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死事

作者: ある近代人

俺の人生は仕事だ。

社会に出てからというもの仕事に人生を捧げてきた。悪い人生だとは思っていない。必死に働いて、俺は富を築いた。その代わりに失ったものは多いのではないか、と考えることもあるが、そんなことはもはや気にしていない。仕事こそが全てであり、仕事と金こそが俺だ。


俺は大学を出て、いわゆる一流企業と言われる部類の会社に就職をして、必死に働いた。周りは賢い奴らばかりで、俺は寝る間も惜しんで働かないと、太刀打ちできなかった。ただ、それが功を奏して上司に認められ、若くして昇進をすることができた。今の仕事が好きなわけではないが、現状には満足してる。


始発から終電まで働いた。そのためなのか家族は持てなかったが、後悔はない。

だが、こんな生活ももう終わる。もうすぐ定年だ。定年したら、何をしようか全く考えていないが、金はあるしやりたいこともすぐ見つかるだろう。やっと仕事から解放される。ゆっくりと余生を楽しむとしよう。


俺のサラリーマン生活最終日が来た。いつものように始発電車に乗る。階段上がってまっすぐ進んで4つ目のドアの左手前の端の席。何十年も同じ電車だと席は決まってる。毎年4月には席替えがあるものの、この席は譲らない。そして、次の駅から正面の席にいつもせかせかと書類を読む女の子。


彼女は恐らく出版社で働いているのだろう。原稿のような書類をいつもカバンに詰め込んでいる。そんな彼女もおよそ二十年来の通勤仲間だ。初めて会った時からお互い老けたもんだなあ。そんなことを考えていたら、会社に着いた。いつも最初に出社して一杯のコーヒーをすする。オフィスに静寂が佇む瞬間。


皆が続々と出社してくる。そしていつもと変わらない1日が過ぎて、定時がくる。定年ってことで送別会を開いてくれた。粋な計らいで花束まで用意してくれた。皆の気持ちは嬉しいが、追い出されるような感覚に陥った。やはり、俺が生きていくことができる場所は仕事場なんだな。仕事人間だ。


送別会も終わり、帰路についた。

家に着き、もらった花束をテーブルに置いて花束のこれからと自分のこれからを考えた。花束の寿命は大体1週間程度。まあ少しの間飾ってみるか、といっても花瓶なんて持ってない。明日は花瓶を買いに行こう。よし、明日の俺の仕事は決まった。


これからの毎日をどう過ごしたものか、考えていたら、いつの間にか眠りについていた。


早く目が覚めた。4時では花瓶はまだ買いに行けない。せめて9時までは待たないと。時間を待つなんて久しぶりだ。何をしようか。新聞でも読むか。新聞を買いに行こう。


近くのコンビニで新聞とコーヒーを買った。家に帰ると、まだ4時半。時間ってこんなにゆっくり進むものだったのか?いつも時間はこちらを追ってくるのに、こんな時に限って逃げていくようだ。

新聞も仕事をしていないと、特に関心のある内容もない。怠惰に一面からテレビ欄まで熟読する。


やっとのことで花瓶が買えた。早速花束を飾ってみるか。特に飾る場所も見つからず、部屋の真ん中のテーブルの上に置いてみた。なんかまるで自分に供えられた仏花みたいだ。それが自分の仕事への仏花。今の俺は死んでいるみたいなものなのかもな、なんて冗談考えていると冗談ではないようで寒気がした。


さて、今日はこれから何をしようか。うーん、思い浮かばないなあ。部屋でも掃除してみようか、いや特に汚れていないしな。そうだ、前々から行こうと思っていた駅近の定食屋に行ってみよう。その帰りにお惣菜でも買って晩酌をするか。ゆっくり酒でも飲みながら、これからについて考えよう。


それからというもの俺はいろんな物を試してみた。スポーツ、園芸、料理、、どれも長続きはしなかった。やはり俺には仕事しかないと思い、タクシードライバーを始めてみた。続けてはいるものの、楽しくはない。こんな生活を過ごして、俺ももう70になった。最近は体調も芳しくない。年には抗えないか。


最近は生きている心地がしない。最近と言っても仕事を辞めてから、ずっとそうだったのかもしれない。病院にも通うようになった。身体も思うように動かない。死が迫ってきている感覚をよく味わう。ただ、不思議と死は怖くない。当然のこととして迎えようと思っている。むしろいい転換点だと思ってる。


死んだら俺は天国と地獄どちらに行くのだろう。特に悪いこともしてないし、天国かな。天国ではなにができるんだろう。今みたいに退屈してしまう生活は嫌だな。毎日が生気に満ち溢れた生活を送りたいものだ、その時は死んでるけど。


その瞬間は突然やってきた。


家でいつも通り起床すると、突然激痛が走り倒れてしまった。意識が遠くなっていく感じがする。俺死ぬのか。死ぬ直前の定番である走馬灯がやってきた。見える光景は仕事をしてる俺ばかり。まあ悪い人生じゃなかったんじゃないかな。及第点ってとこだろ。さあ俺への審判はどうなることやら…


気がつくと俺は真っ白な空間にいた。なんだここは?本当に俺は死んだのか?とりあえず歩いてみた。歩けども歩けどもひたすらに続く空白。退屈な余生の次は何もない空間か。神にも見放されたものだ。嗚呼、仕事がしたい、あの頃に戻りたい。そう思ったその瞬間、目の前に俺が通勤していたビルが現れた。


なぜここに俺の務めていた会社があるんだ?なぜ現れたんだ?疑問点は尽きなかったが、とりあえず中に入ってみることにした。中は当時と変わらなかった。上司、同僚、後輩まで皆がそこにいた。驚きを隠せなかったが、身体が自然と自分のデスクへと向かった。いつのまにか全身スーツに包まれていた。


当時と何も変わらずに、普段通り仕事をこなした。取引先もないはずなのに、突如現れたり。帰る頃にはもう真っ白で空虚な空間ではなくなっていた。帰りの電車も全く変わらない。俺はこれを求めていたのかもな、だから現れてくれたのかもしれない。仕事に追われている感覚が何にも代え難く好きなんだ。


仕事を辞めてからは時間にも追われずに、自分で時間を操ることができて、まるで完全に自由の身になったと思っていたが、何かに追われていないというのはもしかしたら何者にも必要とされていないだけなのかもしれない。俺は仕事が好きなのではなく、何かに、誰かに必要とされたかったのかもしれないな。


それからというもの、俺は死後の世界(?)でも仕事に明け暮れた。こっちでは身体が疲れないのがいい。いつのまにか生前の世界とほとんど変わらない世界になり、その中で日々を過ごしていた。俺はこの生活を続けていくんだろうな。これは地獄かはたまた天国か、俺にも分からない。考えることはやめた。

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