17
師走
はじめごろ
げほげほっ、と、今日何回目かの咳をする。
慌てて飲み物を飲むからだ。
僕は物を書く時の気分転換に飲料を摂る。
久しぶりに、毎回慌てて飲んでしまった。
溢れたインクを戻そうとするかのように。
何度も書いては何度も消した。
今日は何故だか、文章がしっくりこない。
そんな時もある、と諦めてしまえばいいのだが、何故かそれが出来ずにいた。
冬は、僕の一つのトラウマと対面する時期──昔、亡き母が大量服薬して昏睡した(その後無事目を覚ましました)時期でもあり、それを思い出すことで、自分自身の大量服薬(体調は崩したが無事)の記憶とも向き合う時期でもある。
母は大量服薬した日、全くそのそぶりを見せなかった。朝から夕方は楽しそうにしていて、夜にいきなり薬を飲んだんだ。
気付いてはいた、母のつらさも、やりきれなさも。だけど、この日まで、気付かないふりをして──
だめだ、これ以上は、語れないや。自伝を読んでみてね(あの時は書けたんだ)。
──そして、僕自身の大量服薬の時だけど、僕は3日3晩飲まず食わずの状態にした後、這うようにして薬を飲んだ。脱水状態のまま飲んだから、身体にも影響が残ったのかもしれない。
飲んだ後眠くなって苦しくなって、ああこれじゃだめだ、と思って救急車を呼んで、這って玄関の扉を開けた。
僕も大量服薬の少し前までは、普通に振る舞っていたよ。
……心って、なんであるんだろう、って、その時思った。
何も感じなければ、良かったのに、って。
だけど、違うんだ。そうじゃないんだ。
心があるから、最後の最後で抑止になったかもしれないし、他の確実な手段じゃなくて大量服薬にしたのかもしれない、最後の最後で電話がかけられたかもしれない。
──冬は、寒いし人恋しくなるね。
あったかい光景を目にすればするほど、心はちくちく痛む。
でも僕は、知っている。
いつかそれが、ちくちくじゃなく、じんわりになることを。
時間は、そうやって人を包むことを。
僕は、毎朝晩、くも膜下で逝った母に、そっと手を合わせている。
「あの時は何も出来なくてごめん」の気持ちも
「大好きだよ」の気持ちも
すべてをこめて。
──僕は、生きるよ。




