小さな出会いと大きな別れ
小さな出会いと大きな別れ
春風心地よい季節。
雪もすっかりなくなり今日は北ノ山へ行くことになった。
「テン?」
「テンちゃん」
「テンって名前なの?」
心愛と共にテンを探す声を上げているも今更名前が無い事に気が付く。
ハンカチにこの時期探すのが難しくなってしまった木の実を包んで持って来た。
「呼んだか?」
冬毛からの生え変わりが始まったのかところどころ黄色い毛が目立つ。
「はい。コレ持って来たよ。」
「おお、ありがとうな。って言いたいところなんだけどよ。悪いんだが、もうちょっと持って来てくれないか?」
「どうかしたの?」
困り顔のテンに聞く。
「熊がな。」
「熊?」
「親が死んじまってな。一人なんだよ。まだ小熊でメシの取り方も知らないしよ。」
テンの奴、大変な拾い物をしたことに気が付いていない。
「どうかしたの?」
「熊って?」
双子にはテンが何を言っているのか分からない事を思い出す。
「テンが小熊拾って育てるらしい。」
「……はい?」
「テンちゃんが小熊を育てるの?」
双子も困った顔をする。
テンに小熊のいる所まで案内してもらう傍ら、小熊が食べる物を調べる。
「ドックフード食べるんだ。」
「テレビで見た事あるよ。ドックフードに犬用ミルクと混ぜてあげてた。」
「そもそもどれぐらい育っているのかもわからないしね。」
「熊は冬眠中に出産して授乳する生き物だからな。もう、そこそこ固形物も食べれるだろう。」
到着した切株。
そこにある隙間を覗くと
「あ、いた!」
「どれどれ?」
双子が楽しそうに覗く。
「そこそこ大きいわね。」
「これでも、同じ時期に産まれた奴より小さいんだぞ。」
テンが出てくる様に促すと小さな顔をのぞかせた。
「可愛い!」
心愛が抱き上げる。
「かんだり、引っかいたりしない?」
「そのあたりの教育はしっかりしているさ。」
「ママ?」
小さな声で鳴く。
「テンがママなの?」
「俺はパパだ!」
食物連鎖を無視している。
双子の可愛がる小熊。
すると
「人間…!」
「人間だ。」
「連れてかれる…」
「熊鍋だ…」
なんて声が聞こえる。
振り返ると鹿やらリスやらウサギやら山の生き物が集まって来ていた。
「食べないし、連れて行かないから」
そう言うもヒソヒソと話をしている。
「二人とも、その子下して」
「え?」
振り返った双子は集まっている動物にゆっくりと地面に小熊を下した。
すると
「ママ」
何故か足に抱き付かれた。
「私がママなの?」
「お前がママだ!」
テンが面白可笑しいと笑う
近くの黒龍寺へ行き、ベンチに座る。
「ママ」
「まだ云ってる。」
「すっかり懐いてるね。翼ちゃん何したの?」
「何もしてないよ。」
「匂いじゃない?」
「記憶にない。」
熊の匂いのするものなんて持っていない。
「でもどうしようか。手、離さないね。」
「何やってんだ?」
こんな所に飛んで火にいる夏の虫。
まだ春だが、北条君が弟と妹を連れて現れたが、私の抱えているものと背後に集まる鹿の大群に足を止める。
「待て、早まるな!」
「何をだよ!」
簡単に北条君にも伝える。
「なら、竜ちゃんの父ちゃんの所行けよ。あの人が北ノ山と東の森の動植物の保護活動をしているから」
と、話を聞き、北条家三兄妹も連れて東の森に向かった。
「あ、私森の奥まで行った事無いかも」
「東馬家の人以外めったに行かないよ。」
小熊を何度も抱え直しながら進む。
「でも、何でお前になついてんだろうな。」
「可愛いね。」
「うん!」
北条弟妹も可愛い。
小一時間だろうか。
ゆっくりと歩き、やっと青龍神社に到着した。
「どうしました?」
足が流石に着かれてしまい、最後尾でしゃがんでいると聞きなれた声だが何処か違う。
そんな声で話しかけられ振り向いた。
「先生?」
に、容姿もよく似た人物だが、明らかに違うのは髪の色だろう。
濡れ烏の様な黒光りする髪が風で揺れる。
「兄さんなら今学校に戻っていますよ。忘れものだそうです。生徒さんですか?」
メガネ越しの視線なのだが、それに違和感が合った。
「あ、清二朗君だ。竜一郎君は?」
「さっき学校に忘れ物を取りに戻ったよ。珍しいね。ここに来るなんて」
心愛が戻ってくる。
「おじさんに会いに来たんだけどやっぱりまだお仕事?」
「うん。でも、もうすぐ帰って来る時間だと思うよ。」
そう言う彼の肩に一羽の大きな鳥が留まった。
鷹だろうか。
鋭い爪とくちばしを持っているが綺麗な瞳をしていた。
「うー!」
「え?」
小熊が鷹に手を伸ばす。
「なんだ。坊主か。やっぱり人間に見つかったじゃねえか。」
「俺が連れてきたんだ。」
テンが私の肩に乗り鷹と話を始める為、立ち上がる。
「中に入ろう。時間も時間だ。」
先ほどから時間を気にしているようだがまだ日も高い。
何を急いでいるのだろうか。
東馬家に上げてもらい。
やっと力が抜けた。
「山神の時間になっちゃったね。」
「帰りは送ってもらわないと」
双子がそんな話をしていた。
「山神の時間って何?」
聞きなれない為聞き返す。
「ここ、東の森には山神の祠があるの。山神の祠に影が掛かる夕暮れ前から夜明け過ぎまでが山神の時間。その時間に子供が森に入ると山神に神隠しされちゃうんだって」
「私、日が暮れてから入った事あるけど、そんな事無かったよ。」
「マジか」
北条君が反応する。
「そもそも、子供って年齢?」
「この子供って言うのは自分の子供がいない人の事だよ。親なら平気なの。」
「良く分らない。」
可笑しな話の多い村だ。
小熊を抱きなおしていると
「可愛い子を連れているね。どうしたんだい?」
「母親が死んじゃったみたいで、テンたちが育てようとするからその手伝いをする流れになってしまって」
「翼ちゃん、そんなに緊張しなくても竜一郎君の弟の清二朗君だよ。」
「弟……」
確か顔も声もそっくりだ。
だが、双子でもそこまで似ていないのに兄弟がこんなに似る物なのだろうか。
「ただいま」
「誰か来てんのか?」
二人の人間の声がした。
「帰って来ましたね。」
清二朗さんが迎えに行った。
中庭に視線を向けると北条君の弟妹が動物たちで遊んでいる。
「さすがに清二朗君も熊だとは解らないみたいだね。」
「そうだね。気が付いてたら家には上げないでしょ。」
「どういう事?」
双子の話に疑問を持ち、聞くと
「清二朗君目が悪いの。ぼんやりとは見えるみたいだけど」
それで視線に違和感が合ったのか。
居間に先生と先生たちによく似た人が入ってくる。
「お前ら何してんだ?」
「コレ」
そう言って抱きかかえる物を見せる。
すっかり夢の中と言った様子の小熊。
「親父、熊だって」
「熊?」
繋ぎ姿から着替えてきた東馬家のお父さん。
「ああ、母熊の死体をさっき確認してきたところだよ。小熊の姿が無かったから心配していたんだ。」
「テンが、動物たちが育てるために切株に隠していました。」
立ち上がり先生のお父さんに見せる。
「さすが悪食家の娘だ。動物とも話せるのか。俺たちは断片的にしか聞こえないからな。」
「先生も?」
隣に立つ先生に聞く。
「ん、俺は微妙だな。お喋りな猫や懐かれた犬からなら解るが」
悪食家だけでなく、人柱の家系もおかしな家だ。
「家で預かろう。ちゃんと育てて山に返すよ。」
「お願いします。」
中庭に面した縁側に座り
「テン、ちょっと来て!」
「何?」
走ってくる。
「先生の家で面倒見てくれるって」
「そっか。良かったな。ママ」
「煩いな。自称パパが!」
テンとそんな話をしていると東馬先生か近づいて来て
「お前がママね。」
「面白いネタをつかんだみたいな顔をしないでください。」
「そんなこと思ってねえよ。」
東馬先生が小熊を抱き上げようとするも
「服が!」
「手を離させろ!」
「待ってください!」
小熊の爪が服に刺さり、皮膚をかすめていくのが痛い。
「先生痛いから待って!」
「へたくそだなお前。」
「引っ張るのが悪いんでしょ!」
このままでは本当に服が破けるのではないかと、思っていると
「兄さん」
私の後ろから顔をだす清二朗さんがそっと爪を服から外す。
「痛っ!」
「もうちょっと待ってね。」
同じ顔に挟まれる。
「竜一郎君、清二朗君、翼がテンパってる。」
「無自覚って大変だね。」
双子の助け舟で二人が離れていくも
「ぎゃうっ!」
小熊が暴れる。
「先生落とさないで!」
「ずり落ちる!」
結局、私の腕の中に戻ってきた。
「翼ちゃんが良いんだね。」
「でも、どうするの?」
来心に言われて悩む。
このまま離れないとなると家にも帰れないし、学校にも行けない。
「どれどれ」
先生のお父さんが小熊を抱き上げる。
すると
「先生とは大違い!」
大人しくお父さんの腕に収まる。
「親父のが慣れているだけだ。」
気に食わなかったのだろう。
少しふてくされたような顔をする。
「やっと楽になった!」
「この子の様子が気になる時はいつでもおいで、午後は清二朗がいつもいるから」
「はい。」
それから毎日のように学校帰りに東馬家にお邪魔した。
「お前、一緒に帰るぞって何回言えば解るんだ?」
「だって、この子に早く会いたいもん。」
もともと、一緒に帰ると言う話は始めから無視している。
先生が学校に来てからあまり妖怪と出会うという事も減った。
「最近、北条君全然学校来てないよね。お仕事?」
学校での事を話しているとこの話題にたどり着いた。
「北条家の仕事は村の中だけだからな。そこまで忙しいわけないんだがな。」
「婚姻の儀が近いんだよ。賢次君の力は強いからね。抜く事が難しいだろうね。」
いちごを持ったお父さんが来た。
「婚姻の儀ですか?」
「日本の男性の結婚可能年齢が十八歳。その一年前に行う習わしでね。心愛ちゃんは来心ちゃんと一緒にやりたいと言ったから政一君の儀が遅くなっているんだ。」
「俺たちの時はパーになったもんな。」
「西園寺家も怪鳥の呪いの影響を受けているんだろうね。」
清二朗さんがコーヒーを持って来てくれた。
「どういう事ですか?」
清二朗さんに聞くと
「それは西園寺家の事を聞いてる? それとも兄さんの婚姻の儀の事を聞いてる?」
「え、えっと……」
西園寺家の呪いを聞きたかったのだが、言われてみればその話も聞きたかった。
「興味あるなら話してやるぞ。」
「勝手にスキャンダル好きにしないでください!」
「それで、聞きたい、聞きたくない?」
清二朗さんの顔が近い…。
「清!」
それを先生が剥がす様に離す。
「お前は親父と森に行って来い!」
「分かりやすいよね。でも、嫌なものは嫌だってはっきり言わないし、好きなものまで嫌いって言うし、そういうことがはっきり言えないうちは何も言えないんじゃない?」
「いいからいけ!」
ああ、先生がなぜか焦っている。
いちごを小熊に与えて東馬先生が話し出すのを待った。
「政一も賢次も、心愛や来心も、好きなやつと結婚できないのは嫌だよな。」
「先生も、好きな人いるの?」
できるだけ顔色を変えないように、心臓が口から出るのではないかと思うほど脈打つのを無視して、平然な顔で聞く。
「俺はずっといない。好きだの嫌いだの、外での生活が長いと解らなくなる。でも、清二朗は同級生だった西園寺の次女が好きだった。でもあの日、西園寺の姉妹は自殺した。」
あの日とは、婚姻の儀の日の事だろうか。
「自殺?」
「あそこの家は人柱の中でも一番子供に重圧を掛けて育てる。長女も次女もそれなりの年頃だ。好きな奴ぐらいいる。長女は世帯もちの男、次女は村の外に住む男を好きになったらしい。」
「それで…」
こんな村で不倫の恋。
人柱は外に出られなく、村外の人間には浸透いない文化。
自殺の動機にはなる。
「自殺する以外にも方法はあったよね?」
「ここにいる以上、それ以外は選択できないだろうな。」
悲しい文化。
そうしか言えない。
「俺は二人とは全く関係なかったが、清二朗は大変だったな。」
煙草に火が付く。
「先生は?」
「……俺は、基本村の外でお前らを探していた。村の事は手つかずだった。お袋も二人の自殺と清二朗に何か言われたとかで出ていっちまったしな。」
「……そうなんだ。」
こういう事も私の代で呪いを終わらせれば今後は無くなるのだろうか。
小熊は日に日に大きくなっていく。
それと同時に二組の婚姻の儀が近づいて来ていた。
「結婚か…」
「婚姻でしょ?」
「もう結婚するようなものだよ。後一年か…」
双子との昼食はこの話ばかりだ。
「お母さんは家に賢次君が来るってウキウキだよね。」
「まあ、村から出られないんだからいつでも会えるからね。」
大変なようだ。
「そう言えば、西園寺さんも婚姻の儀をするらしいね。」
「誰と?」
そう聞くと黙られてしまった。
まさか、そう思っても確かめずにはいられない。
「ちょっと行って来る!」
走って職員室に向かった。
が、職員室の前まで来て迷う。
このまま飛び込み聞いたところで、と、言うより、何をどう聞くべきだろうか。
「どうした?」
「うわっ!」
背後から先生の声に驚く。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ、なんでもないです…」
少しよそよそしい言い方をしてしまうと
「ちょっと来い!」
腕を引かれて歩かされた。
旧校舎科学準備室に入り、
「で、何の用だ?」
「別に用事なんてありませんよ。」
「その態度が言ってるんだよ。」
何故かでこピンをされた。
「いいから座れ。」
パイプ椅子に並んで座る。
「西園寺の婚約の話だろ?」
「やっぱり!」
「俺じゃねえよ。清でも無いしな。」
「……え?」
まじまじと顔を見てしまう。
「西園寺にもウチ以外に親戚はいる。そこから取るらしい。お袋は俺か清にさせたかったみたいだけどな。」
煙草の煙がゆらゆら揺れる。
小熊がすっかり大きくなった五月の終わり、東馬一家と山に入っていた。
「東馬先生、あれって」
「ああ、心愛だろうな。」
結婚式でも無いのに白い着物の列が赤い傘をさしていた。
「キツネの嫁入りだな。」
「綺麗だけど切ないね。」
テンや鹿が迎えにきたため熊を離す。
「また来るから今日からはここで暮らすんだぞ。」
「うー…」
可愛く首を傾げてくるから離したくなくなる。
「行くぞ。」
「いつまでもいると戻れなくなっちゃうからね。」
「俺たちに任せろ!」
テンに任せ山を下りる。
「寂しいな。」
「いつでも来ればいいだろ。それより戻るぞ。」
「はい」
途中、山神の祠の前を通った。
「待て」
その声に足を止めると先生たちが振り向く。
「どうした?」
「今、誰か何か言った?」
「いや、耳鳴りじゃない?」
「私だ。」
そう言うと祠手前の土が伸びる様に盛り上がり顔を作った。
「なんだ。お前かよ。」
先生が私の元まで戻って来ておかしな顔に話しかける。
「こいつがどうかしたのか?」
「水神の言っていた娘だな。」
「……はい?」
そう言えば水神が山神に会いに行くと言っていた事があった事を思い出す。
「それで、お前が気にしている娘だな。」
「悪かったな。」
ずいぶんと先生と親しいようだ。
「この目で確認して分かった。気を付けろ娘。悪食の呪いは呪いであって呪いで無い。まじないであってまじないでない。誰も気がつかぬ叫びだ。それにこたえられるのも悪食のみ。答えはすぐそこにあるぞ。」
そういうと地面に戻って行った。
「どういう事?」
「さあ……」
麓では北条家の婚姻としてにぎやかだった。
「……東馬先生結婚しないの?」
「その東馬先生っての、学校以外ではやめないか?」
「なんで?」
「俺も先生って呼ばれてるからね。」
清二朗さんがいう。
「父さんも先生だしね。」
話を聞くとお父さんは役場で動植物保護を担当する元自然科学の先生で今もそう呼ばれている。
清二朗さんは小学校の非常勤講師で同じく自然に関して教えているらしい。
「じゃあ、東馬さん?」
「それも全員同じだろ。」
「名前で良いんじゃない。父さんは父さんで良いし」
竜一郎さんと清二朗さん。
清二朗さんはそのままだが、竜一郎さんと呼ぶのには抵抗を感じる。
「竜ちゃん……」
「それはやめろ」
走ってその場はやり過ごした。
その後数日、双子も北条君も登校してこなかった分、何故か西園寺さんが学校にいる。
「ご飯一緒に食べない?」
「別にいいけど」
と、言う事で一つの机に向き合って座る。
「三人は婚姻の儀の後の禊で休みなのよ。」
「禊?」
「身体を清めて清純な子供を作るための儀式。」
箸が止まる。
本当にこの村は変わっている。
「美味しそうね。」
「マリ子さんのお手製だからね。一つどうぞ。」
おかずを一つ取り、口に運んだ。
「……美味しい。」
教室中から不思議そうな視線が集まる。
三人が登校してきたのは六月になってからで、それと入れ替わる様に西園寺さんは来なくなってしまった。
そして、心愛と北条君、来心と政一さんの接触は控えるように言われたらしい。
心愛と北条君は入れ替わってそれぞれの家での生活を始めた。