別れから出会いを招く東の旅人
別れから出会いを招く東の旅人
桜の花が散り、湖面がピンク色に染まる一方、まだ少し雪の残る北ノ山。
東の森もすっかり新緑が芽吹いている。
気候も暖かくなり、マフラー等の防寒具が日に日に減っていく。
そんな今日は始業式だ。
「やった。賢次君と同じクラス!」
「良かったな。西園寺も一緒だけど」
「このクラス配置には悪意を感じる。」
「右に同じ」
心愛、北条君、来心とクラス分けを見ていたが人柱と私は全員同じクラスになった。
マリ子さんは何も言っていなかったがあえての配置か、
それとも意図している事か。
真意は定かではないがこうなってしまった以上仕方ない。
一時的に一年生の時と同じ教室に移動して荷物を置く。
先に始業式を行ってから教室移動なのだ。
この時間は先に三年生が移動している。
体育館へ移動し整列する。
西園寺さんの姿はこういう日も無いようだ。
始業式が始まる。
校長の挨拶にマリ子さんが壇上へ立つと五十音順の整列、先頭に立つ私と目が合うのは仕方ない。
「それでは、今年から新しく赴任される先生をご紹介します。」
そうして舞台上数名の教師が並ぶ。
「今年は三人の先生がいらして下さいました。始めに、新任の国語教師――」
マリ子さんの話が耳から耳へ抜けていく。
私の視線は一点に集中する。
始業式が終わり、教室移動。
出席番号が一番になった私は教卓にも近い。
何故髪を黒に染めたり、
切ったり、
カラコンをしたり、
そう言った事をしてこなかったのだろうか。
今更すごく後悔している。
「どうしたの?」
「……何でも無い。」
もう泣きたいぐらい沈んでいる私のもとに来心が来る。
赴任してきた担任は遅れているようでまだ来ない。
「帰ろうかな…」
「まだ残ってろ。」
そう言って頭に何かが乗ったのが分かった。
「竜一郎君!」
「学校では先生だ。」
来心が反応する。
まさか竜一郎君が、あの竜一郎君が…
「全員席着け、自己紹介だ。」
と、言って黒板に名前を書きだす担任教師。
「俺は東馬竜一郎。東京からの赴任だがこの村の出身だ。知っているからって名前で呼ぶなよ。公私混同はしない主義だ。」
嘘付け。
あれだけストーカーの様に毎日メールをしてきておいて何言っているんだ。
「それで、赴任してきたばっかり準備室の片付け頼まれたんだけど、悪食、お前手伝え」
「は⁉ なんで私が手伝わないといけないんですか?」
「心配かけたバツだ。」
心配を掛けた記憶は無い。
ホームルームが終わり、東馬先生は教室を出ていく瞬間
「手伝い呼んで良いぞ。旧校舎の二階の準備室な。」
と、言われた為、
「三人も手伝って!」
「別にいいけど、知り合いだったんだね。」
「前の学校の担任ストーカー。」
「何されたの?」
「毎日メールが来てただけ」
教室を出て渡り廊下を行き旧校舎に入る。
マリ子さんが使っていた頃から旧校舎と呼んでいた煉瓦作りの校舎だ。
床や柱など部分的に木を使っているため歩くとギシギシいう。
「それって竜ちゃんが悪食の事を心配してたからだろ?」
「竜ちゃんって、そんな顔じゃないでしょ?」
そう言えば、女子生徒が以前そう呼んでいるところを見た気がする。
「悪かったな。」
背後から頭をつかまれる。
「久しぶりだな。ずいぶんと無視し続けてくれて」
「毎日してくるのが悪いんです。そもそも、勝手に人の携帯いじらないでください。」
「俺がどれだけお前を探したと思ってんだ!」
犬でもなでるかのように髪をぐしゃぐしゃにされた。
「誰かブラシ…」
「はい。」
心愛が貸してくれた。
準備室に入るなり、煙草を吸い出す東馬先生。
「で、私を呼びつけたのは何ですか?」
「この部屋の整頓を校長から言われてんだけど、どう見ても一人じゃ無理だろ。」
元は教室だったスペース。
そこに教材やら資料らしき本やらが大量に置かれている。
逆に棚はがら空き。
「ひとまずこれが終わってからだ。」
「何で」
「聞きたくないのか。」
ため息をつきながら本を持ち上げる。
「なんか、竜一郎君変わったね。」
「東京に染まっちゃった?」
「あいつにだけだよ。」
双子と楽しそうに話す東馬先生。
なんか気に食わない。
「ムカつく。」
「本当だな。」
何故か先ほどまで先生の味方だった北条君が私の手伝いをしてくれる。
「さっきまであんなこと言ってたくせに」
「大人ってだけでなんだよ。」
嫉妬のようだ。
「ラブじゃなくてライクらしいから安心しとけ。」
と、いったもののこれは来心の話だった。
心愛が北条君を可愛いと言っていた。
「悪食、コーヒー買って来てくれないか?」
「今忙しい。」
「話聞きたいんじゃないのか?」
「はいはい。行ってくればいいんでしょう。」
「駆け足な。」
本当にムカつく。
仕方なく、財布を持って準備室を出る。
「竜一郎君って好きな子いじめるタイプだっけ?」
「そんなわけないだろ。」
「いや、竜ちゃんが気付いてないだけだよ。」
心愛にも北条君にも言われる先生だった。
コーヒーと暖かい飲み物を持ち、旧校舎に戻る途中
「あれ、西園寺さん!」
教室にはいなかったが職員室から出てくる所を捕まえた。
「今登校?」
「帰るとこ」
それもそうだろう。
「あ、そうだ。今晩ウチ来ない?」
いきなり脈絡のない事を聞くと黙ってしまった。
「今晩、東馬先生が帰ってきたからって役場を使って宴会するんだって、親たちは行っちゃうから子供はウチに泊まって遊ぼうって話になって」
マリ子さんからメールで聞いた内容を教える。
「いけない。」
そういうと小走りで昇降口へ向かっていった。
旧校舎に戻り、準備室に入る。
「遅い。」
「文句を言うんなら冷たいコーヒー渡しますよ。」
「嫌がらせかよ。」
机に買ってきた物を並べる。
「好きな物どうぞ。その代り、二人もちゃんと手伝って」
「分かってる。」
嫌がらせで買ってきた冷たいコーヒーに手を伸ばそうとすると先に東馬先生に取られた。
「なんですか。」
「二本ずつ買って来てるんだから両方飲んだって良いだろ。」
そう言うとポケットにコーヒーが二本収まって行った。
その他お汁粉とコーンスープ、カフェオレにホットレモンを二本ずつ買っている。
「あたしお汁粉。」
「あたしも」
双子が先に取って行き、
「じゃあ…」
と、迷っている北条君の横からホットレモンを取り、口を開けた。
「それにしても、ホコリ臭いですね。」
「カビの匂いもするしね。」
「窓開ける?」
「寒いだろ。」
「煙草臭いので開けます。」
帰り支度の出来ている私たちには春物のコートがある。
それに比べてスーツ姿の東馬先生は寒いだろうが嫌がらせだ。
「意外と翼もいじめるタイプ?」
「気づいてない所もそっくりだね。」
双子がほのぼのとした顔で見ていた。
準備室の片付けがある程度終わったところで
「そろそろ帰るか?」
「先生が言い出した事でしょ。」
自分は何もせず、ただ煙草を吹かせていただけなのに偉そうだ。
「帰らないと妖の出やすい時間になる。」
「そんなのあるの? っていうより、なんか東京にいたときと先生違い過ぎません。あの甲斐甲斐しさはどこに行ったんですか?」
「そんなモノ置いてきた。そもそも、この村に戻ったんだ。お前に気を使う必要は無くなったからな。」
「あれで気を使っていたなんて意外。先生おおざっぱ」
「言っている意味が解らないな。そもそも、何も言わずに人の前から消えるのが悪いんだろ。」
「だからってあんなにメールしてくることないでしょ。」
「無視し続けるお前が悪い。それにな、一回ぐらいメール返せよ。一日一回しか送ってなかったのによ!」
「わたし、メールも電話も嫌いなんで」
「ああ言えばこういう!」
「ストーカー!」
準備室は賑やかである。
双子も北条君も二つ目の飲み物を飲み干し、帰る準備も終えている。
「二人とも、帰るんじゃないの?」
「泊りの荷物取りに行きたいんだけど」
と、双子が言い出す為、話はそこで一度終わりにした。
昇降口から出て校門をくぐる。
「それじゃあ、あとで」
「うん」
私は北条君と家に向かう。
「あれ?」
後ろを振り向くも前を見ても、あたりを見渡しても
「何もいない…」
「どうした?」
クソ東馬が聞いてくる。
「何でもありません。」
「妖が今日はいないんだな。」
北条君が変わりに答えを言う。
「なんだ。またゲームでもしてんのか?」
「そんなことするわけないでしょ。どこ行っても帰り道って付け回されるのよ。」
「ストーカーかよ。」
「先生が言わないで」
北条君は思っただろう面倒な女と、実際は解らないが
「それなら、今日から俺と帰ればもう狙われないだろうな。」
「意味わかんない。」
「思い出してみろ。俺と居て、妖に襲われた記憶あるのか?」
「……一回あるよ!」
「あれはあいつが知らなかっただけだろ。」
北条君は思っただろう。
この二人面倒くさいと
学校から家まで真っ直ぐ帰ったのは久しぶりだ。
「それじゃあ、俺も荷物取ってくるから」
「うん。」
「みんな泊りなのか?」
歩き去る北条君を見送りながら聞いてきた。
「明日の入学式に一般生徒は出席しませんし、明後日は土曜日なので」
「羨ましいな。学生は」
「遊びに来ても構いませんよ。手土産は必須ですけど」
そう言って私は家に入った。
今頃宴会騒ぎで大変な事になっているだろう村役場。
それに比べ神小路家では夕飯を済ませ、お風呂に入ったところだった。
「上がったよ。」
「最後、北条君だね。」
順番に入り、残すは彼だけ
双子と私だけの室内で
「え、竜一郎君呼ばなかったの?」
と、言う話になった。
「呼んでないって、あの人が帰ってきたから宴会しているんじゃないの?」
「それは単なる口実、竜一郎君はお酒飲めないもん。」
「へえ、以外。」
東馬先生の弱点を見つけた。
北条君もお風呂から上がり、トランプ等、まるで修学旅行の様に遊んでから
「それじゃあ、おやすみ」
「おう」
北条君だけ向かいの部屋に追いやり、双子は私の部屋で寝る事に
電気を消してベッドに入るも
「翼は竜一郎君の事、どう思ってるの?」
「先生?」
「出会いはどういう風だったの?」
来心と心愛に聞かれる。
「出会いはここに来る数日前で、引き取ってくれた人が用意してくれた団地に向かったらなんかいた。」
「それだけ?」
心愛が残念そうな顔をする。
「それだけって言われても、何時間も待っている風ではあったよ。コーヒーの缶がいくつもあったし、それに山の様に煙草刺してあったし、でも、あの状態であの年齢の人がスクールバック持って立っていて、私よく話しかけられて返事しちゃったな。」
「顔が良いからじゃない?」
「そこまでいいとも思わないよ。」
「竜一郎君まだ三十二歳だよ。」
「え、二十代だと思ってた。」
双子ががっくしという顔をした。
早朝。
窓からの日差しに目を覚ました。
昨日はしゃぎ過ぎてカーテンを閉める事を忘れていた。
双子を起こさない様にベッドから出てカーテンを閉める。
だが、家の前に人影を見つけた。
パジャマ姿のまま玄関へ向かい、そっとドアを開ける。
隙間から見える人影は
「先生?」
「ん?」
少々やつれた顔の先生だった。
宴会でもくちゃにでもされたようだ。
「どうしたんですか?」
「コレ」
そう言って大き目の箱を渡された。
「なんですか?」
「手土産だ。じゃあな。」
おぼつかない足取りで帰ろうとするため
「朝ごはん、食べて行って下さい。」
と、言って家の中に引っ張り込んだ。
台所で急いで朝食の準備をする。
「手際いいな。」
「最近は一人暮らしが多かったので、一人じゃなくても家事炊事を任されることも多くて」
そう言いながら魚をグリルにセットし、片手鍋でお湯を沸かす。
「魚が焼けたら食べれますんで」
お味噌汁にわかめと豆腐と入れる。
冷蔵庫から残り物を取り出し温める。
昨夜のうちにタイマーをセットしておいた炊飯器を開け、茶碗によそう。
魚焼きグリルから焼きたての魚をお皿に乗せ、先生の前に並べた。
「はい。どうぞ」
「頂きます。」
朝から無駄に頑張った気がする。
時計を見ればまだ六時になったばっかりだった。
先生がもくもくと食べるのを眺めて数十分。
「ご馳走様でした。」
「お茶どうぞ。」
暖かい緑茶を出す。
「久しぶりに手料理食ったな。」
「実家に戻られたんじゃないんですか?」
食器を片付けながら聞く。
「お袋は出て行ってるし、親父も弟も料理は出来ないからな。」
「彼女は?」
「いるように見えるのか?」
都心からこんな田舎に戻ってきたのだ。
別れるか連れてくるかするだろう。
「それに、俺は婚約者がいる事になっているしな。」
「この村ってみんなそうなんですか?」
双子や北条君の事もある。
この村では当たり前の事なのだろうか。
「人柱だけな。血を色濃く残すのに長男は次女、長女は次男を対極する人柱の家系から嫁と婿を取る事になってるんだ。」
「じゃあ、先生は西園寺家の次女と結婚するんだ。」
「死んじまったけどな。」
聞いてはいけない事だったようだ。
食器を洗いながら沈黙が続いていたが、
「お前は、親に会いたいと思うか?」
いきなりそんな話に変わった。
「思いませんよ。良く言うじゃないですか。産みの親より育ての親って、私はマリ子さんをお母さんだと思っていますし、聡さんをお父さんだと思っています。確かに、以前は会って殴ってやろうと思っていましたが、今、この生活が私は好きなので、この状態が壊れなければ私は父が現れようといなかろうと問題はありません。」
「モクテを祓ったのがお前の兄でもか?」
流し台の中にグラスを落とす。
「あの人が?」
顔は傘で見えず、服装からはどこかの神職の人間だろうという事しか解らなかったが、妖を祓えても可笑しくない人種。
勝手にそう解釈していた。
洗い物を終わらせ、ソファーに移動する。
「お前が急にいなくなったからそいつに連れていかれたのかと思ってはじめは焦ったよ。親父からお前が戻ってきたって連絡を貰って安心した。」
「……なんで、兄が私の事を…知らなかったんですかね?」
「分からない。でもな、あいつには母親の記憶がある。お前は誰が見ても悪食小羽根にそっくりだ。見て気が付かなかった。と、いう方が可笑しくなる。」
「それじゃあ…」
いざ来ると言われると目の前が真っ白になる。
「近いうちに村に来るかもしれない。夢橋家の中ではもう、お前と関わらなくてよくなった。と親戚に言って回っている連中もいるみたいだしな。そう言えば……」
私の様子に気が付いたのか話を止める東馬先生。
ゆっくりと近づいてきた。
「安心しろ。この村にいる限りお前を守ってくれるやつは沢山いる。賢次や来心に心愛、俺だってお前を全力で守ってやるから、泣くな。」
知らぬ間に頬を伝う涙。
抱き寄せられた先生の体温が暖かかった。
私は彼に父が村に来るかもしれない。
そう聞いただけだ。
特に不安に思う事なんて無いと思っていた。
今まで現実味のなかった話だが、今、現実を聞かされたようだ。
実感はない。
こんなこと、外で生活をしている中で思ったことも考えたこともなかった。
どちらかというと父や兄が迎えに来てくれることを期待していたところもある。
それなのに、この村に来て、沢山の話を聞いて、父がやってはいけない事をしたらしいと教えられ、会う事が怖くなっている。
私は臆病だ。
口では強がったことはいくらでも言える。
何故だろう。
弱い部分が簡単で出てくる。
先生に支えられることしばらく、やっと気持ちが落ち着いてきたところで時計が目に入った。
「先生、学校はいいの?」
「え……あ!」
急いで立ち上がろうとする身体が止まる。
先生の肩にのせていた頭を外し
「もう、落ち着いたので大丈夫です。」
「そうか…また帰りに寄るから」
そう言うと早足で学校に向かっていった。
そろそろ皆を起こそうと立ち上がるとクラっと立ちくらみがした。
予想以上にダメージが来ているようだ。
顔を洗い、二階に戻る。
「あ、おはよう。どこ行ってたの?」
部屋に入ると心愛も来心も着替えているところだった。
「朝ごはんの準備。」
「パジャマで?」
そう言えばそうだった。
クローゼットから服を取り出し着替える。
三人で北条君が寝ている部屋に入り、
「朝だぞ!」
と、上掛け布団をめくってやると
「……何?」
少々不機嫌な彼がいた。
「ご飯出来ているから早く着替えて降りて来な。」
伝えた所で部屋を出た。
「心愛真っ赤だね。」
「腹出して寝てたもんね。」
「もう、二人とも!」
朝食が終わり、昼食までお喋りをしていると、
「もうすぐ入学式も終わるね。」
心愛が言い出す。
そう言えば、先生また来ると言っていたが、いつ来るのだろうか。
「そろそろお昼ご飯の準備しようか。何にする?」
冷蔵庫を覗きに行くも
「なんか作るの面倒くさいな。」
朝になぜか張り切って作ってしまったためか料理をする気分では無い。
「商店街にでも食べに行く?」
「そうしよっか。」
スリッパから靴に履き替え家を出た。
ファーストフードで昼食を済ませ、戻ってくると
「あれ、竜ちゃんじゃん。」
北条君が家の前に居る先生に気が付く。
「何してるの?」
「お前ら待ってたんだ。」
「手土産は?」
「家に入るたびに必要なのかよ。」
先生とそう話していると三人から不思議な視線を感じる。
「何?」
「なんかあった?」
「何で?」
「翼ちゃんが先生の前で笑ったから」
無意識だ。
ほほに触れるも特に口角が上がっている間隔は無い。
家の中に入りソファーに座る。
「それで、竜一郎君はお酒飲めるようになったの?」
「全く無理だった。」
朝に持って来てくれた手土産のマドレーヌと紅茶とコーヒーをローテーブルに並べる。
「昨日ね。翼ちゃんが何で竜一郎君がブラックコーヒーを好きな事を知っているのかなって思ったんだけど初めてあった時に飲んでたんだってね。」
「ああ、あの時な。予想よりも三時間も遅れてくるしよ。寒くて死ぬかと思ったよ。」
こっちの方が寒いのに良く言う。
マドレーヌの袋を開けて頬張る。
「それで、本題だが、お前はどこまで話を聞いているんだ?」
「何が?」
突然何かと思ったら、そう言えば昨日の準備室の手伝いは話をしてもらう代償に働いたのだった。
「どこまでと言われてもこの村についてや、悪食家の事、西園寺家との事や人柱についてですかね。」
「東馬家は他の家とは違う解釈をしているところがある。それは西園寺との結婚であちら側の話も混ざっているからだ。」
紅茶のカップがどんどんぬるくなっていくように感じる。
悪食家の始まりは妖に育てられた赤子だったのだと言われている。
その妖は村人にあがめられ、神のような存在として村を守っていた。
妖と共に何代も続いた悪食家だが、ある日を境にどんどんと数を減らしていった。
神とあがめられていた妖が死んだのだ。
妖と言っても生き物。
魂には終わりがある。
一人死に、二人死に、一年もたたぬ間に本家以外は全員死んでしまった。
そのことに対し、本家の巫女は言った。
「妖の死により、村人が邪悪な妖に狙われることとなった。我が一族は妖から村人を守る手段を妖より授かった。これからは妖では無く、我々を頼ってほしい。」
その言葉は現実で現に数名、妖の被害で死に掛けるも悪食家の誰かが死んだという知らせの直後に回復していた。
だが、悪食家も何人もいる訳では無い。
その為邪悪な妖から悪食家を守る人柱が生まれた。
南海の朱雀、
北条の玄武、
東馬の青龍、
西園寺の白虎が
悪食家の人間が死なない様に調節する力を手にした。
それから悪食家は病気になったり、重傷を負ったりする事はあっても死ぬことは減った。
それでも、巫女となった悪食の娘の身体には妖の怨念じみたものが蓄積していく。
そして、その巫女が身ごもり、産んだ子供が怪鳥だった。
怪鳥を鎮めるために悪食家のほとんどが死んでしまった。
どうにか西の洞窟に封印するも悪食家の生き残りは一人となってしまった。
その一人となった娘も女児の出産後に亡くなってしまった。
西園寺家は封印された怪鳥に尋ねる。
すると
「悪食家を末代まで呪い続けよう。男児は産まれたその日から魂を少しずつ吸い取り、女児は新たな巫女を産み落とした瞬間魂を頂く。」
それ以来、悪食家の男児は二十歳以上生きる事は少なく、女児の結婚は村人を泣かせることとなった。
悪食家を不便に思った村外の人間が一度男児を村の外に連れ出した事があった。
だが、境を出た瞬間に男児の全身を炎が包み、村側に引きずり込まれていった。
男児を外に出そうとした人間もその後崖で足を滑らせ死んだらしい。
西園寺家は毎日欠かさず祈祷を上げる役割を担い、南海家は外に出られない巫女に供物を届ける役割を、東馬家は外の情報を仕入れ伝え、北条家が巫女を守る役割を担っていた。
数十年とその役割を守ってきた村にも戦後の西洋文化の流れがやってくる。
ふらりとやってきた外国人の男。
男はたちまち悪食の巫女に惚れ、結婚を決める。
産まれた子供が男児であった事から巫女は死ぬことは無かったものの日に日に体調を悪くしていき、男児が五歳を迎える前に亡くなってしまった。
このころから西園寺家は悪食家の勝手な行動に怒り、祈祷を上げる回数を減らしていた。
その余波だと思われる。
男児に妖が迫る事が増えた。
男児にはすぐに西園寺家の娘との婚約が決まり、父親は国に帰って行った。
だが、新たに産まれた子供は女児で、父親となった男児は顔を見る前に亡くなった。
西園寺家から来た娘も出産中に突然死してしまった。
養子となった家の人に可愛がられ育った女児はまたも西園寺家のいいつけを無視し、妖に育てられたという少年との間に子供をもうける。
産まれた子供は女児で、母親はまたも亡くなってしまった。
これをきっかけに西園寺家は悪食家の西洋の血が混じった子供を妖に魂を売った結果だと罵り、ついに祈祷を上げることをやめてしまい、悪食家を絶やす計画を立てる。
それにより、産まれた女児、翼の母小羽根は父親に隠されるように十五歳まで育つ。
高校へ行くことになった小羽根を父親は遠縁の神小路家に預け、村の権利も全て譲って姿を消してしまった。
小羽根は高校で知り合った夢橋という教師と卒業後に結婚。
夢橋は村民の話を無視し、村外へ小羽根を連れ出し行方をくらました。
その後約一年。村には天変地異の様な災害が続いた。
すっかりぬるくなった紅茶に写る私のさえない顔。
「大丈夫か?」
朝の様に東馬先生が抱き寄せてくれる。
「良く分らない。」
「自分のペースで理解していけ、今まで何も知らずに外で育ったんだ。仕方ない。」
話は大まかにだが、理解は出来た。
だが、
「私の代で終わらせないと」
そう呟くと東馬先生は不思議な顔をする。
「どう言う事だ?」
「分からない。でも、水神は私の代で終わらせろって、子の代へ引き継ぐと村がなくなるって」
「水神に会ったのか?」
先生の様子が変わる。
「朱雀神社で、どうかしたの?」
双子を見るも解らないという顔をされる。
「一旦家に戻る。お前らは大人しくしていろよ。」
先生はそういうと朝の様に足早に家を出ていった。
「どうしたんだろう?」
「やっぱり、村に戻ってこない方が良かったのかな?」
どうしてもそう考えてしまう。