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 桃太郎と鬼嫁!!   作者: ふじい やたく
4/16

桃太郎ときびだんご


 村を出てどのくらい時間が過ぎただろうか。真上にあった太陽は息を潜めんばかりに沈みかけていた。

 桃山 太郎はいまだ竹林の中を彷徨っていた。

 

 弥助に書いてもらった『地図』を縦にしてみたり横にしたりで何度も地図を見直すが、自分の居場所も把握できていない太郎にとっては、どんだけ地図に穴が空くまで眺めたところで結果は変わらなかった。


 「はらへったなぁ……そうだ! お弁当にしよう!」


 マイペースな太郎は竹林で、ましてや日が沈む間際だというのに風呂敷からサツキが作った弁当の包みを取り出した。


 「うひょー! めしめし!」


 よだれが今にも出そうな太郎は期待を胸に包みを開けた。


 「きびだんご…」


 あれ? お弁当って……てっきり白米やお肉を期待していた太郎だったが、そのお弁当の正体は『きびだんご』が四つだった……


 「う、うん。そういえば、なんとなくこの世界観『桃太郎』だしね。俺、桃山太郎だしね……さっちゃんこういう演出大切にする人だしね」


 涙がちょちょぎれそうになりながら太郎はきびだんごを一口かじる。


 優しさと甘酸っぱい気持ちが入り混じるきびだんごの味…………ではなかった!!


 「うえっ! まず! え!? まず! まっっずぅぅぅ!!!」


 太郎の口の中は苦味を越えて渋みも超え、幼いころおままごとで『泥だんご』を誤って食べた記憶を鮮明に思い出させた。

 サツキの手料理、いわば女の子の手料理を食べるのは初めてだった分、胸に焦がれた想いとそれにかけた時間とは相反して、裏切りはかくも無慈悲に一瞬で太郎を現実に連れ戻した。


 「はやくこの森を抜けよう……生きなければ……」


 食べ物とは呼べない泥だん、じゃなくて、きびだんごを綺麗に包み直し、太郎は先を急いだ。捨てないところは実に太郎らし優しさだった。



 日も完全に沈み、夜の闇が不気味に影を落とした。日が出ていた時は気持ちよく鳴いていた鳥の声も、フクロウなのか野太い声に変わっていた。静けさの中に孤独に聞くその声はやけに耳についた。

 恐怖なのか一人旅に高揚しているからかもわからぬが、太郎は自然と歩く速度が早くなっていった。


 しばらく歩き続けると竹林の出口が見えた。


 「ふう……とにかく一息つけるな。飯が恋しい。飯が……」


 腰に巻いてある風呂敷に視線を向けると自然と身震いが走った。これは『恐怖』である。


 その村は『村』というには小さく、全体的に廃れた現代でいう廃墟のような村だった。夜の闇がきっと相乗効果でそう思わせているに違いないと、太郎は覚悟を決め一歩を踏み出した。

 『じゃり。じゃり』と動くたびに聞こえる足音は反響して、もう一人後ろからついて来ている錯覚を感じさせた。

 誰も歩いていない夜道を太郎は月明かりを頼りに歩いた。すると少し先の曲がり角にかすかに明かりが見えた。

 太郎は走ってその場所に向かう。きっと宿に違いない! 宿じゃなくても今は人が恋しかった。だれか居るなら話しかけたかった。

 初めての一人旅は思ってた以上に過酷で孤独なものだった。


 「ごめんください」


 太郎は明かりの灯されていた唯一の建物に入った。そこはやはり『宿』だった。

 外からでもはっきりとわかるくらいにオンボロで、看板の名前が消えかかりながらも微かに宿という事だけはわかった。


 「……部屋かい? 女かい?」


 宿に入るなり、入り口にふてぶてしく座っている老女は太郎の顔も見ずに言う。


 「っえ……部屋とご飯を少々……あ! お金ならあります!」


 老女は軽く舌打ちをした。完全に客を客とも思っていない態度だった。しかし、太郎の姿を目にすると


 「――あんらーやだぁ! お侍様! ようこそおいでくださいました! オンボロの宿ですがごゆっくりしていってくださいまし。 ほら!!あんた達! お客様がお見えだよ!!」


 老女は勇ましく両手を叩くと部屋のあちこちから若い女達が勢いよく飛び出してきた。

 女達は今にもはだけてしまいそうな着物の着方をして太郎に押しかける。四肢を胸に押し付けられ、窒息してしまうほどに顔も女達に埋もれていく太郎。

 そのときまた大きな、手の叩く音がした。


 「はい! 奉仕は終わりだよ!」


 そう老女が大声で叫ぶと、今まであんなに愛想がよかった女達は太郎に初めから興味など無かったかのようにその場を離れていった。

 太郎は状況が把握できずにただ立ちすくむだけである。


 「あの……今のは……」


 「お侍さん……女に触ったね? 手を出したね? うちの女全員に手を出すなんて怖いもの知らずだねぇ……」


 老女は不気味な笑みを太郎に向ける。


 「いやいや! 触ってないです! 触られたんです! おばあちゃんも見てたでしょ!?」


 「ふぁあ?」


 ぼけた老人のような遠い目で太郎を老女は見る。


 「……」


 太郎は周りの女を見る。誰も太郎ともを合わせない。『我関せず』もここまで極めれば潔さすら感じた。

 

 「部屋代、女代しめて五両になります!」


 老女の言い方からしてもお金の価値に知識の無い太郎でもこれが『ぼったくり』であることは明白だった。


 「いや~まいったなぁ」


 「ふっひひ。 払えないなら体で――」


 「これでたりますかい?」


 太郎は懐から大判を一枚出すと老女の前に置いた。


 「!!?」


 老女だけではなく、今まで関心すら見せなかった女達がいっせいに太郎と大判を見つめる。


 「足りないっすか!? いや~まいった……あとはこんなもんしか……」


 そう言うと懐の小判を全て出した。その姿に他の人間は口を閉じられないでいた。

 

 「い、急いでお食事の準備をいたします!! ほら、何してんだい! 早くお侍様にお酌を!」


 老女は慌てた様子で女達に指示を出す。今まで吹き抜けの風と冷淡な老婆の声だけが響いていた宿とは思えないほどに賑わいを見せていた。

 女の笑い声。老婆の金を撫でるいやらしい目つき。太郎はこれが本当の『異世界』だと恐怖に身を震わせた。

 太郎の両脇に若い女が二人座り、後ろからは乳のでかい女がしきりに肩を撫でていた。女達は先ほどよりも肌を大胆に見せ、太郎を誘惑した。太郎は引きつった笑いをしながら


 「お金がたりてよかったです……:


 と本心から告げた。


 「お侍様っ。今夜は私と……」


 「いえいえ! 私と……」


 両脇の女が胸を太郎に押し付け耳元で囁く。


 「あ、あの、その、俺は別にそんなつもりじゃ……」


 顔を真っ赤にしながら太郎は答える。しかし、童貞ボーイでシャイボーイな太郎はついに我慢が出来ず


 「あの、やっぱオレかえりますね!」


 そう言うと席を立った。すると今まで大判を撫でていた老女が


 「おまちくだされ!」


 そういうと入り口の女に指示をだし、扉を完全に封鎖してしまった。


 「……あの、お金は差し上げますので帰して頂けませんか?」


 太郎はこんな『大人』の空間に耐性は無かった。ある種の懇願に近い感覚のお願いを老女に言うと、どうしたことか、老女はお金を全て太郎に返した。


 「大変失礼をいたしました……ご無礼を承知でお願いしたきことがございます……」


 老女は語りだす。この村に住まう『魔獣』の話を。その魔獣のせいでこの村が廃れて死活問題だという話を。


 「……話は分かりました。つまり俺にその魔獣を討伐しろと……だから侍が通るたびに女達を使い無理な金を要求して、『払えぬなら体で払え』つまり討伐を強要していたんですね」


 太郎は大きな溜息をつく。太郎があまりにも破格な大金を出したから、さすがに打つ手がなくなり正直に打ち明けたというのが本心だろう。


 「村の男たちは何しているんですか?」


 魔獣といえど、数人の男どもで掛かれば倒せない事はない。それは太郎の村で証明されている。弥助なんかは太郎の指導もあり、一人で小型の魔獣なら追い払えるくらいになっているのだから。


 「逃げました……私どもを置いて……」


 隣に座っていた女が悲しそうに呟いた。その目には涙を浮べていた。その男の中にこの女の大切だった男も混じっているのだろうか……その涙は一度だました女の涙だが、太郎にはそんな事など些細な問題でしかなかった。太郎は袖で涙を拭いてやると何も言わずに頭に手をのせた。

 周りを見渡すと、この女だけではなく、他の女共も涙を流していた……。


 「お侍さま! お願いします! 討伐のあかつきにはなんでもいたします。 ここの女共も自由にお使いください! これはこの場にいる全員の総意であります。 ですから、なにとぞ……」


 老女は床に額をこすりつけ、太郎の足元にしがみついた。


 「やめてください! おばあさん。 そんなのけっこうですから……」


 「おねがいいたします! なんなら今ここでワシの身体を――」


 「あ、それはいいです」


 怒涛の勢いで着物を脱ごうとする老婆を太郎は素早く制止した。


 「そんなご無体な……」


 老女と女達の顔が曇る……しかし、太郎から発せられた言葉は意外なものだった。


 「いやいや! 討伐は引き受けますよ。このまま引き下がるのも気がひけるし……ただ、条件として五日間の部屋の手配と食事の準備だけしていただけたらそれだけで報酬はけっこうですよ?」


 ポカンと口をあけている老女の様子を見るに、意味が理解できていないようだった。


 「でもそれじゃあ命を懸けるお侍様に申し訳ないかぎりで……」


 「ははは。侍なんてそんなもんじゃないんですか? 俺は高校生だけど……」


 太郎はあっけらかんにそう言うと笑ってみせた。


 「とにかく今日はとびきり美味しいご飯が食べたいです!」


 幸せそうに食べる太郎の姿を女達は淡い期待と火照った眼差しで見ていたと云う。


 

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