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 桃太郎と鬼嫁!!   作者: ふじい やたく
14/16

 桃太郎と村娘救出作戦―其の3

鬼姫の一人称が変わるのは『太郎にはおしとやか』な女の子をみせたいからです! 実際はけっこうやんちゃな女の子なのかもしれませんね(笑)


 ケロ太の合図を口火に、太郎と鬼は貴族が乗った『馬車』を襲った。


 「いいか! 殺すな。馬車を奪え!」


 太郎が声をあげると三人の鬼が馬車の前に立ちふさがり、馬を驚かせその場に留めた。「何事か!」と慌てふためく貴族とその従者に太郎達は刀を突きつけた。


 「あのぉ、おじさん? 今からもしかしてあの森の砦に行こうとしてた? 駄目だねぇああ駄目だ。いけないよそんな遊びは!」


 太郎は肥えた体つきの中年の貴族に詰め寄って言葉を投げた。


 「き、貴様ら、な、何者だ……。私を誰だと思っている!」


 その男は震える手で懐をまさぐり、何かの紋章が入った木版を取り出したが、慌てていたせいでそれを床に落としてしまった。


 「う~ん……よくわかんね!」


 太郎はそれを拾いあげて見て見たが、嫌味なくらいに線の多い家紋のような木版をそこらに放り投げた。何人かの鬼がその家紋を見て、小さく悲鳴を上げたが、そんな事太郎にとってはどうでもいいことだった。


 「条件しだいで命はとらないでやる。あの砦で奴隷売買が行われるのは百も承知だ。素直に知っている情報を全て話せ。あそこには何人の貴族が集まっている?」


 「へ、へん、山賊ごときが私に触れるな」


 太郎は大きく溜息をついて刀を振り上げた。


 「ひいぃぃぃ――」


 「いいか? 俺は短気なんだよ。気分屋でもある。いつこの刀が落ちるか俺にもわかんねぇ……。なぁ? 早くしゃべれよ」


 「わかった!わかったから刀は納めろ――。ふう……。死ぬかと思ったは……。なに、人数が知りたいのか? お前達まさか、あの砦の貴族を襲うつもりか? やめておけやめておけ。あの砦には貴族はもとい、その貴族が雇った腕利きの用心棒がわんさかとおるぞ。人数は……貴族だけで五十やそこらであろうな――」


 その男は妙に馴れ馴れしく話し始めた。話のの合間に鬼の方をちらりと警戒しながら、ときおり額の汗を手ぬぐいで拭っていた。


 「そうか。人数さえ分かればそれでいい。悪いが馬車と荷物はいただくぜ」


 「そ、そんな! 私に歩いて帰れというのか!?」


 「ああ。少しは歩いた方が健康的だぜおっさん。それに……言ったはずだ、俺は気分屋だ――早く去れ」


 太郎は刀の柄に手を添えて男を睨んだ。


 「ああ、わ、わかった……」


 貴族の男とその用心棒は静かに来た道を引き返し始め、夜の闇の中へと消えた。


 「太郎殿の見立て通り、布もこんなにあります! しかしいったいこの布は……」


 「ああ、おそらく買った女鬼を包んでおく為の布だろうよ」


 「若! 時間がありませんぞ! 早くお支度を!」


 「ああ。ケロ太! 変化だ!」


 ケロ太は太郎の合図と共に変化をし、若い美青年の容姿になった。しかし、貴族の荷物のなかにあった衣装を身に包むと、それはどうにも『貴族』の風格にはみえなかった。


 「おい……なんでそんなに似合わんの?」


 「うるせぇ! ならお前は合うのかよ!? そんな童顔で!」


 太郎は誤算をしてしまった。ケロ太からの情報で、『お面』をつけての開催と聞いていたが、ここまで二人とも貴族の衣装が似合わんとは思ってもいなかった。


 「若。ここは拙者に一つ――」


 ケロ太と太郎が慌てふためいているときにフィーネは冷静に声をかけた。


 「鬼にそのまま着せる訳にはいかないでござる。なら拙者が――」


 フィーネはそう言うと、『変化!』と口ずさみ、初めて人間の姿に化けた。その姿はケロ太の変化よりも壮年で、威厳ある武将髭を携え、いかにも高貴な人間のような姿だった。

 

 「おお! なんか貴族っぽい! 一番威厳あるなフィーネ!」


 「ちっ、なんか気にくわねぇなぁ」


 「なんのなんの若には敵いませぬが、このフィーネにそのお役目お任せしてほしいでござる!」


 太郎は地味ながら品の良い生地の服をフィーネに渡すと、早速フィーネはそれに身を包み、お面を装着した。そのお面は異国の面らしく、お面舞踏会で女性が身につけるよう煌びやかな面だった。


 フィーネは馬車に乗り込み、太郎とケロ太も笠を深くかぶりその傍らについた。側から見ればそれは貴族を護衛する二人の用心棒であった。

 鬼達は馬車の荷台の布に身を潜ませ、息の音も漏らさず準備に取り掛かった。


 「この先はもう魔獣の生息域だ。一気に突破するぞ!」


 太郎はそう言うと二頭の馬車馬の手綱を握りしめ鞭を打った。馬は勢いよく走り出し、森の中へと入っていった。静寂なる森には蹄の高鳴る音と魔獣の声が木霊していたと云う。


 ・・・・・


 森に入ると明かりというものは一つもなく、道は微かに射す月明かりとケロ太が手に持つ松明の灯火だけが照らしていた。

 

 「来やがったな……」


 太郎はケロ太の言葉に周囲を見渡すと、緑色の点々がいくつも囲むようにして追いかけてくるのに気付いた。馬車の車輪の音は轟々と鳴り、忍び寄る影に気がつくまでに少々時間がかかってしまった。しかし、太郎達もその事態は予測していた事なのだから対策は充分にあった。


 「最終兵器意使用を許可する! ケロ太やっておしまい!」


 太郎に言われケロ太は松明を口に咥え、風呂敷の中から『さっちゃんのきびだんご!』を取り出した。魔獣二人は鼻をつまみ、冷徹なまでの無表情でそれを投げ続けた……。

 周囲を囲んでいた魔獣たちは一つまた一つと弱弱しく馬車から遠ざかり姿を消した。


 「…………よし! このまま進むぞ!」


 太郎は頭を切り替え、皆が待つ砦に向かった。雨宮サツキもこんな方法でだんごが使われるなんて思いもしなかっただろう。太郎は少し心を痛めた……が、進むしかない!


 森をしばらく走り続けると、大きく木の開かれた道が見えた。おそらく出口であろうそこに太郎は馬車を進めた。

 森を抜けると案の定その先に大きな砦が見えた。道を少し進むと森の中は静寂に包まれていたのに対し、もうこの付近でも聞こえるくらいの笑い声や罵声がとんでいた。おそらく捨助の雇った山賊やら、取引にきた貴族やらが既に集まり、取引ももう始まる頃合いであるといった感じだった。


 太郎は少し足早に馬車を進ませ、笠を深く被り直し、門番のいる入り口に向かった。

 門番はやはりガラの悪い山賊で所々破けた服の中に手を突っ込みながら暇そうに立っていた。


 「へい、いらしやいまし。すいやせんが、身分を証明できるものをお願いしやす」


 門を通ろうとした時、門番の一人が声をかけてきた。

 太郎はその言葉に一瞬怯んでしまった。なぜならあの貴族の持っていた『木版』こそが身分を証明する唯一の物だったのに、あの時は太郎自身が気がつかないまでに冷静な判断が出来ていなかったために、それを投げ捨ててしまったのだった。初めての自分が指揮を執り、皆の命がかかっているという重圧は太郎が思うほどに簡単なことではなかった。


 「あ、いや、その――」


 太郎の口ごもる姿に門番は不審に思ったのか、笠の下から顔を覗き込もうとした。もし、この門番が桃山太郎の事を知っているなら、すぐに捨助の耳に侵入者の事がはいり、多勢の敵に囲まれてしまう。それを回避するにはここで息の根を止めるかの手段に踏み込まなければならない。しかし、そんな事をすれば騒ぎは広がり、救出どころではなくなる。どのみちここで見つかってしまえば、計画はご破算になり、皆の命が危ない。

 

 「くっ――」


 太郎はそっと刀に手を伸ばした。


 「ああ、身分証ならここにある」


 太郎が覚悟を決めた時、反対側に立っていたケロ太が懐から『木版』をとりだし、門番に見せ付けた。


 「へい、ありがとうございやす。身分は確認いたしやした。へ、へ、すいやせんね、あっしは世の中の事に詳しくないんで貴方様がどこの貴族様かもわかんないもんでして――。


 門番はケロ太の木版をみると、フィーネの方へ向いてへこへこと笑いながら門を開けた。フィーネは威厳ある態度で一度頷くと、馬車を進ませるように太郎に言った。

 ケロ太は太郎が投げ捨てた木版を何かに利用できると判断をし、あの奇襲のときにこっそりと懐に隠していた。口が悪く、女好きの三つ首の魔獣だが、ここぞの時には誰よりも冷静に物事を判断しているのであった。


 門へ入るとき馬車が少し揺れた。それは門の隙間の小さな段差にぶつかっただけなのだが、荷台の方から小さな声が聞こえた。隠れていた鬼の一人がぶつかった衝撃で声をもらしてしまったのだった。


 「おい。まて」


 もう一人の門番が太郎達を呼び止めた。


 「今、荷台の中から人の声がしなかったか? 雇い主の旦那からは『砦に入れるのは貴族様と用心棒だけだ』といわれている。中身を確認しても問題はなかろうな」


 一難去ってまた一難。太郎の心臓はもう爆発寸前だった。太郎は助け舟を求めるようにケロ太を見つめたが、今回はケロ太も打つ手なしのようだった。

 

 「ええい! 無礼であるぞ! 今しがたこの御方の身分は確認したはずだ」


 ケロ太は苦肉の策で門番に声をかけ、その伸ばした腕を掴んだ。


 「何を焦っている? まさか――貴様ら何か良からぬ事を考えてはいまいな!?」


 門番はケロ太の手を振り払い、次第にその手が荷台に隠れている鬼の布に伸ばされた。


 「なんだこれは!?」


 門番が叫んだ。太郎一行は固く目を瞑り息をのんだ。しかし、状況は太郎が思っていたのとは反して、思いもしなかった方へと進んでいた。


 『ウキ? ウッキ~!」


 荷台から出てきたのは一匹の『サル』だった。

 サルは門番の伸ばした腕にまたがり、肩を蹴って森の方へと去っていった。


 幸いにも布には触れられておらず、鬼達は完全に姿を隠したままの状態になっていた。

 ケロ太はこのチャンスを逃しまいとし、早口で門番に告げた。


 「貴様ら! 主様の捕らえたサルを逃がすとは何事か! 主様申し訳ございませぬ……今すぐ捕らえて参ります」


 ケロ太はフィーネに頭を下げ、門番をギロリと睨んだ。


 「もうよい。 それよりも長旅で疲れた。 早く案内せい」


 フィーネはひどくふてぶてしく答えると馬車を進ませた。


 「あ、おい! まだ確認が――」


 「ええい! 山賊ごときが頭に乗るなぁ!! 私は長旅で疲れておるのだ! これ以上疑うのなら都の牢獄へぶち込むぞ!!」


 しつこいほどの検問にフィーネは声を張って威嚇した。その姿に門番の二人は硬直してしまい、ただ道をあける事しか出来なかった。

 

 「若、もう少し肩の力をぬくでござるよ。先ほどから何やら落ち着かぬご様子……既に戦は始まっているでござる」


 フィーネは門を後にして、そわそわと傍らを歩く太郎に小声で声をかけた。太郎は震える右の手を押さえ込むように力強く握ると、大きく息を吸い込み頷いた。


 馬車小屋は裏口にあった。そこにはいくつもの馬車が均等に並べられており、馬持ちの山賊が数人配置されていた。

 太郎も手早く馬に縄をかけ、目的地に足を運ばせた。太郎は荷台の傍を通る時に小さく「作戦開始」と呟いて、軽く荷台を小突いた。


 ・・・・・


 太郎の作戦はいたってシンプルなものだった。ケロ太が先行して調べた情報の中に、『馬車』『布』『お面』がはいっており、そこから馬車の強奪を考え付き、内部への侵入を試みた。今のところは危うい場面も確かにあったが、問題なく事は進んでいる。

 ここからが第二フェイズだ。砦は四方が森で囲まれていて、屋内に入るには太郎達が通った正門か裏口の小さな門からしか侵入することが出来ない。裏門に行くには人目につかず、なおかつ単独潜入になるので進入は困難だった。そこでまず、貴族役のフィーネと用心棒であるケロ太、太郎が同じ正門入り口から侵入。そして怪しまれないようにケロ太とフィーネは奴隷売買の現場へ向かう。その時太郎は一人で屋内にあるであろう奴隷小屋へ向かい、村娘達うを救出。あとは貴族達の馬車を奪って鬼達と共に脱出というのが太郎の作戦だった。

 正直なところ、時間が限られた状況で、なおかつ情報が少ない場所へ行くのだから『出たとこ勝負』ではあったが、おおまかな流れは、娘達を馬車で奪還ということだ。いたってシンプルで短期決戦の作戦だった。


 太郎達は岩で出来た砦に足を踏み入れた。中は薄暗く、壁に掛けられた松明の明かりがぼんやりと道を照らしていた。

 壁沿いに足を運ばせ、薄暗いその先へ行くと、一人のお面をつけた小太りの中年貴族が慣れた足取りで道を進んでいた。


 「もし、少々よろしいか」


 その後ろ姿にフィーネは声をかけると、中年貴族は慎重に振り返り「なにか?」とくぐもった声で答えた。


 「それがし、今日が始めての取引なのだ。会場までご一緒させてもらってもよろしいですかな」


 「なに、貴殿は今日が初めてであったか。ならば私について来るがよい。会場は他の人間が入れないように地下に開設されているのだ……はて、商人からの手紙に書かれていた筈だが――」


 「え、あ、そうであったそうであった! なに、初めての奴隷買いが楽しみでうっかりしておったわ!」


 「ふ、ふ、お主も好きよのう……。今日の『目玉』はいつもと趣向がちがうようじゃ。なんと『鬼の娘』を捕らえたそうな――」


 太郎はその貴族の言葉に心臓が一度大きく高鳴るのを感じた。


 「なんだ? 用心棒の分際でお主も鬼の娘が欲しくなったのか? へ、へ、お前のような貧乏用心棒はせいぜい、あの小汚い娘がお似合いだろうさ。まぁ、今頃捨助に骨抜きにされておるかもしれぬがな」


 それはきっと『むつ』の事だった。太郎は今にもこの男に飛びかかろうとしていたが、フィーネに言われた言葉を思い出し、ケロ太の堂々たる態度を見習い、胸の鼓動を抑えた。


 「へ、へ、あっしにも買える金があるのならその娘でも買いたいものですわ。して、買えないあっしはせめて一度でもお目にかかりたいのですが、その娘は今何処へ?」


 太郎は媚びるように笑い、低姿勢で貴族に尋ねた。


 「ふん。その娘なら先ほど捨助に連れられて地下の奥座敷に入っていったわ。一度遊んだら奴はすぐに出品にするだろうさ。金があるならその時にでも買うのだな。」


 貴族と話して歩いているうちに、もう目の前は地下に続く階段だった。この先に捨助と皆がいる。太郎は覚悟を決めてフィーネの後を追った。


 ・・・・・


 階段を下り錆びついた鉄の扉を開くと、大きな広間に出た。地上の砦内は通路が狭く、薄暗かったのに対して、地下は大きく広がった土の地面に柱が所々にあるだけの開けた地下だった。照明も異国のランプや街灯のようなものまで設置され、まるで現代のような明るさだった。


 中へ入るとお面をつけた貴族の男女。そして、その貴族を守る用心棒がひしめき合っていた。その者達の表情はお面で見えないのに、太郎にはひどく歪で汚らわしく見えた。

 山賊達とは別に捨助の部下であろうか、洋装に身を包み、広間の貴族達に酒などをお持ちし、所々に設置されたテーブルに料理を運ぶ者達がいる。その光景はさながら『立食会』か『仮面舞踏会』とでも言っておこうか。


 先ほどの貴族は締まりの無い腹を撫でながら、料理の方へ向かっていった。太郎は二人の魔獣にそっと声をかけた。


 「ここは任せる。 俺は――むつ達を探しに行く。」


 「わかった。しかし、今は事を大きくするなよ。 絶対に娘達を解放してからでなければ戦ってはいけないぞ。」


 ケロ太は注意深く太郎に言うと、大きく鼻をつかい大きく息を吸い込んだ。


 「鬼のお嬢ちゃん達は右の小屋にいる。しかし牢を見張っているのか汗臭い男達が三人ほど近くにいるな……。むつは――やはりそうか……捨助と共にいるぞ……。」


 ケロ太は唇をかみ締めて言葉を搾り出した。


 「若! 焦る気持ちは分かりますが、どうかここは冷静なご決断を!」


 「……ああ。わかっている。まずは、鬼姫たちを助け、馬車まで送り届ける。鬼の中には今だ信用しきっていない奴もいる。鬼を一人残らず届け、信用を勝ち取り、むつ達を連れて馬車でとんずらだ!」


 鬼を最初に助けたあと、鬼が裏切り太郎達を見捨てて逃げるという疑念も確かに太郎にもあった。しかし、鬼姫がいるかぎり、そんな事を鬼姫が許すはずがなかった。この戦は鬼と人間が始めて手をとって戦う異例な事なのだ。どこになんの疑念があるかは計り知れないということは、今更どうしようもなかった。


 「ケロ太、フィーネ。なんとか、ばれないように事は運ぶつもりだが……もしも見つかったら俺のことよりも皆の救出を優先してくれ。」


 「けっ、当たり前だ。男よりも女を助けるにきまってんだろ」


 「何を言うかこの駄犬が! 我らが主は若でござるぞ! 『女、女っ!』と年中発情期には『忠義』はないのかでござる」


 ケロ太とフィーネは相変わらずに睨み合い小言を言い合っていた。その光景はいつもと変わらず。緊張しきっていた太郎の心を少しだけほぐしたのだった。


 「じゃあ、あとは任せる。くれぐれも見つかるなよ!」


 太郎は笠を深く被り、人ごみを分けて小屋へ走った。


 ・・・・・


 小屋の入り口には二人の山賊が酒を片手にほろ酔い気分で談笑していた。


 「やあやあ、お勤めご苦労様!」


 太郎は堂々と二人に声をかけた。


 「うわっ! ――ってなんだ用心棒さんかよ……旦那かと思ってびっくりしたぜ……。このことは内緒な!」


 山賊は片手の酒を軽くあげて、人懐っこい態度で答えた。どうやら一仕事終えた彼らは、誰も近づかない鬼の小屋の見張りを任されて気が緩んだのであろう。山賊は太郎に不審がることはなく、酒を勧めてきた。

 太郎は受け取った酒を豪快に飲み干すと、山賊の肩を組んで「愉快! 愉快!」と笑って見せた。その飲みっぷりに感服したのか、山賊はまた太郎に酒を勧めた。


 「なあ、この先にあの『鬼』がいるってのは本当かい?」


 「ああいる、ぜ、うっぷ……。――なんでも鬼のお姫さまも旦那は捕らえたそうだ」


 「俺さっき、ちらっとだけ見たんだがよ、本当にべっぴんさんだったぜ! 鬼じゃなければ俺もほしいぜ!」


 「そうか……中には鬼しかいないのかい? 他の娘達は何処にいるんだ?」


 「中には鬼の娘と物好きな仲間の男がいるだけさ。他の娘って……、ああ、田舎の村からさらった女か! あれらはもうそろそろ値段をつけられるから、奥の座敷で待機してるぜ! ってなんでそんな事聞くんだよ!?」


 太郎は必要な情報を手に入れると、不敵に笑い、山賊に耳をかすように言った。


 「実は――っな!!」


 太郎は二人を小屋の死角に呼びつけると、二人の頭を掴んで顔面同士をぶつけた。山賊の唇同士がお互いの口を紡いで声は響きはしなかった。それはある意味地獄絵図だったと云う……。


 太郎は気絶している二人を物陰に隠し、そそくさと小屋に侵入した。

 小屋は奥長で、入り口から少しの距離を歩くと鉄の扉があった。太郎は扉に耳をつけて中を確認しようとしたが、なにせ鉄製の扉だ。音は微かにしか感じれなかった。しかし、その微かな音に男の声が響いているのを感じた。


 「はぁ、はぁ、どうじゃ、どうじゃ――」


 何やら息をきらし、興奮気味のいやらしい声がきこえた。太郎はそっと扉を少し開くと、その先に男が下半身丸出しで、檻の中にいる鬼の娘達に見せ付けていた……。鬼の娘たちは時折り小さな悲鳴をもらし、それにより露出性癖の山賊は興奮を感じていた。

 鬼の檻を見ると、その変態に向かい合うように仁王立ちの稲鬼が娘達を守っていた。その目は冷静で、まるで「祖チンね」といわんばかりの目だった。太郎は自分の袴を結び直し、『この人には見せられないな!』と何かの決意をしたように額に汗が滲んだ。


 太郎はそっと扉をあけ、ゆっくりと変態に近づいた。稲鬼は太郎の姿をいち早く見つけ大きく目を見開いたが、太郎は唇に指を合わせ「し~――」とやった。稲鬼はそれの意味を理解し、相変わらずの冷徹な目で男の陰部を見ていた。


 「どうじゃ、ええ、どう――なんだ、もう交代か――ん?」


 太郎はその山賊後頭部を刀の鞘で思い切りたたきつけた。


 「まいったか! この『祖チン』やろうっ!!」


 太郎は決め台詞を言ってその陰部を目の端で捕らえると「い、意外とでけぇじゃねえか……」と涙目になっていた。きっと『負けた』のであろう……。ちなみに太郎は村に帰った数日後、サツキに『サプリメント』の要請を申告するのだが、塩対応で終わったのは言うまでも無い。


 「鬼姫さま。太郎様がお見えです――」


 稲鬼は檻の奥にいる鬼姫に声をかけた。


 「太郎さま! 太郎さま! お会いしとうございました! 貴方様ならきっと来てくださるって――」


 鬼姫は鉄の柵の間から両手を大きく伸ばして、太郎の手を握った。


 「遅くなってごめん。でも、もう大丈夫だから! 里の皆も駆けつけてくれたし、里長も無事だよ。だから、ひとまずはここを脱出しよう!」


 太郎は檻にかかっている南京錠の鍵を探したが、どうも周りにはないらしい。しかたなく太郎は鬼殺しを抜いて、上段に構えた。


 「みんな、さがっていて!」


 太郎は鬼姫たちが後ろに下がったのを確認して、南京錠に思い切り切りかかった。何度かぶつけているうちに南京錠は鈍い音をたてて地面に落ちた。

 扉を開けると、鬼姫が太郎に飛びついてきた。太郎は頬と頬があたるその感覚と、柔らかい胸の感触におもわず赤面してしまう。


 「太郎さま!本当にありがとうございます! 鬼の頭領にかわり、私が精一杯のお礼を申し上げます。――大好きですっ!」


 鬼姫の言葉を受け取り、太郎はその頭を撫でると、ふと我にかえった。


 「やばい! 時間がない! 早くしないと!」


 そう言いながら太郎は『自分』の着物を脱ぎ始めた。


 「え、あの、太郎さま? ここで? 今ですか!? そんな――心の準備が――」


 鬼姫は口元を袖で隠しながら、真っ赤になった顔で太郎の一挙手を見つめていた。

 

 「変態――」


 稲鬼も太郎に冷徹な視線をおくり、他の女鬼もあたふたと目のやり場に困っていた。


 「いや! これは、そんなつもりじゃ――」


 太郎は着物を脱ぎながら、目の前の変態山賊の着物を剥ぎ取ると、それを着始めた。


 「太郎さま?」


 「いいか。今から裏口から堂々と脱出する。おそらく見回りの賊もいる事だし、馬車小屋の周りにも沢山の賊がいる。なるべく、事を大きくしたくないから、変装をしてこの場を抜けるぞ! いいか! 俺はこの変態とは違うからな!」


 太郎はそう言うと、鬼の手に縄を軽く縛りなおし、見つからないように小屋を出た。

 


 ・・・・・


 小屋を出た太郎の目に映ったのは、むつや輪稚屋の女達がいるであろう、地下の奥座敷への扉だった。太郎は「すぐ助けにいくよ」と呟き、鬼達をつれて賊達がつかう『裏口』へ向かった。

 裏口はもうまもなく始まる『出品』のせいか、人気(ひとけ)がなく、賊に見つかることなくたどり着いた。太郎達はその洞窟のような裏通りを足早に駆けていった。


 出口へ向かう途中に何人かの賊に出くわしたが、太郎は見つからないように背後から忍び寄り、一人ひとり気絶させていった。

 裏通りは表の会場とは随分と印象が変わる雰囲気だった。道はまさに岩の上を歩いているように堅く、所々に凹凸とした出っ張りや、ぬかるんだ土やらで歩き難い道々であった。上を見上げると生ぬるい水滴が頬を伝い、じめじめとした厭な湿気が「早くここから出たい」と、太郎達の足を急かした。

 

 「きゃっ――」


 その声は太郎の後ろについていた鬼姫の声だった。鬼姫はぬかるみで足をすべらせ、溜まった水滴の中に尻もちをついてしまった。


 「鬼姫だいじょうぶ――」


 太郎が鬼姫の縛られた手に、手を差し伸べると、鬼姫の着物が肩からずれ落ち、胸が見えないようにかろうじて腕で抑えている状態だった。暗闇でも()()()()とわかる鬼姫の柔肌に濡れた尻と淫靡な水滴――太郎は思わず、目を逸らしたが何度もぎこちなく視線を戻しては凝視してしまう。そう彼は一般高校生(いっぱんピープー)……しかたがない!


 「変態――」


 落ち着いた様子で、まるでゴミをみるように稲鬼は太郎に言った。太郎は軽咳払いをし、一人で立ち上がれない鬼姫の手をとり、着物を直した。


 「だい、じょうぶ、か? その、見てないとは言わないけど――ありがとうござます!! ごちそうさまです!!」


 鬼姫は何を言っているのか分からないのか、小さく「おそまつさまです……?」と小首をかしげた。その可愛らしい姫様の態度に鬼の娘達は小さく笑ったと云う。

 そんな事をしていると出口の方から水を弾く足音が聞こえた。太郎は咄嗟に身構えたが、その足音はもう間近まで来ていて、後ろへ回り込むには時間が無かった。


 「おい! そこで何をしている!?」


 案の定見つかった太郎は、握りしめたままの鬼姫の手を軽く握った。鬼姫は心配そうに太郎を見つめたが、太郎は山賊に見つからないように背を向けて、「だいじょうぶ」と言わんばかりに笑顔を作った。

 太郎も内心は恐怖と重圧に押しつぶされてしまいそうだったが、この場を打破できるのは自分しかいないと自覚し、そして、里の皆の期待を胸に堂々と山賊の方へ歩き出した。


 「おいおい聞いてないのか!? 今、中で『桃太郎』が報復に来たんだ! 魔獣を引き連れ中は阿鼻叫喚の地獄絵図だぞ! あんなのいくら旦那でも勝てっこねえさ! 俺達は鬼だけでも盗んで一儲けしようや! もうあんな旦那必要ないだろ!?ええ!? こいつ等を売れば一角千金――俺達で一旗あげよう!」


 太郎は馴れ馴れしく山賊の肩に手を当て、鬼姫を山賊に見せつけ()()()と笑った。


 「……ああ。そうだな!そうだ! へ、へ、お前もなかなかやるじゃねえか! 鬼達はこれで全部か?」


 「いや、まだ中に残っている――あれらも連れて行けたら――」


 太郎はちらりと山賊を見た。山賊の男は懐から『ナイフ』のようなものを取り出すと舌なめずりで答えた。


 「俺が行ってくる。お前は先に馬車へ戻れ」


 「いやしかし、桃太郎がいるぞ!?」


 「なに、桃太郎なんかこわくねえよ! 金が沢山手に入るんだ――この機会を逃してられっかよ!」


 男は太郎の連れている女達を物色しながら気味の悪い笑い声を上げた。

 男が走って会場へ向かう時、太郎は声をかけた。


 「なあ――」


 「ああん?」


 「おれ、おれ、おれだよ俺――」


 太郎は今にも走り去ってしまいそうな男の背後から肩に手をかけ、一言呟いた。


 「――桃太郎――」


 そして引きつった相手の顔を確認すると頭を地面に叩きつけるように振り落とし、気絶させた。


 「俺もまだ中に用事があるんだよ。一人でも邪魔者は消えて欲しいからね。うん! しょうがないっ!」


 太郎は鬼姫達の縄を解き始め、一斉に出口まで駆けた。

 裏通りを抜けると、目の前は森一面に囲まれていた。しかし、左の方角から松明の明かりや人の声がするあたりをみると、そこが目的地の馬車小屋であることは明らかだった。


 「ここまでくれば隠れる必要なし! みんな、最後まで気張っていくぞぉぉ!!」


 太郎は鬼姫の手をとりながら馬車小屋へ走った。


 「なんだ!なんだ!? あの男は――なに!? 鬼だと……!?」


 案の上馬車小屋には何人もの山賊がいて、太郎達を見つけると刀や槍を抜き出し、太郎のいる方へ一斉に駆けていった。


 「みんな! やっておしまい!!」


 太郎は声高々に愉快に叫ぶと、太郎の乗ってきた馬車から気勢があがり、馬車をぶち破る勢いで幾人の鬼が姿を現した。


 「みんな……」


 鬼姫はその光景に感嘆の声をあげ、目には微かに涙が浮んでいた。


 「ひめさまぁ!! ご無事で何より!」


 「遅くなって申し訳ありません!!」


 「おっかぁ!! どこだぁぁ!!」


 「ああ――アンタぁ! 私は無事よぉぉ!!」


 鬼達は各々に声をあげ、喜びと戦いの臭気に高揚し、山賊はその姿に驚愕した。


 太郎もその中に駆け出し、山賊を『背負い投げ』し、刀を奪うと、その戦いに身を興じた。

 命がけの戦いにも関わらず、太郎は鬼姫達を救えた達成感と、鬼との共闘の一体感でこの戦いすらも()()()()()と思えてしまった。


 山賊との戦いはあっけなく終わった。太郎が加戦して間もなく山賊も『鬼と桃太郎』に怖気づき、足早に撤退を始めたのだった。

 鬼の一部は追撃を提案したが、太郎はそれを制した。


 「俺達は山賊を狩りに来たんじゃない! 皆を助けに来たんだ! それを履き違えるな!」


 太郎の一喝でその場は収まりはしたが、鬼達はどことなく不満気だった。


 「太郎さま。またあの中へお戻りになるのですか?」


 鬼姫は馬車に乗るときに不安気に太郎の瞳を見つめた。


 「ああ、まだ村の皆が待っているしね。早く行かないと――」


 「太郎さま……あの娘――むつという女子を助けに行くのですね」


 「むつを知っているのか!?」


 「ええ、私どもが捕らわれた後に入れられた牢獄は、人間も鬼も同じ牢に入れられました……あの捨助という男はわたし達がお互いにいがみ合い、おののく姿を期待したのでしょうが、あいにくそうとはいきませんでした。むつという女子は凛と背筋を伸ばして、投げ捨てられるように投獄された私どもに優しい言葉をかけてくださいました――。太郎さま。どうかあの女子達をお助けください。あの御方はきっと太郎さまの夢をも支えてくれる良き女子でございます!」


 鬼姫は太郎の手を握りしめ、もう一度太郎の瞳をその美しく真っ直ぐな瞳で見つめると、「私達の未来の為に――」そう言った。

 太郎はいつになく真剣な面持ちで「わかった」と答えると、出てきた裏口を脱兎の如く走り出し、仄暗い裏通りへ消えていった。

 太郎の後ろ姿が見えなくなる頃、やはり鬼の一部が「はやく逃げよう」と提案した。その中で、猛々しく罵声を浴びせ、その男の胸倉を掴んだのはあの、血気盛んな若い鬼だった。


 「貴様! この機に乗じて逃げようとは鬼が聞いて呆れる! たかが人間のあの方の背中をお前は見なかったのか! 誰のために、何の為にあの御方は刀を振るったぁぁ!!? ええ!!?」


 鬼姫はその鬼に「やめよ」と静かに言うと、優しく弱腰の鬼に語りかけた。


 「すまないな。ウチが掴まったばっかりに……優しいお前さんまで戦いに巻き込んで……。ここまでやってもらえればもう充分じゃ――他にも去りたい者がいれば遠慮は要らぬ。早くお父様のもとへ向かうんや。いいか、死んではならんからな! 絶対に落ち延びよ!」


 「姫様――」


 稲鬼がそっとその肩を抱いた。


 「稲鬼……お前はウチに付きおうてくれるか? ウチ一人じゃ太郎さまの助けにもなれん」


 「私は姫様の刀でございます。いついかなる時もそのお傍に置いてくださいませ」


 稲鬼は鬼姫にひれ伏し、今一度忠誠を誓った。


 「しかし姫様! いつまた山賊に囲まれるか……この人数で全方を囲まれては不利でございます! 周りは森に囲まれ、おまけに魔獣までもがいるという……姫様を守るためとあらば私は心を『悪鬼』にいたします! 恨まれようがここから姫様を連れて逃げ出してみせます!」


 弱腰の男鬼が鬼姫にひれ伏し、顔を上げずに、しかし芯の通った声で言葉を発した。


 「ウチを守ってくれるというお前の気持ち……嬉しく思う。だけど、ウチも守りたい人がおるんや。ここでウチらがこの道を空けたらどうなる? 太郎さまは逃げ場を失い四方を囲まれ討ち死にしてしまう。村娘も同じや。みんなが守ってくれた我が身……今度はウチが守ってみせる番や!」


 鬼姫は堂々たる態度で、そして意志を覆すことはないとはっきりと口にして馬車を降り、皆に背を向けた。


 「いたぞ! 今こそ鬼を討ち取るとき! この商談だけは邪魔させてなるものかぁ!!」


 馬車を囲むようにして森の中から伏兵と、先ほど一度は逃げ帰った山賊が姿を現した。

 鬼姫は落ちている槍を拾い上げ、力強くそれを握ると


 「――鬼ヶ島頭領が娘、鬼姫! 新しき未来がため、ここから一歩も先へ通さしはせぬ! いざ!」


 鬼姫と稲鬼は槍を振りかざし、山賊の中へ斬り込んでいった。


 「姫様に続けぇぇ!!」


 鬼の男達も気勢をあげ、四方から来る山賊に刀を振りかざした。

 弱腰の男も震える体をなんとか起こし、力いっぱい頬を叩くと自分の刀を握りしめ、鬼姫のもとへ走った。

 

 鬼達は姫様の為に――。

 鬼姫は信じた男の為に――。

 太郎は信じて待ち続けた皆の為に――。


 太郎の最初の旅の終わりが刻々と近づいていった。

 それは『高校生――桃山太郎』との別れの運命(とき)でもあったと云う。


 

 

 


 

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