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オオグよりは、なんと言うか文化的なサバイバルだった。
というよりも、野生食の講義に近い。
「こっちの世界の食べられる野草とか、動物とか、魔物とか未知数すぎるからどうなるかと思ったけど、ほとんど変わらないから助かる」
「はぁ」
「んじゃ、ここからこのナイフでここな、ここ。ここを一突きして血抜きする。
一回で決めろよ。下手すると腕持ってかれるから」
ウリ坊よりは大人に近い猪。
手作りの檻の中に入ったそれは、一晩暴れたからか疲れて居るようにも見えた。
その息の根の止め方を教えてもらい、ナイフを渡される。
やはり魔法の効果もなにもない、普通のサバイバルナイフだ。
ユウヤはマスク越しに緊張したまま、狙いを定め、刺した。
少しズレたかと思ったが、猪は体を少しだけ揺らしただけで暴れることなく、動かなくなった。
流れ出る血を、少し大きめのバケツで受け止める。
「よし、オーケー、オーケー」
そこから、猪を檻から出して慣れた手つきでナチは解体していく。
「ほい、んじゃこれを食べやすい大きさに切ってくれ。
今日は鍋だ」
言われるままに、食べやすい大きさに切る。
と、その横で血の溜まったバケツを持ち上げ、ナチはキョロキョロと辺りを見回す。
「あの辺かな?
レーイ!!
ちょっとこれ、あの辺に捨ててきてくれ!」
火を起こして昆虫の串焼きを焼いていたオオグに、ナチはバケツを渡す。
それから、私的な用事でもあったのかナチはオオグへ耳打ちをした。
「ん、了解」
素直に頼まれて、オオグはナチが示した場所へ血を捨てに行く。
と、真っ直ぐ歩いて行くかと思いきや、オオグはバケツの中身を零さないように跳躍した。
近くの木の枝へ飛び、そこから別の木へと飛び移っていく。
「あの方が場合によっては早いんだよ」
へぇ、とオオグの背が森の中に消えて行くのを見送って、ユウヤは作業を再開した。
それは、ナチも同じであった。
オオグは二人から離れると、ナチに言われた距離を移動する。
しばらく木を飛びうつって、少しして目的の場所へたどり着いた。
「この辺か?」
木の上から下を見るが、薄暗く草が生えてるだけにしか見えない。
とりあえず、言われた通りにバケツの中身をぶちまけた。
つまりは血の雨である。
と、変化はすぐにわかった。
何も無いと思っていた場所には、人がいたのだ。
魔法かスキルかはわからないが、カメレオン、または透明人間のようにその姿が視認されないようにしていたらしい。
撒いた血が人の形を作っている光景は、どう見てもホラーだ。
「うわぁ」
下からは悲鳴が上がった。
異世界産のこの猪の血の匂いは、ぶっちゃけ臭い。
血生臭いのはそうなのだが、鼻息止めていないとかなりキツイ臭いだ。
ユウヤがマスクをしていた理由である。
ちなみにオオグとナチは鼻息だけを止めていた。
「ナチのセンサー相変わらずパネェ」
ちなみに、スキルではなく野生の勘のようなものだ。
自分を狙う野生の動物や魔物の殺気を感知する能力が、桁違いなのだ彼女は。
しかも、スキルとして取得した能力ではなく生き残るために身についてしまったものらしい。
野生の動物や魔物は日々命のやり取りの中にいる。
弱肉強食の世界の中で、生き残ってきた者はそれだけ強い。
気配を消すのが、スキル所持者より優れている個体もいるらしいと、オオグはナチから聞いたことがあった。
「さて、どちらさんかなぁ?」
隠れていたのは、全部で四人。
血の効果なのか、それともスキルを解除したのかはわからないが四人の顔が見えた。
男が一人と、女が三人。
ハーレムパーティと言うやつだろうか。
「おや、意外と優秀だな。もうここまで来るなんて」
その面々をオオグは知っていた。
ジュリやエステルとともに四人で、ユウヤが所属していた勇者パーティを支援していた国に魔王の生首を持っていった時に、その元お仲間の肖像画を見せてもらったのだ。
少しヤツれてはいるが、肖像画のままの顔が四つ並んでいた。
オオグは木から飛び降り、彼らの前に立った。
「お前らお尋ね者の元勇者だよな?
こんなとこで何してんだ?」
向こうもオオグの顔を知っていたので、殺気を向けられる。
「……っ!」
「なんで!?」
「気配は、たしかに無かったはず」
女達が思い思いの反応を示す中、元勇者が声を絞り出した。
「ーーいる?」
オオグにはよく聞こえなかった。
「なに?」
「ユウヤは、あの裏切り者はどこにいる?」
「やっぱり、取り戻しにきたのか。
悪いが返す気はないぞ。アレはこっちの人間だ」
「はは、勇者を敵にまわす気か?」
「元勇者のお尋ね者だろ。
それにそもそも返したところで、お前らアイツを殺す気だろ?
やめとけやめとけ、そんなの」
オオグの言葉が終わらないうちに、元勇者が仕掛けてきた。
「話きけよ。窮鼠猫を噛むって言葉知ってるか?」
一人、そうオオグはたった一人だった。
油断せずに連携して仕掛ければ勝てるはずなのだ。
殺せるはずなのだ。
そのはず、なのだ。
しかし、元勇者パーティの連携をオオグは軽く躱していく。
「お前らはユウヤのことを馬鹿にしてんだろうけど、アイツは俺と違ってマトモだからな、だから普通に噛み付いてそれなりの痛手をお前らに与えるとおもう。
でもさ、そんなのつまんないだろ?
そんな普通はおもしろくない。
もっと言えば、楽しくない。
そうだなぁ、例えばーー」
おもむろに、オオグはその辺に落ちていた枝を拾ってその先端から中ほどまで軽く撫でた。
そして、次の瞬間には、まるで剣かナイフのように一閃させる。
それだけ、四人とはすこし距離もとっていた。
ふつうなら、枝ごとき届かない距離だ。
だが、赤い雫が舞った。
同時に三人の少女から悲鳴が上がった。
元勇者がそちらを見ると、全員が顔から出血していた。
顔を傷つけられたのだ。
「これくらいのハンデが、あった方が面白いと俺は思うんだ。
それと悪いな。俺、女だからとかそんな理由で狙う場所とか選ばないし、躊躇しないんだわ。
まぁ、お前らも魔族相手にしてたんだ傷の百や二百名誉の勲章だろ?」
オオグの声は酷く淡々としていた。
道を聞かれて軽く説明する、そんな感じの声音だ。
「それと、これ、なんだと思う?」
オオグは元勇者パーティに枝を見せてくる。
その先端から真ん中くらいまでが、紫色に変色していた。
「血、止まるといいな」
オオグの呟くようなその一言が、やけに響いたように感じた。




