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深海のチョウチンアンコウ

 ん・・・

そうか、私・・・裏庭で寝ちゃってたんだ・・・

小鳥のさえずりによって目を覚ました朱里(あかり)

目の前には事情を知らない人間が見れば物取りにでもあったのかと思ってしまう、そんな物置があった。

そうだ、私何かきれいな宝石に触れて・・・ってあれ?あの宝石、どこいったかな。

自分の身の周りを探してみるも、それは一向に見つからなかった。

確かあれはおじいちゃんの遺品だったはず。もしかしたら大切なものかもしれない。朱里は物置の中もくまなく探してみたが、やはりその宝石は姿を消していた。空になった箱だけが残っていた。

仕方ない、と朱里は自分の家に戻る。小鳥遊家の家にはやはり明かりは灯っていなかった。

未だ、(いつき)は家に戻ってはいないようだった。

朱里は二階にある自分の部屋に戻るため、階段に足をかけた。

樹、どこで何してるのかな。大丈夫なのかな。今日こそ、必ず私が見つけ出して見せる。樹はずっと私を支えてくれていた。私に話せないことがあったとしても。それでも私は樹の傍に居たい。

朱里はぐっと決心する。そして大きく足を次の段へと乗せようとするが—――

ずるっと、階段から足を踏み外した。朱里の体が大きく後方に傾く。

あはは、やっちゃった。私ってドジだなぁ・・・

朱里は思わず目をつぶる。痛みを覚悟したかのように。

そして目を開けた時。

「あ、あれ?」

朱里がいたのは昨日気を失った、物置の前だった。

その足元には、いつか見た魔方陣が残されていた。


ドンドンドン!ドンドンドン!

俺とイクチの寝ている家の玄関のドアが、けたたましく鳴り響く。低血圧性の俺にはいささか過激すぎるモーニングコールだ。

「んだよ・・・うるせえなぁ。」

寝起きのイクチが荒れ狂った頭を掻きながら不機嫌そうにそう言った。まったく、同感だ。こいつの事はなぜかいけ好かないが、気が合うところもあるようだ。まあ同じ俺なんだから当たり前か。

俺とイクチが階段を降り、ドアを開けるやいなや飛び込んできたのはイラカであった。

「うわっ!」

「いてててて・・・」

俺に覆いかぶさるイラカを引き剥がし、イクチが問う。

「何そんなに慌ててんだ。魔方陣は描けたのか?」

イラカは世界線移動の能力を使う時は、大きな魔方陣を描かなくてはいけないらしい。そもそもイラカの能力は空間と空間を魔方陣を介して繋ぐことができる、というものである。同じ世界の中なら紙に描いた程度の物で十分らしいが、世界線となるとそうはいかないようだ。

裏世界と表世界。イラカがそう呼んでいたのは何も便宜上、という訳ではない。実際に二つの世界が存在し、そこに空間的な距離があるわけではないらしい。

二つの世界は密接な関係にある。表世界の分岐したもう一つの道。そこをたどるのが裏世界。つまり裏世界は表世界が道を迷う度に生まれ、そして一つに統合されていく。

イラカはその統合時、二つの裏世界の差異が生じる歪んだ穴。それを通して表世界へと移動する。その穴を具現化し、安定化させるのがイラカの描く魔方陣とのことである。

という説明をイクチが寝る前に俺に教えてくれた。眠すぎるのもあって理解できなかった。

「そ、そそそそれの事なんだけど、魔方陣が・・・」

イラカは相も変わらず慌てている。やはり、朱里に似ている。

「魔方陣がどうしたんだよ。まさか描き方を忘れたのか?」

イクチが冗談交じりに言う。

「ちっ、違うの!魔方陣が効力を表さないの!」

「なっ・・・」

イラカの発言に急に真剣な眼差しになるイクチ。顔が青くなっていくイラカ。状況が呑み込めない俺。

「お前それ、もしかして・・・」

イクチが震える声で言う。ハッと気が付いたかのようにイラカの両肩を掴み、

「い、移動はできるのか!?普通のだ!世界線じゃなく!」

怒鳴らんばかりの勢いでイクチが返答を求める。

イラカは静かにポケットから一枚の紙を出し、イクチと俺に広げて見せた。そこには、魔方陣が描かれていた。

そして、あの時俺を連れ去った時のように、イラカがブツブツと何かを唱え始めた。少々トラウマ気味の光景を思い出してしまう。胃が縮んだ気がした。

よく覚えていないが、イラカはこれで空間を移動するはず・・・移動するはずだった。

イラカは、呪文を唱え終わったにもかかわらず、そこにいた。イクチの肩が震えていた。

「クソッ!」

イクチは玄関のドアを蹴って開け、外へ走って行った。

「お、おい!どこ行くんだよ!どうなってんだ!?」

俺がイクチを追いかけようとすると、イラカが俺の手を取った。

「一緒に、いこ。イクチなら、多分裏庭だから。」

その手は少し、震えていた。

俺とイラカが裏庭についたとき、イクチは物置の前で呆然と立っていた。

「どうしたんだよイクチ。急に飛び出して。」

イクチの肩を掴む。

イクチは青い顔で振り返った。

「見てみろよ、これ。」

指していたのは、小屋の中だった。一瞬の間の後、俺はやっと、状況を理解した。

昨日は美しく幻想的に輝いていた小屋の中は、物言わぬ死体のようにただ薄暗く、そして俺たちの感じ取った絶望を象徴するかの如く、屋根によって作られた影の色に染まっていた。

あの宝石に干渉できたのは表世界の人間だけ。

「まさか朱里が・・・」

そう、声に出してしまった。言ってしまったら受け止めるしかないのに。確認したら、事実として直面しなければいけないのに。

「あいつは・・・表世界のイラカは・・・」

イクチが苦々しく、言葉を並べる。

「この世界の事を知らないね。」

イラカが、そう締めくくった。俺たち三人は今までで一番重い沈黙に身動きが取れないほどに押さえつけられた。

―――「この世界を生み出した瞬間、この世界でイクチが能力を使える可能性は無くなっているのよ。私以外の能力者も、表世界ではただの人間。そして、表世界で能力を使った人間は、裏世界ではただの無能力者になるわ。」―――

俺の頭の中でイラカの台詞が延々と流れ続けた。


あの日以来、不思議なことがよく起こる。

一階のお風呂から上がって、体を拭き、リビングのドアを開くと目の間に広がっているのは二階の私の部屋だ。明らかに異常なんだ。ありえないことが、ありえてる。

私の気がおかしくなったとか、一時的に記憶が消える、とか。色々な事を考えた。だけど違った。岡崎君と樹の事を相談するため、駅前のファストフード店に行った時も、同じようなことがあった。

席取りに先に二階に上がった私が、いつの間にか岡崎君の後ろで階段を登っていた。

そしてその足元には、いつも消えかかった魔方陣が描いてあった。

私は悩んだ。これは一体何なのかと。そして一つの結論に至った。これはあの時樹を連れ去った、あの魔方陣なのだと。今度は私を連れて行く気なんだと。望むところだ。

きっと樹にもこの現象が起こっていたんだ。だから超能力の話をしたときに、不自然に動揺したんだ。

私は怖くない。きっと連れ去られた先に樹がいるから。そう、信じているから。

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