翠色の希望
「超能力の噂、知ってる?」
その時の反応からすれば、明らかに樹は何かを知っていた。知らないふりをしていた。私に何かを隠していた。気付いてないとでも思ったのかな。ずっと横にいたのに。
そしてあの時空に浮かんだ模様。そこから現れた不審者。明らかに異常だよ。おかしい。そして樹はそこから逃がしてくれた。ああ、なんで私は逃げちゃったんだろう。
家が隣同士の私たち。両親は共に不在。
警察に連絡してもまともに取り合ってはくれなかった。樹、大丈夫なのかな。私、どうすればいいのか分かんないよ。
こ、こいつ。今なんて言った?
俺の家の小屋にそんな代物が?まさか。
「大体、俺の家の小屋って言ったってあれはどちらかと言うと早乙女家の小屋だろ。なんでそんなもんがあんだよ。」
「そんな事俺が知るかよ。あるもんはあるんだ。話は変わるが樹。」
真剣な眼差しでイクチが俺に言う。
「お前が能力を使えるようになったのはいつだ?」
こいつの話はいつも唐突だな。あれは確か・・・
「五歳・・・いや、六歳か。俺と朱里が家の周りで遊んでた時だ。お前たちに説明する必要は無いかもしれないが、俺と朱里の家は塀すらない隣接住宅でな。家と家の間にある物置の上に登って遊んでたんだ。確かその時朱里が物置の上から落ちて・・・。それが初めてだな。」
「因みにその時の傷まだあるよー」
イラカがにんまりと腕に残る傷を見せながら言う。それを見せられて、どんな反応をすればいいか分からない。イクチがジト目で見てくる。俺もあんな目が出来るのか。
「んで、お前たちはどうやってその物置の上に登ったんだ?」
イクチがジト目のまま話を続ける。やめてくれ。
「確か最初は窓の上から飛び降りようとしたんだ。でも朱里が怖がって・・・どうしたんだっけな。」
十数年前の事だ。あまり詳しくは覚えていない。ええと・・・
「お前たちは物置の中から上がることにしたんだ。そうだろ?」
「ああ、そうだ。思い出した。物置の扉はボロくてな。鍵なんかなくても簡単に開けられたんだよ。それで同じくボロい物置の屋根の上を壊して。俺が先に登って朱里を物置の外から引っ張り上げたんだ。」
遥か昔の思い出に思わず口が軽くなる。ああ、懐かしいな。俺もあんな無茶苦茶な事、よくしたもんだ。
「って・・・この話がなんなんだ。なんの関係があるんだよ。」
俺の疑問を無視してイクチは更に質問を投げかけてくる。
「お前、その時小屋の中の物に触っただろ。四角い、箱。親に触るなと言われていた物。覚えてないか?」
四角い、箱。
「そんなもん、覚えてるわけないだろ。何年前の話だ。それより俺の質問に、」
「その箱の中身が『高貴なる宝石』だ。」
食い気味でイクチが言う。しかしまたしても目の前が何を言っているのか分からない。
「箱の上からとはいえ、神の力だ。それに触れたからお前はその力を手にしたんだよ。」
今までこいつらの存在とか、表だの裏だの、散々理解が及ばない事はあった。だけどよく考えりゃ、俺の存在だって異質なんだ。おかしいのは、俺か。
「ちょ、ちょっとまて、そのインペリアルなんとかはこっちの世界にあるんじゃないのか?なんで俺が触れたんだ?」
「誰がこっちの世界にあるって言ったよ。この世界にあるとしか言ってないぞ。」
言葉遊びかよ。チクショウ。
「こっちの世界から触れる事は出来ないがな。その存在を見る事は出来るぞ。来い。」
そう言ってイクチは俺の腕を持って立ち上がる。そして歩き出す。俺とイラカもそれに付いて行く。五分ほど歩いた。
着いたのは、既視感のある家。俺の家だ。横には朱里、いやイラカの家だろうか。ほぼ密着して建っている。
家と家の間を進み、俺たちは家の裏側に周る。そこにあったのはやはり見たことのある小屋。早乙女の物置だ。
イクチが小屋の扉を開く。ギイギイと音を立てた。
しばらく見ていなかったが、確かに見覚えのある配置でゴチャゴチャと物が置かれていた。しかし。ある一角。内部から屋根に上がるためには確実に手をつかないといけない。そんな場所に、翠色に光る箱があった。幻想的だった。美術館に連れて行ってもらっても退屈だと感じていた俺が初めて芸術的な美しさを感じた。光だけでだ。
「これだ。」
イクチが光の漏れ出している箱を指差しそう言った。
「こ、これが・・・で、でも俺たちの物置にはこんな物無かった、こんな・・・」
また喉がなる。形容しようにも美しすぎる光。
「これに触れたんだ、お前は。」
「じゃ、じゃあ俺がこれに再び触れれば・・・?」
イクチの方を見る。
「ああ。お前の能力は飛躍的に向上し、この世界に起きた厄災を元に戻せるだろう。」
期待と少しの不安を胸に抱き、俺が箱に手を伸ばす。
その指先が、箱に触れる。と、そうなるはずだったがその指は空を切った。思わず体制が崩れる。
「あ、あれ・・・?」
「言ったろ、触れられないって。もう忘れたのか?ククク・・・」
無様な俺の姿を見てイクチが笑う。忘れてた。チクショウ。
「やっぱりダメかあ。表世界の貴方ならいけるかと思ったけど、無理みたいだねー。」
イラカが落胆しつつそう言う。
相変わらず、どういう原理なのかは考えない事にした。しかしまあ触れられないなら仕方ない。
「ま、そういうこった。んじゃあ、今日はもう寝ろ。お前だって疲れてんだろ。」
「な、何でだよ。表世界なら触れられるんだろ?ならイラカに・・・」
「ムリだよー。私の能力は一日に二回しか世界線移動が出来ないんだよ。同じ世界なら一日に数十回、出来るんだけどね〜。」
そう言ってイラカは手をひらひらさせ、朱里の、自分の家に入っていった。
「もしもし、岡崎君?」
「もしもし?あ、朱里ちゃん。何でそんなに慌ててんの?」
「樹、そっち行ってない?」
「樹ぃ?来てないにゃー。樹がどうかしたのか?」
「い、いや、何でもない。今日は楽しかった!また行こうね!」
「お、おう。って切れた・・・」
螢が答え終わる前に、電話は切れてしまった。
「朱里ちゃんに心配かけさせんなよ・・・樹」
岡崎君のところにもやっぱり居ない。樹・・・。
今日は星が綺麗だ。窓から見える空に満遍なく広がる星が、朱里の焦燥感を如何程か緩和した。少し落ち着いた朱里は、玄関から外に出た。空気を大きく吸い込み。目を閉じた。昔の事を思い出す、
昔はよかったなあ。純粋に樹と遊んでた。時には泣かされたりもしたけど、いつでも私の事を護ってくれた。今ではちょっと照れ臭い。
朱里は昔、よく遊んだ家の裏庭に来ていた。まるで朱里の望む思い出が、そこに朱里を導いたようであった。扉を開ける。ギイギイと音を立てた。
よく樹はここから上まで上がってたなぁ。そう思いながら朱里は物置の一角に、屋根に上がるため手をついた。
「きゃっ!」
バランスを崩し落ちる朱里。ガラガラと音を立て屋内が荒れる。
「いったたた・・・ん?」
腰をさする朱里の前に、恐ろしいほどに綺麗な宝石が一つ、今崩れた箱の中から顔を覗かせていた。
「これ、確かおじいちゃんの・・・」
思わず手を伸ばす。朱里の手は触れた。