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【ありがちな最終回のみのありがちな短編】それから……【文中に『固有名詞』と『俺』を多用してみたら感受性への痛覚刺激がますます高まった】

いわゆる量産型の「チーレム」ってこれでいいのか謎。

「痛さ」を基準に作成したので、それさえ伝わればいいのですが。






 創造竜ホムイグヌフが放った奇跡の波動が世界を駆け巡ったその日、俺たちは清浄の女神シッカースカが愛した賢者イヴラダータの遺体と共に創生竜ヘクレゾヌフの背に乗り込み、アッテンベグルの王城を目指して飛び立った。


 このときばかりはさすがのメグノラも、ウルバの英雄たちから厭われていたイヴラダータの亡骸に女神シッカースカの慈しみの法で祈りを捧げるグンナの姿を口を噤んで眺めいた。


 メグノラはイヴラダータの過去を知り、彼が大過の闇ミロモウエーテに対峙して見せた生き様を知り、それでも彼女は彼の存在を世界の罪だと断じ続けるのだろうか?


 これは俺の想像にすぎないけれど、実はメグノラは最初からわかっていたんじゃないかと俺は思っている。彼女にとってのイヴラダータはそもそも世界の罪なんかじゃなくて、もっと別な——そう、ちょうどティケロがマーム・ベリンゼに叱られたあとみたいにさ、ちょっと不満はあるけど自分の居場所を……大切にしている生き方を認められているんだって、本当は心の根底でティケロがそう感じているように思うのと一緒なのかもしれないって。——ただの憶測だけど。


 だから、こうして世界が救われても、メグノラの瞳はどこか淋しげに伏せられたままなんじゃないかな——と、俺は……。




 俺たちがアッテンベグルの王城に到着すると、ホムイグヌフの波動を目撃したのか、大勢の人たちから大いに喜ばれた。ヒルピュへス王子、グイネリア王女、バスロパデク王も俺たちの帰還を歓迎してくれた。

 それを見て目を丸くしたミモネッナが、俺にはそのまま凍ったみたいに——完全に停止してしまったかのように見えた。俺はミモネッナの目玉が本当に落ちてしまうのではないかと思って、密かに心のうちで心配していたのは秘密だ。なんたって、たしかに俺はひやひやしていたんだけど、ミモネッナの様子が俺からすれば本当に可笑しかったから、「勝手に変な心配しないでください」って、また怒られちゃいそうだし。


 俺たちを出迎えてくれた王城の人たちには、イヴラダータの死は平静をもって受け入れられた。あっけなくっていうか、悲しんだり辛い表情を見せたり、彼のことを惜しく思ったりとかじゃなくて、なんていうか、「面倒事がかたづいたな」……みたいな——複雑だけどほっとしたような、そんな感じで……。


 戦いで起きたことを俺たちが伝えると、イヴラダータの功績が称えられ、正式な戦史として残すことを国王が誓ってくれた。これでウルバの英雄史から伝わった誤解が少しでも解ければいいんだけれど……でも、俺は思うんだ。それには、とても長い年月が必要になるかもって。


 俺たちの報告が一段落してから、王国を挙げての祝賀式を開く運びとなった。俺たちには大臣らから、主役として参加してほしいという要望が挙がった。だけど、俺はそういうの苦手だし、気分でもなくて……大臣には悪いけどって言って俺は祝賀式を辞退した。そしたらなぜか、皆も顔に変な笑みを浮かべながら俺のあとに続いた。故郷に早く帰りたい——というのが主な理由だった。だから、俺は皆の気持ちを汲んで城のテラスに移動しようって提案したんだ。


 俺たちを背に乗せて王城まで運んでくれた創生竜ヘクレゾヌフは、すでに(いにしえ)の蒼穹に帰っていた。なので、俺の〈時空翔移裂破衝フル・ワールド・シフト〉で皆を故郷まで送ると申し出た。なぜかって、夢幻郷だとか裏世界だとかアビスやアストラ、それにコルム・ヨヒムまで転移できるのは俺の〈時空翔移裂破衝フル・ワールド・シフト〉くらいしかないだろ? 他の転移方法なんて少なくとも俺は知らないよ? 転移が可能なのは、俺の〈時空翔移裂破衝フル・ワールド・シフト〉だけだ。仲間の皆を陸路で帰すって訳にはもちろんいかないし、魔力を膨大に消費してしまうけど、俺は俺の転移スキル〈時空翔移裂破衝フル・ワールド・シフト〉で送るって申し出たんだ。俺の〈時空翔移裂破衝フル・ワールド・シフト〉で送ろうかって。なのにだよ……。


「そのあと、お前はどうすんだ、セツナ?」


 にやにやしながら俺の顔をのぞき込んできたフォッツに問われ、俺は首を捻った。だって、フォッツは正しい返答とか気の利いた返しとかをさ、なんか含みのある訳知り顔で「わかるだろ」って言いたげな感じでさ、俺にそういう答えを求めてるみたいだったから……そんなの俺は知らないよ?


「セツナはやりたいこととかあるの?」


 今度はレラが俺と同じ角度に首を傾けて俺に聞いた。


「俺のやりたいこと?」


 レラの言葉に俺は思った。


 ——この世界を俺はもっと見てみたい。


 俺はそう思ったんだ。

 俺が旅してきたこのシオヴァグニフの隅々まで、すべてを俺は目にしたい——って。


「まだ、俺が見たことのないどこかへ……」


 誰になく俺は呟き、テラスから望める遠くの空を仰いだ。


「どういう意味だ?」


 フォッツに問われた俺は、俺自身でも照れ臭く感じながら、俺の呟きの意味を包み隠さずに答えた。そしたら、俺は大笑いされた。笑いだしたのはフォッツだけじゃなくて、仲間の皆が俺を見て可笑しそうに笑ったんだ。

 なぜ、フォッツや皆が俺のやりたいことを笑うのかが俺は本気でわからなくって、どうして笑われなきゃいけないんだって俺がむっとして聞いてみたら、フォッツは「他にやるべきことがお前にはあるだろ」って、にやにや顔のまま俺に言ったんだ。俺のやるべきこと? いったい、なんのことだろう? フォッツのせいで、俺はますますわからなくなってしまった。


 俺が頭を悩ませていると、レラが俺の胸を軽く叩いて俺に言った。


「忘れたの? セツナは私にさ、生きていたことを感謝してもしきれないほどの『幸せの場所』を見つけてくれるんでしょ?」

「あ……あぁ」


 たしかに俺はそんな話をレラとした憶えがあった。最近の奔放でさっぱりとしたレラを近くで見ていると忘れがちだけど、ズィーマスの凶行で家族を失ったレラのために、俺は……。


「私、約束したんだから。……セツナと」

「忘れてなんかないよ、俺は」


 約束はちゃんと守らなければと、俺は強く再認識した。


「おいよ、セツナ。オレとはハベルルでギュロエタモズの大怪物を討伐するって約束のはずだぜ。——当然、憶えてるよな?」


 フォッツが手のひらに拳を叩きつけながら俺に言った。


「え? ……俺、そんな約束したっけ?」


 俺が問い返すと、フォッツが奇声をあげてまくし立て始めた。しかたがないので俺は思い出したふりをして、フォッツと約束を交わしたことにしておいた。……俺が完全に忘れてるの、ばればれだったみたいだけどね。

 そして、俺がフォッツをなんとかなだめようとしていると、皆が次々と俺に迫ってきた。


「セツナさんっ。そ、そのぉ、わたくしともお約束を……」

「ちょっと! 私との約束だって、きっちり守ってもらいますからね!」

「ボクのもだよ!」

「オレもだ、セツナ」


 俺は目を白黒させた。なんでかって、ミモネッナやメグノラ、カピオ、トルーガー、セイファ、ニーア、ネイチェらまでもが、続々と俺との約束を述べていったからだ。


 ミモネッナとは俺が前の世界で好物だった牛丼と肉じゃがをこっちで再現して食べる約束を、メグノラとは神代の研究を俺と共同で完成させる約束を、カピオとは俺の剣術を伝授する約束を、トルーガーとはタキストンの復興を俺が手伝う約束を、セイファとは俺のお願いをなんでも一つ聞かせる約束を、ニーアとは俺がいつか添い寝してあげる約束を、ネイチェとは辛いときは俺とネイチェで互いに励ましあう約束を、俺は旅のなかでそれぞれの仲間とそれぞれの約束を交わしたのだと聞かされた。


「お、おいっ。ちょっと、待ってくれよっ。——俺っ」

「……セツナ」


 俺が慌てて取り繕おうとしていたら、ミーヤが俺を呼んだ。俺も皆も話すことをやめ、見守るようにミーヤの言葉を待った。


「セツナ……セツナは、わたしに…………」


 ミーヤが声を出したのは、常宵(とこよい)の空寂で俺たち仲間と離れ離れになってから合流できたとき以来だった。


「わたしと、セツナは……」


 ミーヤと俺の約束は、もちろん俺も憶えていた。


「あぁ、わかってる。俺はミーヤと約束した」

「……ずっと、いっしょ…………だって。…………死んでも……いっしょに、いるからって…………セツ、ナ?」

「あぁ、ミーヤと俺の約束だ」


 自由にならない喉をいじらしく精一杯に動かし、俺との約束を確かめようとするミーヤの言葉を一言一句あますことなく、俺は俺の耳に俺のスキル〈言霊螺旋円盤神彫りエターナル・メモリーズ〉で、長い間も短い間も含めてしっかりと刻みつけていった。


「俺は約束した。そして、俺は俺とミーヤとの間で交わした俺たちの約束を必ず守るよ、ミーヤ」


 俺が囁くと、ミーヤは俺にこくっと頷いた。


「皆とも約束したんだ、俺は」






 それから……


 俺はカリージャ大陸のツェサゼ・ケ・メメホコーカ大迷宮の第34階層の11宮に潜っている。俺は潜っている。俺は。

 俺、ミーヤ、レラ、フォッツ、ミモネッナ、俺、セイファ、ヤスと共に俺たちは迷宮を侵攻中だ。俺たちは侵攻している。迷宮を、俺たちは。


「セイファ! 後方のヴォイン・ドラゴンに〈聖焔十字刻印(セイクリッド・クルス)〉を!」

「任せて、セツナっ。——聖なる放火のマナよ、森の酪農食品と称される果実が含有する油を媒介にして、森の賢者である猩々(ショウジョウ)を直ちに清らかな焔で意味もなく焼き殺し、古の動物愛護会の霊魂より(ほとばし)る怒りと哀しみの感情を糧に……」


 俺の指示でセイファが唱詠(SHOEI)を開始したが、発動までにはしばらく時間がかかる。その間、俺たち前衛は迷宮に巣くう魔物の群に翻弄されていた。


「フォッツ!」

「くっ……こりゃ、やばいぜ。——どうすんだ、セツナ!」


 ピンク・オブ・ポリープが放った固有スキル〈瘤移し弾ミートボール・ファンタジスタ〉を危うげに剣の腹で弾きながら、フォッツが余裕のない声で俺に判断を仰いだ。


「たしかにまずいな。……しかたがない」


 奥の手を使う場面だと俺は思った。


「周囲の魔物なんだが……片付けてくれないか?」

「へい」

「頼んだぞ、ヤス」

「うへい」


 俺が顎で行けと命じると、たちまちのうちにヤスは魔物の群を殲滅させた。


「できやした、親びん」

「ぁ、ああ。助かったよ、ヤス……よくやった。ホントに」


 よろこびを帯びたしゃくれ声で報告したヤスに、俺は〈時空間生活収納術インフィニティー・イン・トゥ・アウト〉からブノシュニッジ産のAランク馬刺しを一切れ取り出して与えた。


「んあーむ、あーむあむあむあむ……くっちゃ、くっちゃ、くっちゃ、くっちゃ、くっちゃ——あひぁっ、親びんっ」


 馬刺しを食べていたヤスが頓狂な驚声をあげ、俺の背後を指差した。

 俺がふり向くと、ターミネーター・ドリルとエクスキューショナー・ドリルが巨大なドリル・ドリル・ドリルに伴われ、こちらに猛然と迫ってきていた。


「ヤ、ヤス! 馬刺し、もう一切れだ!」

「うっへい!」


 ドリル属性のSSSSSSSSS(クラス)に分類されている魔物もヤスが倒した。


 なんという戦闘力を秘めているのだろうかと不思議に思いつつ、俺は馬刺しを食べているヤスの顔を見つめた。


 このツェサゼ・ケ・メメホコーカ大迷宮の秘密部屋に幽閉されていたヤスは、発見当初から異質な人物だった。迷宮によって生み出され、迷宮外には出られない彼が、もしも大過の闇ミロモウエーテとの決戦で共に戦えていたのならイヴラダータだってもしかしたら……なんて、俺は今でも考えてしまう。もう、終わったことなのにさ……我ながら女々しいなって、俺は……。


「なあ、セツナ。ここらで休憩といこうぜ。急ぎの探索って訳でもねえしよ」

「そうだな、フォッツ。この辺りの区画はしばらくの間なら安全だろうし」


 ヤスの力もあり、俺たちの迷宮探索は順調に進んでいる。


 大過の闇ミロモウエーテの撃破後、俺たちは冒険者を辞めて迷宮探索者となった。

 同じく、魔物を狩って日銭を稼いでいた冒険者のほとんどが、今は探索者へと転身している。——どうしてかって、魔物はもう迷宮にしか棲息していないからだ。単純だろ?

 だから、護衛依頼なんかの戦闘に関わる依頼を請け負っている以外の冒険者たちは、ただの便利屋と成り果てているのが現状だ。未知の領域へ挑戦するのは探検家や開拓者だし、冒険者って呼ばれている彼らの心境は複雑なものだろう。


 探索には同行していない他の仲間の皆がどうしているかは、俺の〈時空紳士盗視眼トゥルース・ピーパーズ・アイ〉の魔眼で手に取るように見聞きしている。なので、俺は子細あまさず、しっかりと仲間たち個々の個人事情を把握できている次第だ。……もちろん、俺は陰湿な目的で魔眼を使っている訳じゃない——これは本当に、本当にだ。

 前世の俺じゃあるまいし、俺は大切な仲間に対して尊敬の念だって抱いている。そんな仲間たちに後ろめたい感情なんて俺は持ちたくなんかない。だから、仲間たちに繋げるときは、俺のスキル〈自己魂色付加便利奴(ソウルズ・リンク)〉で相互伝達できるような形で連絡を取りあっている。——本当だ。事実だ、真実だ。まじのまじにまじなんだ。


 デサイント・リートの西嶺鎖鑰聖老院シャンク・テンプルドロウムに戻ったメグノラは、資料棟に置かれた彼女の自室で神代の歴史と聖典の研究に勤しんでいる。相変わらずって感じで、俺も悪いとは思うけどなんか笑っちゃう。……それと、なんていえばいいのか困るんだけど、燦十字支砦セントフォート・ドラムの連中とも相変わらずらしい。……こっちのほうは俺だってあんまり笑えない。どちらともなく、少しでも——たった—歩だけでも踏み寄れば、たとえ一歩じゃなくて半歩でもさ、お互いにわかりあえるかもしれないのにね……。

 そんなメグノラだけど、早く神代の痕跡を発掘しろって俺にはうるさいんだ。……まったく……こっちにだって予定があるのにさ、わからないのかな? 俺はいっぺんになんでもできる人間なんかじゃないって言っても、メグノラはぜんぜん聞いてくれないんだ。おまけに「トレンスワギュアの石窟に古代ユーフサルダの文字が刻まれたアレイシャン・ストーンっていう岩があるから持って来い」ってなことを俺に言ったりするし。……メグノラはその岩が大きな山一つ分もあるって知っているのかな? ……たぶん、知ってるね。俺にはわかるんだ。メグノラのやつ……。メグノラらしいといえばらしいんだけど、ホント相変わらずなんだよ。——迷惑なことにね。


 アッテンベグルの城下町を守る警邏衛士の隊長になったカピオとは、たまに手合わせをしている。頻度はまちまちだ。それぞれ時間のとれる日が続けば毎日するときもあるし、俺が迷宮に潜っている時期だとまったくしていなかったりする。だから、平均して()()()なんだ。

 家族とフウラを守りたいというカピオは、俺の剣術を生真面目にそのまま修得しようと励んでいる。なので、俺はカピオに自分の体格と能力に見合った型を自身で探るべきだって助言しておいた。俺の剣術〈朧刹那幻影剣〉の〈白刃三日月流〉と〈抜刀新月流〉は俺のための俺独自の俺による我流だし、俺だって俺の身体にあわせて俺の型を築いたんだから、カピオもそうするべきだって思ったんだ。——意地悪じゃなくって、カピオのためにね。

 いつどこで再開しても、カピオはカピオのまんまで——だけど、少しずつ逞しくなっていくカピオを見ていると、知らず知らずのうちに俺は数年前の俺をふと思い出していたりする。無我夢中に魔物を狩っていた頃や、シクマーク帝国のエヘゾ騎士軍やイファドラ皇帝と戦っていた頃なんかの記憶をね。

 いつかカピオはスキル頼りの俺なんかよりも、もっとずっと立派な剣士になるだろう。剣術を教えているはずの俺のほうが、今からでもカピオの心構えを見習いたいくらいだ。


 トルーガーは自身の領地であるタキストンで町の復興に務めている。俺は今のところ支援金を送ることしかできていないけど、そのうちタキストンには再び訪れたいと俺は思っている。たっぷりのショオカ肉を煮込んだコニヨ・タンタコタ・チュテーナも食べたいのもあるんだけど、領民たちがとても温かくて居心地がいいから。

 トルーガーには俺にできることがあれば遠慮なく頼ってくれって言ってあるのに、なかなか俺に頼み事をしてくれない。トルーガーも相変わらずだ。俺もタキストンを助けたいのにさ。……できることを自分で考えなくちゃだめかな?

 そんなふうにちょっと水臭いトルーガーなんだけどさ、ノーセスターのガリアジャガイ領主の娘と今年——あ、つまりオグド暦459年の晩秋に婚姻を結んだんだ。あの腹黒くて臆病者のティルレップィだ。トルーガーはティルレップィのことを迂闊者だって言ってた癖に、彼女が自分の結婚相手になるなんて想像できたのかな? ……トルーガーは貴族だから想定くらいしていたのかもね。俺としては、あのタラク・ラクタ堰闢せきびゃく第始苑門(だいしえんもん)がついに(ひら)かれたって聞かされるくらいに信じられなかった。——お祝いを言うとき、変な笑い方をしないように練習でもしておこうかな……なんてね。


 ニーアとネイチェは夢幻郷でル・イグナム共和国の領事館に勤めていて、総領事であるマスコーさんの補佐として国交を築くために従事している。マスコーさんはニーアとネイチェをかなり心強く感じているようで、やっぱりあの二人が補佐役を買って出たのなら彼女ら以上の人材はいないのかな? 能力に相応しい適材適所で活躍するニーアとネイチェは、二人とも依然として変わらないような生活をしている。


 グンナは西嶺鎖鑰聖老院シャンク・テンプルドロウム祭儀司(アーザー)に復帰している。資料棟に籠もりっぱなしのメグノラとは、あんまり顔をあわせることはないそうだ。

 カーナー・ベオミナド聖務父(ミアーセ)はウルバの英雄史を詳しく調べ始めた。俺たちがイーホで発見したボロボロの私記群が、なんでも穴埋めや改竄の形跡を見つけるのにとても役立っているんだってさ。


 オッロ港で銃士をしていたアマーシは探検家になった。いつか彼とは、またどこかでばったり出会うかも。

 ティケロは学寮に入って、マーム・ベリンゼとは別々の暮らしを始めている。頻繁に帰っているみたいだけどね。


 いってみれば、皆が皆、自分の日常を取り戻したのだ。






 第34階層を踏破して迷宮探索にいったん区切りをつけた俺も——ミーヤやレラも、変わらない日常を過ごしている。

 現在、フォッツとミモネッナはそれぞれ帰郷中で、セイファは卵の期間に入ったし、ヤスは迷宮で留守番だ。


「次は世界のどこへ行こうか……」


 今の俺なら、行こうと思えばどこへだって行ける。


「私はね、このままのんびりするのもありかなって思ってる」


 レラが答えた。


「このままのんびり、か……」


 俺はミーヤを窺った。あれからミーヤが言葉を発することはなかったけど、俺はそれでもいいと考えている。俺との関係はミーヤが喋らなくても変わらないし、逆に喋ってくれても俺は態度を変えたりはしない。ミーヤが過ごしやすければそれだけでいいのだ、俺は。


「ね、ねえ、セツナ。あれって……」


 少し慌てた様子でレラが示した空に俺は目を向けた。俺の〈時空望遠鏡(大きくてよく見えーる)〉を発動させると、こちらに猛烈な勢いで見覚えのある天使人が迫っていた。


「え……」


 戸惑う時間すらないうちに、高速で飛翔する人物が勢いあまって俺たちの頭上を駆け抜けていった。


「セツナっ、今のってアムサラじゃなかった?」

「……だな」

「なんでッ? なんで、コルム・ヨヒムの戦天使がいるのッ?」

「さあ?」


 疑問が解けないまま、問題としている当人が過ぎ去った方角から取って返してきた。


「セツナ・ムラサメ!」


 アムサラが上空から俺の名を叫んだ。嫌な予感しかしない。


「決闘を申し込む!」


 やっぱりか……。かんべん願いたい。


「断る」

「問答無用!」


 長い柄の戦斧を構えたアムサラが、一切の躊躇もなく俺に襲いかかってきた。


「ちょ、待て!」


 慣れたようにミーヤとレラが俺から距離を取る。


「〈重力場搾取領域(アストロ・フィールド)〉!」


 俺はアムサラの重力を奪い去り、そのエネルギーを魔力へと変換した。


「スキルなどちょこざいなッ、この卑怯者め! 純粋な力で我と勝負しろ!」

「断りもなく急に襲ってくる天使人だけには、俺は卑怯者呼ばわりされたくないんだがな」


 空中で藻掻いているアムサラを冷めた目で見つつ、魔法弾を形成した。


「セツナ・ムラサメッ、尋常に勝負しろ! ——あぐっ」


 俺の放った魔法弾がアムサラに命中した。

 着弾の勢いで彼方まで吹き飛んでいく天使人を、俺は他人事のような気のない目で眺めていた。


「……まさか、わざわざコルム・ヨヒムからセツナに勝負を挑みに来るなんてね」


 俺のそばまで戻ったレラが疲れたような口調で言った。レラの隣に立つミーヤも神妙な顔で頷いている。


「俺と勝負してアムサラはどうしたいんだ?」

「知らないけど、戦天使って皆こうなのかな?」

「あいつだけだろ? こうも勝負を——あ、また来たみたいだ」


 自力でスキルを解いたのか、飛翔する人影がこっちに向かって来る。


「……あれ?」

「セツナさーん!」


 魔法弾の衝撃で飛んでいったアムサラと入れ代わるようにやって来たのは、なぜかミモネッナだった。


「ミモネッナ、帰ってたんじゃないのか?」

「はい、そうですよ。それでですね、アムサラが……」

「セツナ・ムラサメー!」

「えっ、アムサラ? もう来ちゃってたのっ? アムサラは天界門を通ったはずなのに……」


 空を見あげたミモネッナが信じられなさそうな顔でこぼした。


「お前も大変なんだな、ミモネッナ」


 近道を利用できるとはいえ、別界に移動するのは骨が折れるはずだ。なんだったら、俺の〈時空翔移裂破衝フル・ワールド・シフト〉で送ってやってもいいのに……。


「ごめんなさい、セツナさん。わたしくがアムサラに……」

「いや、いい。スキルなしの勝負が望みなら受けてやろう。面倒事は早々に片付けてしまえばいいだけだ」

「ですが、セツナさん……」

「よくも我をコケにしてくれたな、セツナ・ムラサメ!」


 ミモネッナの言葉の途中で、アムサラが俺に文句をつけた。


「またあとでな、ミモネッナ」

「あ、あのっ」


 皆にさがってくれと手で制し、俺はアムサラを見あげた。


「純粋な力での勝負だな? 受けてもいいが、勝っても負けてもこれっきりだと約束してくれ」

「いいだろう、セツナ・ムラサメ」

「レラ、開始の合図を」

「え、うん……」


 俺は〈朧刹那幻影剣・抜刀新月流〉の構えをとった。だからといって、後手にまわるとは限らない。そのことをアムサラだってよく知っているはずだ。多くの技は通用しないだろう。しかし、俺には今まで隠してきた奥の手がある。まだアムサラには見せていない抜刀術が。


 アムサラは地上近くに降下して俺を見据えている。空への退路を捨てたうえ、正々堂々と勝負する所存であるのだと窺えた。


「二人共、いーい?」


 レラの問いかけに俺は無言で答えた。

 アムサラは空中でクラウチングスタートのような前傾姿勢をとり、俺と同じく無言で合図を待っている。その姿は、虎視眈々と獲物を狙う猫科の動物を彷彿とさせた。


 俺とアムサラ——互いの緊迫した視線がからみあう。


「——じゃあ、始め!」


 レラの合図と同時に投げ放たれたアムサラの戦斧によって、柄の付近で遊ばせていた俺の手の動きが妨害された。——抜刀術をよく理解した戦術だ。初動を阻害されてしまえば、型どころか剣閃(冴え)すらもなくなってしまう。


「〈飛行交差手刀・ガ突スカイラヴ・エックスボンバー〉!」


 押し迫るアムサラを俺は〈柔気刹那四極太山格闘術・風林火山〉の体技でいなした。

 危うく避けたアムサラの〈飛行交差手刀・ガ突スカイラヴ・エックスボンバー〉の衝撃で起きた爆風により、辺りに激しい砂埃が巻きあがる。


「〈飛行前腕捻り曲線鉄拳スカイラヴ・カーブパンチ〉!」


 ノータイムで身体を翻して技を繰り出してきたアムサラは、俺に剣を使わせない思惑のようだ。

 直ちに俺は体勢を彼我の天地も上下も無にする〈風林火山・天地滅封殺〉で対応する。外側に弧を描いて襲いくるアムサラの〈飛行前腕捻り曲線鉄拳スカイラヴ・カーブパンチ〉を躱すこと風のごとし。


「〈飛行大旋回昇天拳スカイラヴ・ターンアッパーカット〉!」


 低い体勢から身体ごと抉るように突きあがってくるアムサラの〈飛行大旋回昇天拳スカイラヴ・ターンアッパーカット〉を躱して見送ること林のごとし。——今だ! 〈刹那変幻格闘奥義・極致貫手の()〉……


「〈脊柱達磨ずらし〉!」


 背中を見せたことで隙の生じたアムサラに〈脊柱達磨ずらし〉を食らわせること火のごとし。——入った!


 攻めに徹していたアムサラが背中を庇いながら俺から距離を取る。

 剣術に切り替えるチャンスであったが、俺はこのまま体術で勝ちを得たいと考えた。


「……さすがだ、セツナ・ムラサメ。だが胸から上——翼と頭が無事ならば、天使人である我は戦えるのだ!」

「それはちょっと、無謀がすぎるんじゃないの?」

「黙れ! 次の一撃で決める!」

「背骨の一つをずらしたんだぞ? あんまり無理はするもんじゃないだろ?」


 俺がそう言ったところで、アムサラが戦いをやめるようなやつではないのは俺もわかっていた。


「臨界突破!」


 アムサラの元気(オーラ)が何倍にも膨れあがる。

 先ほど軽口を叩いた俺であったが、目の前にした力の奔流に気を引き締め直した。


「〈飛行全霊頭突きスカイラヴ・オーバーロケット〉!」


 アムサラの身体がブレて見えたほど、その初速の勢いは凄まじかった。

 一瞬で俺に肉薄するアムサラの〈飛行全霊頭突きスカイラヴ・オーバーロケット〉が内包する威力を見定め、動かざること山のごとし。——俺が狙うは完勝のみだ。


「全部、受け止めてやる!」


 爆発じみた衝突と同時に俺はアムサラをホールドした。殺せなかった勢いそのまま後ろに吹き飛ぶ。

 空気圧縮による熱で炎に包まれるなか、俺の右腕がアムサラの顎を抜けて首筋にはまった。そのまま強く締めあげる。地に激突しても、俺は締めあげ続けた。やがて、アムサラの意識が落ちた。




「——う、ぅう」


 勝負が終わってから俺が〈完全治癒(カンチ)〉を掛けたのち、地面に寝かせておいたアムサラが目を覚ました。


「……我の、敗北か?」

「察しがよくて助かる」

「そうか……」


 負けたというのにアムサラはどこかすっきりしたような表情を見せている。潔く負けを認めたのかな——なんてことを俺は考えていた。


「もうっ、アムサラったら! わたくし、大変だったんだからね!」


 ミモネッナがアムサラに不満をぶつけた。


「セツナさんに謝りなさい!」

「ぁ、ああ。——セツナ・ムラサメ……」

「いや、お前が勝負を金輪際ふっかけなければ俺はそれでいい。なんだかんだで俺は勝負を受けたしな。謝るのなら、ミモネッナにだろ?」

「……わかった」


 情熱のすべてが抜け落ちたみたいなアムサラは、素直に俺の言葉に従った。アムサラにこういう態度を取られると、なぜだか俺は不思議と心配になってしまう。


「アムサラ、どうしたんだ? 俺の〈完全治癒(カンチ)〉が効いてなかったか? 俺の〈完全治癒(カンチ)〉が」


 尋ねると、アムサラは身体の具合なら問題ないと否定した。


「だったら、おこりが落ちたみたいなその顔はなんなんだ?」

「ああ、それはだな……」


 半身を起こした状態のアムサラが、一度ばさっと翼を羽ばたかせて説明を始めた。


「納得した——と言うか、確信できた……いや、これは見つけた——とでも言うべきだろうか? ——とにかく、我の気分は晴れ晴れとしている。謝罪ではなく、礼を言わせてもらいたい。セツナ・ムラサメ」


 言っている意味がわからない。脊柱が外れておかしくなったか?


「つまり、どういうことだ?」

「番うべき男はセツナ・ムラサメであると、我の理性と本能が告げているのだ」


 さっぱりとした顔でアムサラが言い切った。


「……は?」

「ちょっと! なんでアムサラがセツナにプロポーズなんかしてるのっ?」

「わたくしに断りもなく、そんなことは許しませんからね!」


 レラとミモネッナがアムサラに詰め寄る。ミーヤは険しい表情で俺の腕を抱えて俺に寄りそった。


「セツナっ、どうするのっ? まさか、アムサラと結婚なんかしないよね?」


 勢いづいたままの口でレラが俺に問いかけた。


「する訳ないだろっ」

「ならば、勝負で決めようではないか?」

「勝負?」


 昨日の今日どころか、ついさっき約束したばかりなのに……いったい、なにを言っているんだ?


「勝負は金輪際しないと約束したばかりだろうが!」

「なにを言う? 我が挑むは勝負にあらず。セツナ・ムラサメとの婚姻だ。応じ兼ねるのならば、我は戦いによる勝負も辞さない所存であるぞ?」

「だからな、アムサラ……」

「それにだ、セツナ・ムラサメ。全部を受け止めてやると高々に宣言してみせたのは貴殿自身であろう?」


 俺の言葉をさえぎってまで、アムサラはさらに独自の屁理屈を説いた。


「誤解するな! あと、言葉を取り繕ったって勝負は勝負だろうが! 俺は二度とお前と勝負などしない!」

「貴殿の心積もりはそうであろうな。我とは異なる」


 そう言って、アムサラが立ちあがる。


「では、婿殿」

「誰が誰の婿だ!」

「ふふふ……今日のところは我が退くとしよう。さらば(エンゲ)またいつか(ツリン・カ)いずこかで(チョ・ウィーネ)


 言うが早いか、アムサラは飛び去っていった。


「あっ、アムサラ! ——あの、セツナさん。わたくしも失礼させてもらいます」

「なら、俺の〈時空翔移裂破衝フル・ワールド・シフト〉で……」

「あ、大丈夫です。——それでは皆さん、エンゲ、ツリン・カ、チョ・ウィーネ」

「俺の〈時空翔移裂破衝フル・ワールド・シフト〉で……」

「またね、ミモネッナ」


 俺たちは手を振って彼女を見送った。


 ミモネッナも相変わらずだ。

 彼女の苦労を考えるだけでも自然と溜め息を吐きたくなってくるのに、俺はアムサラに変な目のつけけ方をされてしまった。溜め息どころの話ではない。俺は二人が去った空の一点を見つめたまま、思考が遠くなっていくのをぼんやりと感じていた……。


「ねえ、セツナは誰かと結婚したりしないの?」


 ミモネッナの姿が遠い雲の向こう側に消えたのち、ふとした拍子にレラが俺に尋ねた。


「俺は結婚とか考えてないかな」

「どうして?」

「え、どうしてって……」


 仲間の誰にも言ってなかったけど、そんなの決まってる。


「だって俺、男が好きだから」




 それから——って訳でもないんだけど、俺は仲間たちと共にいつものように世界を巡って過ごしている。……これってさ、結局は皆と同じで俺も相変わらずってことなんだよね。


 俺の旅は一段落したけれど、本当の意味での旅が終わった訳じゃない。俺はこれからも旅を続けていく。ずっと終わらない旅を、俺は……





なにをやりたかったのか思い出せない。

でも、完成したから投稿した。


PS

長編でこんな落ちとかやってみたい。


PS2

「ありがち」が「なさがち」になっているような気がしないでもない。

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