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水面と呼び声

 天気は相も変わらず、唸るような快晴。露出した肌がじりじりと焼けていくのを感じる。

(けい)朱里(あかり)に流されるがままプールに来てしまった。二人はいま、目の前ではしゃいでいる。気分は二児の親だ。

「ほらー。(いつき)もこっち来なさいよー!」

「お前何しに来たんだ―?冷たくて気持ちいいぞ。」

やれやれ、とプールサイドに広げたレジャーシートから腰を上げる。お尻が痛い。

「いやーそれにしても。」

と、螢が前置き、スカしたサングラスごとあたりを見渡す。

「絶景絶景。いやぁー来てよかったですなあ。より取り見取りじゃありませんこと!」

一人興奮する螢。こいつは相変わらずだ。相変わらずどうしようもないし、ジジ臭い。

「岡崎君、まさかそのために来たの?」

朱里が軽蔑を込めたジト目を送る。螢の左下から。

「あっはっは。男の性よ。なあ樹!」

「こっちに話振んなよ。お前が下半身で行動しすぎなんだよ。」

「さいってー。」

こっちにもジト目が飛んできた。俺の右下から。無言のプレッシャーに耐えられない

「な、なあ、螢。五十メートル、どっちが速いか競おうぜ。泳法は自由。負けた方がジュースとアイス奢りだ。朱里の分もな。」

話を変えつつ、景品で朱里を吊る。我ながら天才的である。

「ほほう。」

螢の目がサングラス越しに光る。

「樹君はなーんか勘違いしとらんかね。才色兼備、文武両道、八方美人のこの俺っちに樹君が敵うとでもお思いかにゃー?」

何か色々と間違えている気がするが、無視しつつ、螢が俺のたたきつけた決闘書を快諾したことを確認する。

「補習受けてる人は文武両道とは言わないわよ・・・」

俺にも刺さる朱里の呟きが聞こえた。



五十メートルプールに移動する。

先ほどまでは子供も足の届く流れるプールにいたわけだ。主な理由は小さいあいつ。

平均水深が一・五メートルあるこの五十メートルプールでは、彼女は水面から顔が出ない。このプールサイドに入るのにだって監視員に止められかけたのだ。そのせいで彼女はすっかりご立腹である。初めからわかってたろ。

「さーて、やってやるかな」

螢が屈伸運動をしながら意気込む。実のところ、水泳で螢に勝てるとは思わない。こいつは運動神経において学年単位でもずば抜けている。というか取り柄がそれしかない。俺も似たようなもんだが。

とはいえ、俺だって負けるつもりはない。毎年恒例のこの行事ではあるが、勝率は五分五分だ。俺もしっかりと柔軟体操をし、体を水に慣らす。

「こっちは準備OKだ。いつでもいいぞ。」

「こっちもいつでもいけるぜ、樹君にはまけないにゃ~」

猫の顔を擦る真似をしながら挑発してくる。上等だ。やってやる。

「二人とも頑張ってね。じゃあ、よーい・・・」

ごくりと喉が鳴る。汗か水飛沫かが、顔を垂れる。

「スタート!」

朱里の掛け声とともに水面に二つの水柱が立つ。壁面を蹴った勢いと所謂ドルフィンキックで十数メートル進む。俺が水面に顔を出し、クロールに移行するとき、螢の位置を確認する。わずかだが俺より前にいる。わかっちゃいるが、速い。一心不乱に水を掻く。足が水の抵抗で疲弊するほど、体が前に進むのを感じる。息継ぎと共に、プールを横断するフラッグが目に入る。二十五メートルを過ぎた。螢の位置は・・・確認できない。余裕がない。腕が疲れてきた。一年ぶりの水泳だ。こんなに腕を使うことはあと一年間来ないだろう。

後、数メートル。もう勢いで行くしかない。と、その時横のレーンから

「うごっ」

螢の声が聞こえた。俺がそれを認識した時にはもう俺の手は壁を叩いていた。

「攣った攣った。いってえー」

螢が片足で跳ねている。どうやら足を攣ったらしい。

「ムリすんなよ。」

螢に肩を貸してやり、プールサイドに上がる。螢の足を伸ばしてやっていると、朱里が駆け寄ってくる。

「ちょっと岡崎君、大丈夫なの?」

「あっははー。攣っちまった。いてててて」

こんな時でも軽い口調で螢が答える。動かせるようになったらしく、その場で足を組む螢。

「な、なあ。樹。今回の勝負はなかったことに・・・」

「さあ朱里、どっちが先にゴールしたでせうね?」

勝ちは勝ちだ。これで七戦四勝三敗だ。勝ち越しだぞ。

「岡崎君、ジュースごちそうさま。」

朱里が満面の笑みを浮かべいう。螢にとっては悪魔の微笑みであろう。南無。

「はぁ・・・しゃあねえなあ。でも樹よ、これで勝ったと思うな。来年を震えて待て。」

「俺、コーラな。アイスはいらねえや。」

はいはい、と手を振りながら売店へ歩いて行った。

「はー疲れた・・・」

地面に座り込み心の声が漏れる。

「おつかれー。二人とも速かったねぇ。」

朱里がタオルを渡しながら言う。

「お、サンキュ。まあ運動しかとりえないからな、俺たち。」

自分で言っていて悲しくなってくる。朱里もあはは、と相槌を打つ。しばしの沈黙があった。俺は単純に疲れていて話す気力もないだけだが。

「ね、ねえ樹。」

「ん、何だ?」

朱里の方を見ずに答える。

「この水着、今日買ってきた物なんだけど、どうかなぁ・・・」

意識していなかったが確かに、去年とは違う・・・気がする。確か去年は水色のフリルの付いたワンピース型だったような。今はピンクの所謂ビキニだ。

「いいんじゃないか?かわいいよ。」

背伸びしたいお子様のような。

「そ、そ、そそそう?あ、ありがとう。い、いやーこういうの初めてだからさあーあはははは。」

引きつった朱里の笑い声。顔を左右に振っている。サイドにくくられた髪がその後を付いていく。

螢との勝負でとてつもないエネルギーを使ったからか、はたまた気合の入った補習のせいなのか、抗えない眠気に襲われる。大きなあくびがでる。

「朱里、俺ちょっと寝るわ。螢が来たら起こしてくれ。」

日陰に向かい歩き出す。私も眠たいよー。と、朱里もついてくる。

日陰は涼しい。この涼しい安息地を灼熱の太陽が作り出しているだなんて皮肉なものだ。

寝転がる。すぐ横に朱里も寝転がる。こちらを向き赤ん坊のように体を曲げた。

「岡崎君、場所わかるかしら。」

まともな心配だ。螢じゃなければ俺だってそう考えるだろう。

「大丈夫だろ。」

と、朱里の顔を見る。その顔は夕焼けが如く紅潮していた。

「朱里、お前顔紅いぞ。大丈夫か。」

「えっ、嘘。やだ。」

と言って顔を手で隠す。

「熱中症か?今日はもう帰ろうか?」

上半身を上げ朱里を除くように心配からそう聞く。余計に紅くなった気がした。

「熱中症じゃ顔赤くならないわよ・・・馬鹿。寝るならさっさと寝なさい。」

朱里が俺の腕を引っ張り、寝かせてくる。本人が言うなら大丈夫なんだろうか。

一応タオルをかぶせてやる。

「なんかあったらすぐ起こせよ。」

とだけ言って眠りに落ちていった。

「・・・ありがと」

眠る前の俺が、最後に聞いた言葉だ。



―――何をしている。

―――貴様のもたらした災厄が今、私たちの世界を壊そうとしているというのに。

―――許せん。やはりこの男、ここで殺す。

―――まあ落ち着けよ。この男以外に世界を元に戻せる者が居ないのも事実。何せ崩壊を巻き起こした本人なんだからよ。

―――しっかし腹立つぜ。なんも知らない顔しやがって。

―――接触するしかないか。うん、そうだな・・・

―――待っててね、お父さん。

「・・・き」

「・・・っき」

「樹!」

俺を呼ぶ声で目が覚めた。声の主は螢だった。でもなんかほかの人にも呼ばれていた気が・・・

「なーに夫婦仲良く寝てんのさ。ほれ、買ってきてやったぜ、コーラ。」

「ん、悪いな・・・」

頭が痛い。俺が熱中症になっちまったのか?

「おい樹、お前大丈夫か?顔色悪いぞ。」

「ちょっと頭痛くてな・・・気にすんな。」

「おいおいそりゃダメだろ。もう帰ろうぜ。」

「・・・そうだな。じゃあ帰るか。」

「俺荷物片づけとくからよぉ、お嫁さん起こして二人で戻ってこいや。」

言われて初めて、未だ俺の腕を抱きながら眠りこけている朱里に気づく。

もう十八年の付き合いになる。なんというか、あどけない顔を見ていると安心する。そっと頭に手を置く。こいつのいる世界でよかった。心から思う。なんてことを考えていると朱里が目を覚ました。

「ん・・・。あっあっご、ごめん!」

朱里は慌ててからませている俺の腕をほどきながら謝る。

「おはよう。ほら、ジュース飲めよ。」

「あ、ありがとう・・・」

ジュースを受け取る朱里。

「岡崎君は?まだ泳いでるの?」

「いんや、もう帰る準備してるぞ。ほら、俺らも行こうぜ。」

そういうと朱里はタオルを体に巻き、立ち上がった。


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