62 光泰 かぶる
四月も下旬になり、気温が暖かく過ごしやすい季節になった。
戦国時代の暦の上では、夏になるが気温はまだ春である。
(注:旧暦では、1月は春から始まる、四月から夏)
春と言えば、可笑しな者がやって来る季節である。
去年は柳生の子供が来たし、光慶が浮かれていたのもこの頃だ。
(注:二月です)
光泰 「春じゃのう」
茂兵衛「もうすぐ梅の花が、咲まするな」
権兵衛「ボス、花見をしとう御座います」
光泰 「菓子を食いたいだけじゃろ」
以前、褒美に権兵衛にあげたプリンを、また食べたいようだ。
茂兵衛「私も、戴きとう御座います」
光泰 「おぬしの特技を見せたらな」
茂兵衛「特技でございますか?」
茂兵衛は考え込んでしまった。
門番 「若様、宜しいでしょうか」
光泰 「なんじゃ」
門番 「仕官に参った牢人が来ておりますが、いかが致しましょう」
光泰 「父上に仕官したいなら、安土に行けと言えば良い」
門番 「それが、若様に仕官しに参ったようでございます」
とうとう来たか。
去年から、光慶の家来になりたがる、傾奇者達が現れていた。
面倒くさがった光慶は、僕に押し付けてしまう様な断り方をしていた。
光泰 「見聞を致すから、ニの丸の門の前に集めよ。
権兵衛、準備を致すゆえ手伝え。
茂兵衛は、先に行って名と歳を書かせるように」
茂兵衛「畏まりました」
権兵衛「アレをなさるのですね」
光泰 「何人、合格するかのう」
戦や浪人に会う際、僕の顔を隠す為、ヨーヨーを作っていた職人に、
仮面を作って貰った。なぜ作ったか。
それは、僕の顔はベビーフェイスで威厳が無く、表情が出やすいからである。
仮面のデザインを色々提案したが、比較的簡単に作れたホッケーマスク
ホラー映画の例のマスクだ。勿論ペイントも施している。
権兵衛「変わった童子?いや小面?で御座いますな」
光泰 「どちらも違うぞ、名付けるなら氷面、冷たい面じゃ」
権兵衛「なにか意味がお有りで御座いますか?」
光泰 「表情を悟らせない為じゃ。
可笑しな者がおると、吹き出してしまうからのう」
前に、公家のおっさん近衛前久が来た時、笑いそうになった。
戦場で笑うと、絶対怒られるからな。(注:公家の前でも怒られます)
ニの丸の門の前には、五人の若い浪人がいた。
格好は皆、見窄らしい。かなり痩せてるな。
傾奇者なのかな?イメージと違うぞ、凄く地味だ。
光泰 「これより試験を行う。
わしは家名、経歴、身分で判断したりせぬ。
気に入らぬなら、すぐに立ち去れ!!」
変な仮面をした僕に驚いているな。
権兵衛「背の高い順に、この札を首にかけよ」
番号が書かれた木札を首にかけさせた。
光泰 「数を呼ばれたものは一歩、前に出てハイと言え」
光泰 「壱!!」 壱の人「ハイ」
光泰 「弐!!」 弐の人「ハイ」
光泰 「参!!」 参の人「ハイ」
光泰 「伍!!」 肆の人「ハイ、あ!!申し訳ござらぬ」
光泰 「構わぬ。伍!!」伍の人「ハイ」
光泰 「肆!!」 肆の人「ハイ」
すこし、かましてみた。これで油断しないだろう。
光泰 「よし、これより試験を始める。
これより返事以外、口にするな。
まずは走りをみる」
浪人達「「「「「ハッ!!」」」」」
地面に線を書き、その前に並ばせ約100メートル走をやらせた。
順位は、壱、肆、弐、参、伍。肆以外、体格順だった。
茂兵衛に記録を書かせ、一切喋らない様に事前に言っている。
家名で贔屓しないようにするためだ。
光泰 「次は、泳ぐのは辞めておくか。
弓の腕を見るぞ」
六月ぐらいなら水泳をやらせるのだが、まだ琵琶湖の水は冷たい。
溺れたら困るのでパスする。
弓の腕は酷かった。的に当てられたのは、伍だけだった。
僕も人の事、言えないけど。
権兵衛「構えがなっておりませぬな」
光泰 「これ、余計な事を喋ってはならぬ。
弓の腕など、大して評価せぬ」
明智家の主流は鉄砲隊である。
明智光秀が鉄砲の名人で、家臣にも腕の良い人が多い。
そのせいか、槍が得意な人は出世がしにくいそうだ。
光泰 「火縄を扱った者はおるか。おれば返事せよ」
誰も返事しない。返事しても火縄銃は打たせないけど。
さて、体力検査は終わったぞ。槍や刀の腕は見ない。
必要なのは、遠距離攻撃と逃げ足だけだ。
光泰 「壱から順に、自身の特技を言え」
壱の人「拙者は槍が得意でござる」
この人、出世しないな。徳川家に行った方がいい。
弐の人「わしも槍で御座います」
かぶったね。君も徳川家に行った方がいい。
参の人「オラは算術ですけぇの」
こいつは嘘くさい。
肆の人「特技は御座いませぬ」
謙虚で宜しい。
伍の人「私は弓で御座います」
うん、当てられたのは、君だけだったからね。
僕の欲しい人材は、命令を忠実にこなせる人だ。
光泰 「参の者、7×5×3×2×6×8×9×4は?」
参の人「え~と、え~~~~と」
光泰 「三十六萬二千八百八十じゃ(362880)」
一同 「「「「「「「おお~~~」」」」」」」」
近くにいた門番まで、声に出していた。
参の人「オッ、オラは、足し算が得意ですけぇ」
光泰 「一から一億まで全て足すといくらじゃ?」
参の人「?!?!?!?!?!?」
光泰 「五千兆五千萬じゃ(50000005000000)」
権兵衛「合っているのか?」
茂兵衛「・・・・・・・・」
光泰 「一から十で五十五、一から百で五千五十じゃ
五の後に、一つずつ桁を増やせば解る」
算術を習っていたら、一度は計算してみるはずだろ。
意外と計算出来る人は、少ないのかな?
参の人「若様、オラは清和源氏の血を引く、れっきとした・・・」
光泰 「黙れ!!、家名など戦で役に立たぬ」
参の人は黙った。順位は決まったな。
上から、矢を当てた伍、そそっかしいが体格の割には早かった肆、
槍の壱と弐、嘘くさい参、の順で評価した。
光泰 「全員、合格じゃ」
一同 「「「「「「「えーーーー」」」」」」」」
もう時間が無い。本能寺の変まで一ヵ月だぞ。
猫の手も借りたいくらいだ。
茂兵衛「間者が紛れ込んでいるやも知れませぬぞ」
光泰 「構わぬ、正式に雇うは六月からじゃ。
それまでは試しで雇うだけじゃ」
スパイならむしろ有り難い。
明智家の隅々まで探ってもらって、謀反の兆しを発見してほしい。
なんなら明智光秀を暗殺してくれ。マジで頼む。
茂兵衛「しかし、あの者は駄目でしょう」
光泰 「参の事か?構わぬ。弾除けにはなる」
権兵衛「くくくくっ」
変な声で笑うな。
光泰 「これより一ヵ月、おぬしらを試しに雇う。
もし、つかえぬなら羽柴家にでも行くが良い」
実は、一ヵ月しか雇う気は無い。明智家が無くなれば僕も浪人かな?
焼き物屋店主に雇って貰うか?徳川に近づくか?どちらかにしよう。
光泰 「身分は見習い近習と致す。城の中では一番下っ端じゃ。
明日より特訓を行う。心してかかれ」
茂兵衛「部屋はどう致しましょうか?」
浪人達の部屋を決めないとな。
光泰 「どこか空いている部屋が有るじゃろう。
同じ部屋に住まわせろ」
茂兵衛「北の大部屋が空いて居ましたから、そこに致しますか?」
光泰 「駄目なら、町の空いている家に住まわせよ」
坂本城下には空き家が結構ある。
一度、皆殺しにしたからだ。マジで怖い事故物件だらけだ。
光泰 「喧嘩した者は、すぐに追い出す故、皆仲ようせよ」
浪人達は、部屋の準備の為に、茂兵衛の後についていった。
光泰 「あれのどこが、傾奇者なのじゃ」
権兵衛「ただの食い詰めた牢人でございましょう」
今回来ていた浪人たちは、傾奇者の卵と表現したらいいのだろうか?
放っとくと、悪さをしだすかもしれないから、これでいいだろう。
光泰 「もう少し、派手な者が来ると期待しておったのじゃがのう」
権兵衛「ボスが傾奇者の故、他の者など霞んで見えまする」
ちょっと待て、僕は傾奇者では無いぞ。
光泰 「おぬしの傾奇者の基準はなんじゃ?」
権兵衛「基準で御座いますか?目立つ事で御座います」
あーそうか、たしかに最近、目立った事していたな。
光泰 「わしが本気になれば、南蛮人も驚く・・いや何でも無い」
おっと、危ない危ない。目立ってどうする。まだその時ではない。
権兵衛「なにか面白い事がお有りで?」
面白い事がおきるよ。六月に成ったらね。
光泰 「気にするな。楽しみが減るぞ」
権兵衛「もしかして、あの牢人達に、なにかやらせるおつもりで?」
感が鋭いな。野生の勘かな?
光泰 「使える様に、せねばならぬな」
権兵衛「心得まして御座います」
僕はようやく、権兵衛の使い方が解った。
権兵衛は、面白そうな事をさせれば良いのだ。
茂兵衛はどうしようか?
動物に好かれるらしいから、後輩に好かれないだろうか?
浪人達の指導係にしておくか。
森茂兵衛が、子供の教育係だから、森供学園とでも名付けるか。
いや、縁起が悪いな。京都で活躍してもらうから、浪士組と呼ぼう。
新撰組でも良いが、別に選んだ訳では無いし、意味が伝わらないだろう。
茂兵衛「部屋に案内しましたが、
牢人達を如何いたしますのでしょうか?」
光泰 「あの五人は、これより浪士組と呼ぶ。教育係は茂兵衛に任せる」
茂兵衛「畏まりました。では、どの様に育てましょうか?」
光泰 「普段は体力作りに、わしらが朝にやっている鍛錬をやらせよ。
時折、わしが仕事を与える故、しっかり教えるのだぞ」
権兵衛「私は、なにをすれば宜しいのでしょうか?」
光泰 「茂兵衛は、一ヵ月の間は教育係に専念させる。
権兵衛は二人分、働いてもらうぞ」
茂兵衛「私は、近習を解任されたのでしょうか?」
光泰 「わしは元々、近習など要らぬと言うておったのじゃが、
誰か付けて居らぬと、碌な事をしないと思われておって、
仕方なくそなたらを雇い入れたのじゃぞ」
権兵衛「私めらは、監視役だったのですか?」
光泰 「役目を受けまわった時に、何か言われたであろう」
茂兵衛「そう言えば、藤田様から危ない事をさせぬよう、言われておりました」
近習の人選したのは、藤田行政である。
藤田行政は、明智光秀の重臣で古くから仕えて居り、
明智家の人間関係を、よく知る人物である。
光泰 「伝五郎は、他にも言うておらなかったか?」
権兵衛「若様は自由で奇抜な方じゃが、怖い人では無い故、
何かあったら力ずくで止めよと言われました」
藤田行政は、僕をどう見ているんだ!!
自由で奇抜はいいとして、力ずくは無いだろ。
怖い人では無いって・・僕、なめられているの?
光泰 「ほほう。そなたらは、わしを力ずくで止められるのかな?」
茂兵衛「滅相もございません」
権兵衛「ボスがする面白い事を止めるなど、しとう御座いませぬ」
藤田行政が力ずくで止めるのは、僕では無く明智光秀だからね。
後で、手紙でも書くか?まあ、意味が無いか。
しかし、茂兵衛はともかく、権兵衛は人選ミスだろ。
こいつ絶対止めないぞ。むしろ手伝ってくれるよ。
光泰 「なぜ伝五郎は、権兵衛をわしに付けたのじゃ。
茂兵衛は爺の孫じゃから解るが」
権兵衛「実は、藤田様はわしの親戚かもしれないのです」
光泰 「初耳じゃが、かもしれないとは、どう言う事じゃ」
権兵衛「私の生い立ちで御座いますが、父親が解からないのでございます」
ん?どこかで聞いた話だな。
光泰 「解らぬのに、伝五郎の親戚になるのか?」
権兵衛「母は当時、三人の男と付き合っていたそうで御座います」
光泰 「三人とは、おぬしの母上はやりおるのう」
戦国時代の女性は、結構逞しい。
父親の解からない子供など、結構居たりする。
権兵衛「母は、百姓の娘なのですが、若い頃は美しかったらしく
側室にしようとする者が、三人もおったそうです」
光泰 「その中に、藤田の者がおったのか」
権兵衛「そのようで御座います」
光泰 「ならば、藤田の姓を名乗っても良いではないか?」
この時代に、遺伝子検査も血液判定も無いのだ。
母親が藤田の子といえば、認知ぐらいはしてくれるのではないか?
この場合は、庶子として扱われる。
権兵衛「それが三人供、私が生まれる前に、戦で無くなったそうで御座います」
光泰 「お主の歳が、十五才であったから美濃攻めの頃か」
今から十五年前の一五六七年、永禄10年の稲葉山城の戦いである。
権兵衛「美濃が混乱した頃に生まれましたので、
母は三人の家に、養育の銭をせびったそうで御座います」
光泰 「そのような事をしたら揉めるではないのか」
権兵衛「母は上手く言いくるめたようで、
責任を取らねば悪評を広めるぞと、脅したようで御座います」
光泰 「それで、その後どうなった」
権兵衛「三家が密かに集まって、折半する事に決めたそうで御座います」
光泰 「では、田中の姓は誰から貰ったのじゃ?」
権兵衛「他の二人が、土田、奥田でございまして、
母は面倒だから、三人が共通している田の文字を取って
田中と名乗ったのでございます」
光泰 「面倒とは、それでは一族とは認められぬではないか?」
権兵衛「一応は、藤田様の一族扱いにはなっておりますが、
あまり公表はしておりませぬ」
権兵衛は、藤田家の庶子(仮)で、母親は遣り手の策士のようだ。
藤田行政が、権兵衛を推挙したのは厄介払いなのかな?
それとも、別な理由が有るのか?
まさか、変わり者同士で気が合うと思われたか?(※正解です)
光泰 「左様か。二人共、明日から新しい仕事に励むが良い」
茂兵衛「ところで、面は外さないので?」
うわ!、外すのすっかり忘れていたよ。
こんなの他の人に見られたら中二病と思われる。
まあ、十二才だから別にいいけど。
次の日から、浪士組の五人は茂兵衛の指導のもと、特訓が始まった。
訓練の内容は、筋トレとランニングをメインに行い、チームワークを養う為、
共同生活をさせ、思いついたオリエンテーリングを時々させる。
オリエンテーリングはお使いをさせれば良いか。
光泰 「浪士組の諸君、京の都の地図を作ってもらう。
期間は二日、城と御所と寺の位置を正確に書くように心がけよ」
明智家の者は、半年前から用もなく京の都に入る事を禁止されている。
光泰 「そなたらは、わしの家来であって、明智家の家臣では無い。
何があっても明智家の名を語ってはならぬぞ。
揉め事を起こせば、全員の責任に致す、良いな」
最初の仕事は、京の都の地図作りをして貰った。
目的は、地図の作成と見せかけて土地勘を植え付ける為だ。
僕は、京の都には一回しか行っていない。
いざという時に、迷子になったら困る。
役立たずでも道案内ぐらいには、使えるだろう。
光泰 「五人だけで作るのじゃ。他人に手助けして貰うではないぞ」
茂兵衛を、京の都に入れるのはヤバイ。
これはあくまで、浪人に個人的に仕事を与えたにすぎない。
けして家中法度を破った訳では無い。怒られる筋合いではない。
二日後、何事も無く地図は完成した。
同じ日に、爺が倒れたと知らせが来た。
茂兵衛を実家に帰らせ連絡を待つことにした。
無事だと良いのだが。
西暦1582年5月28日設定です。
旧暦天正10年4月27日になります。
詳しくありませんが小氷河期らしいです。
浪人達の名前は決めてません。
新撰組から取る予定です。
権兵衛の話は、無理があるかも知れませんが
母親は詐欺師の様な人なので深く考えないで下さい




