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短い小説

転生復讐魔

作者: 石江京子

 ある日、美和子が恋人の信彦の家を訪ねると、一匹の黒い小さな犬がいた。


「この子犬、どうしたの?」

「近所の犬が産んだ子でね、向こうがぜひにっていうから、もらったんだ。美和子は初めて見たんだっけ」

「そうよ」


 美和子は答えて、頭を撫でようと手を伸ばした。すると、子犬は急に唸り声を上げて、美和子の手を噛んだ。


「痛いっ。何するのよ!」


 美和子は子犬を振り払って睨んだ。次の瞬間、はっとした。


 この子犬、変だわ。まさか、雪代?


「おい、美和子! 大丈夫か」


 駆けつける信彦の声も耳に入らないほど、美和子は動揺していた。




 数日後の夜、美和子は夢の中で雪代に会った。


「美和子、またしても私を殺したわね!」

「何言ってるのよ。あなたが勝手に死んだんじゃないの」

「あなたさえいなければ、信彦は私のものだったのに」

「何よ。信彦さんがあなたを選ばなかったからって、自殺した後まで私に付きまとわないでよ!」

「信彦はあなたの言いなりになっているわ。せっかく犬に生まれ変わったのに、あなたの手を噛んだだけで信彦は通報して、私は死ぬことになったのよ」


「……やっぱり、あの子犬は雪代、あなただったのね」

「そうよ。幽霊になっても、夢の中でしか出られないんですもの。何かに生まれ変わるしかないわ」


 信彦の元彼女を自称する雪代は、自殺してから幽霊になって彷徨っている。いくら生まれ変わっても、雪代の魂は成仏していないので、また雪代の幽霊に戻ってしまうらしい。


 しかし、陰気な雰囲気が強いところでないと、実際には姿を現すことができない。信彦と美和子のように、うまくいっている恋人同士の前では、全く出てこられないようだ。

 ところが、迷惑なことに、どうやら美和子の夢の中には現れることができるのだ。


「私、もう一度何かに生まれ変わって、あなたに復讐してやるから!」


 雪代はそう宣言して、美和子の夢から消えていった。




 美和子は信彦に夢のことを話した。

 雪代の出てくる夢は、これが初めてではなかった。そして、雪代の生まれ変わりも。

 何しろ小説投稿サイト上でも、転生話に溢れている世の中である。どうも近頃は、生まれ変わること自体が簡単らしい。


「全くすぐ転生するんだから。飼っていたハムスターの凶暴な子どもでしょ。近所でごみを漁る猫でしょ。この前は、うちの周りだけで糞をする小鳥よ。本当に何度現れれば気が済むのかしら。いい加減にしてほしいわ」


 大抵の場合、すぐに雪代だとは分からない。けれど、雪代特有のねちねちとした粘りつくようなしつこい雰囲気は、何度生まれ変わってもあるらしくて、そのうち気づくのだ。特に知能の高そうな生き物ほどよく分かった。

 

「全くあきれたな。そんなにひどい奴だとは思わなかった」


 信彦も同意見だった。


「でも、大丈夫さ。たとえ猛獣に生まれ変わっても、都会じゃ何かする前に捕まるよ。せいぜい犬や猫だ。いつも動物に気をつけていればいい。僕が守るよ」


 そう言われると、美和子はほっとして信彦に寄り添うのだった。


 けれども雪代もいい加減飽きてきたのか、その後雪代、というか雪代の生まれ変わりは全く現れなくなった。夢に何度か幽霊で現れたものの、ぐちぐちうるさいだけなので放っておいたら、そのうち出なくなった。

 何事もないまま半年が過ぎ、美和子と信彦は結婚した。




 二人の新婚旅行は、ヨーロッパ方面だった。

 ところが、パリのホテルで、予約したはずの部屋が向こうの手違いですでに塞がっていたのだ。他に空いている部屋は一つあった。けれども、従業員は気まずそうな顔をする。


「別の部屋になっても、私たちは構いませんが?」


 美和子が尋ねかけると、従業員は答えた。


「実は……、あの部屋は出るんですよ」

「出るって、何が?」

「分かりませんか?」


 美和子も信彦もその言葉で分かった。おまけに、何となく気にしていた雪代のことも思い出した。二人とも口には出さなかったが、転生をやめた雪代が、幽霊になって出てくることもあるのではないかと心配していたのだ。


 似たようなことは、海外でもあるようだ。その部屋には、恋人を他の女性に奪われたと言い張る幽霊が出るという。


 二人は、思い切ってその部屋に泊まることにした。他の幽霊が出るところでは、雪代の出る幕はないんじゃないかと、美和子が思ったからだ。


「かえって安心じゃないか」


 信彦も賛成した。




 その夜、美和子と信彦は慌ただしい新婚旅行の一日を終え、ようやくくつろげることになった。


「新婚旅行だっていうのに、私たちって随分忙しい日程組んじゃったみたい。やっと、二人きりの時間になったわね」

「そうだね、美和子」

「私、シャワー浴びてくるわ」


 美和子は立ち上がった。と、その途端に辺りが真っ暗になった。


「停電だ。美和子、大丈夫か?」


 信彦の声に美和子は答えようとしたが、次の瞬間、悲鳴を上げた。雪代の姿を見つけたからだ。


「まさか、雪代!」


 信彦も叫んだ。雪代は恨めしげな様子で二人に向かってきた。


「私はこんなに不幸なのに、美和子ときたら……。信彦、こんな嫌な女と早く別れるのよ」


 雪代の足はよく見えない。幽霊らしい。だが、雪代の言い草に美和子はかっとなった。


「雪代、あなたしつこいにもほどがあるわよ。何だってフランスにまで出てくるのよ! だいたいここに出るのは、フランス人の女の幽霊でしょ」

「一晩、代わってもらったのよ」


 雪代は冷たく笑った。


 雪代はフランスに留学していたことがあり、フランス語はペラペラだった。けれど、幽霊同士であちらの世界で話すのに、日本語もフランス語も関係あるのかどうかは分からない。


「私、ここの幽霊さんに幽霊になって出るコツを教えてもらったの。だから、これからはいつでも出られるわよ。私はこの先、信彦とあなたが別れるまでずっと幽霊になって、邪魔することに決めたのよ」

「何ですって!」


 美和子は絶叫した。その様子に、雪代は満足げにほほ笑む。


 その時、信彦が怒鳴った。


「いい加減にしろ、雪代! 僕は美和子と結婚したんだ。これから二人で生きていくと決めたんだ。邪魔するな」


 信彦の言葉に、雪代は怯んだ。


「信彦、あなた今でも私を愛しているでしょ。こんな女の言いなりになって結婚したのは間違いなのよ」

「間違いはお前のほうだぞ! 何度言ったら分かるんだ。僕はお前なんか一度も愛していない。勝手にお前が思い込んだだけだぞ。僕が愛しているのは、美和子だけだ! これからだって、家族だけしか愛さないんだ」

「信彦さん!」


 美和子は信彦に抱きつく。雪代は呆然としている。


「そんな……そんな……」


 小さな声で呟いたかと思うと、雪代は消えてしまった。




 それから一年が経った。

 雪代は、あれ以来夢の中でさえ全く現れなくなった。美和子と信彦の周辺に凶暴な動物が出ることもない。よほど雪代はショックだったのだろう。

 そして、美和子と信彦の間には、女の子が生まれた。


 難産だった美和子は、出産後赤ん坊の顔も見ないまま昏々と眠った。

 ようやく目覚めたところで、看護師が通りがかるのが見えた。


「お加減はどうですか。昨日よりだいぶ顔色が良くなりましたね」


 そう声を掛けられ、美和子は答えた。


「ええ、随分回復しました。あの、赤ちゃんは元気ですか」

「もちろん、元気ですよ。もしよければ、今こちらに連れてきますよ。お会いになりますか」

「はい。ぜひ」


 美和子は、たちまち疲労を忘れた。


 そうだ、やっと生まれたのだ。信彦さんとの子ども。赤ちゃんに会いたい。


 美和子は、信彦の言葉を思い出していた。

 ――僕が愛しているのは、美和子だけだ! これからだって、家族だけしか愛さないんだ。


 そう。私たちの新しい家族。愛しいわが子に、とうとう会えるのだ。


 看護師は美和子に笑いかけて、すぐに赤ちゃんを連れてきてくれた。


「この子ですよ」


 看護師から赤ん坊を抱きあげた美和子ははっとした。すぐに分かったのだ。

 あの、独特のねちねちとした不快な雰囲気が漂う。


 雪代だ! 

 この子は、雪代の生まれ変わりに違いない。

 な、なんてこと……!


 美和子は愕然とした。


 するとその時、まだ表情など表せないはずの赤ん坊が、にやりと笑ったように見えた。

 


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― 新着の感想 ―
おじゃまします! ひどい話、こわい話大好きな技術屋です! これは、こわいですね。すごい執念。 でも、ここまで愛されたなら信彦さんは男冥利に尽きるんじゃないでしょうか。雪代さんもさすがに満足したでしょ…
[良い点] 雪代の執念が恐ろしいですね。 何度も色々なものに生まれ変わり、最後は二人の子供に生まれてまで復讐に来るなんて恐ろし過ぎます。 これから雪代の生まれ変わりの子供を育てると言う恐怖を味わい…
[一言]  ただでさえ、夫婦愛と親子愛で、バランス崩れやすいのに。  この三角関係は、恐ろしいですね(汗)
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