所に立つ。
お祖父ちゃんも加わり大人数の食事。
「じゃあ、届けてくる。」
「気を付けてね。」
東馬家におかずと届けに行くことにもなっている。
「こんばんは」
「いらっしゃい。兄さんもうすぐ戻ってくるよ。」
「学校終わるなり駅に行っちゃったけど、どうしたんだろう。」
「ね。最近そわそわしていたしね。今日のおかずは?」
「私お手製煮込みハンバーグ」
すっかり使い慣れた東馬家の台所に立ち、汁物やサラダを用意していく。
気が付けば秋が終わり、そして冬が来ると年が変わる。
「一年で色んな事あったな。」
「翼ちゃんはここに来たばかりの時よりずいぶんと明るくなったね。」
「そうですか?」
聡さんに言われたところで自分の事は良く分らない。
でも、そういわれることは嬉しい。
「綺麗だよ。翼!」
「兄さんあまり抱き付かないでドレス踏んじゃいそう。」
「いっそ破いてこの式も無かったことに」
「しないでください!」
村には結婚式場がない。
普通なら嫁ぐ家で和装の結婚式をしているが、電車に乗り数時間。
海に面した綺麗なチャペルで今日、竜一郎さんと結婚式を行う事になっている。
「翼、写真撮ろう!」
「じゃあ、兄さんカメラ持って」
「俺も取りたい。」
「後でね。」
来心と心愛が控室に入ってくる。
遅れて北条君改め賢次君と政一さんが入ってくる。
心愛が北条という苗字になってしまったが為今更名前呼びとなってしまった。
数枚写真を撮っていると
「ママ、時間だよってお祖父ちゃんが言ってた。」
「そう。その前に羽流も写真撮ろう!」
「うん!」
高校を卒業すると同時に子供を授かった。
その結果結婚式が先送りになっていたのだ。
式場の前のドアで入場の準備をしている。
「まさか、翼の晴れ姿が見られるとはな。」
「自分で置き去りにした癖に良く言う。」
「まあまあ、二人とも」
父親と共に入場する話で進めていたが誰と並んで歩くかでずいぶんともめた。
聡さんにお父さん、兄さんやお祖父ちゃんまで話に入ってくるとなぜか東馬家のお義父さんや清二朗さんまで話に入ってくるものだからもめにもめた。
その結果、聡さんとお父さんが両サイドに立っている。
ドアが開き、沢山の拍手の中、竜一郎さんの元まで進んでいく。
羽流が指輪を運んで来る演出やその後の披露宴での親への手紙ではお父さんが号泣してしまった。
そんな式から数年。
ごく一般的な家庭の中に私はいる。
ほんの数年の幸せでそれ以前の辛い過去なんて忘れてしまうぐらい幸せだ。
これにて完結となります。
最後までお読みいただき感謝感激です!!
ありがとうございました。