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「誰だ? お前?」
振り返った、全裸ウサギがそう訊ねてきた。
やはり、被り物だからかその声は少しくぐもっている。
「いや、お前こそ誰だァァ嗚呼!!?」
「誰って、ここでサバイバル生活してるう、ウサギだ」
なんで一瞬噛んだ?
噛むようなとこだったか?
そんな疑問が浮かんでくるが、ユウヤが口にしたのは別のことだった。
「さ、さばいばる?」
「そ、趣味なんだよ」
「……全裸で?」
「顔はこの被り物があるから、完全な全裸じゃ無いだろ」
「いや、そういうことじゃなくて」
「服脱ぐとさ、自由になった感じがするんだよな。
何より楽しいし」
全裸でウサギの被り物をしてサバイバルなんて、巫山戯てるとしか思えない。
「そ、それだけのことで、全裸で?」
「そうだけど。つーか、お前、人間だよな?
こんなとこいると、魔族に捕まって殺されるぞ。
それとも、魔王城から逃げてきたのか?」
「それは」
「そういや、近くに勇者も来てるんだろ?
そいつら探して、保護してもらえよ」
全裸ウサギが言った言葉に、状況についていけず忘れてしまっていた怒りと憎しみが蘇ってきた。
「あんな奴らクソくらえだ!!」
怒鳴ったユウヤに、しかし全裸ウサギはとくに気にしなかったのか火を起こし始めた。
「とりあえず、腹減ってるみたいだなー、お前。
他にも色々取ってきたし、お前も食うか?」
なんて言われて、ユウヤは呆気に取られる。
「ほれ、飲み物もあるぞ」
全裸ウサギが、指を振るうとどこからともなく水筒が現れた。
皮袋や竹筒を加工したものではなく、元の世界ではスーパーや雑貨屋に並んでいた水筒だった。
備え付けのコップに、薄茶色の液体を注ぎユウヤに渡してくる。
その香りを嗅いで、懐かしいそれにユウヤは目を丸くした。
冷たい、よく冷やされた麦茶だった。
こちらの世界にも麦茶はあるのだが、一部の地域でしか飲まれておらず、品質も元の世界のものより劣る。
出されたそれを一気に煽り、ユウヤは全裸ウサギがつけた焚き火をぼんやりと見ながら、続けた。
「お前は、魔族なのか?」
「いんや、裸族が正解」
違う、そうじゃない。
「なんで、こんなとこでサバイバルしてるんだ?」
「楽しそうかなって思って」
どうしよう、噛み合っているようで全く話が噛み合っていない。
「…………なにか、聞けよ」
ユウヤの言葉に、全裸ウサギはその重たいであろうアタマを傾げる。
「聞いたけど、お前が答えてないだけだろ」
「…………俺は、勇者パーティに所属してたんだ」
つらつらと、ユウヤが語りだしたところで全裸ウサギはまたも指を振って今度はドライフルーツを出現させた。
「なんか長くなりそうだから、ほれ、お茶請け」
ドライフルーツを渡してきたかと思うと今度は、サバイバルナイフを出現させて虎の解体を始める。
「聞けよ!!」
「聞いてる聞いてる」
全裸ウサギが虎を解体する横で、ほぼ独り言のユウヤの話は続く。
ユウヤも、一度吐き出したかったのだろう。
この、全裸ウサギを信じたわけではないが、それでも誰でもいいから話を聞いて欲しかったのかもしれない。
そうして、話を聞き終えた頃には虎は串焼きと化していて香ばしく焼かれていた。
「もうちょい、だなぁ。生焼けは食うなよ、腹壊すからな」
「…………」
「それにしても、転移者で追放者って、テンプレはどこにでもあるんだなぁ」
「…………」
「レモンと七味あるけど、使う?」
「使う」
「とりあえず、追放されたってことは暇なんだろ?」
「は?」
虚をつかれて、思わず血まみれウサギのつぶらな瞳を見返す。
どうして暇なんて発想になるのか、甚だ疑問だ。
「勇者パーティ解雇されたんだろ?
ってことは、ニートなわけだ。あ、プー太郎って言った方がわかりやすい年代か?」
「ニートはわかるけど、プー太郎は知らない。
というか、俺の名前はユウヤだ」
「ユウヤ、ね。俺は、知り合いからはオオグって呼ばれてる」
「オオグね。オークとかオーガから来てるとか?」
「いんや、意味なんてない。ほれ、焼けたぞ」
こんがりと焼きあがった串焼きを渡され、ユウヤは思わずかぶりついた。
思った以上に腹が減っていたようだ。
夢中であっという間に食べてしまう。
味よりも量なのか、夢中で次から次へと焼けたそれを腹に収めていく。
「でもさー、お前、さっきの話聞いてると勇者以外は何もしてなくね?
なんで他の奴らに対しても一緒くたにして怒ってんの?」
「それはーー」
それは、本当に今にして思えばということでしかない。
勇者であり、リーダーであり、そして親友だと思っていたあの男からの今回の仕打ちにより、ユウヤの中で生まれた殺意。憎悪。
それとともに、仲間たちへの今までのなんてことない、しかし多かれ少なかれ彼が不満に思っていたことが一気に噴き出したのだ。
たとえば、雑用。買い出し。索敵。
他の奴らも出来たのに、何故か自分だけ仕事の負担が多かったことや、ここまで来るまでに様々な冒険をしてきたが、その報酬の取り分がやけに少なかったことを思い出す。
「うわぉ、典型的過ぎて笑えてくらぁ、あははは」
全裸ウサギーーオオグの呟きに、ユウヤはそちらを睨む。
「で、クビになって、今ニートなわけだな。
よし、んじゃ一緒に遊ぼうぜ」
何故か副音声で、妙な言葉が聞こえた気がした。
「意味がわからん。どーしてそうなる?」
「お前、勇者パーティ解雇されて今無職なんだろ?
なら、時間はあるよな?
暇だよな?
つまり、遊べるよな?」
「いやいやいやいや、待て待て待て待て。
ちょっと待て、どういう論法だ、それ」
「お前、暇。
俺、一人でも楽しい。
でも人数多くてバカ騒ぎ、もっと楽しい」
微妙にカタコトになったのは何故だ、とツッコミを入れようとするが、オオグはそれを手で制して片方の指を振って、何かを出現させる。
それをユウヤへ差し出してきた。
それは、元の世界ではカラオケやちょっとしたパーティーで使われるネタ道具である、馬の被り物だった。
「俺のお古だが、ほれ、被り物もあるぞ!
股間を露出したくないなら、こんなのもあるぞ!!」
そう言って、自信満々に出てきたのは、やけに鼻がでかい、いや高い? 赤ら顔の天狗のお面だった。
「こぉんの、変態がァァアアア!!
付けれるわけねーだろ!!
ていうか、なんで脱ぐこと前提なんだよ!!?」
「楽しいから。大丈夫、お面はちゃんと洗ってある」
「違うだろ、そういうことじゃないだろ!!」
「ワガママだな、仕方ない」
おもむろに、オオグは立ち上がると少し離れた場所に落ちていた、大きめの葉っぱを拾い上げ、それをユウヤへ渡してきた。
「ほれ、これで我慢しろ」
「おま、ほんと、巫山戯んな!!
こっちは仲間に殺されかけたんだぞ!!」
「あー、そう言ってたな。
でも、追放されたんだろ?
武器も取り上げられた」
「それは、そう、だけど」
「それとも、ほかにやりたいことでもあんの?
それなら、無理強いはしない」
無理強いはしないとか言いつつ、これまでのやり取りはなんだったんだ?
そう言おうとしたが、疲れて出てきたのはため息だけだった。