耳には届かぬかすかな足音
耳には届かぬかすかな足音
今年の台風は勢力が強く、立て続けに村を襲う。
その結果、
「先生、暇ならお風呂入ってきたらどうですか?」
「ああ、そうする。お前も入るか?」
「早く入って来て下さい!」
神小路家に東馬先生と清二朗さんが泊まる事になった。
「翼ちゃん、ちょっと役場まで行って来るわね。」
台所にいる私の元にマリ子さんの声が届く。
「はい、気を付けて下さいね。」
「大丈夫よ。聡さんは念の為病院に泊まるそうだから三人でご飯食べてね。」
「あ、俺、ちょっと出てきます。」
何故か清二朗さんが外に行こうとする。
「テンたちなら黒龍寺に隠れてますよ。」
一つ前の台風で木々が大量に倒れた事で皆には非難する様に伝えてある。
「分かってる。ちょっと家に戻るだけ」
そう言ってマリ子さんと出て行ってしまった。
しばらくしてお風呂から上がった東馬先生は
「清は?」
「何か用事があるそうで先ほど家に戻りました。」
何故、東馬先生たちが神小路家に来ているかというと
「岬が波で削れるかもしれないからここに来てるんだろ。」
「でも、ニュースでは大丈夫みたいですよ。弱まってきているみたいですし」
流しっぱなしになっているテレビではそう言っている。
「じゃあ、俺も帰るかな。」
「お風呂はいちゃったのに?」
タオルで髪を拭きながらソファーに座りテレビのチャンネルを操作する先生。
世の中のお父さんもこんなものだろうか。
「もうすぐご飯出来ますけど、清二朗さん待ちますか?」
いつ戻ってくるのか分からない。
「いいだろ。先食っちまおう。」
そう言ってタオルをソファーの肘掛にかける為、
「洗濯かごい入れて来て下さい。」
「面倒くさいな。」
「泊りに来ているんですから文句言わないでください。」
先生が脱衣所へ向かっている間に食卓に夕飯を並べ
ニュースではあと数時間で暴風域を出るだろうと言っていた。
夕食後の後片付けが終わりリビングに戻ると
「先生、寝るなら部屋に案内しますよ。」
ソファーに寝っ転がる姿を見つけ、言うも
「その先生ってのやめろって言っただろう。」
先生はそういうと私の両ほほをつかみ引き寄せられた。
「言ってみろ、竜一郎だ。」
「……先生で良いじゃないですか。」
恥ずかしくて体温が上がって行く、そもそも年上を名前で呼ぶ機会なんて無い。
「清は名前で呼んでいる割に良い根性だな!」
「うおっ!」
頭突かれた。
頭蓋骨の中で鈍い音が響く。
先生は痛いのに顔を離してくれない。
「先生痛いです。」
「もう一回されたいのか?」
「竜一郎さん。これで良いですか!」
そう言った瞬間、さらに引き寄せられ唇が触れた。
「ご褒美だ。」
「セクハラです!」
走って階段を上がって行った。
部屋に駆け込み、しゃがみこんでしまった。
「なんなんだあの教師…」
顔がほてって熱い。
翌日。
色々と考え過ぎてしまい寝たのは朝方だった。
そもそも、教師が生徒に何をしているのだ。
それに先生は好きな人いないとか言っていたじゃないか。
婚約者にも興味がなくて、もう亡くなっていて、西園寺家との縁談も違う人になっていて、
先生の考えている事が解らない。
優しいと思ったら見せかけで、なのに急に優しくなったりして、ツンデレか。
あれはツンデレだ。(←違うよ。)
二人きりの時だけ優しくしてくるし、おかしな行動もしてくる。
このままでは心臓が持たない。
そう考えながら一階に降り、リビングに入ると
「……なんでいるの?」
何故かソファーで寝ている東馬先生がいた。
「あ、部屋に案内するって言って、忘れてたんだ。」
何だろうか、自分が悩んでいる間に迷惑を掛けてしまったようだ。
「先生…」
呼びかけた所で特に反応はない。
手に触れるとヒンヤリとしていた。
「先生?」
流石に風邪を引いてはいないだろうか。
「先生?」
いくら呼んでも返事がない。
死んでいるのかと胸に耳を当てると
「ぶふっ」
「起きてる!」
「お前こそ何してんだよ?」
お腹を抱えて笑い出す先生。
「手が冷たいので死んでいるのなら埋めてやろうかと思いまして!」
「そっか。夏とはいえ冷えたな。お前の手は温かい。」
手を取り、自分のほほに私の手を持って行かれる。
「冷えているならお風呂入って来て下さい。」
「お前が原因だろ。」
先生は開いている手で私の顔に触れた。
またされる。
そう思い、目と口を固く閉じる。
「隈が出来てんぞ。パンダか?」
目の下に触れられた。
「好きなんだけどな。お前の顔も声も」
額にまた何かが触れる。
そっと目を開くと
「怖がらせることして悪かったな。」
私から手を離すと立ち上がり、背伸びをしながら脱衣所に向かっていった。
村にはこれと言って被害は出ず、転倒や飛んできたものでケガをしたという人が数名病院に運ばれただけだった。
「はっくしょん!」
「先生風邪?」
「寝冷えだ。」
朝のホームルームでそんな話が出る。
「四人以外はいるな。今日の体育は体育館らしいから間違えるなよ。」
そう言って教室を出ていった。
今日も双子や北条君、西園寺さんは学校に来ていない。
彼女たちがいなくては学校ではほぼ一人。
体育はペアを組んで準備体操がある。
それを考えると保健室でサボるのが当然の結論だと私は思っている。
つい、半年前までの癖がでる。
二時間目まで授業を受け、三時間目の途中、
「先生、だるくなってきたんで保健室行ってもいいですか?」
「顔色悪いが一人で大丈夫か?」
「はい…」
顔色まで調節できないが偶然にも血色が悪いらしい。
「先生いますか?」
保健室のドアを開けながらいうと
「どうしたの?」
校医の女性の先生が現れる。
「あら、凄い顔よ。ベッドで寝てなさい。体温計持ってくるから」
そんなにひどいのだろうか。鏡が無い為解らない。
「これ、脇に挟んでね。」
体温計を渡されてしばらく、音がする。
「あら、少し熱があるわね。寝ていなさい。」
布団を肩までかけてもらい目を瞑る。
どれぐらいたったのだろうか。
目を覚ますとさらに身体がだるかった。
そこにドアが開く音がする。
「すみません。」
東馬先生の声だ。
寝たふりをしよう。
「風邪薬ありますか?」
「あら、東馬先生も風邪ですか。これ飲んでください。酷くなるようなら病院に行ってくださいね。」
「ありがとうございます。誰か寝ているんですか?」
「悪食さん、熱が少しあってね。先生は今、時間開いていますか?」
「はい。」
「中学校の保健医が今日はお休みだから行かないといけないんですけど悪食さんまだ寝ていて」
「見ていればいいんですね。」
「お願いします。」
そんな話が耳に入ってくる。
保健室のドアが閉まると私を囲んでいたカーテンが開けられる。
そして、額に手が触れてきた。
ひんやりとするその手が気持ちよくて、再び夢の中に戻った。
次に目を覚ましたのはなぜか私の部屋だった。
「起きたか?」
「……先生?」
またもでこピンをされた。
「昨日みたいに呼ばないのか?」
「恥ずかしいからいやです。」
そう言うとなぜか微笑まれた。
「それより、なんで私家にいるんですか?」
「熱が上がってな。病院に行かせるよりも聡さん待って家で見てもらった方が良いと思って運んだ。」
「……先生が?」
またもでこピンをされる。
「呼ばないと永遠に繰り返すからな。」
「呼ばなきゃ良い事です。」
学校に居た時よりも幾分体調が良くなった気がする。
「薬は飲ませたから何か胃に入れとけ」
「飲ませたってどうやって?」
「想像してみろ。」
楽しそうに笑われる。
「生徒に手を出すなんて謹慎じゃすみませんよ!」
ドラマや漫画のワンシーンが頭をよぎる。
「なに想像したか知らないが人間唾液は寝ている間も呑み込むんだよ。」
「はい?」
「薬を口に入れて、唾液を飲み込ませる程度で水を流し込めば自然に呑み込むんだよ。」
騙された。
おかゆを持って来た東馬先生を一切見ないでもくもくと食べ続けたが残してしまった。
「おいて置いてください。後で食べます。」
「その時作り直すよ。寝てろ。」
布団を掛けられ先生は部屋を出ていった。
先生も風邪気味の様子だった。
私の事より、自分の心配をすべきなのではないだろうか。
そんな事を考えながら眠りに落ちた。
夜になり、聡さんが帰宅してきた。
「熱も下がっているし、もう大丈夫だろう。風邪薬は明日も一日飲んでおくんだよ。」
「はい。すみません。迷惑掛けてしまって」
「いいんだよ。竜一郎君が電話してきたときは驚いたけどね。今日はもうおやすみ」
布団の上から軽く肩を叩かれる。
赤ちゃんでも寝かしつけるかのような優しい手つきだった。
翌日。
「――と、言う事で東馬先生は風邪でお休みです。」
完全に私のせいではないだろうか。
七月に入り気温が高くなったとはいえあの家の中は涼しく、冷える。
この日の授業はすっかり上の空となってしまった。
放課後、早退した分のプリントを職員室に出しに行くと
「悪食、これを東馬先生に届けてくれないか?」
「……解りました。」
何かの資料か。
封筒を渡された。
それをスクールバックに入れ、学校をでる。
だが、この日に限って
「何でいるのよ!」
病み上がりとは言え走らないと追いつかれる。
とはいったものの、息が上がると目眩がしてきた。
「何やってんだ!」
腕を引かれ胸に収まってしまった。
この人が右手を前に出した瞬間、妖は姿を消した。
「大丈夫か?」
「あ、はい…」
この人はモクテを祓ったあの神職らしき人。
つまり
「…兄さん……?」
傘の下の顔私に似ているようで少し違う。
左目に眼帯をしている人だった。
「ずっと探していたんだ。」
まるで瞳孔に吸い込まれるのではないかと思うほど、その眼を見つめてしまう。
「そいつから離れろ!」
風と共に聞こえた声、
「先生…」
風邪で休んでいるはずの先生がいた。
「妹と話す権利をお前に邪魔される理由は無い。」
「離さねえんなら覚悟しろ!」
風が私と兄さんの間を通る。
すると
「え?」
緑色の鱗と銀の毛が見えた。
これは
「龍?」
その龍に巻き付かれる兄さん。
今度は先生に抱き寄せられた。
「大丈夫か?」
「…あれって…」
傘の下で怪しく笑う口元が見える。
「また今度、迎えに来るよ翼。」
龍が巻き付く身体が煙の様に消えた。
あっという間の事で何が起きたのか理解できず放心状態でいると
「うう…」
「先生⁉」
抱きしめられていた手が緩められ、先生がもたれかかってくる。
「翼ちゃん!」
心愛が駆け寄ってくる。
「何でここに?」
「青龍が現れたって政一さんが言うから」
「大丈夫かい?」
政一さんも駆け寄ってきた。
「青龍って…」
「とにかく竜一郎さんを家まで運ぼう。」
政一さんが先生を担ぎ青龍神社まで運ぶ。
家に着くも誰も居なかった。
「布団敷いてきます。」
東馬家の廊下を進み、先生の部屋に入る。
そこにはすでに布団が敷かれていた。
当たり前だ。
今日は風邪で休んでいたのだから
「ここかい?」
「あ、はい」
布団に寝かせるとじんわりと汗をかいている事に気が付いた。
「水とタオル持ってきます。」
「俺たちは侵入者を追うよ。彼を宜しく。」
「侵入者?」
あまり聞かない言葉に動きが止る。
「竜一郎君が青龍を使うぐらいだもん。きっと来てはいけない人が着ちゃったんだと思うの」
兄さんは来てはいけない人。
「すぐに戻るから」
心愛もそう言うと政一さんの後を追っていった。
村が騒がしくなる。
先生の汗を拭きながら外を見渡すも見えるのは鬱蒼と言う茂る森。
「おい!」
突然の声に肩が跳ねる。
「…あ、テンか……」
「お前の先生どうしたんだ?」
「風邪だって」
「人間は大変だな。大変といえば、西の洞窟がある山の奴らが北ノ山に移って来てるんだよな。定員オーバーなのによ。」
「西から?」
西と言えば西園寺家。
そして怪鳥を封印している洞窟がある。
世間話をしたと思ったらすぐに何処かへ行ってしまったテン。
先生の汗は止まらず、着替えさせるべきか悩む。
「先生…」
夢でも見ているのかうなされている。
「先生…」
いくら呼んでも返事が返ってくることがなく、
「…竜一郎さん……?」
口に出すだけで私の体温が上がってしまう。
「竜一郎さん…」
布団の中にある手を探して握る。
汗をかきしっとりしているのだが指先が冷たい。
「竜一郎さん」
強く手を握ると握り返された。
「翼……?」
さらに一気に体温が上がってしまい、手をひっこめようとするも握られた手が離れない。
「お前、大丈夫だったか?」
「先生の今の状況と比べたら全く問題ありません。」
「また先生って呼んだな。覚えとくからな。風邪うつしてやるぞ。」
「それで先生が楽になるならどうぞ。それより、起き上がれますか。着替えて何か口にして下さい。」
そう言うとゆっくりと起き上がった。
「タンス、勝手に空けますよ。」
「着替えぐらいできる。冷蔵庫にリンゴあったからそれでいいや」
「汗をふかないと意味ないですよ。すぐ戻りますんで待っていてください。」
台所へ向かい、冷蔵庫を開ける。
リンゴを取り出し一口大に切る。
先生の部屋に戻る途中で居間にある薬箱を持っていく。
「先生、起きてますか?」
「ああ…」
と、返事はするものの上半身裸でいる所を見てしまうとつい、ふすまを閉めたくなったが、
「ふらふらしているんですから大人しく寝ていてください!」
「お前に人の下着まで変える勇気あるのか?」
やはりふすまを閉めるべきだったか。
と、思ったがTシャツを着ようとするため、
「だから汗ふいてからです!」
リンゴはひとまず置いておき、タオルで背中を拭く。
「介護されている気分。」
「病人が何言っているんですか。風邪が悪化するかもしれないからです。」
拭き終わりシャツを渡す。
因みに、先生はTシャツにスエットという恰好だ。
タンスを開けた所これがパジャマ変わりなのだろう何枚か入っていた。
「はい。リンゴ食べて下さい。」
「ああ」
先生が食べている間に薬箱を開ける。
「熱があるんですよね。」
「ああ」
「咳は?」
「ない。」
「鼻水」
「ない」
「のどの痛み」
「少し」
「これかな。」
喉の風邪と書かれた箱から薬を取り出し水の横に置く。
薬も飲んだ先生は横になる。
「一緒に入るか?」
「寒いのなら小熊を呼んできますよ。」
「お前が良いんだよ。」
そう言うと私に背を向けてしまった。
「あいつ、どうした?」
「…兄さんなら政一さんと心愛が探しに行ってくれています。」
「そうか。清二朗が戻ってきたら家まで送ってもらえ、それから騒ぎが収まるまで出てくるな。」
「……解りました。でも、先生が良くなるまでここにいます。」
「好きしろ。」
目をつぶったのを確認し、携帯をいじりだす。
侵入者と言われる人が兄だという事を伝えるべきかどうか迷うも、携帯を畳に置いた。
体育座りになり、膝に額を付けて下を向く
昼に飲んだ風邪薬の効果か、
それともただの睡魔か、
目が覚めた時には夕日が差し込んで来ていた。
身体が暖かいものにおおわれている事からここちよく感じていたが
「布団⁉」
何故か布団の中にいた。
そして、この場に先生の姿が無い。
「先生⁉」
部屋を飛び出し家の中を探す。
だが、どこにも見当たらない。
「ただいま」
その声に走って玄関に向かった。
「先生⁉」
「え?」
いたのは清二朗さんだった。
「どうしたの翼ちゃん。兄さんなら寝てるんじゃない?」
「いないんです。昼間に兄が村に入って来て、無理して私を守ってくれたのに、気が付いたらいなくなっていて!」
「落ち着いて」
両肩をつかまれそう言うと細い金属を口に運ぶ。
するとあの鷹が家に入って来た。
「なんだ?」
「兄さんを探してきて、後侵入者も」
「分かった。」
そう言うと鷹は飛んでいった。
「翼ちゃんはここで大人しく待っているんだ。」
「でも!」
「相手の狙いは翼ちゃんだ。もし、翼ちゃんと君のお兄さんが死んだとなると怪鳥が復活してしまう。」
「え?」
どういう事だろうか。
「ごめんね。今まで話せずにいて、でも俺たちは絶対君を守るから」
そう言うと玄関の戸を閉めて清二朗も行ってしまった。
玄関の段差に座り込む。
このまま待っているだけでいいのだろうか。
まともに着替えも出来ないぐらいふらふらの先生が向かってしまった。
靴に足を入れ、気が付いた時には玄関を飛び出していた
町中走り回る。
でも、先生どころか政一さんや心愛の姿も無い。
何か手がかりは無いだろうかと住民に声を掛ける。
「あの、傘をかぶった眼帯に着物の人みませんでしたか?」
「さあね。」
いくら聞いて回った所で兄の姿を見た人はいなかった。
「すみません!」
それでも声をかけ続け、駅向こうへ渡り、ようやく、
「西園寺さんの家に入るところを見ましたよ。」
「ありがとうございます!」
目撃した人を見つけた。
急いで西園寺家に向かった。
だが、
「来ちゃダメ!」
西園寺さんの声が頭に入って来た。
それと同時に大きな爆発音が耳に届いた。
「何?」
爆発は西の洞窟がある山の中腹あたり、洞窟がある近くに西園寺家もあると聞いている。
走って坂道を上がる。
息を荒くし、汗をかきながら上がって行く。
すると
「先生、西園寺さん!」
二人が倒れていた。
意識が無いのか呼びかけても反応が無い。
「翼⁉」
来心の声だった。
「何でここにいるの?」
「それより、二人を離れた所に」
西園寺家は燃えている。
このままでは森にも火が回ってしまう。
その時、大きな柱が家を破壊しながら倒れてきた。
「危ない!」
北条君だった。
亀だろう大きな甲羅に守られる形で助かった。
「お前ら早く、こっちだ!」
近くの原っぱへ先生と西園寺さんを運ぶ。
「賢次!」
次々と人が集まってくる。
「うう…」
「先生!」
東馬先生が目を覚ました。
「お前……何でここにいるんだ!」
「先生がいなくなるのが悪いんでしょ。心配したんですよ!」
「馬鹿か、あいつの狙いはお前なんだぞ!」
「それはもう清二朗さんから聞きました!」
煤汚れた顔から汗をぬぐう。
「二人とも、それより先にこっちだ。」
北条君が手を差し出してくれるため立ち上がる。
「消防車もうすぐ来るから」
心愛がいう。
「森に行かない程度に消火は必要だな。」
政一さんはそういうと先ほどの北条君の様に亀を出現させる。
「玄武…」
ただの亀かと思っていたがその尾は蛇となっていた。
先ほど、北条君に手を差し伸べられた時、小指の指輪が壊れてしまっていた。
「俺たちは洞窟へ行って来る。来心来られるか。」
「うん。」
「待って!」
つい、私は止めてしまった。
その間、玄武が足踏みをするといたるところから水が噴き出して来た。
「先生そんなふらふらしているのに何しようとしているんですか?」
「お前の兄貴の目的は怪鳥の復活だ。」
「私が死なない限り復活なんてしないんじゃ?」
清二朗さんの話ではそうだった。
「封印を壊すことで復活させることは可能だ。だが、その代償は大きい、百年以上祈祷を上げ続けた封印だ。破壊した時の反動でここら一帯がなくなる可能性もある。」
「じゃあ、私も!」
「そんなところにお前を連れていけるわけないだろ。大人しく待っていろ!」
「でも!」
「待って…」
西園寺さんが起き上がる。
「もし、封印が破かれても彼女がいればすぐに修復できる。」
「それがどういうことか分かってるんだろうな!」
先生が血相を変えて反論する。
「これは悪食家の宿命。もし、復活の時にあの男が死に、封印で彼女が死んだ場合、今後、祈祷を上げなくなっても怪鳥の封印は破かれることは無い。破ける人間がいないのだから」
つまり、封印をするときに私の命が必要になるという事だ。
「どう言う事?」
来心が聞く。
「あたしたち、そんな事知らない。」
心愛もいう。
「竜ちゃん、そんな事させねえよな?」
「当たり前だろ!」
北条君に怖い口調で答える。
「落ち着いて!」
先生の腕を両手でつかむ。
「先生は私を守るって言ってくれたよね。なら、私も連れて行って」
「言った。確かに言ったが、それがどういうことかちゃんと理解出来てるんだろうな!」
「理解できていない状態でこんな事言わないもん。それに、もしもの事があった時、私がいないでみんなが死んじゃうなんて事になったら私が嫌なの。」
にらみつけた所で何も変わらず、振り返り、
「行こう。西園寺さん!」
「え?」
彼女がケガをしている事を忘れて腕を引いて歩きだす。
「待て、先に行くな!」
その後を先生が追いかけてくる。
「もしも、私が死ぬようなことがあったら二度と竜一郎さんなんて呼びませんからね!」
「俺だって悪食なんて呼んでやらねえよ!」
残された双子と北条兄弟は思っただろう。
この二人、未だ付き合ってないんだよね。
と、考えながら後を追ってくる
初期消火を終え、消防車のサイレンが近づいてきた。
それを確認し、洞窟に入ると凍えるような風が流れ出てくる。
「寒い!」
「奥には氷があるからね。」
入口に置いてあった提灯に火を入れ、奥を照らす。
「翼ちゃん」
政一さんが羽織を掛けてくれる。
「お前らも着ていろ。」
後ろでは北条君が着物の一番上を脱いでかけていた。
「寒くないから平気」
一緒に羽織に入ろうとするも西園寺さんが払いのける。
「先生」
「ぶり返すなよ。」
二人で羽織に入った。
しばらく歩くと目の前に岩が現れた。
「行き止まり?」
「こっち」
西園寺さんが一つの岩を退ける。
すると脇道が現れた。
「これなら、兄さん入ってこれないね。」
「ううん、もうすでに、誰か入ってる。」
地面に提灯の明かりを下すとそこには踏みつぶされたカエルがいた。
「まだ生きてるな。」
「そうなの?」
では、ここを歩いたのはほんの数分前という事になる。
「西園寺さんの家が爆発したのってやっぱり兄さん?」
「知らない。でも、あんたの兄ってのに比べたらずいぶんと年取ってた。」
脇道をしばらく進むと、目の前に着物を着た人物が現れた。
「……お父さん…?」
「待っていたよ翼。」