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秋風の月
真ん中らへんの日
雑記。
たとえば、誰かに命を奪われたとしても。
僕はその人を、恨まないだろう。
何故だか、昔からそうなのだ。
実際そんな未遂に遭遇したけれど、その時も頭は冷静だった。
まあ動けないし仕方ないか、くらいにしか考えていなくて。
助かって床に崩れて咳込んだとき、身体が必死に呼吸しようとしているのに気付いて、ああ、生存本能かと思いを巡らせたものだ。
では、生きたくないか?
否。生きたくはある。
夢も希望もあるし、楽しみもある。
しかし、そういう何かの時は、きっと恨まない。
何故かはわからないが、おそらく、この身体はもう、それを受け入れている。
遠い遠い昔に、焼き付いたように離れない。
人は生まれ、いつか死ぬものだという観念は、幼い日から身体に馴染んでいたのだ。
無論、そういうことは想定していない。
意識は常に、穏やかな日溜まりに向けている。
深い深い場所に、それがあるだけだ。
まあ、何かの執筆途中だったら、書き終えるまでその人の手を借りるかもしれないね、ふふふ。
恨みがないだけで、容認はできないからね。
そんな時にはガリガリ書いてもらおうじゃないかとね(笑)
面白おかしく怯えたなら、ドッキリ大成功で。
うん、優しくないね。
そう、僕は魂という長い流れをなんとなく信じているんだ。
肉体が朽ちても、魂は続く。
なら、今世には後悔を残したくなくて。
はるか昔、誰かに何かを言えないまま、倒れたような気がしなくもないから…
だから、思い立ったら書いてしまうのかもしれないね。
カラッとゆきたいものだよ、ゆくときには、ね。
まだまだ生きるけんどもね☆
*おわり*