95 光慶 葬儀を行う
京の都を大騒ぎにした大事件は、
後の歴史では、本能寺の変とは呼ばれず、
明智光秀の乱とか、明智親子の騙し合いと名付けられた。
命名したのは秀吉である。
あれから僕は、坂本城で事後処理をしていた。
何故か切腹を免れた溝尾茂朝に、明智家の近年の人付き合いが、
どの様に行われていたかレクチャーを受けている。
光泰 「切腹を取り消す方法は無いものかのう」
溝尾茂朝「余程の事がない限り無理でございましょう」
溝尾茂朝以外の家老達は、秀吉の部下の神子田さんの監視下に置かれ城外屋敷にいる。
光慶は秀吉の配慮で、坂本城に移動している。
家老の四人と光慶の切腹は、延期される事に決まった。
それどころでは無いと、羽柴秀吉が止めてくれたようだ。
伝令の話では、織田信長の病状は、良くないらしい。
光泰 「上手く行けば、切腹を止めることが出来ぬものかのう」
溝尾茂朝「原因が我々で御座います故、無理でございましょう」
現在、後任の者達と業務連絡を行っている。
明智家の領地は、分割されるので、城の明け渡しなどの手続きや、
領地の諸問題などの伝達をしっかりして、今後の為に明智家の印象を
良くしなければならない。
本来なら、ここまで細かくする必要はない。
後で、羽柴秀吉に難癖を付けられぬように、注意せねばならない。
光泰 「もし、このまま上様が亡くなりでもしたら、
わしらはどうなると思う」
溝尾茂朝「柴田や羽柴などの、重臣達の会合が開かれるでしょう」
本能寺の変は阻止出来たのに、歴史はあまり変わらないようだ。
光泰 「清須にでも、集まるのかのう」
溝尾茂朝「安土で御座いましょう」
そういえば、安土城が燃えていなかった。
明智光秀は、どうして安土城を燃やしたのだろうか?
光泰 「もしも、父上が謀反を成功していたら、
安土城をどうすると思うか?」
溝尾茂朝「安土城は守りには、向いていない城で御座います。
名物(宝物)を回収したら捨て置くでしょう」
光泰 「火をかけぬのか?」
溝尾茂朝「あんな城など、いつでも落とせまする」
光泰 「大口を叩くのう。それほどひどい城なのか?」
僕は一応、安土城に入っているが、一階の大広間と廊下しか見ていない。
溝尾茂朝「あれは、城では御座いませぬ。中身の無い、張り子で御座います」
戦国時代の張り子は、厄除けのお守りに使われる工芸品である。
お土産としての張り子の民芸品は、売られていない。
茂兵衛「殿、宜しいでしょうか?」
城主に成ってから、皆に殿と呼ばれるようになった。
まあ元々、人前でボスと呼ぶ事は少なかったが。
二人共、名前に茂が付いていたな。森家の人は色々とかぶる人が多い。
爺 、森茂兵衛 孫と同じ名前
母親、森お茂 よく有る名前
婿殿、森勘解由左衛門 妻木の祖父さんと同じ勘解由
長男、森茂兵衛 凡人、武市と同じく動物好き
長女、森お花 よく有る名前
次男、森茂次郎 六人の次郎の一人(他にも居ます)
この話、どうでもいいな。
光泰 「なんじゃ、悪い知らせか?」
茂兵衛「筒井家の者が、至急の要件で尋ねてきておりますが、
いかが致しましょう」
こんな時に、至急の要件だと?
嫌な知らせの様な気がするが、会わなくてはならないよな。
光泰 「すぐに通せ。兄上にも、同席させるように」
茂兵衛「畏まりました」
光慶は、する事が無いので部屋で謹慎している。
見張りは、付けている。自室で辞世の句を考えているようだ。
嶋左近「嶋左近清興に御座いまする」
なに、島左近だと!あの左近なのか?
たしか、石田三成の家臣ではなかったか?
現代では、しまさこにゃんで知られている、ゆるキャラのモデルの人だ。
石田三成もいしだみつにゃんになっている。
見た目は、四十才ぐらいのムサイおっさんである。
光泰 「しまさこにゃ・・島左近殿、このような時になにようじゃ」
嶋左近「(にゃ・・?)六月一日に、十二郎定頼様が倒れられ、
看病のかいなく、次の日に御亡くなりになられまして御座います」
筒井十二郎定頼は、六月二日に病死していた。
なにやらタイミングが良すぎる。
光泰 「殺したか?」
嶋左近「・・・病死で御座いまする」
筒井十二郎定頼は、筒井家の跡取り候補の一人だった。
筒井家当主の筒井順慶には、子供がいない。
その為、養子として明智家の十二郎を養子にしていた。
光泰 「このような時期に亡くなっては、筒井家の跡取りに成りたい者が、
邪魔な十二郎を、どさくさに紛れて殺したと、思われるであろうな」
織田信孝が、津田信澄を殺してしまった為、疑われても仕方がない。
本当の歴史で筒井家がどうなったかは知らないが、
島左近が、石田三成の家臣になっている事から推察すると、
滅亡したか、筒井家で揉め事が起きたかのどちらかだろう。
嶋左近「明智様は、なにかご存知でございますか?」
これは、なんだか図星っぽいな。
光泰 「その前に、亡骸はどうした」
嶋左近「明智家が謀反を起こされたので、葬式をする訳にもいかず
寺に預けてあります」
たしか僕と同い年ぐらいだったよな。
光泰 「死んだ事を知っておる者は、どのくらいおる」
嶋左近 「まだ知らせてはおりませぬので、
殿と家老と寺の住職、木阿弥殿のみで御座います」
・・・!コレ使えるな。
光泰 「早急に筒井殿に、定頼は謀反の報に触れ病に倒れ、
明智家に戻りその後、回復したと伝えよ」
溝尾茂朝「何か企んでおられるので?」
光泰 「人聞きの悪いのう、兄上と定頼を入れ替えるだけじゃ」
光慶 「どう言う事じゃ」
光泰 「定頼、兄に向かって何じゃ、その口の聞き方は」
光慶 「まさか・・・」
光泰 「兄上、おいたわしや。あの日以来、一口も食わず
衰弱してお亡くなりになられるとは」
嶋左近 「成る程、では急いで、若様の御遺体をお持ち致します」
光泰 「すまぬのう。本来なら明智家が取りに行かねばならぬのに
手間を掛けて申し訳ござらぬ」
島左近は、急いで寺に向かった。
光慶 「知られたらどうする気じゃ」
光泰 「定頼の顔を、知っておる者はほとんど居りませぬ
兄弟ですので似ていても、問題ありますまい」
溝尾茂朝「城の者と、口裏を合わせねば成りませぬな」
僕は、明智光慶と筒井定頼の入れ替え作戦を思い付いた。
この後、切腹させられるのなら、衰弱して病死しても同じ事だ。
光慶 「定頼の親には、どう連絡するのじゃ」
溝尾茂朝「親はもう亡くなっておりまする」
光泰 「定頼は一体、どこから連れてきたのじゃ」
溝尾茂朝「詳しくは存じておりませぬ。
弥平次殿が連れてきた者で御座います」
明智秀満の親戚かな?だとしたら三宅家の者か?
光泰 「家老達の代わりは、見つけらぬのは残念じゃ」
溝尾茂朝「お気になさりませぬよう。殿の元に行けるのです。
悲しくは御座いますまい」
光泰 「父上は今頃、地獄におるかのう」
溝尾茂朝「閻魔様の家臣になっているやもしれませぬぞ」
光泰 「嫌な話をするのう。もしそうだとしたら、
わしは浄土(天国)に行くから説得を頼むぞ」
光慶 「浄土に行ける訳が無かろう」
父親を殺し、死人を使い人を騙そうとしている僕は、天国に行けそうに無い。
戦国武将の中に、天国に行ける者など居る訳がないのだが。
光泰 「では、兄上に浄土に行って貰い、
そこから蜘蛛の糸を垂らし、地獄にいる私めを、引き上げて下さいませ」
光慶 「そんな話は、無理に決まっておろう。
蜘蛛の糸など、すぐに切れてしまうではないか」
蜘蛛の糸の元ネタ知らないのかな?インドの話では無いのかな?
・・・!?あ!、芥川龍之介の小説だった。
溝尾茂朝「しかし、身代わりなど上手くいきますかな?」
光泰 「そもそも、兄上が死なねばならぬ理由など無い。
だれも気にもせぬであろう」
光慶 「前代未聞じゃ」
光泰 「当分は、定頼として生きてもらいますが、
後で、名前を変えて貰わねば困りますな」
光慶 「もう好きに致せ」
溝尾茂朝「何年先になるか解りませぬが、
地獄で若様をお待ちしております」
光泰 「絶対に行かぬ」
次の日、定頼の遺体が運ばれた。
それと同時に、光慶が衰弱して病死したと
羽柴秀吉に報告の伝令を出した。
光泰 「似ておるな」
嶋左近 「養子と聞いておりましたが、よく似ておると噂しておりました」
光泰 「筒井殿と家老はともかく、木阿弥とやらは口は軽いか?」
木阿弥は坊主、嘘、偽りに加担しないかも知れない。
嶋左近 「御安心してくだされ。元々盲目で、
先代様の影武者を務められた御方で御座います」
木阿弥・・・・元の木阿弥か・・・大丈夫だよな。
十二郎定頼は明智光秀に似ていた。
三宅家も明智家の親戚だから、似ていても可笑しくはないのだが。
光泰 「お似合いで御座いまする」
光慶 「面白がっておらぬか?」
本物の光慶は、バレぬ様に頭を剃髪し出家させる事にした。
髪を切る為の布を着ている。
光泰 「すぐに還俗させます故、しばらく辛抱して下さいませ」
光慶 「わしは少し落ち着きたい」
光慶の剃髪を見ているとあの歌を思い出した。
光慶 「辞世の句も考えておったのにのう」
光泰 「無駄に成りましたな」
光慶 「そうじゃ、お主も一句詠め。少しは上手くなったか?
季語を入れるのじゃぞ」
俳句ねぇ・・・まあいいか。
光泰 「古い毛や,買わず飛び込む,水の音」
光慶 「なんだか、年寄り臭いのう」
オイオイ、松尾芭蕉の有名すぎる句だぞ。
光慶 「唄を解っておらぬ」
光泰 「兄上らしい句で、お願い致します」
光慶 「我が首で、乾いた地をも、湿らさん」
(意味:明智家が窮地になったら、わしが責任をとろう)
怖いよ!!!
光泰 「兄上も余り、上手く有りませぬ」
光慶 「お主に合わせたまでじゃ」
剃髪を終えた光慶を、妙心寺に所属させ、名前を玄琳(仮)に改めた。
寺に預けようかと思ったが、出家しても寺に住まなくても良いようなので
城に居てもらう。
光泰 「では、兄上にお経を唱えて下され」
光慶 「可笑しな事に成ったのう」
光慶は、自分の葬式を自分で行うことになった。
葬式は明智家の立場上、簡素に実行した。
光慶の顔を知る者は現在、坂本城にほとんどいない。
引っ越しした時、多くの直臣達は亀山城に移った。
坂本城に居るのは、顔を知らない下級武士か
僕と光慶を間違う、記憶力の無い凡人である。
光慶は二年半の間、坂本城に一度しか来ていなかったので
覚えている者は、ほとんど居なかった。
羽柴秀吉の返答が届くと同時に、織田信長の死亡と、
安土城本丸が焼失したと報告が来た。
噂では、織田信意(信雄)が出火の原因らしい。
光泰 「還俗が早まりそうですな」
光慶 「わしはもう少し、このままで良い」
織田信長の死がこの後、どの様に影響するか、
僕以外は予想が出来ていなかった。
俳句の所はてるてる坊主の唄を使いたかったのですが、
著作権が切れていないので諦めました
良い俳句があれば後で書き換えるかも知れません




