桃太郎とおばあさん
ぎんぎらと輝く太陽は、不躾な暑さを『大和の国』に照らしていた。
「おれをみろぉぉぉ!!」
そう叫んだ少年にスポットライトのように雲の隙間から光が射した。
太郎は天高くかざした自分の拳を見つめた。その先に輝く明るい太陽、季節はずれの蝉の声、美味しそうな米の匂い。
なにかおかしいと感じるその前に太郎は『カッ!!』と見開いた目を真正面に向けた。
その目の先には自分が入っていた箱を支えて、目を丸くしている少女がいた。
「――さ……さっちゃん!!」
その少女はまぎれもなく『雨宮 サツキ』だった。
「無事だったんだね! いや、ほんとよかった……。よく無事で……。だいじょうぶ!? あいつらになにもされなかったか? ああ……ほんとよかった――」
太郎は目の前に現れた無傷のサツキに安堵し、体を近づける。
太郎が抱きしめようとしたとき。
「い、いやぁぁぁああああああ!!!!」
蝉も一瞬鳴くのを忘れるほどの大声でサツキは叫んだ。そして太郎の頬に『ぱっしーん!!』とシンバルが叩かれたような音でビンタをくらわす。
「――さ、さ。さっちゃん!? 俺だよ! 太郎だよ!」
太郎はサツキは動揺していて自分のことを見間違えていると思い、必死に彼女に近づく。
「ぎゃぁぁぁあ」!! いぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁ!!!」
それでも、もうボロ泣きの彼女は必死に太郎から逃げようと遠ざかる。
太郎はこんな感情むき出しのサツキを今まで見た事はなかった。だから、いよいよ今回は本当にやばい事象なんだと再確認した。
あいつらゆるさねー! 三枚におろしてもたらん! あいつらこそ海の藻屑にしてやる!
そう再度決心しサツキに向き合う。
「さっちゃん!!」
勢いをつけて太郎はサツキに飛びついた。
「いぃぃぃydgっヴhヴ」
言葉にならない苦痛、悲しみを叫んでいる彼女に太郎は優しく抱きしめ声をかける。
「だいじょうぶ……だいじょうぶだから。 俺が来たからにはだいじょうぶだから! さっちゃんを苦しませたりしないから!!」
「だいじょうぶじゃないわよ!!」
彼女は初めて声を出した。
「だいじょうぶだから! 俺がきたから、きたから!」
「きたきたって! あんたははやく服を着なさい!! あんたのお粗末があたってんのよ! けっこうリアルにかんじるからはやくどかせなさい!!」
もう一度サツキに頬をぶたれて、一歩引いた太郎はそこで真実を知る。
『隠す気がないすっぽんぽんな体だった』
「おおう……。びゅーてぃふぉー……」
「びゅーてぃふぉーっじゃないわよ!! はやく隠しなさい!」
太郎はなにがなんだか理解できず、とりあえずサツキの傍にある木の枝から葉緑の葉を一枚とると、気休め程度に自分のそれにあてた。
『はっ』と太郎はする。きっとあいつらが俺の服を奪い、あられもない姿に変えたのだと。
「くっそぉ……さっちゃんだけでは飽き足らず、男の俺にまで……ぐすん」
「ばかじゃないの?」
呆れた顔のサツキがクールに太郎に言葉を刺した。
「あれ? さっちゃんなんで着物なんて着てるの? どういう状況?」
「いまごろかよ」
またサツキは呆れたように溜息をついた。
「あたしはなんであんたが裸なのかが疑問だけどな」
「うわーん! やっぱりけがされ――」
「ちゃうわ!!」
さらに大きな溜息をわざとらしくサツキはついた。
「あんたはもっと周りを見たほうがいいわ。 そんなんじゃこの世界で早死にするわよ」
「この世界? どう言う事?」
「この世界は異世界なの」
「……」
「……」
「ぷーくすくす!!」
一瞬緊張がはしったかと思われる場面だが、太郎のバカにした笑いで貴重な緊迫シーンも台無しである。
「なっ!!」
怒ったサツキが一歩近づき、腕を大きく振る。
「おおと! いいのかさっちゃん? 殴った反動で思わず俺のあれがポロリする危険があるぜ? なんならそっちに転ぶ可能性も。なきにしろあらず、だぜ!」
「くっ―― 卑怯な!」
二人はしばらく牽制を続けたが、先に折れたのはさつきだった。
「じゃあしっかり隠したまま聞きなさい」
「はい」
「あなたがいままで過ごしてきた養護施設『グリム』はただの養護施設じゃないの。院長……あたしの父が立ち上げた『異世界転送システム実験施設』なの……」
「……」
「そうよね……いきなりこんな事言われて戸惑うのも分かるわ。異世界なんてフィクション。現実にはないものだってみんな思っている。だけど父はタイムマシーン研究の末、たまたまだけどこの時空。異世界とリンクできたの!新たな世界を見つけることができたの! これはすごい事よ!」
「……」
「でも世界におおやけに発表するには、まだ分からないことだらけなの。なんでこの世界にだけ繋がるのか? そして施設を通して専用の機会であたし達は飛んでくるのに、対象外の人間がいること。いえ、これは逆ね。なんであたし達は飛んでこれるのか? そしてこの世界の広さと生態系の秘密などなど……。とりあえず、不明確な部分が多すぎるのよ。今は」
「……」
「……急にこんな事言われて困るのは百も承知なんだけど、太郎。あなたにはこの世界で生きて欲しいの。そして情報を提供してほしいの。こんな未知な世界だから不安はあるけど、わたし達組織が先駆けでこの世界の理を記さなきゃいけないの! だから力を貸して!」
そこまで一方的にサツキは話すと、太郎の曇った顔を見た。どこか震えていて、おびえたようにに見えるその姿にサツキは戸惑いを隠すのに精一杯だった。
「なんで……」
話を聞き終えた太郎はゆっくりと口を開いた。
「なんで異世界が中世ヨーロッパ風じゃないんだよーー!!」
「……へっ?」
「だいたいなぁ! 異世界転生なんていったら、『ああ……俺……死んだんだ……』がセオリーだろぉ!? なのになんだよ! 俺なんて気がついたら純和風な世界に拉致だぜ? それに異世界異世界って言うけど、俺が今見たままの光景はただただサッちゃんが和服コスプレしてるだけじゃんか! いや、似合うけどさ……。」
「ちょっと? 太郎くん?」
「ていうか、普通異世界につれてくんなら女神の一人やせめてスマホの一つでも持たせろよ! なに? 俺は全裸? おかしいでしょぉ!! 異世界着いてはじめて手にしたアイテムは葉っぱだとぉ!? おかいしでしょぉ!! 死ぬより惨めだわ!」
「うん……なんかごめんなさい」
「あー、もうやってらんねー。俺帰るわ。さっちゃんが無事で嬉しいけど、なんかいつもと雰囲気ちがってこわいし。組織とか意味わからんし。」
太郎は片手に葉っぱを持ち、自分の『それ』にひらひらと隠しながら困ったように頭を抱えた。
「それはできない」
「…えっ? なんだって?」
「帰さないって言ったの」
太郎の額に汗がにじみ、サツキは曇りなき瞳で太郎を見つめる。
「戻れないの?」
「正確に言うには『あなたは戻れない』よ」
「ちょっとさっちゃん! どういう事だってばよ!?」
「あなたにはやって欲しい事がある」
太郎は恐る恐る首を縦にふる。
「あなたにはこの異世界で『鬼』を退治してもらいたいの」
「いみが、わからない」
「この世界にはまだ不明確な部分が多いわ。でもね、わかってる事があるの……鬼の存在よ。太郎くん、鬼ってどんな生き物? いい生き物? 害ある生き物?」
「架空の生き物……」
「いるのよ。この世界には……鬼がね」
「……」
「だから、鬼退治をしてほしい。 あなたにはその力がある。昔から訓練してきたじゃない。命がけで……。それに……あの薬は……」
サツキは深刻そうな顔をしてその口をつぐんだ。
「わかりやすくワンモアぷりーず?」
きょとんとしている太郎にサツキは溜息一つ着くと、太郎にに近づき大きく腕をふった。
「うわっつ」
大きな破裂音が太郎の頬に伝う。しかし、不思議と痛みは感じなかった。
「どういうことだ? 痛くない?」
そういえば、さっき叩かれたときも痛みより大好きなサツキに叩かれた精神的痛みが強かったのを思い出した。
「あなたには脳のリミッターが外れる仕掛けがしてあるの……その力に耐えられる身体と脳をあなたは造られたの……」
「……」
「ごめんなさい……でも! あなたはわたし達に必要な人間だった。他の子はだめだった……」
太郎は戸惑いながら大木の前に立った。
「ふん!」
大きくふりかぶった拳は木にふれると痛みは皆無。さらには殴ったあたりは木っ端微塵に吹き飛んでいた。
昔から施設のトレーニングを受けていたとはいえ、こんな人間離れの能力は太郎には心当たりがなかった。
「す、すげー……」
なんで? の前にありえない光景を目の当たりにした太郎はただ関心するだけだった。
そんな太郎の姿にサツキは納得したように頷き「あなたならきっと……」そういった。
「あなたは開拓者。この世界を支配しなさい! そしてわたし達人類に新しい可能性を! 未来をつむぎなさい!」
元の世界に帰っても俺の居場所なんてない。一番守りたかったあの人の望みなら叶えたい。
よく分からない世界のよく分からない太郎の新生活。
「さっちゃん! よくわかんねーけど、よくわかった! 俺はこの世界で情報提供者。この世界を支配すればいいんだな!」
「ええ!そうよ!」
穏やかな川の隅にいる女と全裸の男はしばらく見つめあい、日が暮れるまで笑いあったと云う。
帰還を即効に諦めた桃太郎の異世界開拓が今はじまる!!