南の水神 西の罪希子
南の水神 西の罪希子
早くも三月。
転校等せずに一つの場所にこんなにも長くとどまったのはいつ以来だろうか。
駅前では雪解けが始まってはいる。
東の丘や北ノ山はまだ一面真っ白のままではあるが木には若葉が目立って来た。
「学校にはなじめたか…か。人ごとだと思って、東馬先生も暇人だな。」
メールを確認し東の丘の風景を眺めながら帰宅する道にもすっかり慣れた。
なぜ、東の丘や北ノ山を通り下校しているかというと毎日の様に妖に追いかけられ、遠回りをするしか方法が無いのだ。
平坦な道を真っ直ぐすすめば学校から家まではすぐだ。
その道中、何故か帰り道で頻繁に遭遇してしまう。
「またか?」
妖に追われない限り、私がこの道を通る理由はない。
何度かこの道で遭遇する北条君は早くもそれを理解したようだ。
「北条君何でここに? てか、最近また学校来てない。」
「疲れてんだよ。お前と違ってこっちは向き不向きの中、妖を見つけて退治してんだから」
北条家は祓い屋も兼任している。
この妖を祓う技術は北の北条と東の神主の家系だけ、残りの南と西は妖を使役する能力を持っているらしい。
「で、また妖に追われてきたのか?」
解っていて聞いてくるその顔はニヤついていてむかつく。
それを抑え、いつものことかと飲み込んだ。
「うん、ここに来てからほぼ毎日だから、結構慣れてきた。村の地形も東の丘と北ノ山なら把握した。」
「ここは丘じゃなくて森な。東の森。俺、仕事終わったところだし、寒中水泳行かね?」
何故そういう話になる。
それに、彼は不向きだという妖祓いだが、私が見る限りおそらく政一さんよりも向いている。
「却下。何でまだ雪の残るような所で泳がないといけないの?」
「いいからついて来い!」
そう言うと腕を勝手に引いて走り出す。
北条家の所有しているボートに乗り込み川を下る。
「まさか、このまま飛び込むとかしないわよね?」
「そんな無謀な事しないさ。湖側には行ってないんだろ?」
この村に湖が合ったなんて知らなかった。
「そこに、南海の双子がいるんだ。同級生な。」
「南海って事は人柱の家だっけ?」
ここに来てから時々名前を耳にする事があった。
「そうそう、女の双子だから、お前も仲良くできるんじゃないか?」
「悪かったわね。北条君以外話し相手も居なくて」
川が開ける。
外気より水温の方が高いのか、湯気の様にけあらしが立ち込めていた。
頭上を真っ赤な鳥居が過ぎていく。
「この村、鳥居が多いよね。どうして?」
「神社が多いって言うのもあるけど、悪いモノが入ってくる所に各神社は建ててある。ウチは山の頂上に村の境があるからそこに建っているんだ。」
「じゃあ、東の森の鳥居は?」
「あそこの神主は唯一外に出られるからな。持って帰って来ちまった妖の分だけ鳥居があるんだよ。この村の鳥居は外の鳥居とは意味が違うんだよ。」
ボートは進み、真っ赤な神社が目の前を通過する。
「南海家は湖のほとりに家があるんだ。」
さらにボートは進み、コンクリート作りの家が見えてきた。
「村にコンクリート…」
「海が時化ると水位が上がるからな。その時の防災だよ。」
湖岸にボートを付け、降りる。
南海家の階段を上がり、コンクリート作りの家の玄関と言えど、北条君は問答無用で開け
「心愛、来心いるだろ?」
その声に足音が近づいてくる。
「賢次君!」
三つ編みの女の子が北条君の名前を呼ぶ。
「久しぶりだね。ウチに来たの。」
「ああ、こいつを合わせにな。面識ないんだろ?」
後から現れたポニーテールの女の子。
この二人が双子の人柱なのだろう。
「なんで、北条君が紹介に来るの?」
三つ編みの子が言う。
先ほどの様子からして、北条君の事が好きなのだろう。
そうなると私は邪魔者だ。
「ただ席が隣だったから色んな所を案内させてるの。それで、今日はここに来たのよ。気にしないで」
「何よ。あんた何様?」
「ただの転校生です。」
これ以上ここにいるとややこしい事になりかねない。
つい、癖の様に悪態をついてしまった。
そう思い、階段を引き返す。
だが、
「あら、小羽根ちゃん…な、訳ないわね。貴女が翼ちゃん?」
双子によく似ているが北条君のお母さんにも似ている顔の人がいた。
「はい。そうですけど…」
「もう帰っちゃうの。お茶でも飲んで行ったら、賢次君も」
「もちろん」
またも引っ張られる形で家に入る事になった。
リビングに通され紅茶を出された。
「高校入ってからあまり会う機会減ったけど、一年で男前になったわね。」
「そんな事無いですよ。」
「そうだよ。政一さんの方がカッコいい。ね、心愛。」
「え、そうだね…。」
何か理由があるのか、親には北条君への気持ちを打ち開けていないようだ。
都心と比べて小さな村、デート一回で噂が立つのは狭い環境だからだろう。
今現在、北条君を足に使っていると私も言われている。
「そうだ、賢次君。魚が余っているんだけど、お家に持って帰ってくれない。冷凍しちゃうの勿体ないのだけど、今日明日で食べた方がいいものなの。」
「良いっすよ。」
「じゃあ、ちょっと来てくれる。」
そう言う南海家の母親について行きリビングから姿が消えた。
空気は重い。
ここは先に一言行ってしまうべきだろうか。
「私、別に北条君を足で使っている訳じゃないから、好きでもないし、邪魔するつもりもない。お母さんにも伝えるつもりもない。」
「は?」
ポニーテールの子が声を出す。
「さっきから威嚇されるような目で見てくるから、心配していたんでしょ。彼を私がこき使っているんじゃないかって、学校で噂されているから」
「本当に違うの?」
三つ編みの子が聞いてくる。
「本当も本当よ。そうでなかったらここに来るわけもないでしょ。」
紅茶を口に運ぶ。
「なら、何でいつも一緒にいるわけ?」
「担任が北条君に私の世話係を命じたのよ。この見た目だから他に話しかけてくる人なんていないし、彼も先生に言われたからとか、私を守る役目があるからとか、そんな理由で一緒に居てくれるのよ。」
三つ編みの子は安心した顔をし、ポニーテールの子は疑う目をしてくる。
「悪食、お前も貰って行ったら?」
「何を?」
キッチンから北条君が顔をのぞかせる。
「魚だよ。海の」
「海の?」
何故海の魚が湖に居るのだろうか。
「ここ、海も近いの。叔父さんが漁師だから毎日沢山魚をくれるんだよ。」
三つ編みの子がいう。
その時、携帯が鳴った。
マリ子さんかと思い、開くも、
「うげっ…」
東馬先生だった。
『たまには返信ぐらいしろ。』
する訳がない。
好きでメールと受け取っている訳では無いのだから
「どうした?」
「何でもない。魚貰っていきます。今日は一人なんで」
キッチンへ歩きながらそういうと
「あら、マリ子ちゃんお仕事なの?」
と、聞かれた。
「はい。教育委員会がどうとかで、聡さんも今日は夜勤だとか。」
「なら、ウチで食べて行きなさい。賢次君も」
「ご馳走様です。」
ノリノリの北条君がいるため帰り道が解らない私は一緒に食事をするしかない。
食卓に魚料理が中心に並ぶ。
マリ子さんや聡さんとでも最高で三人の食卓に比べ、双子の父親も帰ってきた今、この人数での食事は始めてで少し戸惑う。
「どんどん食べるんだよ。」
「それにしても、こんなに小羽根ちゃんに似ているなんて」
双子の両親がしんみりした顔をする。
「わたし、そんなに似ていますか?」
「……ええ、そっくりよ。お母さんにも、お父さんにも」
「お父さんにも……」
今まで外で生きていくのに、保護者になってくれたのは父の親戚だった。
母の家族を知る人は誰もおらず、いとこ、はとこ、またいとこ、どんどん父から離れていった。
その為、父の事を知らない人もいた。
「私の親ってどんな人でした。兄さんって…」
私の質問にふんわりと笑い、
「小羽根ちゃんは良い子だったわ。先生も、小羽根ちゃんが好き過ぎて、困っている姿もよく見たわね。」
「そうだったね。そうか、小羽根ちゃんが村を出た時に妊娠していたけど、それは翼ちゃんなわけがないのか。」
双子の父親も誰かに似ている顔立ちだ。
「はい。兄がいるそうです。一度だけ写真を見ただけですけど」
「その子にも、何かしらの呪いが掛かってしまったかもしれないね。村の境を出るという事はいくら男児といっても、呪いは避けられないだろう。」
「その呪いって何なんですか。男の子は短命で、女の子は出産すると死んじゃうって、呪っている側に利点が無い。」
「そのあたりは東の神主に聞くといい。もうすぐ戻ってくるらしいから」
そういえば、東の神主のみ、人柱の中で村の外にでる力を持っているらしい。
「竜一郎君が戻ってくるなんて何年ぶりかしらね。」
「翼ちゃんが戻ってきたからな。外にいる必要もなくなったんだろう。」
食事は進み、夜、魚片手に北条君はボートで、私は駅まで双子に送られた。
「そう言えば、名前、なんていうの?」
今更な事を聞く。
「ああ、あたしは来心。こっちが心愛。髪型で見分けて」
ポニーテールで気が強いのが来心、三つ編みの物静かな子が心愛らしい。
「髪以外でも見分ける所は沢山あるわよ。それじゃあ」
駅で別れて一人歩き出す。妖を見かけ走って家に戻った。
翌日から教室に双子がやってくるようになり。
数日たった。
「え、水神?」
「うん。会いたいんだって」
「また何で?」
「わかんない。」
双子と言っても性格は真逆な心愛と来心。
「おはよう…」
眠たそうに北条が登校してきた。
「おはよう。大丈夫?」
心愛が心配する。
「これはゲームのやり過ぎ、仕事じゃないよ。」
ホッとした顔を見せる。
「あの二人って付き合ってるの?」
「まだ。でも、しきたりがあるから二人とも告白なんて出来ないんだよ。」
「しきたり?」
「そう。あたしが賢次と結婚して、心愛は政一さんと結婚する決まりなの。」
この時代にしきたりで結婚させられるとは驚きの話だ。
「まあ、いざとなったら入れ替わるよ。」
「ばれるでしょ。」
北条君と心愛ちゃんが楽しそうに話す横でそんな話をしていた。
少し、教室の外が騒がしくなってきた。
「なんだろう?」
ドアの向こうの廊下に視線を向けると
「あ、西園寺さんだ。」
「え?」
廊下を真っ白な長い髪に真っ白は肌をした女性とも男性ともいえる顔の人物が通って行った。
「珍しいね。西園寺さんが学校に来るなんて」
「ね。罪希子何て言われるのが嫌で引きこもっているのに」
「罪希子?」
聞きなれない言葉だった。
「罪希子ってね。西園寺家にだけ生まれる色素のない子供のことだよ。」
心愛が教えてくれる。
「もともと、あたしたち南海家と北条家は黒、西園寺家とアズマ家が白って決まっていて、アズマ家でも時々、色素の薄い子が生まれるの。それは罪希擬きって言うだ。今の神主はその擬きだね。」
「アズマ家…」
東馬先生と同じ名前とは、少しイラッとする。
ついでに、南海家で受けたメール以来ここ数日全く連絡が無い。
それはそれで気になっていた。
「でも、どうしたんだろうね。西園寺さん。」
「ね。声かけてこようか。」
「やめとけよ。また邪険にされるだけだよ。」
「でも」
どうやら、西園寺家と他の人柱の家では何か確執があるようだ。
放課後、学校を出てすぐ走り出した私を追いかける形で双子と北条君が来る。
「待って!」
「足早い…」
「待ってたら捕まるから、先に商店街にいる!」
商店街入り口にも大きな鳥居がある。
すっかり雪融けした道を走り、背中に汗をかきながら乱れた呼吸を整える。
黄色というか、黄土色というか、そんな色の鳥居に背中を預けている。
「お前、早すぎるだろ…」
北条君が一番に到着した。
その後に
「陸上部?」
と、言いながら来心が到着し、遅れて
「もう無理…」
心愛が到着するとすぐに近くのベンチに座った。
「部活に入った事は無いよ。ただ、毎日追われていると逃げないといけないからね。早くなった…」
「いらない努力だな。」
「死にたくないでしょ…」
そんな話をして休憩する。
「お団子屋さんよらない?」
来心が言い出す。
「悪食のおごりな。」
「まさかの…。仕方ないな。一本だけだよ。」
「ここ二本でお茶が付いてくる。」
「…お茶セット四つお願いします。」
団子屋に声を掛ける。
「自分の分も」
その声に足元を見ると何時かのテンがいた。
「団子食べれるの?」
「当たり前だろ。お前が全然来ないのが悪い。」
「だって、木の実なんて春まで見つけられないよ。」
「だからって、全く来なくなるのは寂しいだろ。」
独り言をぶつぶつ言っている私を三人は不思議な顔をしてみている。
「そいつが案内してくれたっていう?」
北条君が思い出したように聞いてくる。
「ああ、そうそう。」
「凄いね。流石だよ。」
「本当。」
何がだろうと思っていると
「自分の声が聴けるのはお前だけだからな。」
「私不審者じゃん!」
団子のお茶セット四人前が運ばれてくる。
「あんた、絶対一玉でお腹膨れるでしょ?」
「まあな。」
そう言う為櫛から一つ取り、与える。
「いいな。テンと話せるなんて」
「可愛いね。」
ほほいっぱいに団子を含んでいる。
「それより、こんな麓まで降りて来て平気なの?」
「この村じゃよくある事だよ。鹿とかも時々降りてくる。」
「それは平気なの?」
疑問を持ちながらも完食し、テンを連れて南海家に向かう。
今日は快晴で、水温より気温の方が高いのかけあらしは出ていなかった。
「四人乗れる?」
「平気平気。」
ボートに乗り込み、動き出す。
南海家はボートというより木造の船で、棒一本で動いている。
「それどうやってるの?」
と、動かしている来心に聞くと
「湖の底を押して動いてるんだよ。海への川が家の近くにあるんだけど、水位はほとんど変わらない様に出来ていてこういうので漕いだ方が流れに逆らいやすいの。」
と、説明されるも私には解らない。
確かに北条家のボートはモーター付き。
下る時は流れに任せ、上る時だけモーターを使っているようだった。
話をしている間に南海家が神主を務める朱雀神社に到着した。
「赤いね。いつみても」
「朱雀様の色だからね。」
「朱雀様? 水神じゃなくて?」
船を階段の柱に括り付ける。
「水神の祠は水中にあるんだ。妖みたいだけど、あたしたちの前では姿をあまり見せないから」
「朱雀様は人柱の神で、水神は土地神様だよ。」
来心と心愛が説明してくれる。
「じゃあ、水中に潜るの?」
「さすがに寒いだろ。」
北条君が真顔で言うがつい先日寒中水泳を誘ってきたのはこいつだ。
「こっち、中で会えるよ。」
来心の案内で神社の中に入る。
「この神社ってお賽銭どうやって集めるの?」
「この村でお賽銭集めてるのは黒龍寺だけだよ。」
「黒龍寺?」
神社以外に寺もあるようだ。
「うちの持ち物だよ。寺って言うのは名前だけだけど」
北条家を挟む形で玄武神社と黒龍寺があるらしい。
「詐欺だ。」
そもそも、神主と言っても、何かしら仕事をしている。
南海家では神社の管理は母親に任され、父親は漁に出ているのだと聞く。
北条家でも山菜やキノコ、そのほかに畑等の農業をしている。
そう話しながら祭壇の前に到着した。
そこには鏡が二つと水瓶が合った。
「水神はその水鏡に写るよ。」
「そっちの二つは?」
初めて自分がゆがまずに写る鏡を見た気がする。
鏡の片方は綺麗にホコリなど拭き取られているのだが、もう一つはすっかり曇り、蜘蛛の巣も付いている。傷もあるようだ。
「一つは現世を写し、もう一つは妖の世界を写す鏡。妖の世界へつながるからそっちの鏡は綺麗にしてないんだって」
だが、私が覗いた瞬間、曇りは一気に晴れてしまい、鏡に何かが映りだす。
つい、手を伸ばしてしまいそうになるも
「やめて置け」
聞きなれない声に止められた。
「お前は鏡を渡れてもこやつらはいけない世界。もし追って着た時の事を考えて行動しろ。」
その声は水瓶からだった。
「貴方が水神?」
「いかにも、こちらへ巫女様よ。」
水瓶から手が伸びる。
その手がほほに触れた瞬間、水中に引き込まれた。
息が出来ない。
そう思った瞬間、
「とらわれるな。」
水神の声に目を開く。
そこは水中では無かった。
「ここは?」
「私の祠だ。」
まるでシャボンのドームの中にいるようなここは、上を見ると水瓶の口だろう所から私の顔が見える。シャボンの外は水の様で、触れる事が出来た。
「何で私をここに呼んだの?」
「この土地で間もなく怪鳥が現れる。」
「怪鳥?」
何だろうか。
聞きなれないモノでありながら何処か懐かしさを感じる。
「お前の代で終わらせるんだ。」
「何を?」
「子の代へ引き継げば、この村は無くなる。良いか、東から離れるな。西へ行ってはならない。あの子たちを頼んだぞ。」
何の事だろうか。
理解しきる前に現実に戻された。
「翼ちゃん?」
「……え?」
髪から雫が落ちる。
「え、水神の祠に行ったの?」
南海家に移動し、髪を拭く。
「うん。水瓶の中のだけど」
「いいな。あたしも行ってみたい。」
「行った事無いの?」
「お母さんだって無いよ。」
何だか凄い事をしてしまったようだ。
都心よりも早い桜の開花と同時期に卒業式が行われた。
卒業したところでこの村の住人は離れるというケースは少ないようで地元就職や近隣地区にある大学へ進学するようだった。
村に残る手段として約六年間地方の医大へ進学し、聡さんの病院に勤務するという方法や役場、交番等に着くこともあるらしい。
村から出られない私には関係のない話だ。
卒業式という事で早く終わった学校。
北条君は休んでしまった為、来心と心愛の三人で商店街をプラプラしていた。
「もうすぐ二年生だね。」
「翼のクラスの担任って定年でしょ?」
「らしいね。でも、小学校の校長になるらしいよ。」
「そうなんだ。あの先生の授業面白いもんね。」
商店街のカフェでケーキと紅茶を注文した待ち時間、そんな話をしていると
「あ、あれって西園寺さんじゃない?」
心愛が気が付く。
「なんて恰好をしているんだ?」
帽子に髪の毛をまとめて入れているのか後頭部がふっくらしていた。
マフラーや手袋で色素の薄い身体を隠しているようだが周りは気が付いている。
それを気が付いていないふりをするのがこういう小さな村での良い所だろう。
「呼んで来る。」
「え?」
私がそう言うと二人は驚いた声を上げる。
「西園寺さん。」
声を掛けると驚いたように方が跳ね、おどおどされる。
「…あ、ほら、私って悪食だから人柱の事一目でわかっちゃうんだよね。」
これでフォローになっているのか分からないが本人は何処か納得した顔をする。
「ちょっと来て」
そう言って腕を引きカフェに連れ込んだ。
「本当に連れてきた。」
「凄いね翼ちゃん。」
カフェの一角のみ、人が寄り付かない場所が出来てしまった。
若い人は人柱がある事は知っていてもそれがどんなものか分からず、彼女を傷つけるのだろう。
なんとなく、私も後ろ指さされる感覚を知っているから、ほっておくことが出来ない。
「私に構わないでください。罪希子なんて存在自体が邪悪なんだから」
「見た目ならそんなに私と変わらないでしょ。夏に日焼けしたら?」
心愛も来心もポカーンとした顔で見てくる。
「その髪だって染めればいいし、今時カラコンなんて便利なものもあるんだよ。私ドライアイで使えないけど」
「そんなものを使ったところで隠しきれない。」
「じゃあ、隠さなければいいじゃない。」
西園寺さんに小動物が威嚇するような目で見られる。
「確かに、私も昔は隠していたけど、そうするとさらに後ろ指さされるし、同情されたいようにみられるし、単なるかまってちゃんの自意識過剰のナルシストとか言われるし」
「そんなに⁉」
来心が困惑の声を上げる。
「ナルシスト?」
「可愛い顔を見ないで、ってしている様に見えるんですって、学校に行ってないから言われないだけでそう思われても仕方ないよ。」
ガタっと西園寺さんが立ち上がる。
そこに
「お待たせしました。」
と、これまた困った顔の店員が注文した物を運んで来る。
「あんたの分も注文しちゃったんだから食べてから行ってくれる?」
そう言うとそこそこ大きさのあるケーキを三口で食べきり、紅茶を飲み干すと代金を置いて帰って行った。
「あんなこと言って、西園寺家は悪食家を裏切った家なんだよ。」
「何それ?」
来心が言うには
私の曽祖父の父親は外国人だったらしい。
その血が今も私まで色濃く残り、母も祖母も金色の髪をしているらしい。
その結婚が西園寺家の怒りを買った事が始まりだった。
その後も祖母は妖に育てられた祖父と結婚。
母も村の外から来た父と結婚し、
そして駆け落ちする形で村を出て行った事で西園寺家はついに悪食家を呪っている妖を封印する洞窟で祈祷を上げる事を止めてしまったようだ。
「それから、村は大変だったらしいよ。」
海は大時化が続き湖まで波は上がってきた。
その結果南海家は倒壊。
ちょうど雪解け水とかぶり、水位の上がった川は北条家にも被害をもたらした。
「青龍神社も岬の崖が崩れて大変だったみたい。西園寺家が祈祷を上げていた洞窟が崩落しちゃって」
「安定したのは夏になる頃だったらしいよ。」
夏。
と、いう事は兄が産まれた頃だろう。
まるで兄が産まれた事で村の災いがどこかへ行ってしまったような話だ。
「そう言えば、あの妖ってまだいるってお父さん言ってたよね?」
「そうだっけ?」
「妖?」
突然なんだろうか。
「翼ちゃんのお祖父さんを育てた妖だよ。西への川を使って染物している。」
「ああ、でも、ずいぶん前から姿が見えないって」
「お父さんは遠くまで仕入に行ってるんじゃないかって言ってたよ。」
「それっていないも同然じゃん。」
良く分らない話をされてはいるがどうやら行方不明の祖父の育ての親がいるらしい。
気にはなるがいるのかいないのか分からないらしい。
「見に行ってみようよ。」
珍しく心愛が行動的だ。
会計を済ませ、カフェを出る。
そして駅向こうで船に乗り、対岸に渡った。
「何で今日はこんなに行動的なの?」
「わかんない。」
来心にもわからないようだ。
今日は心愛が船を動かしている。
「どこへ行くんだ?」
突然の声に水面を見るとなぜか水神がいた。
「珍しいね。瓶から出るなんて」
「外出れるんだ。」
「山神に会いに行くところだ。それで、お前らは?」
「対岸の染色小屋へ妖を探しにね。」
「おらんぞ。」
簡単に答えられる。
「何処かいちゃったの?」
「わからん。だが、もう何十年と見ていない。」
そうなると対岸に渡る用事はない。引き返すことになった。
南海家に移動し、
「そう言えば、竜一郎君が春から高校に赴任するんですって」
「本当!」
母親からの知らせに双子が嬉しそうにする。
「嬉しいの?」
「だってお兄ちゃんみたいな人でね。あまり会えなかったけど高校に来るって事はずっといるって事だもん。」
双子の母親の姿が見えなくなったところで
「来心って政一さんの事が好きなんじゃないの?」
「政一さんはラブで、竜一郎君はライクだよ。」
「良く分んない。」
私が首をかしげていると
「賢次君もなついている人だし、カッコいいから村で知らない人はいないぐらいだよ。」
「北条君とその竜一郎君はどっちがカッコいいの?」
「……賢次君は可愛いかな。」
ダメだ。
男を可愛いと感じているあたりでもうダメだ。
その時、携帯が鳴った。
急いで開くもマリ子さんから
「会合が入っちゃったの。聡さん遅いから一人で大丈夫?」
と、の事
「どうしたの?」
「うん。マリ子さんから、今日二人とも遅いみたい。」
「なら、今日も夕飯食べて行って」
キッチンから声がする。
「ありがとうございます。」
マリ子さんは校長職以外でも忙しい様で、こうして帰ってこれない日も多い。
聡さんは医者の為仕方がないことだ。これといって寂しさも無い。