桃太郎ここに立つ!!
「なぁー。月。キレイだなぁー」
「なんだよいきなり気色わりー。そう言う事は奥方様へ言ってやれよ!」
オンボロ屋敷を少し改築しただけの風の透き通るような部屋の縁側で一人と一匹は話しこんでいた。
「奥方様ねぇ……。う~ん……なんか実感わかないなぁ。俺が結婚とか]
「そうだなぁ……。まさか鬼の頭領の娘を嫁に貰うとはなぁ」
そう一匹の『ケルベロス』が言うともう一人の少年が笑った。
「なぁ? なんでこうなっちゃったんだろうなぁ?」
能天気に答える少年にケルベロスは釣られて笑った。
「さすが天下の桃太郎様だぜ! 鬼が島行って嫁さん貰うとは……!」
二人は散々笑い転げた後、そっと桃太郎と呼ばれた少年は立ち上がった。
「行ってくる」
覚悟を決めたその眼差しに一片の迷いも無かった。
彼の後ろ姿をケルベロスは眺めながら一言言い放った。
「初夜だからってキンチョーすんなよ!!! いいか自信をもて!! そしてがっつり――」
「うっさいわボケぇ!!!」
光の速さで反転した桃太郎の拳がニンマリと笑っていたケルベロスの頭にヒットする。
がくんと倒れるそれにおかまいなく桃太郎は奥方の待つ部屋に向かう。少しだけニンマリしながら……。
後ろのほうで「これだからドーテー坊やは……」と聞こえたが桃太郎は無視を決めた。
だんだんと早くなる胸の鼓動に足も呼応するように自然と早足になっていた。確実に近づいていく嫁の待つ部屋に期待と期待と不安でいっぱいだった。
部屋の前に着き声をかけようとした時、急に尿意を感じ厠へ急ぐ。
用を済まし、今度こそはと息巻いて部屋の前に着くと今度は緊張のし過ぎで吐き気がきた。このまま入っては大惨事だと慌てて近くの池で嘔吐する。
「おい!若!しっかりしてくだされ! そこは池ではなく拙者の背中でございますぞ!!」
夜目が利かないおおきな体の『グリフォン』が目をかっぴらいて叫ぶ。
「ああ……すまん……」
「えっ、あっ、ちょ――」
桃太郎はグリフォンの体を押し池の中に押し込んだ。彼は自分の事で精一杯なのである。
大きな水しぶきが上がり、すかさず『サル』が番傘を桃太郎にさす。
このサルは……ただのサルだった。
ふらふらな桃太郎がその部屋に着く頃に、頭に大きなたんこぶをつけたケルベロスが床を這いながら顔を出す。
グリフォンも溺れながらも両羽を地面に着き、荒く呼吸をしている。
サルは桃太郎の傍らで、そんな二人を見て「うっきゃっきゃ!!」と大爆笑していた。
「てめーやんのか?ああぁん!?」
ケルベロスが顎をしゃくれて眼を飛ばす。
「びびってんのかぁ!?ああぁん!?」
いまだ地上に立てないグリフォンも必死に挑発をする。
「……」
一瞬真顔になったサルだったが二人の状況を判断したのか、また『にたぁ~』と笑いながら「うっきゃっきゃ」と騒いでいる。
そんな中でも桃太郎は一切見向きもしないで一呼吸してから部屋に声をかける。
「はいります」
そう桃太郎が言うと、部屋の中から可愛らしい声が聞こえた。
「……はい。どうぞ……」
襖を開けるとそこに正座をして頭を下げている女子がいた。髪は短く少し赤みがかっている。この国に二人といない髪の持ち主であろうと思う。体は華奢なのに程よく出ている胸の膨らみに桃太郎の胸の期待も幾分膨らんでくる。顔は小さく目鼻立ちはしっかりとした感じなのだが、まだどこと無く少女の面影を残した言うなれば『美少女』である。
ここまではなんら人間と区別はつかない少女なのだが、やはり『鬼』の子。額のやや上辺りに一本の角が生えている。それは別に長くもなく短くも無く、彼女の額に当たり前のように生えていた。
「お待ちしておりました桃太郎様……いえ、だんな様……」
顔をほんのりと赤く染めた彼女は、やはり恥ずかしいのかまた深く顔を下げてしまった。
そんな可愛らしい少女の姿に桃太郎も思わず顔を赤く染める。
俺も男だ。覚悟決めて一歩踏み出さねば!そう桃太郎は思い一歩そしてまた一歩と少女に近づく。
「太郎でかまいませぬ。いきなりの婚姻……さぞ驚かれたでしょう……鬼姫殿。」
「『ききどの』だってよぉ!!!どのって――」
「ふぅん!!!」
襖の間から覗いていたケルベロスの口をめがけて、懐に隠していた『きびだんご』を投げつける。見事それは口に入り獣はもがき苦しみながら池に向かった。
「だぁかぁらぁあああ!!そこは拙者のせな――ああんもう!!」
この、女の子と二人という幸せの時間を獣ごときに邪魔されるわけにはいかない!
「あの、太郎さま? さっきケロちゃんたちが――」
桃太郎はそっと唇に人差し指をたて、「シー……」と言った。鬼姫は目を丸くしてキョトンとしていたが、次第に笑顔になり首を縦に何回かふった。
「太郎さまのご家来衆は面白いお方たちばかりですね」
「騒がしいしか脳が無い奴らなもので……面目ない」
「いえ! 鬼が島襲来の折はもの凄い迫力でお父様も腰を抜かしておりましたわ! 『なんだあの化け物共は!!!』って」
お父さん、つまりは鬼の頭領な訳だが鬼姫はその時の光景を写すように大袈裟に布団に転がった。
「……」
「あっ――。申し訳ございません! はしたないお姿をお見せして……」
男の前で布団に自ら転がり込んだ少女にはきっと他意はなかったのだろうが、今宵は『初夜』である。それは少女も知っている上で、このあと今自分が座っている布団の中で交わされる『契り』についても無論のことである。
しかし桃太郎はそんな少女の姿を見て、「ほんとかわいいな!ちくしょう!」と考えていた。
こんなまだ幼さを残した少女と今宵結ばれることになった高揚感と緊張で桃太郎は自分の心臓が常人の早さではないのではないかという意味の分からない事を考えながら少女に囁く。
「ささ!今宵ももう更けてきましたぞ!!もうそろそろ寝るといたしましょう!!」
今まで紳士を気取っていた桃太郎だったが、鼻息を荒くし、部屋のロウソクを手早く消し去る。
「えっ―あの―え……」
真っ暗になった部屋に戸惑いを隠せない少女の声が響く。
桃太郎は全ての火を消した後に少しだけ冷静さを取り戻した。しまった!いきすぎたが!?そう思った桃太郎だったが少女を見ると、月明かりに照らされた少女の横顔は凛としていて冷静だった。
「あの……ごめんなさい……」
思わず桃太郎は謝った。きっと彼女は怒っている。節操の無い男だと呆れられたかもしれない。
しかしそんな桃太郎の心配とは裏腹に少女はこう口にした。
「ふつつか者にございますが、どうぞ末永く可愛がってくださいませ……」
「!!?」
桃太郎は頭の中でアラートがなった。いいのか?ほんとにいいのか!?これはつまりいいんだな!?
桃太郎はもう一度少女の顔を見た。月明かりに照らされている彼女の顔はやはりどこか恥ずかしいようで、頬はりんごのように赤くなっていた。
「鬼姫どの……」
桃太郎は少女の頬に手を添える。一瞬少女は体をビクンと震わせたが、今度は少女が桃太郎のその手に触れる。
「太郎さま……」
桃太郎は押し倒す形で少女を布団の上に寝転がす。しかしこんな体験初めてな桃太郎は次に何をしていいか分からない!ほんとうに残念な子!!
しばらくお互いに見つめあった(ただ行動できなかった)あとに桃太郎はキスをすればいいと思った。
「鬼姫どの……」
そういいながら目をつむり、口を尖らせ顔を近づける桃太郎の顔のひどいことひどいこと……。もう一度言おう。彼は残念な子なのである。
桃太郎の唇に柔らかいものが触れる。間近で香る女の子の匂いにもう桃太郎の脳みそはとろけそうである。唇が触れた!よしこの後は!などと考えて桃太郎は目を開けた。
桃太郎がキスしてたのは少女の頭を乗せていた『枕』だったのである。当たり前である。緊張のしすぎなうえ、目を閉じて急直下魚雷だったのだから。
桃太郎が少女の耳元で慌てていると
「うっ……ん……あっ――……」
と少女がこそばゆいのか、それとも少し気持ちよくなっちゃってるのかよく分からない声を上げた。
桃太郎は驚きと緊張から早く逃れたい一心で体を起こす。
「いや、だめ……」
「へ?」
桃太郎の首に回された少女の手が桃太郎を逃しはしなかった。その手はだんだん力が入っていき二人の体を密着させる程に積極的に込められた。桃太郎は初めて体感するその温もりに、鬼が島ですら見せなかった動揺に彼はついに思考停止になった。
「お慕いしております……」
そう少女は言うと桃太郎の体を抱きしめた。
ピキピキピキっと鈍い音と共に
「ぎょえあうおうおおおおおおおおお!!!!」
部屋に桃太郎の悲鳴が響いた。
彼が意識を戻したとき、目の前は真っ暗だった。自分がどのくらい寝てた、もしくは気絶していたのかしるには前の記憶と今の時間の距離がつかめないので困難だった。
自分自身が目を開けているのか、はたまた閉じているのか。そんなことも分からないような狭い『檻』のような箱の中に彼はいた。
「いってぇ……」
後頭部が痛みを思い出し、激しい頭痛を感じる。
彼は意識がまだぼんやりとしているが、必死に自分に何が起こったのかを考えた。
「やめて!!」
女の子の声が頭の中でじんじんと揺れる。
そうか。僕は彼女を助けようとして大人数の大人たちに返り討ちにあったのだ……。
彼は断片的な記憶を元に彼女と自分自身の事を思い出した。
「さっちゃん!」
暗い箱の中で彼は叫ぶ。
幼馴染の『雨宮 サツキ』を強姦から助けるために自分は戦ったのだ。
暗い路地裏に連れて行かれる彼女を下校中にたまたま目撃した彼は勢いよく大勢の大人たちに飛び掛った。
「さっちゃん逃げろ!!」
サツキの腕を掴んでいた、がたいのいい男を突き飛ばし、近くにいた取り巻きを一人二人と殴り倒す。
「てめー! いいかげんに――」
「うるせー! さっちゃんには指一本ふれさせ――」
彼は威勢よく叫ぶが、言葉が最後まで紡がれることはなかった。
首筋に熱い何かが触れ、頭のてっぺんから電気が走る感覚を最後に彼は目を閉じた。
思い出したぞ!思い出した!
彼は必死に箱を開けようとする。
「くそ! くそ!」
必死に身体を動かすとかすかに水の音が聞こえた。
もしかしたら自分は海の近くまで運ばれたのかもしれない。もしかしてらこのまま落とされて海の藻屑になるのかもしれない。
彼は恐怖で震える身体を一度ゆっくりさする。逃げたい!逃げたい! 本当に怖い!
しかし彼の頭の中に走馬灯のようにサツキとの思い出がよみがえる。
孤児だった自分に一番優しく接してくれたこと。
二つしか歳が変わらないのに膝枕をして絵本を読んでくれたこと。
眠れない夜は同じ布団で寝て、頭を撫でてくれたこと。
そんな優しい彼女が理不尽な世界のせいで悲しいおもいをすること。それだけが許せない!
今ここでこのまま諦めたら確実に彼女は苦しむ!
ぜったいにさせない!!
彼は震える身体を欲望のままに任せ、何度も何度も拳を上げた。
俺はまだやれる! 俺はまだ負けてない! この命に代えても君を守る!
だかた……だから……
「おれをみろぉぉお!!!」
渾身の一撃が・高く舞う。
あれほど頑丈だった箱は天を割り、彼は立ち上がる。
息を切らし、血走った目の少年はもう一度叫ぶ。
「おれをみろぉぉお!!!」
それはこの異世界『大和の国』に立つ『桃山 太郎』の産声だったと云う。