まゆ、
「え、ちょな、なんで泣くんや!」
男の人はあせってどもっている。
「翔吾、なにいきなり女の子泣かしてるの」
横の男の人が呆れた口調で言う。
翔吾、っていうんだ。この人。
「いや、知らんて。知り合いちゃうねんて。な?」
いきなり同意を求められて、
とにかく知り合いではないので何回も首を縦にふる。
「ほら」
「ほらじゃないよ」
得意げな顔をした翔吾に横の男の人がすぐつっこむ。
それが妙におかしくて
「わ、わらっとる」
翔吾はもう何がなんだかわからない
といった感じでつぶやいた。
「でも、ね」
隣の男の人がすこし首をかしげる。
「やっぱり泣いてるよ」
恥ずかしいし、自分でもよくわからないけど
そう、なみだがとまらない。
「僕の名前は湊川旬。これは・・・」
「これちゃうわ、俺は翔吾。河野翔吾」
「君の名前は?」
旬、くんの声はやさしくて、やさしい声は苦手なわたしは目線がさがってしまう。
「若月まゆ、です」
一言しゃべってしまうと、
なんだか今の状況がとてつもなく恥ずかしくなって
初対面の男の子のリュックつかんじゃったとか
今更ながら思ってしまった。
「お、なみだとまった。なんやおもしろい子やな」
きっといきなりリュックつかまれてびっくりしただろうに、
そのことにはもう何もふれず大きな口をあけて笑う翔吾は
とても、まぶしい。
「まゆ、ゆうねんな。新入生やろ?俺らもやねん、よろしくな」
「こいつとはよろしくしなくていいよ。まゆちゃん、よろしくね」
旬くんは、やっぱりなんだかやさしくて
不思議な雰囲気のふたりだった
知っているはずないのに、なんだかずっと前から知っているような。
結局なんとなく三人で昇降口にむかうことになって、
わたしはすこしだけ二人の後ろを歩きながらずっと翔吾のえりあしと青いリュックを見ていた。
全然似てないのに、どうしても見てしまう。
翔吾と旬くん、高校でできたはじめての友達。
校舎の中にはいる。
知らない人ばかり、ざわざわした空気、きれいな廊下
「よし、ここやな」
「っぅ」
「うわすまん!」
ぼーっとしていたまゆは教室の前で急に立ち止った翔吾の背中に鼻をぶつけてしまった。
「大丈夫?」
くすくす笑いながら旬くんが言う。
「鼻、赤くなっとるやん。ごめんな、まゆ」
頭にポンッと手をおく翔吾
心が、ざわざわする
まゆ、って。
久しぶりに呼ばれるから。
いい加減にしなきゃ。
かたまってしまったまゆを旬が見て
「翔吾、ドアの前邪魔」
「ほんまや」
あ、旬くん。いま助けてくれた。
でもごめんなさい、
としか思えなくて
やっぱりやさしい目は苦手。
目を伏せたまゆに旬はほほえんで
「ありがとう、がいいな」
結局三人とも同じクラスで、まゆの席は後ろから二番目。
旬はちょっと遠くて、ななめ前に翔吾がいる。
担任の先生はおじいちゃんで、数学の担当らしい。
新しい生活、なにもかも新しくて、
めまいがする。