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「は?」
リーダーであり、この世界を救うことを運命づけられた少年ーー勇者の言葉に、ユウヤは間抜けな声で返す。
深刻な顔で話がある、と言われ連れてこられた森の中。他の仲間は反対方向を探索中である。
いきなり解雇、つまりはクビを宣告されてしまったのだ。
戸惑うのはそうだろう。
事前の通告すらなく、ましてやもうすぐ世界を侵略せんとする魔王の城まであとわずかというところでのクビである。
もちろん、はいそーですか、わかりました、と納得できるかと言うと否である。
「な、なんで、どうして急に?」
リーダーとは、ユウヤがこちらの世界に召喚された時からの付き合いである。
召喚ーーそう、ユウヤは伝説にある【導く者】としてこちらの世界に召喚されたのである。
【導く者】とは、勇者と共に旅をする運命共同体であり、相棒であり、そしてその名のごとく、勇者を魔王の元へと導く存在だ。
なぜそんな存在がいるのか、それは謎である。
しかし、古い仕来りでそう決まっているのだ。
世界を闇が覆う時、神は導く者を異世界からこちらの世界ーーギプソフィラへと召喚する。
ギプソフィラにわけも分からぬまま召喚され、事情を説明された時。
ユウヤは、まるで自分が物語の登場人物になったような気分になった。
主役はすでにリーダーがいた。
だから、それを支える親友ポジ、相棒ポジに置かれたことに納得はしていた。
二人は時折衝突を繰り返しながらも、仲間を集め絆を深めていった。
そう、少なくともユウヤは思っていた。
しかし、リーダーは違ったようだ。
「やっぱり、自覚が無かったか」
やれやれ、とリーダーは今までに見せたことのない嘲りの表情を浮かべると背負っていま大剣を抜き放つ。
そして、その切っ先をユウヤへ向けた。
「おい、なんのーー」
冗談だろ、と言いたげなユウヤを無視してリーダーは覇気と共に切りかかろうとする。
突然のことに、思わずユウヤは尻もちをついて、呆然とそれなりの月日を一緒に旅してきた仲間を見た。
リーダーの表情には侮蔑が浮かんでいた。
「お前は、弱い。弱い奴はいらない。
お荷物なんだよ。
今まで道案内ご苦労さま」
「どうしたんだよ、急に」
「良い奴のフリすんのも、疲れたんだよ。
お前、まさか俺と対等だとか思ってたわけ?
ただの古臭い慣習で呼び出された小汚いだけの異世界人のお前と、エリートな俺が肩を並べられると、本気で思ってたのかよ?
無いわ。どんだけ馬鹿なのお前?」
「な、なにを、言っ」
言葉の途中で、リーダーは思いっきりユウヤをその剣でど突き飛ばした。
「な? かなり手加減してやってコレだもんな。
お役目を全部終わらせるまでの道具なんだよ、お前は。
で、伝説の通りのことは全部終わらせた。
はいご苦労さまでした。
もう、いらないからここで死ぬか、さっさと間抜けに逃げ出せよ」
骨が折れたのか、それとも内臓が傷ついたのか、リーダーの言葉を聞いている余裕なんてあるわけもなく、吐血してしまう。
「うっわ、吐いた。きったネー」
楽しそうに言いながら、玉遊びのようにリーダーはユウヤの体を蹴飛ばした。
「!!?」
激痛に息が詰まる。
次には髪を掴まれ、嘲笑を浮かばせたままこう言われてしまう。
「自然治癒があるっつっても、回復までには時間がかかるよな?
まぁ、これだけやられて仕返ししたければ追い掛けてくれば?
やれるもんならな」
今度は顔面を殴られた。
「まぁ、その前に死ぬかもな?
あー、スッキリした。
餞別に教えてやるよ、俺、お前のこと大嫌いだったんだ。
理由?
ねーよ?
まぁ、あえて言うなら最初からお前にはムカついてたんだ。
なんとなくだよ、なんとなく。
友情ごっこに何度吐きそうになったことか、ははは、ひひ、いい気味だ。
他の奴らには、お前はチビって敵前逃亡したって言っておいてやるよ。
あぁ、それと、これは今まで俺を不快にさせ、苦痛にさせた慰謝料代わりにもらっておくぜ。
お前には、この枝がお似合いだ」
なんて言って、リーダーはユウヤの装備である魔法杖と細身の剣を奪う。
そして、その言葉通りその辺に落ちていたであろう枝を投げて寄越してきた。
しかし、痛めつけられたユウヤにはそれに触れることすらできなかった。
そうして、高笑いと共にリーダーはその場を立ち去る。
待っているだろう、仲間の元に戻るのだ。
「ち…………く……しょ」
――――――――――――――……
どれくらいの時間が経過したのだろう?
ただ、なんどか意識を失ったのはうっすらとわかった。
血の匂いで、魔物か肉食の野生動物が寄ってくることも考えられた。
もしも食われたらどうしよう?
こんな場所で死にたくない。
そんな恐怖と不安が次第に怒りと憎しみに変わっていく。
親友だった男を殺してやる。
勇者でもある、あの男を殺してやる。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。
思考が殺意で埋め尽くされる。
憎しみだけで、身が焼かれそうだ。
やがて、所有していた加護の効果で、少しの痺れのようなものが残りつつも、ようやっと痛みが消えたので、ユウヤはノロノロと体を動かし始める。
武器はない。
薬草も包帯もない。
食料すらない。
着の身着のままだ。
「ぶっ殺してやる」
どうやってとか、そんなことにまで考えは至らない。
ただ、この裏切りに対する報復しか、彼の頭には無かった。
とりあえず、この場から動いた方が良いだろう。
運良く、魔物や野生動物の胃袋に収まらなかっただけでいつそうなるかはわからない。
なにしろ、ここは魔族の本拠地である魔王城がある魔大陸の中心なのだ。
たしかに、こちらへ召喚されてユウヤもそれなりに経験を積み魔法が使えるようになったし、戦えるようになった。
中級の魔物くらいなら1人でも倒せるほどには、戦える。
しかし、ここにいる魔物や魔族となると一人で倒すには骨が折れる。
徒党を組んでチームプレイでようやく倒せるのだ。
親友だった、あの憎らしい男でもたった一人でこの魔大陸を攻略しろと言われたなら、骨が折れることだろう。
とりあえず、身を隠し休める場所を探そうと立ち上がる。
しばらく彷徨っていると、開けた場所に出た。
そこには、焚き火の後があった。
近くには、何かの骨が転がっている。
誰かがここでキャンプをしていたのだろう。
魔物にはこんな文明的な食事をする頭はないので、となると魔族だろう。
一気に、ユウヤの顔から血の気が引いた。
と、その時。
ガサガサと近くの背の高い草むらが揺れた。
「っ!!」
魔族が戻ってきたのだろうか、それとも魔物だろうか。
ただ、逃げるだけではすぐ襲われてしまう。
目くらましの煙幕を、と身構えていると、長い耳が草むらからぴょこっと生えた。
その大きさは、もちろんユウヤが知ってるウサギのモノより大きい。
特大サイズだ。
と、その顔が見えた。
ウサギだった。
遊園地とかで見る、着ぐるみの頭の部分、のように見えた。
遊園地でみたなら、違和感もなにもないウサギだっただろう。
しかし、ここは異世界であり魔族の本拠地である魔大陸なのだ。
ウサギは大きくつぶらな瞳をしていて、その口は大袈裟な笑顔のまま固定されている。
口周りは元々は白なのだろう、鼻は赤、それ以外薄い桃色のカラーリングだ。
口周りは、白とは別に返り血のような赤黒いものが着いていた。
それは、とても不気味だった。
やがて、現れた全体像にユウヤはまた別の意味で固まってしまった。
そこそこ引き締まった体。
というか、全裸だったのだ。
局部には腰蓑どころか葉っぱすらない。
ぶらぶらぶらぶら、と揺れてはいないものの特に見たくもないものが視界にはいる。
逃げるとか、煙幕の魔法の展開とか、そんなことを考えていたユウヤの思考が停止した瞬間だった。
と、その全裸ウサギがユウヤに向かって駆け出す。
その手には、血のついた鉈。
「ひっ!」
人間、理解できない状況に陥ると動けなくなるんだな、とユウヤは知った。
全裸ウサギは、そんなユウヤの横を通り過ぎると、その背後で気をうかがっていた巨大な虎の魔物へ鉈を振りかざす。
そして、一閃。
「へっ?」
振り向いたユウヤの目に映ったのは、首を落とされた巨大な虎の魔物が、その巨体を倒すところだった。
そして、落とした虎の首を掲げて全裸ウサギが叫んだ。
「デッドタイガー! 捕ったどー!!」