はじまり
かぜが、ふく。さくらが、舞う。
まだすこし肌寒い4月のはじめ
新しい制服に身をつつみ、新しいローファー、新しいスクールバッグ
新しいものばかりで鎧のようにこころをかくして
何もかもから逃げてわたしは新しい町へとやってきた。
健吾は死んだ、もういない。
認めたくないこれを、そうなんだと認めるようになったのは本当につい最近のこと。
今となってはどんなふうに考えていたのかよくわからないけれど、
わたしは何を聞いても何を見ても健吾が死んだとわからなかった。
認めない、のではない。わからなかった。
今は、もうわかる。
健吾は死んだ、
雪がちらつく夜中の道路で、おもいっきり自転車をこいでいて
公園から道路にとびだして車にはねられた。
頭を強く打っただけでからだはすごくきれいで、まるで眠っているかのようで、
ただ自転車だけが大けがだったらしい。
はねた人は中年のおじさんで、お酒も飲んでないし、居眠りもしていなかった。
制限速度よりちょっとスピードをだして、家族の待つ家への帰り道。
ほかにもいろいろなことを知ってる。
たくさんのひとが、たくさんのことを教えてくれた。
でもわたしが認めたのは、彼の死だけ。
それ以上は、あけてはいけない。知ってはいけない。
彼がいなくなっても、世界には春も夏も秋も冬もやっぱりおとずれて。
そうしてまた春がきて、わたしはすこし離れた街の高校に通うことになった。
逃げて逃げて逃げてそれでもわたしは、生きていかなくちゃいけない。
健吾が死んで、そこに立ち止っていることのほうがパワーをつかうから。