18
師走
この日を忘れない
今から18年前の今日。
その日、母は珍しく上機嫌だった。
一緒にドライブして、イオンに行って、僕はみんなで楽しめるようにってゲームの棚を物色して太鼓の達人を買ったりしていた。
今でも、一つ一つの光景が鮮やかだ。
店内で嬉しそうにする母は、家に帰るまでは本当に上機嫌だった。
そして、その日の夜。
打って変わって不機嫌そうな顔をした母は、薬袋から大量の薬のシートを取り出して、ものすごい早さでそれら全てを飲んでいった。
僕はといえば、ぼんやりして、薬ってそんなに飲むもの? いや、これはオーバードーズじゃないか?
止める? 止めなきゃ──だけど。
このまま母が眠ってしまったら、僕はもう危険な目に合わないんだ──暴力を振るわれず、生きられる──。
いいや、だめだ、止めないと──止める、止めるって、どうするんだっけ?
様々な思考が渦巻く中……立ち尽くした僕は、自室へ去ってしまったんだ。
その数時間後、僕は父に呼ばれた。
母が昏睡しているから、救急車まで運ぶのを手伝ってくれと。真ん中の妹とともに。
倒れた母の近くには、母が好きだったコーヒー牛乳の入ったコップが転がり、中身が溢れていた。
薄れ行く意識の中、どうしても飲みたかったんだよ、と後日母が語っていた。
コーヒーの染みは、絨毯がずっと記憶していた。
無事救急車に乗った僕らはみな無言で、自分と向き合っているようだった。
病院に着くなり僕は看護師さんから「なんでもっと見ていてあげなかったの、娘でしょ?」と叱責を受けたが、家の中の事情を何も知らない方からそれを言われるのは何かが違う気がして、悶々としていた。
しかし、場をやり過ごすためだけに、深く頷いた。
「そうですね、ごめんなさい」と。
やがて書類を書いていた父が場(救急処置室前の長椅子)に戻り、「俺はもう、お母さんに愛情は無いんだよ」と項垂れたのを、僕は横目でそっと見たんだ。
ああそうか、愛情なんてものは、こうして簡単に無くなってしまうのか。
なら僕も、いつかは──?
色々なことを考えたら頭が痛くなって、ただ頭を振ったのを、よく覚えている。
幸い母は二日後に目を覚ましたが、母の第一声は「死んじゃえれば良かったのに」で。
ああ──これは、僕への罰かもしれないな、と思ったんだ。
一度でも、見捨てようとしてしまった、冷徹な僕への──。
母が倒れた日は、12月でも寒い日で、夜間救急の外は凍るようだった。
吐いた息が白くなったのを、朧気に覚えている。
12月9日、この日を、僕は忘れることはないだろう。
己への戒めとして。
そして──一縷の望みさえ、全てが、ばらばらに壊れてしまった日として。
……この後母は入院したが、家に戻ることはなく、父とは離縁した。
僕は成人していたから選ぶ権利もあったが、何故だか父方についた。
妹たちの親権は、父が持った。
離縁してからの母は、まるで母親のように優しくなった。
それまでの日々が嘘であったかのように、「親子」の時間を紡ぐことができて。
だけれど、短すぎた。
母は、それからたった8年で、逝ってしまった。
時は、あたたかく、儚い。
こちらの話は、またの機会に。
今日は、ただ、小さな懺悔を──




