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十一月のある日
午後のひとときに
書くことを思い出してからというもの、様々な感情まで一気に蘇り、少しだけもて余していた。
それまでは本を読んでもYouTubeを見てもほとんど何も感じなかったというのに、今は本を読めば同調するし、YouTubeを見れば「へー、ほー」と頷いている(見るのは解説系が多いんだ)。
人と話しても、その人の感情が気になるようになった。
何を考えているのか、僕は何か傷つけなかったか。
話終えた後にはついそんなことを考えて、時計の針を進めていた。
だからだろうか、身体のほうは非常にぐったりしている。
日々自らの感情に振り回されて、ため息をついている。
怒り、悲しみ、そういった感情を感じるだけで身体が軋むのは、長いことそれを封じていたからかもしれない。痛いのは少し厄介だ。
もちろん、嬉しさや温かさには全身がじんわりとするから、体感には両面があるのだが。
この体感が、ちょっとした挨拶でもあるのが困りものだったりする。
自分のもののみならず、相手のそれまでも、この身体は受け取ってしまうらしい。
そんなこんなで、最近は、妙に人間らしい自分に戸惑っている。
なかなか穏やかさを保てない自分が恥ずかしい。
少しは安定感を持ちたいものだ。
いつかは、自分も相手も安心させられるような会話ができる人間になりたい、と、そっと思っている。
手のひらに願いをこめて、今日も歩む。




